アネンサードの人々

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サジシーム

第134話 どうしても晩餐会を開きたい

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 次は王妃の解放だった。

 だが、王はダリアに戻ったことで、気が強くなっていた。

「信じていただけないとは情けない。これだけ、いろいろとご尽力させていただいたではありませんか」

「王妃をむち打ちに処した。侮辱である」

 サジシームは憤慨したふりをした。

「ロンゴバルト兵の手前、仕方がなかったのですよ。手加減するようこっそり手を回しましたのに」

「貴族どもの目の前でむち打ちを行うとは、侮辱以外の何物でもない」

「国王陛下、そんなことより、王妃様と王太子ご夫妻を助けようではありませんか。何とか主だった貴族たちを集めて署名をさせないと、残りの王一家の皆様が帰ってこられません。それに、メフメト様は、人質はもうこりごりだとおっしゃってらして、話が長引くと、いつ何時殺してしまわれるかもしれないのです。急がないと」

 王は真っ青になった。

 王が出した署名式への招待状には、ほとんどの貴族が断りをよこしたからである。
 署名なら自城で書いて送るから、それでよしとして欲しいだの、人質事件があったので、カプトルの王家の行事に参加するのは二度とごめんだのと散々な言われようだった。


 ウェルケウェ伯爵や、何人かの貴族たちは少しずつ王宮に戻ってきて、王とサジシームの会議に加わり始めた。

 サジシームが言った。

「わたくしがここにいるのがよろしくないのです。とにかく、レイビック伯にでもお頼みして、この周りに軍を配備されたらいかがですか? それなら、安心してお越しになるでしょう。ロンゴバルトも、メフメト様が来られる以上、兵を引き連れてまいりますゆえ」

「メフメト殿が来られるのか?」

 王が慌てて確認した。

「ご自分の目で確認しないと、納得できないとおっしゃられまして」

 サジシームはふくれ面で答えた。

「紙だけで済ませられればよろしいのですが。メフメト様は疑り深いところがおありなので。しかも、困ったことに、夜会の話をしましたところ、ダリアの美人を眺めることに興味がわいてきたようでして。歓迎の夜会も開いてくださらないと」

 その場にいた全員が不審そうだった。

「なぜ、人質の引き渡しのような殺伐とした日に、晩餐会を開催しなくてはいけないのですか?」

「だって、そんなこと、わたくしに言われましても、どうしようもありませんよ? メフメト様のお好みですから」

「全部、メフメト殿の希望なのか! 嫌になる」

 王が文句を言い出した。

「晩餐会など何の意味があるんだ、誰も出たがらないし、そんな雰囲気もないだろう」

「いいですか? 今、王妃様と王太子ご夫妻はメフメト様の手元にいるのです。まず、取り返すところから始めないと。ですから、メフメト様のご意向の話をしているわけでして」

 王は困った。

「……現実問題として、晩餐会を開くだけの金がない」

 サジシームは黙りこんだ。それはそうだった。ロンゴバルトは、少なくとも、ありったけの金はよこすように王一家に言いつけていた。だが、王一家が差し出した金は、ほんのわずかだった。ほかの貴族たちの方が、まだ、金を出せたくらいだっだ。

「あるわけがないですね。人質になったご家庭はとにかく、この件に関して、主だった貴族の方々とお話になってみてはいかがでしょう。わたくしが王宮に居ますと、皆さま、疑心暗鬼になられて、話も出来ますまい」

「いや、この際、金子をお貸しいただけるのは、サジシーム殿か、ハブファン殿か、レイビック伯爵か」

「ハブファン殿もレイビック伯爵もカプトルから遠い。金子を借りる話をするとなると何週間もかかかってしまう」

 ウェルケウェ伯爵が意見を述べた。

「メフメト様のための晩餐会になるわけですから、とりあえずお貸しいただきたい」

 サジシームは渋った。

「いいですか? わたくしはロンゴバルトの人間なのですよ?」

「早く準備をしたい」

 でないと、王妃と王太子の命が危ない。今さっき、サジシームが発した警告は、王と家臣たちの心に突き刺さっていた。

「ほら、これを」

 王は、奥から王妃が大事にしていたダイヤのネックレスを出してきた。

「王家の財宝だ。代々受け継がれてきたものだ。決して手放すなと先代からも厳命されていた。だが、これを渡すから、メフメト様のご希望の晩餐会を開く費用をお貸しください」

「陛下……」

 集まっていた貴族たちは驚いた。

 サジシームは黙って、そのキラキラ輝く宝石を受け取った。
 それはサジシームの手の中で、うねり、光を受けて虹のように光った。その場にいた数人の者たちは黙ってその様子を見詰めていた。

「いけません、国王陛下」

 サジシームは突然言った。

「さあ、お返ししましょう。大事に取っておかれないと。王家の財宝でございます。晩餐会のお金はわたくしが何とか致しましょう。その代わり、皆様方には、何としても、ほかの主だった貴族の皆様方に領土移譲のサインと晩餐会へのご出席を促していただきたい」

 貴族たちは黙っていた。

「皆様方の身の安全は保障いたします。なにしろ、メフメト様は人質事件には嫌気がさしておられていて、もう、あれはしないとおっしゃっておいでです。そして、ダリアも、軍を配置してくだされば安心と言うものです。レイビック伯爵にぜひお願いして、ご自慢の軍隊を連れてきていただければよろしいでしょう。そのほか、それぞれの御領地で警備の者を使っている家は、お連れになってください。わたくしもメフメト様の警備のために、ロンゴバルト兵を連れて来なくてはなりません。何しろ、場所がダリアの中心部の首都カプトルなのですから、ダリアの皆様より、メフメト様にとって、危険な場所です」

 その言葉は本当だった。王太子の結婚式の時は、ダリア側は、何の警戒もしていなかった。だが、今度は、厳重に警戒することになる。二度とあんなことを起こしてはならない。しかも、場所はダリアの首都カプトルだ。貴族たちや王室の警護の兵だけではない。カプトルの街の人間も教会も、こぞって警戒するだろう。

 サジシームは王と宮廷に詰めていた貴族たちに暇を告げると、ロンゴバルト軍とともに自国を目指して戻って行ってしまった。

「おそらく、今回は、間違いなく安全でございましょう」

 その様子を眺めながら、ウェルケウェ伯爵がポツリと言った。

「陛下、レイビック伯爵にぜひとも護衛の軍の出動をお願いいたしましょう。今回ばかりは、王妃様と王太子様の御為でございます。臣下として、当然の行いでございます」




「ああ、ばかばかしい」
 土埃をあげて移動する、空の馬車の間をウマで走りながら、彼はつぶやいた。

 とんだ茶番だ。

 あのダイヤのネックレスと、金山と、どちらが値打ちがあるのかと問われれば……それは、金山だろう。
 だから、サジシームは、ネックレスを手放した。晩餐会の費用も出そうと申し出た。
 これで、王も貴族たちもサジシームを疑うことはないだろう。
「どうしても、欲しいものはネックレスじゃない」


 そして、ロンゴバルトに戻るとメフメトに向かって言った。

「ダリアの王が、どうしても、晩餐会を開きたいと申しておりまして」

 メフメトは目を丸くした。

「それは、なんじゃ。バンサンカイと言うのは?」

「ええと、夫人や娘同伴で盛大に晩御飯を食べる会です」

 メフメトの脳裏には、盛大な戸外バーベキューの様子が浮かんだ。女どもが幔幕やテントの中から様子をうかがっている。

「違います。建物内で、着飾った美女が堂々と食事をします」

「何やら、結構恐ろしげであるな。どんな肉を食べるのか」

 堂々と、の下りがバーベキューの前提と一緒になって、何かの誤解を呼んだらしい。堂々と肉にかぶりつき、引き毟って食べる女人の姿が思い浮かんだ。

「ナイフとフォークで、小さく切って……」

「ナイフ使いなのか? ダリアの女どもは? それでは下女と一緒ではないか」

 サジシームは、話題を変えることにした。

「とにかく、女たちが大勢、出席します。男も出ます。踊る場合もあります」

「踊る? なにを? 何を踊るのだ」

 ロンゴバルトで、女が人前で踊るとしたら、神様への奉納の舞くらいで、男女一緒のダンスなどは概念からしてなかった。

「ええと、見ればわかります。美女が踊っている様子を眺めるのは楽しいです」

 ロンゴバルトの奉納の舞は結構激しい踊りである。あれをご婦人方がそろって踊るのかと思うと、めまいがするような気がした。

「それは、夫がいる女たちも踊るのか?」

「ええ」

 サジシームは、だんだん面倒になってきた。

「そうか。人の奥方と言うのは見たことがないが、なかなか美女もいると聞くな」

 ダリアの晩餐会だと、かなりの年配の他人の奥方も出て来るが、メフメトの意気を削ぐかもしれなかったので、そこのところの説明は割愛した。

「歓迎しているわけです。晩餐会の開催は礼儀なのです、ダリア式の」

「そうなのか。人質の引き渡しなので、もっと殺伐としているかと思ったが」

「いろいろな女を見るのは、いいものですよ?」

「どうしてもと言うなら、仕方ないが。それより、その費用を身代金に充てた方がいいと思うが」

 メフメトが極めて妥当なことを言った。

 サジシームは頭を振って見せた。

「ダリアの王家の希望ですから、それくらいのところは飲んでおいてもいいかと思いまして」

「まあ、美人は嫌いではないが」

 どこの奥方や娘が美人なのか、全体を把握しているわけではなかったが、一人くらいメフメトの気に入る女が参加してくれるように祈った。

「それと、なんで貴族どもの署名が必要なのかね?」

「貴族どもから後でなかったことにされないためですよ。敵の領土の中ですからね、いわば。メフメト様の領土として移譲するのに、異存はないと言う一筆をもらっておくわけです」

「そう言うものなのか」

「ダリア式なのですよ」

 サジシームは解説した。なんだか、前にも説明したような気がする。
 しかし、メフメトはそれ以上食いついてこなかったので、サジシームは、早速準備にかかった。


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