アネンサードの人々

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サジシーム

第132話 王妃を脅す

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 サジシームはマシムを呼んだ。

「人質どもを帰還させる話はどうなった?」

「はい。ほとんどの連中がハブファン殿に借金をして、なんとか金をそろえたようです。そろそろ、引き渡しをせねばなりません」

「計画変更だ、マシム」

「どうなさるのですか?」

「引き渡しの場所をカプトルに変える」

「それは……ロンゴバルトの方が不利ではございますまいか? ダリアの首都では、サジシーム様が危険でございます。なぜ、そんな所で引き渡しをするのでございます?」

「王も解放してやろう」

「え? なぜ?」

「王へ身代金を要求しろ」

「王も金でよろしいのですか? メフメト様は、ダリアの領土に興味がおありのようですが……」

「かまわぬ。5千万フローリン要求しろ」

 金額にマシムは仰天した。

「無理でございましょう。そもそも、サジシーム様にわずか数万フローリンの借金を何回も申し込んでいたような王家なのですよ。ご存じでしょう」

「メフメト様は知らぬのだ。それに、少額ではダリアの王家に失礼であろうとお考えなのだ」

 マシムは、あきれたと言った様子をした。

「無理に決まっておりまする。聞くまでもありませぬ」

「払わない理由を聞いてこい」

「理由なんかありませんよ。ないものは無いでしょう」

「違う、マシム」

 サジシームは笑った。

「理由がなくとも、要求するのだ。理由を考えるのは王の仕事だ。理不尽に金を要求し続けろ。そして、もし、減額を要求されたらな」

「はい……?」

 どう考えても全額は無理に決まっている。

「腕一本、足一本で減額しろ」

 マシムは真っ青になった。

 このところ、王一家とずっと接してきたので、友人ではなかったが、少なくとも知人くらいの仲になっていた。彼らは、考えなしの無責任な人たちで、王と言う重責には不向きだったが、憎める相手ではなかった。特にマシムは、命令する立場で、王一家の家来ではなかったから、なおさらだった。一度、鞭打ちにあってから、彼らはとても従順にマシムの命令に従っていたのである。


「メフメト様のご命令だ。王の体と命にはそれくらいの値打ちがあるものだ。メフメト様は本気である」

 マシムはそのまま伝えるしかなかった。

 王一家と、傍らで聞いていた貴族たちは真っ青になった。
 減額など考えられない。

 そんな根性のある王ではなかったし、そもそもメフメトのいうことが信用ならなかったのだ。

 押し問答が三日ほど続き、サジシームにくれぐれも金だけに興味があるふりをしろと重々教え込まれたマシムに、やがて王妃が提案した。

「それでは、それでは、領土の一部と引き換えなら……」

 マシムから、その話を聞いたサジシームはしめたと思ったが、とんでもないと一蹴させた。

「先般、メフメト様が、ダリアを巡回したが、あまり面白いものは無かったとおっしゃっておられた。領土など要らない」

 王妃も王も黙り込んだ。

「そして、内密だが、メフメト様は、実のところ、もういい加減、この話は飽きたと仰せら始めている」

「ど、どういうことですか?」

「人質は面倒なので、減らしたいらしいのだ」

 マシムは気の毒そうに続けた。

「いろいろと手間がかかるとおっしゃるのだ」

「へ、減らす?」

 貴族たち全員が、青くなった。

「うむ。まず、重要人物のみ、残せばいいとお考えで、身代金が届いた貴族連中は早めに返してしまって……」

 ほうーと言う安堵の声が洩れた。

「王だけ残して、後の王族は、徐々に始末したいと」

 いきなり叫び声を上げ始めた王妃は息子のもとに走り寄り、マシムに詰め寄った。

「全土、全土をお渡しします。土地を売ります。そうだ、レイビック伯に、ハブファンに、誰でも買ってくれる人がいるなら。メフメト様でも」

 彼女の叫びはつんざくようで、あっという間に現れたロンゴバルト兵にも全くひるまなかった。

「ダリアにも金持ちはいるわ。王位を売るわ。お願い。メフメト様に全領地と王位を売りたい。買ってください。そして、私たちをカプトルに返して!」

 何を言っているのかわからなくなって、静止するロンゴバルト兵の大声も混ざって、マシムはうんざりした。

「勝手にするが良い。こちらは決められたことをするだけだ。王位を売るとか、一体、誰が認めると言うのだ! 後から、ダリアの連中が、王家と血の繋がった人間以外が王を名乗るのは認められませんと言い出すに決まっている」

「認めさせます! 全貴族に、全臣民に!」

「そんな方法はない! そもそもダリアの王位に興味はない。これ以上騒ぐなら、王太子から処分するぞ!」

 マシムは、その場の誰よりも大きな声で怒鳴って、そのまま足音も荒く部屋を出て行ってしまった。



 王妃の金切り声とマシムの大声は、サジシームの居室にまで響いていた。

 サジシームは、マシムの帰りを待っていた。

「うん。上出来だ、マシム」

 マシムは真っ赤な顔をしていた。

「とんでもない女です」

「息子思いの良い母だ」

「ヒステリー気味ですな」

 サジシームは声を出さずに笑った。

「後一日くらい、捨てておこう。王位は要らないと。となると、領地を渡すと言って来るだろう」

「何を思いつくかわかりません。自殺されると嫌ですなあ」

「そうだな。手下の誰かを相談相手につけさせるか。領土をメフメト様に売り、後から無効だと騒がないよう、念書をうるさい貴族どもに書かせることを勧めろ。メフメト様の目の前で念書を書かせるんだ」

 マシムが不審そうに、サジシームを見た。

「なぜ、そんなことが必要なのですか? 何を書かせても無駄だと思いますよ? 結局、うやむやになります」

 サジシームは笑った。

「王位の移譲も、領土の移譲も、すべて力がなければできない。武力があって初めて効力が生じる。念書なんか、何の意味もない」

「その通りです。ですから、念書なんか書かせても、何の意味もありません。でも、メフメト様にだって、少なくとも今は、それだけの武力は……」

 武力も人望も威信もないとマシムは言いたかった。

「俺だって一緒さ。だが、金山だけなら、あの小さな地域だけなら川繋がりで占拠できる。それくらいの武力ならある。ただ、王の所領ではないのだ」

「他人のものでございます。王が移譲などできません」

「だが、逆に王は金山に執着しないだろう」

「それはそうでしょう。他人のものですから。でも、手も足も出ません」

「だから、レイビック伯をおびき寄せるのだ。そのための罠だ。手のかかる、凝りに凝った罠だ」

 サジシームはマシムに言った。

「マシム、お前だけには話しておこう。レイビック伯を殺すのだ。あの男は魔物だ。人間ではない」


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