アネンサードの人々

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サジシーム

第115話 やっちまった感のある大量虐殺

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 ロドリックがやらかしてしまった大量惨殺はどうでもいいらしく、叱られている理由は、全員殺すのは労力の無駄とか、事情や背景の取り調べに支障が出るから、適当な人間を生き残らせておけとか……注文が細かいな。

「そこに集めてある紙を読んでちょうだい。彼らがどこの手の者だったのか、まずはそこからです」

 ロドリックはある程度お腹が一杯になったので、まとめてある紙を読み始めた。

 断片的な事実の羅列だったが、ロンゴバルト兵であることは確実だった。もっとも、彼はそれを匂いで察知したのだが。

 血で汚れた紙や木片には、集合場所だったのか宿泊地だったのか、宿や広場の名前、いくつかは人名や店の名前、集合時間だろうか日の沈むころなどと書いたものもあった。そのほかに、神の言葉や聖句、絵がかかれていた紙や木片もあった。お守り代わりだろう。字の読めない者も多いはずだった。

「ハブファンが手引きしたのでしょう」

 女伯はおっとりと言った。

「ハブファンと関係のある宿の名や、所有している店が面している広場などの名が混ざっている。人数はおよそ百名でした」

 ロドリックは女伯の顔を見た。
 もしそれが本当なら、ハブファンがロンゴバルトと一緒になって、この城を狙っていることになる。

 だが、おそらく狙っているのは城ではないだろう。城も欲しいかもしれないが、どう考えても狙いは金鉱の方だ。

「なぜ、昨夜、襲ったのか……」

「そうね。当主のフリースラントがいないからでしょうね。そして、あなたのことは知らないのだと思うわ。ハブファンはトーナメントには来ていなかったし、そもそも武芸に興味がないから」

 ロドリックも同じ考えだった。

「フリースラントが帰ってきたら、どうなると思っているのでしょう」

 フリースラントが帰ってきたら?

 もちろん、彼は怒り心頭だろう。

 フリースラントは合理的で冷静な男だった。原因を突き止め、排除に乗り出すだろう。

 だが、誰が原因だと言うのだ? この襲撃事件にハブファンが噛んでいることは確実だったが、証拠がなかった。

「あの死体や残った紙類は証拠になりませんか?」

「ダメでしょうね。ハブファンは、絶対に無関係だとシラを切るんじゃないかしら。サジシーム殿と関係づけるのにはさらに無理があります。確かにハブファンはサジシーム殿と仲が良いと言われているけど、今のところ、サジシーム殿は、ファン島で釣りをしているだけですもの」

 サジシームが島で釣り三昧をやっている……そんなはずはなかった。

 ロドリックは黙って考えた。

 女伯が合図すると、緊張した顔をした下僕たちが、手足を縛られたロンゴバルト兵を連れてきた。

「この者は、私たちの言葉がわかるのかしら?」

 下僕たちが答えた。

「全然通じません」

「ロンゴバルトの言葉がわかりますよね?」

 仕方がない。ロドリックはしぶしぶ頷いた。

 だが、全く要領を得ない会話になった。
 がんじがらめに縛りられたその男は、自分は何も知らないし、命令でここへ連れられた来ただけだと言った。ある城を攻めて占拠する予定だと言われたと言う。
 その城の住人は、ロンゴバルト兵の姿を見ただけで、震え上がってすぐ降参するので、安全簡単なお仕事だと言われたそうだ。

「この城は当主がいないから、楽に攻め取れるとギャバジド様はおっしゃった」

 ギャバジドとか言う人物の認識を、厳重に訂正したいところだったが、死んでいるのでそれもかなわず、ロドリックはチラっと不満に思った。こんなことなら、ギャバジドを生かしておけばよかった。

「ギャバジドが総大将だったのかね?」

 総大将とはどういう意味だとロンゴバルト兵は聞いた。

「つまり、一番偉い人と言う意味だ」

「もちろんそうだ。ロンゴバルトに帰れば、サジシーム様の部下の一人にすぎないが」

 ロドリックは、ピクリとしたが、そのまま質問をつづけた。

「この城を占拠した後は、どうする予定だったのだ?」

「もちろん、この土地を支配する。金鉱もだ」

 ロンゴバルト兵は無邪気に答えた。

「でも、元から金鉱で働いていた者たちが、おとなしく言うことを聞くだろうか?」

「大丈夫だ。当主のレイビック伯爵とその妹は、捕虜になっている。人質だ」

「どういうことだ?」

「詳しくは知らない。捕虜にすると言っていた」

「どうやって?」

「結婚式をするので、その時に捕虜にすると言っていた」

 ロドリックと女伯は、顔を見合わせた。

 なにが、企まれているのだろう。



 夜になった。

 ロドリックの命令で、鉱山で働いている者のうち、貴族階級出身の者、元ハンターや先日の武芸大会ののち召し抱えられた者など主だった者が、こっそりと城の大広間に集合させられた。

 全員が緊張していた。およそ百人ほどがいた。

 みんなが、静まり返ってロドリックを見つめていた。一時にこれだけの人数が臨時に集められたのは初めてだった。何かがあったに違いなかった。

 ロンゴバルト兵の死体は、目立たないように片隅に集められていたし、鉱山やレイビックへ通じる道は虐殺のあった広場と反対側だったので、目にした者はほとんどいないはずだった。

 だが、何人かは、夕べ、何かがあったことを知っていた。
 闇夜だったのでなんの騒ぎだかよくわからなかったが、異様な叫びや音は山にも聞こえていたし、なによりも城の連中からひそひそと断片的な話が伝わっていた。
 彼らは好奇心に駆られていたが、同時に不安だった。誰もが黙り、ロドリックを見つめた。

 ロドリックはひとわたり、全員を見回した後、口を切った。


「夕べ、この城が襲われた」

 ロドリックが、彼らに向かって、静かな調子で話し始めた。彼の声はよく通り、全員に聞こえた。

「ロンゴバルト兵だった」

 驚いた連中は、一瞬、息をのみ、ざわざわと喋り始めたがすぐに黙った。ロドリックが続きを話し始めたからだ。一言一句たりとも聞き逃すまいと必死だった。

「人数は、およそ百名。城主のフリースラントの不在を狙ったものだ」

 その人数に驚いて、またざわめきが起きたが、ロドリックが手で制すると彼らはたちまち黙った。

「一人を残して、全員すでに始末した」

 呆然とした彼らは、ロドリックを見つめた。一体どうやって?
 城には、食事の用意をする召使たちや寝具の準備をする女中たちはいても、兵はほとんどいなかったはずだ。

「ロンゴバルト兵は、ベルブルグ方面から来た。突然の、理由もわからない夜半の襲撃だ。こちらを完全に舐めていて、勝利を確信していた。我々をなめてもらっては困る。だが、今はそれよりも敵の正体だ。首謀者が誰で、協力者が誰なのか知りたいのだ」

 集まった連中は皆、強くうなずいた。

「この話は秘密だ。家族にもしゃべらないで欲しい。襲撃者が誰なのかわかれば、また、別な命令を出すことができる。だが今は、しばらく秘密にしてほしい」

 ロドリックは、集まった連中を組み分けして、街道の警備にあたらせることにした。金鉱の仕事からは外すことになった。

「いいか? ベルブルグから来る人間は全員疑え。きっと、一味の者が誰か襲撃の成果を調べに来るだろう。話しかけて用件を聞け。そして、誰と接触しようとするか確認しろ」

 集められた人々は、黙って深くうなずいた。

「あのう……」

 全てが決まってから、一人がおずおずと質問した。

「なんだ。ウェルモンド?」

 それは武芸大会ののち、レイビックで働くようになった若者だった。

「夕べ、一体、何があったのですか? 誰が応戦したのですか? どんな戦いだったのですか?」

 全員の視線がロドリックに集まった。
 仕事の指示はもちろんやるつもりだ。だが、それ以上に、ここに集まった連中は聞きたかった。昨夜、いったい何があったのだ。

 ロドリックは詰まった。

「それは……話すほどのことではない」

「百人ものロンゴバルト兵の全滅が、たいしたことではないのですか?!」

「いや、逆だ。あれだけの数の兵を失ったことは、大損失だと思う。どんな報復を受けるかわからない。ロンゴバルト兵が全滅した話は黙っておくこと。以上だ」

 聞いた連中は一斉にざわざわし始めた。彼らはもっと細かい戦いの模様を知りたかったのだ。ふと横を見ると、昨夜ロドリックに従っていた騎士のルピーダが真っ赤になっていた。

「ロドリック様!」

 彼は叫んだ。

「なぜ、夕べの大活躍を話してやらないのですか? 私たちが仲間ではないとでも、おっしゃるのですか!?」

 聞きたくて聞きたくてうずうずしていた連中がルピーダの顔を一斉に見た。

「そんなつもりはない」

 ロドリックは答えた。

「大事な仲間だ。だからこそだ!」

 ガッチリした体格の見るからに頑固そうな中年も、筋肉隆々とした熱い目の若い者も、ロドリックを見つめていた。ロドリックは視線にたじろいて、言葉につかえながら話した。

「敵は百名ほど。夜闇に紛れてこの城を襲うつもりだった。全員、始末した。それだけだ」

「ロドリック様は、お一人で全員を殺してしまわれました。弓は百発百中、すさまじい腕前でございます。そのあとも……」

「ロンゴバルトを殺し過ぎたからだ」

 ロドリックが大きな声でさえぎった。

「殺し過ぎたので、俺がここにいることがわかると、恨みを持たれ、逆にレイビックが危険なのだ」

 皆は黙った。

「俺はやり過ぎたのではないかと、反省……」

 女伯には叱られたし……

「わかりました!」

 ルピーダが叫んだ。

「私が説明します!」

「え?」

 ルピーダは、くるりと後ろを振り返ると叫んだ。

「大丈夫! お前らは口がかたいな?」

 お、おう!と集まった連中は口々に答えた。

「信用できるな?」

「もちろんだ!」

「照れ屋のロドリック様の代わりに俺が話してやる! さあ、ロドリック様は出てください!」

 誰かかがニヤリと笑って、ロドリックを押し出した。あっという間に、ニカニカ笑いながら、ロドリックの腕や背中を親しみを込めた手でパタパタ叩きながら、彼らはロドリックを部屋の外へ追い出した。

「聞きたいんだよ。あんたの活躍をね!」
「さあ!」
「聞かせてもらおうじゃないか!」
「なんでそこで、照れるんだ!」

 いや、ちがう。マジで照れてるワケじゃない。
「いや、あの……」

 ふと見ると、押し出され、中から閉じられた大広間の扉の前にハリルが立っていた。
「あきらめましょう」
 彼は言った。
「いや、しかし……」
 話されたくないんだよ、とロドリックは言いたかった。
 どっと、大広間から笑い声が聞こえた。ルピーダが、ダジャレでも飛ばしたんだろう。

 あの野郎……

「まあ、いいではありませんか」

 ハリルが修行僧のような諦観を顔に浮かべて言った。

「百人殺しちゃったのですよ? 本来暗いニュースですよね? ルピーダが楽しい英雄譚にしてくれるんです。いいじゃないですか、明るくいきましょう」

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