アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
上 下
129 / 185
サジシーム

第129話 店内でショーをする

しおりを挟む
 ロドリックは、カルムが気の毒になった。

「この見掛け倒しのダリア人め」
 ロンゴバルト語で、正面からカルムはののしった。

「俺にケンカを売るとはいい度胸だよ」
 ダリア語でロドリックは言ってみた。
 どうやら通じていないようだったので、ダリア語はわからないのだと思った。

 店長の合図で、勝負は始まった。

 カルムは、ガツッと肩から突っ込んできた。
 見ている連中は、夢中になって歓声を上げた。ジュリマンが得意げに見ているのに気が付いた。
 舐めているのだろう。無防備すぎる。突っ込まれたら勢いで吹っ飛ぶくらいに思っているのだろう。

 吹っ飛ぶわけがなかった。

 片腕と胸をつかんだ。ろっ骨が折れる感触がした。

「おい、カルム」

 ロンゴバルト語でロドリックは言った。

「俺は殺したくないんだ」

 カルムは事態に気が付いて、目だけ動かした。白目が光った。この男には勝てない。絶対に勝てない。

「観客の皆様が見てるぜ。勝負しないとな。離してやるから、もう一度、俺にかかってこい。かかって来なかったら、捕まえるからな、一緒だ」

 ロドリックが手の力を緩めると、カルムは急いでロドリックから離れた。

「向かって来い」

 カルムは、ためらった。観客が大声をあげた。

「かかってこい。早くしろ」

 カルムはもう一度手を出した。怖いのだろう。手先だけだった。

 ロドリックは一歩踏み出し、その手をつかんだ。

 掴んだ手を上に持ち上げると、カルムの体全体が持ち上がった。カルムは大男だ。片手だけで持ち上げるとは恐ろしい力だ。浮いた足を払い、体が傾いたところをつかまえて、首を絞めにかかった。まるで金属のような手だった。指が喉を締め上げていく。観客の声援は、恐怖の叫びに変わった。

「ロッド、やめて! ロッド」

 店長が金切り声で叫んだ。

「言う程、力は入っていないよなあ」

 ロドリックはカルムにロンゴバルト語で話しかけた。

「俺は人を殺し過ぎた。これ以上殺したくないんだ。今晩だって、呼ばれなきゃ、こんな余興はやらなかった。お前んとこの主人は、俺を殺したところで、金でカタがつくって言ってたな。お前の命も金で片が付くんだよな?」

「俺は、ハブファンの家来じゃない。もっとえらい方の……」

 かすれ声でカルムは言いかけた。ロドリックは手の力を緩めた。

「ハブファンの手の者じゃないのか。じゃあ、手加減は要らないな」

「バカ。この無知なダリア人め。ハブファンより、もっと恐ろしいお方が俺のバックなんだよ。離せ。離すんだ」

「見え透いた嘘を言うんじゃない。なに気取ってんだ。誰がバックだって?」

 ロドリックは手に力を込めた。

「サジシーム様だ。ロンゴバルトのお方だ。大層なお金持ちの……」

「知らないな。じゃあ殺さないでやるぜ。礼に俺をお前の大将に紹介してくれよ。金をたんと持ってるんだって?」

「気に入られなければ、金なんか渡すようなお方じゃない……」

「でなきゃ、お前を殺すぜ。簡単なんだ」

「止めろ……」

 観客の声は悲鳴に近くなってきた。ただ、ジュリマンだけは、口を堅く引き結んでいたが、目はキラキラして楽しそうにすら見えた。

 ロドリックが力を緩めると、カルムはどさりという音を立てて、床に落ちた。

 人々は沈黙していた。店長も誰もかれも、床の上に横たわった動かないカルムを見つめていた。

「殺しちゃいねえよ!」

 ロドリックは叫び、店長をじろりとねめつけると、はっと我に返った店長が慌てて叫んだ。

「勝者、ロッド!」

「起きろ」

 ロドリックは靴の先でカルムを蹴った。カルムはうめいた。その声を聞いて、観客は、みんなほっとしたようで、急にいろいろなことを叫び始めた。

 カルムは、辛そうに片膝を立てて、ゆっくり立ち上がり始めた。
 ロドリックは彼に肩を貸してやり、立ち上がらせると、元の席まで連れて行ってやった。

 人々は、またもや、大声で叫び出した。隣の店からまで、何人かが様子を見に来るくらいだった。

「なんだ、何があったんだい?」

 隣から騒ぎを聞きつけてやって来た男と、ついてきた女が聞いた。

「用心棒同士の勝負さ。店のと、ハブファン様の愛人のお付きと」

「そりゃあ、勝負にならん。ハブファン様の用心棒の圧勝だろ」

「ところがところが」

 相手は首を振って見せた。

「筋肉旋風の用心棒はすげえぜ。簡単にのしちまった」

「え? まさか?」

 彼らはロドリックの姿を探した。

「さあさあ、帰ってちょうだい。自分の店にお戻りなさい」

 店長が野次馬を追い払っている間に、ロドリックはジュリマンのところへカルムを連れて行っていた。

「だんなさま、すみません。ろっ骨一本折っちまいました」

 ロドリックはジュリマンに話しかけた。

 ジュリマンは興奮していて、顔が紅潮していた。

「どうして、殺さなかった?」

「え?」

 ロドリックはびっくりした。

「こんな男は要らないんだ。見張られていたんだ。殺してくれたら、金を出したのに」

 ジュリマンは早口に言い、ロドリックは本当に困った。

「いや、殺すのは、ちょっと……。後で、商売に差し支えますんで」

「俺が余計なことをしゃべらないように、くっついていたのさ。俺は人質なんだ」

 ロドリックは何の話か分からないと言った様子をした。

「この街には何人もこいつの仲間が住んでる。俺と兄貴を見張ってる。裏切れば殺される」

 兄貴?

「こいつらはダリア語がわからない。お前にとってロンゴバルト語がわからないのと同様に。固まって住んでるんだ。殺してくれればよかったのに、しばらくの間、俺たちは自由になれたのに。次のが来るまでの間だけど」

 ロドリックは引き下がった。聞きたいことは聞いてしまったように思った。
 体を半分隠しながら、彼は聞き耳を立てた。

「ジュリマン様、ちっと力が足りなかったようで……」

 ロンゴバルト語が聞こえた。

「ちっとじゃねえ。なんだ、その体たらくは」

「サジシーム様に交代をお願いしましょう」

「その名前を出すんじゃない!」

 ジュリアンが噛みつくように言い、カルムは恨みがましそうに、ジュリマンを眺めた。

「ずいぶんサジシーム様のおかげで、ハブファン様は儲けておられるでしょうに」

「俺は知らん」

「ハブファン様の費用で遊んでいらっしゃるのに」

「勝負に勝ってからそんなことは言うんだな。どうだ、もう一勝負挑んで来い。今度こそ……」

 殺さなきゃならないなとロドリックは考えた。

「滅相もない」

 カルムはあわてて答えた。

「今度は剣でどうだ。剣は習っていなければ、全く勝負にならないぞ?」

「私を殺す気ですか? 次の連絡便でサジシーム様にお知らせいたしますぞ」

 ジュリマンは黙った。

 その視線は物欲しそうにロドリックの方に流れていった。

「いい男だ」

 カルムは黙っていた。

「いいな。欲しい」

 どう欲しがっているのか、見当がつかなかったので、ロドリックは目線を逸らした。

「明日は一人でこよう」

 とにかく、筋肉旋風の用心棒は今晩限りにしよう。ジュリマンに取り入れば、もっといろいろ情報を集められるだろうが、この調子だと、その代わりにカルムの命がなくなりそうだった。

「もう、帰る」

 翌朝、むっつりとロドリックは言った。

 さすがのドルマが賛成した。

「すごい騒ぎだったわ」

 それから付け加えた。

「そうなの。ハブファン自身も見張られているのね。最近、多いのよねえ。ロンゴバルト人」

「らしいね。俺だって、まさか、こんなことで、ロンゴバルト人を殺すわけにはいかないじゃないか」

「そうよねえ」

 ドルマの目は、今度は尊敬の色を帯びてきた。

 その尊敬の色は何に対して? 殺さなかった良識に対して? それとも簡単に殺せると言うバカ力に対して?

「いいえ、そういうことじゃなくて……うーん、なんていうか、その余裕に対してよね。カッコイイ」

「かっこいいこたないでしょ。殺しちゃったら、ロンゴバルト人が総動員でオレを付け回すかもしれないだろ。あんたも危ないよ?」

 ドルマの目が真剣になった。

「あんたを守るわ」

 無理だから、それ。

「俺があんたを守ればって、逆は無理だと思うよ。とにかく、俺のことは知らぬ存ぜぬで通した方がいいと思うな」

 ロドリックは朝早くに発った。

「迷惑かけたな」

「ううん。いいの」

 よくねえって。てか、なんか、勘違いしてないか、この男。


 レイビック城に戻って一部始終を語ると、フリースラントは死ぬほど笑った。

「俺は面白くもなんともない」

「ま、まあ、実際、私がその立場だったら、面白くはないだろうけど」

「とにかく、思ったよりロンゴバルト人は多くベルブルグに潜入しているらしい」

「ハブファンは、サジシームに弱みを握られて、脅迫されているのか」

「らしいな」
 



 そしてある日、ベルビュー殿から、署名のない手紙が届いた。

『王の解放が決まりました』

 フリースラントとロドリックは顔を見合わせた。

『身代金の支払いが終わった人質全員を同時に解放するので、当主が必ず引き取りにカプトルまで出向くよう要求しています。そして、ダリアの王の領土の半分を身代金として割譲し、その証人になるよう要求しています』

「ダリアを割譲……」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...