アネンサードの人々

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サジシーム

第120話 メフメト出撃

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 実のところ、メフメトは軍事行動に出た経験がなかった。だが、彼はいま直感したのだ。チャンスだと。そして、想像した。ロンゴバルトの大群に囲まれて、ダリアの首都カプトルへ、威風堂々入場する自分の姿を。

「さあ、準備をしなくてはならない。積年の恨みを晴らす時が来たのだ」

 サジシームは深く礼をした。

「お手並み拝見と言ったところだな」

 サジシームはつぶやいた。
 彼の後ろでは、バタバタと多くの奴隷や従僕たちが、それぞれ名のある首長たちを呼びに行かされたり、奴隷兵たちの長に命令を伝えに行ったり、あわただしい雰囲気に包まれていた。

 サジシームが欲しかったのは、王や王妃ではなかった。ダリアでもなかった。
 死んだレイビック伯と、生きたルシアだった。

 サジシームのルシアへの執着はロンゴバルトでは知れ渡っていた。
 メフメトなどは、常にその話を持ち出しては、サジシームをからかった。

「そんな奇妙な北国の女などにこだわるお前の気が知れん」

 別に大いにそれで結構だった。女一人、メフメトは簡単にサジシームにくれるだろう。

 だが、メフメトは知らないだろうが、ルシアには金山が付いてくる。計り知れない富だ。この二つは不可分なのである。金山がダリアにある以上、ダリアの法と慣習により、レイビック伯が死ねば、金山はルシアのものだった。

「ダリア全体を占領し、ロンゴバルトの支配下に置くことができるかどうか?」

 今の状況はロンゴバルトにとって、一見千載一遇のチャンスのように見える。王家の人々と主だった貴族を人質としてとらえているのだ。
 だが、サジシームの見るところ、全ダリアの占拠など無謀と言うものだった。
 泥沼化の危険をはらむ、消耗戦の可能性があった。それは両国にとって、ちっともプラスにならないだろう。



 その引き金を引いたのは、自分だった。

 サジシームは、皮肉な微笑みを浮かべて騒ぎを見ていた。

 彼は、王家と大貴族を人質にしたが、ダリア全領土の領主が人質になっているわけではない。
 人質になった領主だって、息子たちや親族たちが残っていて、今頃、ロンゴバルトと戦うために、錆びついた剣や槍を引っ張り出し、戦いの準備を始めているところだろう。
 ましてや、人質事件とは関係のない大多数の小領主たちは、ロンゴバルトに恐怖と敵愾心を抱き、出来得る限りの準備をしているに違いない。

 調子に乗ったロンゴバルトが力技で攻めていくなら、最初は勝てるだろうが、敵地奥深くに入って行けば行くほど、補給線が伸び、不利になることは目に見えている。


「レイビック伯とルシアを逃した以上、この作戦は失敗だった」

 サジシームは、もはや、どうでもいい気分だった。

 伯父が彼の手柄を取ってしまって、勝手に戦争に突入しようと、あるいは人質を使って身代金交渉に入ろうと、彼の責任ではない。

 敵地に乗り込むこの戦いは絶対勝てない。


 ロンゴバルトの各首長たちは勝ち戦の期待に胸を膨らませ、おっとり刀で駆け付けてくるに違いなかった。

 奴隷兵は、統制が取れ使いやすかったが、大規模な軍勢を動かすとなると、各首長の軍隊をあてにしなくてはならなくなる。

 サジシームは、この首長たちが苦手だった。

 まず、言うことを聞かない。
 勝手なことを始めて、時には略奪に走る輩が出て来るのだ。首長自らが、他人の家に押し入って金目の物を分捕って帰ることがあるくらいだった。しかも、分捕り品に満足すると、戦闘が終わってもいないのに、転々バラバラ帰り始める者が出る始末だ。
 マシムが絶大な権力を持つ英雄の出現を待ち望むゆえんだった。
 命令一下、ロンゴバルト全軍を動かすことが出来るようになれば、その時には、ダリアが総力を挙げても敵わないほどの力を手に入れられるだろう。

 ふと見ると、悔しそうなマシムが、何か言いたそうにサジシームを見ていた。

「どうした? マシム?」

「お手柄はすべて、サジシーム様のものでございます」

「なんだ、そんなことか」

「いいえ、そんなことではございません。サジシーム様こそが、すべての計画を練り、実行し、成功させたのでございます。このような手際のよさは、ほかの者には到底まねができませぬ」

 サジシームは、マシムに優しく言った。

「残念だが、計画は大失敗なのだ」

「え?」

「失敗だ」

「ど、どこが失敗でございますか? 王宮の礼拝堂は焼け落ち、なんといっても王族全員を捕らえ、拘束しております」

「使いようがない」

 マシムは主人の顔を見た。

「だから、メフメトが喜んでいるのは意味のないことだ」

「ど、どういうことでございますか?」

 だが、サジシームは答えなかった。メフメトのこの戦いが徒労に終わるだろうということは口に出していいことではなかった。それにせっかく喜んで無謀な戦いに挑もうとしているのだ。捨ておけばよい。

 メフメトだって、心のどこかで、この成り行きの本当の功績者はサジシームかも知れないと感じていた。
 だが、人は信じたいことしか信じない。
 メフメトは、サジシームが単なる偶然で王たちを人質に取ったのだと信じたかった。サジシームは無能で、チャンスを生かし切る自分こそが有能なのだ。
 サジシームが、メフメトの正しい判断力を狂わすような言動ばかり取っていることも大きかった。

 メフメトは、今、この千載一遇のチャンスに食いつかないではいられなかった。無我夢中だった。

 サジシームが加担することをメフメトが好まないことをサジシームは知っていた。手柄を独り占めしたいのだ。

「さて、果たして、このダリア侵攻、手柄になるかどうか」

 彼は冷笑し、ひそかにメフメトの屋敷を離れ、自分の屋敷に引っ込んで様子をうかがった。
 メフメトはダリアを知らない。この戦いが無残な結果に終わっても、サジシームは責任を取りたくないし、メフメトが惨敗し勢力が削がれることはサジシームの望みでさえあった。

 そのうちに町は騒がしくなり、多くの者が出兵の準備を始めていた。
 もちろん、直属の奴隷兵たちも準備を整えていたが、そのほかに、この度の命を受けて、旗を押し立て、地方から手勢を引き連れ、参加してくる部族も大勢いた。

 あれだ。あれが問題なのだ。

 まるでいうことを聞かない野蛮人だと、彼は内心忌々しかった。戦いの途中だと言うのに、目先の利益で戦線を放棄することすら、ままあるのである。
 だが、奴隷兵たちだけでは数が足らない。

 サジシームは静かに目立たないように、レイビックからの便りを待っていた。

 礼拝堂での焼き討ちは失敗だった。レイビック伯は、見つからなかったし、ルシアも見つからなかった。それらしい死体もなかった。
 彼らが礼拝堂に入ったところまでは、確認が取れていた。ということは、何らかの危険を察知して、事前に逃げ出したのだ。うそのようだった。そんなことはあり得なかった。

 だが、無事に逃げたとしても、レイビック城ではサジシームの奴隷兵が城を占拠している。
 レイビックでは、今頃、戻ってきた当主と、レイビック城に立てこもるロンゴバルト兵との間で死闘が繰り広げられているに違いなかった。

 当主の側にどれほどの手勢がいるのか、結局判然としなかった。鉱夫たちが、兵に化けるらしかったが、どこで線引きされているのか外部の者にはわからなかったのである。

 だが、歴戦の百人の統制の取れた奴隷兵に、勝てるはずがない。
 
「カプトルがうまくいかなくても、レイビックで打ち取ることが出来る」
 
 サジシームは目を光らせた。伯父は好きにすればいい。サジシームは自分の道を切り開くのだ。


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