アネンサードの人々

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サジシーム

第121話 レイビック城襲撃事件の顛末が不明

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 サジシームはレイビックへ遣わしたギャバジドの顔を思い起こした。一徹で頑固者そうな男だ。

 1週間たってから、ベルブルグからの使者がようやくやって来た。

「遅い」

 思わず、サジシームは怒鳴った。彼が怒鳴るのは珍しい。

「なぜ、船で来なかった? べルブルグから1日で来れるはずだ」

「船で参ったのでございます」

 使いの者は、小さくなって答えた。

「ならばなぜこんなに遅い。いや、そんなことはどうでもいい。レイビック城の占領はうまくいったか?」

 使者は首を激しく振った。

 いらただしそうにサジシームは聞いた。

「レイビック伯はどうした? 首尾よく始末したのだろうな」

「ハブファン殿のところから参りました。ロンゴバルト兵はかき消すようにいなくなり……」

「いなくなり?」

 サジシームは聞き返した。

「レイビック城は全く無事でございました。レイビック伯もお元気そうで、ルシア様もご在城ということで、何の変化もありませんでした」

 サジシームは使者の顔をまじまじと見た。
 使者はさらに小さくなった。 
 サジシームは信じられなかった。

「襲撃に行ったのではなかったのか? 戦闘がなかったとでも?」

「戦闘の様子はありませんでした。レイビックの町の誰に聞いても誰も何も知りません。闇夜を狙って、当主不在の晩に襲ったのです。これは間違いございません。進軍していく兵士たちを私はこの目で見たのですから」

 どんなことがあっても、その晩、レイビック伯がレイビックに帰っているはずがなかった。
 なぜなら、少なくとも、礼拝堂に入るところまでは見られているからだ。

「それなのに、戦闘の形跡もなければ、兵士の跡形もない。彼らはどこに行ったのでしょう」

 使者自らが混乱しているようだった。

「レイビック伯は?」

 サジシームは同じことをもう一度聞いた。

「お目にかかりました。レイビックの町方面へ向かっていると、レイビック城の騎士たちに捕まり、城へ連行されました」

 サジシームは、呆然とした。

 だが、次に彼は気がついた。
 それはおかしい。ただの旅人をいちいち捕まえるはずがない。
 サジシームは直観した。何かはあったのだ。

「レイビック伯は、ロンゴバルト兵が台所を襲いに来たと言っていました。まるで、食い詰めた浮浪者が来たとでも言わんばかりでした」

 サジシームが眉をあげた。なんの話だ?

「それで?」

「昼間やってきて、料理女にフライパンで頭を殴られたと」

 サジシームは眉をしかめた。料理女に頭を殴られて黙っているような連中ではない。

「そのあと、どうしたのだ?」

「わかりません。聞けませんでした。実際、城中は何の変化もございませんでした。平穏無事で、召使も騎士たちもいつも通りでございました」

「ハブファンとベルブルグの町は?」

「ハブファン殿はおびえていますが、変わったことはありません」

 彼はしばらくじっと考えていたが、使者を解放した。

 今は、何が何だかわからなかった。

 だが、いずれにしても、レイビックの金鉱が少なくとも今は手に入らないことは確実だった。
 百人のロンゴバルト兵が消えうせてしまったことは、全く納得のいかない、訳の分からない謎だった。



 2週間後、メフメトはサジシームを無視して、何万もの軍勢を引き連れて攻め込んでいった。(準備期間にそれだけかかったのだ)
 サジシームは平服で、見通しの良いテラスからその様子を眺めていた。
 鐘や太鼓の音が勇ましく鳴り響き、色とりどりの旗やマントがひらめき、多くの人々が騎馬の部隊を見物していた。女たちも物陰からその様子を眺めていた。

「あいつら、港だけは無傷で残してくれるといいのだがな……」

 まるで怒涛のようだった。

 ヌーヴィーの港に着くと、彼らは先を争って上陸し、各部族ごとに街道を突き進んだ。

 略奪と虐殺、ロンゴバルト兵は、各首長が率いる軍勢がばらばらに好き放題に攻め入った。
 そしてメフメトが怒鳴っても、静止しても、村落や金がありそうな屋敷を見かけると、横道へそれていき、勝手に略奪し、残った民家に火を放った。戦利品を手にすると、これ以上ウマに荷を乗せられないからと戻ろうとした。

 しかし、彼らは自分たちが戻る道に、敵が潜んでいることを忘れていた。
 行きは勢いで蹴散らした敵だったが、ロンゴバルトのせいで地獄を見たダリアの住民はロンゴバルトのことを忘れていなかった。

 奥へ攻め込んだ隊ほど悲惨だった。

 戦利品で荷の重くなった隊はそんなに早くは移動できない。それに疲れていた。

 ダリアの農民たちは正面切って戦ったなら負けたろうが、食料や水を隠したり、夜中に積み荷に火をつけたり、ありとあらゆる姑息な手段で対抗した。

 最初に戻ってきた首長の隊は、それでも、なにがしか獲物を馬の背に積んでいたが、後の隊になればなるほど帰途ダリアとの戦いで苦戦した様子がうかがえた。

「あんな田舎者どもが」

 吐き捨てるように、セルフィンの首長は怒鳴ったが、戦死者まで出したのに結局大した実入りにならなかったらしく、怒って自分の領土へ戻ってしまった。

 1か月後、メフメトはひどく疲弊した隊と共に戻ってきた。

「どこまで進んだのか調べて来い。それからどんな状況だったのか」

 サジシームはひそかに命令したが、状況は不満たらたらの各首領たちが問わず語りにしゃべり歩いたおかげで、勝手に聞こえてきた。

 侵攻できた地域は、かなり狭かった。メフメトは、大軍を率いて、首都のカプトルまで進み占拠するつもりだったらしいが、それどころではなかった。半分も行かないうちに軍がほとんどいなくなってしまったのだ。


 メフメトはカンカンだった。

 チャンスだったのだ。

 ヌーヴィーからカプトルへ続く街道沿いの城の多くは、もぬけの殻だった。領主が死んだか、捕虜になっていたからだ。
 あるいは南からの噂を聞きつけ、街道沿いの城からあわてて逃げた領主もいたかもしれない。

 首長たちが、メフメトのいうことを聞きさえすれば、彼らは後日、その城の主になれるかもしれなかったのに。首長たちはそんなことより目先の富だったのだ。

「これは無理だ」

 サジシームも痛感した。予想していたのより酷い。

「奴隷兵しか当てにならない」

 サジシームはせっかく得た捕虜を身代金を取って逃がすことをメフメトに提案した。ただし王一家をのぞいて。

 疲れと怒りで目を赤くした伯父は、甥の提案にとにかく怒った。彼は、冷静な判断ができなくなっていたのだ。

「何ぃ? ダリアの貴族など、殺してしまえ」

「伯父上、そうは言いましても、今は金が必要でございます。王一家さえ残しておけば交渉はいかようにも出来ましょう。莫大な身代金を取るのも一計でございます」

 メフメトは甥を見た。
 メフメトの意識の上には登ってこなかったが、彼はこの甥のことを自分では低い評価をしていると認識していたが、心の奥底では、頼っていた。

 その心の奥底がメフメトにOKを出した。

「勝手にしろ」


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