アネンサードの人々

buchi

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サジシーム

第123話 ロドリック、説得される

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 ロドリックとフリースラントは、夜中、金鉱の例の洞窟に向かって歩いていた。

 背中には金のインゴットを山ほど積んでいた。

 この二人は夜中でも問題なく目が見えたので、目立たないように真っ暗な晩に金を移動させていた。最近では、レイビックの鉱山で働く人数はずいぶん増えていた。中には、きっと、あまり善良ではない者もいるだろう。

 常人では考えられないほどのスピードで彼らは山を登り、絶壁ともいうべき壁を上って、洞窟に着いた。

 さすがに真っ暗だったので、中ではローソクを付けた。

「ロドリック、本当のことを言ってくれ。ロンゴバルトが襲ってきたのだろう?」

 ロドリックは、真正面からフリースラントを見つめた。フリースラントは、立派な体格の一人前の男になっていた。

「その前に、フリースラント、オレは、このロンゴバルトの一件が片付いたら、また修道院に戻ろうと思っている。」

 フリースラントはまじまじとロドリックの顔を見つめた。

 ロドリックは、自分が悪人だと思い込む病気にかかっている。

 こんなに実力があり、善良で(敵をぶっ殺した件について良心の呵責があるらしいが、敵の命なんかに何の値打ちがあるんだ。ぶっ殺して当然だ。猛烈に善良な男だ)、しかも有能だ。
 まだ、十五歳かそこらだったフリースラントが金山を手にできたのも、ロドリックのおかげだった。
 フリースラントがどんなに賢くて優秀だったとしても、十五歳では経験が足りない。
 ベルブルグの修道院と言う絶妙な後ろ盾を紹介して、彼が十分力をつけるまで道筋をつけてくれた。もし、ハブファンに先に目をつけられていたら、金山は彼のものではなかっただろう。
 フリースラントは今はもう十分大人だったから、ロドリックが彼のためにうまく立ち回ってくれたことをよく理解していた。

「自分の問題なんだ」

 陰気そうにロドリックはフリースラントを見た。

「だめなんだ。ロンゴバルト兵を殺しちまったのは俺だ」

「それは、あんただろうと思っていた」

「そうだ。テンションが上がってしまって、全然、押さえられなかった。と言うか、押さえることさえ頭に思い浮かばなかった。フリースラントの盗賊集団の殺害どころじゃなかった」

「どうやって殺したの?」

 殺した件は大いに結構だ。母の命やゾフの命を守ってくれたのだ。

「最初は矢で。ここまでは正気だった。だが、そのあと、鎧兜を着て、剣を持って斬り込んでいった」

 何の必要があって斬り込みに……と言いかけて、口をつぐんだ。これこそが、ロドリックの後悔の原因だろう。(殺す必要はなかったんだろう)

「あの鎧兜は、鉄製なんだ。ものすごい重量がある。人間では、重みに押し潰されてしまう。だが、刀が通らない。着ていれば、無敵だ」

「そんなものを持っていたのか」

「鋼鉄の騎士さ」

「鋼鉄の騎士……」

「あだ名じゃないんだ。そのまんまさ。鋼鉄の鎧兜を着ていたから、鋼鉄の騎士なんだ」

 遠く、海に近い地方で、ロンゴバルトとの戦いがあった十五年前、ある鍛冶屋に彼はその鎧兜を発注したのだ。

「そんなもの、飾りにでもするならとにかく、人間は重みで押し潰されちまいますぜ?」

 鍛冶屋の忠告はロドリックには全く無用だった。
 その鎧兜を身に着け、主に夜、時には昼間も彼は戦い、多くの人がその姿を目に焼き付けた。
 犠牲者は百人どころではなかった。何日も何週間も彼は戦い続けた。矢も、刀も、その武具は受け付けなかった。

 彼は、たった一人だったから、さほどのことはできなかったが、敵側から見れば、これほど恐ろしい男はいなかった。

 妻が死んだとき、祟りだと言われた。
 無残に殺した人々の怨念だと言われた。

 彼は泣くことさえ許されない気がして、神にすがるしかなかったのだ。

「アネンサードが嫌われた由縁さ」

 彼は暗い調子で言った。

「また、やってしまった。もうあんなことは二度としないと誓ったのに」

 フリースラントは、眉をしかめて、めちゃくちゃ盛り上がってる金山の鉱夫連中と騎士連中、それに大得意になっているルピーダを思い出した。なんなんだ。当の本人のこの陰気くささは。

 何があったのか、レイビック城に戻ると全員がロドリックの大ファンになっていた。当主としては、まことに面目ない。
 ルピーダによると、鬼神のごとき大活躍だったそうで、一矢で十人を串刺しにして射殺したそうである。

「この目で見ました!」

 ルピーダはそう言い切り、目を輝かせた若い鉱夫たちがうんうんと頷いていた。

「そのあと、キラキラ輝く鋼の鎧兜に身を包み、軽々と敵陣に飛び込み、鮮やかな剣さばきでロンゴバルト兵を次々に斬り裂く様は、噂にたがわぬ鋼鉄の騎士の降臨でございました」

 あとで、ハリルが訂正した。

「真っ暗で何も見えませんでした。ルピーダだって、何も見たわけではありません。しかし、間違いなく百人は死体になっていました。恐ろしい腕前の方でございます」

「お前の言うことの方が本当だろう」

 フリースラントは冷静に評した。フリースラントの盗賊団絶滅事件の記録更新である。

「ま、でも、みんな喜んでいるからそれでいいか。ロドリック伝説だな」


 ファン層の拡大は、騎士や鉱夫たちだけにとどまらなかった。
「おとなしい、人の好い方だなんて言って……わたくしたち、見損なっていたのですね」

 デラ、アンドその一味だった。例の恐怖の侍女軍団である。
 彼女たちは、せつなそうにため息をついた。

「まるで鬼神のような活躍だったとか……」

「一見穏やかそうな見かけの下に、残忍なまでの破壊力を秘めておられただなんて……。それがあの方の正体だったのね」

 あの方とはロドリックのことである。

「最初に目を付けたのはわたくしですのよ?」

 サフィが語気鋭くデラに迫った。思わず、デラはたじたじとなった。サフィの目に本気の殺気を感じ取ったのである。

「も、もちろん、応援してますわ」

 狙いはロドリックである。独身だし、特に噂もきかない。フリースラントのような水際立った美しさの持ち主ではないが、金山の共同経営者なのだ。金なら腐るほど持っている。中年という年でもない。口先で応援するのは簡単だ。自分だって隙あらば、お近づきになりたい。選ぶのはロドリックである。誰が先に声をかけたか、後先の問題ではないだろう。

「たくましい殿方ですわ」

 うっとりしたように娘たちは、ロドリックの広い背中を見つめ……それだけならよかったが、なにか策略を練っているらしかった。お茶会だとか舞踏会だとか、得体の知れない何かだろう。身の毛がよだった。
 特別耳がいいので、実は侍女たちの声が丸聞こえのロドリックは、何があっても絶対に振り返ってはいけないと緊張した。危険である。
 みんな喜んでいるからそれでいい……のかどうか、多少疑問の残る事態が勝手に進行していた。
 


「フリースラント、この際だから、全部、言ってしまおう。アネンサードの血は制御できない。衝動に負けて、殺して殺して、戦い続ける。人間が身に纏うことが出来ない鋼鉄製の鎧兜を着れば、不死身になってしまう。お前は俺より血が薄いから、俺のようなことにはならないかもしれない。だが可能性はある。戦場に出てはいけない」

 フリースラントは別なことを考えていた。
 不死身。なんと、すごい。
 無敵の人間兵器、いや、人間ではないアネンサード兵器だ。

「大昔から、悪魔だと言われ続けてきたのには訳がある。一世のアネンサードはきっともっと凄まじかったのだろう。それこそ無敵だ」

 ロンゴバルトとの一戦はもう避けられない。フリースラントは覚悟していた。この国を、ダリアを、彼の秩序を守るのだ。

 鋼鉄の鎧兜は、自分だって着れるだろう。

 確かに彼は四世で、ロドリックほどの力はないかもしれなかった。だが、鋼鉄の騎士が二人になれば、戦力は倍だ。

 この地方をまずはまとめ上げることだ。ヴォルダ家の名前も、ルシアの王家とのつながりも、そのためには有用だった。
 公爵家だろうが王家だろうが、名前なんかどうでもよかったが、名前に権威を感じる人間もいるかもしれなかった。総主教様も言っていたではないか。

『名門の子弟なら、世の中に認められやすい。人を指揮するときの権威付けには便利だ』


「修道院に戻りたい……」

 フリースラントは振り返った。

「何言ってるんだ! ロドリック! 僕もその鎧兜を発注するぞ!」

 ロドリックはあきれ返って、その大きな茶色い目でフリースラントを見つめた。

「悪魔になりたいのか?」

「必要ならな! 王宮の礼拝堂は焼き討ちにされた。大勢の人が死んだ」

「ロンゴバルト人も、ダリア人も、人の命の重みは同じだ」

「このまま、ロンゴバルトをのさばらせていたら、もっと多くの人が死ぬ。算数ができないのか? ロドリック。止めなきゃだめだ。僕がする」

 ロドリックは呆れた。今まで何を聞いてきたんだ?

「ロドリック、戦おう。この世界を守りたい。ロンゴバルトの世界なんかいやだ。いやなんだ。誰かの支配下なんかにはいられない」

「俺は修道院に……」

「なに馬鹿なこと言っているんだ」

 バカ……ロドリックは口の中でつぶやいた。

「例えば、大事な人の命だったとしてもか?」

 フリースラントは異様な目でロドリックを見つめ返した。

「ぼくは全力で守り抜く。絶対だ」


 そうか。
 全ての人に都合のいい解決策なんかあるわけなかった。
 それなら、自分たちに都合のいい解決策を採るしかないのだ。
 フリースラントの情熱だけが正しいのだ。

「よし。そうか……」

 ロドリックは仕方がないので、笑ってみせた。

 自分が間違っている。
 誰一人、この世から関わりを失くして、見たくないものを見ないで生きてくことなど、許されないのだ。
 一見、出来るように思えるだろうがダメだ。
 特に自分はダメだ。力があるのだ。
 彼を絶望させる力は、彼を引退させない。フリースラントの進むべき道を信じきった目は、大人になって、余計な計算や迷いに決断力を失っている自分を卑怯者に見せた。

 では、ついていこう。フリースラント

 自分では自分を全否定する気分だった。だが、違う人の目には別なように映っているらしい。まだ努力できるはずだと。まだ、足りないと。まるで、絶対やりたくないが誰も代わりにやってくれない仕事のようだった。
 でも、必要とされているのだ。

 金を納め、二人は急いで下山した。
 きっとやることがたくさんあるに決まっていた。
 足元に散らばるアネンサードの頭蓋骨には目もくれなかった。自分が何者なのかなんて気にすることではなかった。利用できるものは利用して、目的へ向かって突き進むのだ。


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