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サジシーム
第108話 王太子の結婚式
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レイビック伯爵はただの金鉱のオーナーではなかった。彼は、立派な商人だった。だから宿の手配などは取引先を通じて先に抑えてあり、ロジアンがゾフと一緒に立派な馬車と共に先にカプトルに遣わされていた。
フリースラントとルシア、侍女、それに荷物は川を下って行った。この方が早い。川下りなので、僅か1日でカプトルの最寄りの港に着ける。
港には、着く頃を見越して、先に派遣されていた馬車が待ち受けているはずだった。
「フリースラント様……」
港に着くと、地味なマントに身をくるんだロジアンが、目を光らせながら、静かに近づいて来た。
「どうした? ロジアン? レイビック家の馬車はどうした?」
「とにかく、馬車の中へお入りください。港からカプトルまで半日かかりますから、話は中で」
ルシアと侍女は共に別の馬車に乗り込み、ロジアンとフリースラントは粗末な普通の馬車に乗り込んだ。
「どうしたんだ?」
「カプトルに着いたのは二日ほど前だったのですが……」
「それで?」
「どうも、様子がおかしいと思いました。妙にロンゴバルトの者が多いのです」
「何の用事があるのだろう?」
フリースラントは不安になった。
「分かりません。目立たない方がいいと思って馬車を変えました。レイビック伯爵の馬車は、宿に置きっぱなしにしてあります。多分、伯爵はもう、到着済と思われていると思います。宿にはゾフを残してあります」
式は明日だった。
馬車の小窓から、港町の様子をうかがっていると、確かに所在無げにうろついているロンゴバルト人が大勢いるようだった。
通りを行く港町の住民が時々不審そうにロンゴバルト人に目を留めていた。普段、あまり会わないので、妙に思っているのだろう。
ロジアンにはわからなかったろうが、フリースラントの鼻は、ロンゴバルト人の匂いを捉えた。
強い独特の香辛料、人そのものの肌の匂い、生地が異なるからだろう、服の匂いも異なる。
「できれば急ごうか」
「はい。港町にもロンゴバルト人が多いので驚きました。きっと船で来たのだと思います。このあたりは流れが緩い上、喫水が深いので楽に来れます」
ロジアンとフリースラントは奇妙な気配に黙り込んで馬車に乗っていたが、ルシアと侍女は、むしろはしゃいでいて、レイビックとは全く異なる港町の様子に目を奪われていた。
実のところ、誰がルシアのお付きとしてカプトルまで行くかは大問題だった。
侍女たち全員が熱烈に行きたがったのである。王宮での一大イベントだ。しかし、ルシアは容赦なくシューラを指名した。デラなんかもってのほかである。
宿に着くと、亭主がかしこまって迎えに出てきた。
「王宮内に部屋を用意しようと言われたが、ここの方が快適だ。王宮の方は控え室として使うことにしよう。この宿は王宮からすぐの場所にあるし、馬車の置き場やウマの世話に困らないからな」
「私たちに割り当てられた王宮のお部屋はどうなりますの?」
フリースラントは苦笑した。
「レイビックのベネツ殿に管理を任せた。つまり、泊まっていいということだ。ベネツ殿は喜んでいたよ」
ゾフが頷いた。
「王宮の中は大勢の方々で、今頃、大変なことになっておりましょう。当日、ちょっと休憩するのに必要ですから、部屋の確保はしておかないといけないのですが、ぎゅうぎゅう詰めで、誰かが中にいないと部屋を乗っ取られかねません。ベネツ殿には、よく注意しておきましたので、準備万端整えていかれたことと思いますが」
「レイビック伯爵様、お食事の用意ができております」
フリースラントはにっこりした。
「ごらん、ルシア。食事だって風呂だって、ここなら頼みたい放題だ。亭主、食事は何だ?」
「奥方様が、鶏をお好みとうかがいましたので、鶏のローストをメインに、豚のソーセージと豆のシチュー、野菜の付け合わせ、さくらんぼうのパイなどをご用意しました。ここは川魚が名物ですので魚の料理もございます。あと、酒は何にいたしましょうか? なかなか評判のいい地酒もございます」
まだ奥方様ではないのだが。だが、フリースラントはニコリと笑うとルシアの手を取って食堂の方に向かった。
「この宿は食事がうまいんだ。酒もいいのがある。街ならではの凝ったデザートもある。ルシアは何が好き?」
翌日の午後、ルシアとフリースラントは、教会の最前列の、しかし端の方の席に詰め込まれて、黙って座っていた
ルシアとフリースラントは濃紺に銀糸の礼服で着席していた。
参列者たちの席は決まっていて、教会に着くと着飾った警備兵が脇の小さな扉からそれぞれの席に案内していく。いずれも高位の貴族なので、間違いがあってはならない。これには大変な時間がかかったが、全員が着席したようで脇の小扉も閉められ、礼拝堂はだんだん静かになっていった。
誰一人身じろぎもしなかった。
二人は、まるで夫婦のように並んでいた。
そうしなければならなかったからだ。
フリースラントは暗い中、ルシアの様子を盗み見た。
相変わらず、ちょっと固い表情だ。
礼拝堂は決して小さくなかった。
例のペッシが「向きのよさ」を強調して、新しく建て替え中だったものを、王太子の結婚が決まってから、突貫工事で仕上げた教会だった。
王宮付属の礼拝堂としては、破格に大きな教会だったが、中の装飾はごく普通で、前の建物とたいして変わった感じはなかったので、建て替える必要があったのかフリースラントは疑問に思った。
向きだけは確かに異様で、ほかの王宮の建物と並行に建てられていなかったので見たところ妙な具合だった。それに場所の余裕がなかったらしく、一角がどうしても突き出て、納屋のような建物に接していた。
「ペッシのおかしな趣味ですわ」
ルシアが不審そうなフリースラントに向かって、冷ややかに教えた。
教会内は人でいっぱいだった。中は昼だと言うのに小暗く、ぎっしり人がいるので暑いくらいだった。多分知った顔も大勢来ているのだろうが、これではわからなかった。
囁く声、咳払い、人々が身じろぎする音などがしていたが、やがて正面の祭壇に豪華な僧服を着た僧侶が、大勢の僧侶を従えて登壇した。厳かな鐘の音が打ち鳴らされ、それを合図に、正面入口の大きな扉が、重々しく開かれて、着飾った衛兵たちに先導された王家の人々が順番に教会の中に入ってきた。
金襴の素晴らしい衣装に埋もれるような王と、王妃、そして、そのあとに今日の主人公の若い二人が入ってくるはずだった。
人々は静まり返り、固唾をのんで、入場を待った。
********************
その頃、サジシームは危険を承知で、王宮の教会が目の前に見える建物を借り切って、指揮にあたっていた。
準備はすっかり整っていた。
「式は、午後三時から始まって三時間ほどかかる」
彼は腹心のマシムに言った。
「式の間、人の出入りは絶対にない。民衆は王宮の敷地内には入れない。警備兵は、騒ぐ民衆を見張っているだろう」
その通りだろう。教会内の警備は、お飾りの儀仗兵くらいなものだ。
「ロンゴバルト兵には、夜のうちに港町を出立させ、昼過ぎに首都の町中へ入らせろ。式見物に地方からも大勢、人がやって来るはずだ。その中に紛れ込ませる」
彼らは地図をのぞき込んだ。
「ここと、ここ……それからここだ」
集合場所と王宮への進入路を確認した。
「サジシーム様、難しい作戦のようですが……」
「そうでもないだろう。王家の人々が礼拝堂に入場したら、南側の建物に火をかける。皆、大慌てだろう。窓が大きいから火の手はよく見えるだろうが、教会には火はつかない。壁面は石だからな。燃えようがない。だが、みんな先を争って、外へ逃げようと南の正面の扉を目指すだろう」
ペッシの建てた礼拝堂は妙な方角にこだわったせいで、町の側からは見通しが悪かった。
「その混乱に乗じて、主だった貴族や、王族を、北側の通用口へ誘い出すのだ。彼らは正面入り口から最も遠い最前列に席がある。正面の出口からは簡単には出られない。喜んで北側の通用口を利用するだろう」
サジシームはマシムを見た。
「いいか? 人質だ。殺すより、人質の方が大事だ」
マシムは真剣な顔をしてうなずいた。
「王と王妃、王太子夫妻は絶対だ。そのほか、主だった貴族たち公爵連中や辺境伯連中は、生きて捕まえろ。特にレイビック伯爵と元の王妃ルシアは必ずだ」
「レイビック伯とルシア妃の人相は、全員に伝えています」
「レイビック伯爵は金鉱の持ち主だ。北の果ての領主で、軍隊を育成していると聞く。この男は邪魔だ」
「わたくしが北側の通用口の担当です。絶対に逃がしません」
マシムの、命令に絶対服従する性格を知っているサジシームは口元に笑いを浮かべた。
マシムは、どんな手を使ってでも、この六人を捕らえるだろう。
しかし、ふと気になって注意を追加した。
「いいか? ルシア妃は無傷で捕えろ。絶世の美女だ」
「わかりました」
美女は高く売れる。ロンゴバルト式の常識が働いた。
「人質の確保が確認出来たら、火をかけろ」
「石造りの教会に、でございますか?」
サジシームはニヤリとした。
「石造りの教会も内部は木で出来ている。屋根もだ。先に正面の扉を閉めろ。それから内部に火を点けるんだ」
********************
ルシアは静かに、しかしじっと食い入るように、結婚式の様子を見ていた。
フリースラントはルシアの体温を感じていた。
ルシアは突然、ピクリとした。
フリースラントが、薄暗い中、彼女の手を探り当て握ったのだった。
ここでは、声を立てることも許されない。
ルシアはそろりと手を引き抜こうと試みた。
フリースラントはしっかりと握って離さない。
まだ、小さかった頃、ルシアを膝の上に載せて、こっそりキスをした。
最初のキスの時は、本当にドキドキした。
でも、慣れてくると、それだけでは満足できなくなった。
どうしたいのかよく分からなかったが、大人になった今、回答が出たのだ。
レイビック城の中では結構人目がある。
侍女たちも大勢彼らを観察している。
不謹慎だが、今は二人きりだ。周りに人は大勢いるが、彼ら二人のことなど誰も見ていない。そして、ルシアは声を出せない。
だが、フリースラントは、扉が開いた途端に、外から入ってきた空気に気が付いてぎくりとした。
匂う。
何かの匂い。
正面の扉は大きく、今は高貴な入場者を迎え入れるため、開きっぱなしになっている。
そこから、匂いは入ってくるのだ。どこかで嗅いだようなにおい。独特の香辛料、独特の人肌の匂い…… これはおかしい。なぜ、こんな匂いがするのだ。
フリースラントとルシア、侍女、それに荷物は川を下って行った。この方が早い。川下りなので、僅か1日でカプトルの最寄りの港に着ける。
港には、着く頃を見越して、先に派遣されていた馬車が待ち受けているはずだった。
「フリースラント様……」
港に着くと、地味なマントに身をくるんだロジアンが、目を光らせながら、静かに近づいて来た。
「どうした? ロジアン? レイビック家の馬車はどうした?」
「とにかく、馬車の中へお入りください。港からカプトルまで半日かかりますから、話は中で」
ルシアと侍女は共に別の馬車に乗り込み、ロジアンとフリースラントは粗末な普通の馬車に乗り込んだ。
「どうしたんだ?」
「カプトルに着いたのは二日ほど前だったのですが……」
「それで?」
「どうも、様子がおかしいと思いました。妙にロンゴバルトの者が多いのです」
「何の用事があるのだろう?」
フリースラントは不安になった。
「分かりません。目立たない方がいいと思って馬車を変えました。レイビック伯爵の馬車は、宿に置きっぱなしにしてあります。多分、伯爵はもう、到着済と思われていると思います。宿にはゾフを残してあります」
式は明日だった。
馬車の小窓から、港町の様子をうかがっていると、確かに所在無げにうろついているロンゴバルト人が大勢いるようだった。
通りを行く港町の住民が時々不審そうにロンゴバルト人に目を留めていた。普段、あまり会わないので、妙に思っているのだろう。
ロジアンにはわからなかったろうが、フリースラントの鼻は、ロンゴバルト人の匂いを捉えた。
強い独特の香辛料、人そのものの肌の匂い、生地が異なるからだろう、服の匂いも異なる。
「できれば急ごうか」
「はい。港町にもロンゴバルト人が多いので驚きました。きっと船で来たのだと思います。このあたりは流れが緩い上、喫水が深いので楽に来れます」
ロジアンとフリースラントは奇妙な気配に黙り込んで馬車に乗っていたが、ルシアと侍女は、むしろはしゃいでいて、レイビックとは全く異なる港町の様子に目を奪われていた。
実のところ、誰がルシアのお付きとしてカプトルまで行くかは大問題だった。
侍女たち全員が熱烈に行きたがったのである。王宮での一大イベントだ。しかし、ルシアは容赦なくシューラを指名した。デラなんかもってのほかである。
宿に着くと、亭主がかしこまって迎えに出てきた。
「王宮内に部屋を用意しようと言われたが、ここの方が快適だ。王宮の方は控え室として使うことにしよう。この宿は王宮からすぐの場所にあるし、馬車の置き場やウマの世話に困らないからな」
「私たちに割り当てられた王宮のお部屋はどうなりますの?」
フリースラントは苦笑した。
「レイビックのベネツ殿に管理を任せた。つまり、泊まっていいということだ。ベネツ殿は喜んでいたよ」
ゾフが頷いた。
「王宮の中は大勢の方々で、今頃、大変なことになっておりましょう。当日、ちょっと休憩するのに必要ですから、部屋の確保はしておかないといけないのですが、ぎゅうぎゅう詰めで、誰かが中にいないと部屋を乗っ取られかねません。ベネツ殿には、よく注意しておきましたので、準備万端整えていかれたことと思いますが」
「レイビック伯爵様、お食事の用意ができております」
フリースラントはにっこりした。
「ごらん、ルシア。食事だって風呂だって、ここなら頼みたい放題だ。亭主、食事は何だ?」
「奥方様が、鶏をお好みとうかがいましたので、鶏のローストをメインに、豚のソーセージと豆のシチュー、野菜の付け合わせ、さくらんぼうのパイなどをご用意しました。ここは川魚が名物ですので魚の料理もございます。あと、酒は何にいたしましょうか? なかなか評判のいい地酒もございます」
まだ奥方様ではないのだが。だが、フリースラントはニコリと笑うとルシアの手を取って食堂の方に向かった。
「この宿は食事がうまいんだ。酒もいいのがある。街ならではの凝ったデザートもある。ルシアは何が好き?」
翌日の午後、ルシアとフリースラントは、教会の最前列の、しかし端の方の席に詰め込まれて、黙って座っていた
ルシアとフリースラントは濃紺に銀糸の礼服で着席していた。
参列者たちの席は決まっていて、教会に着くと着飾った警備兵が脇の小さな扉からそれぞれの席に案内していく。いずれも高位の貴族なので、間違いがあってはならない。これには大変な時間がかかったが、全員が着席したようで脇の小扉も閉められ、礼拝堂はだんだん静かになっていった。
誰一人身じろぎもしなかった。
二人は、まるで夫婦のように並んでいた。
そうしなければならなかったからだ。
フリースラントは暗い中、ルシアの様子を盗み見た。
相変わらず、ちょっと固い表情だ。
礼拝堂は決して小さくなかった。
例のペッシが「向きのよさ」を強調して、新しく建て替え中だったものを、王太子の結婚が決まってから、突貫工事で仕上げた教会だった。
王宮付属の礼拝堂としては、破格に大きな教会だったが、中の装飾はごく普通で、前の建物とたいして変わった感じはなかったので、建て替える必要があったのかフリースラントは疑問に思った。
向きだけは確かに異様で、ほかの王宮の建物と並行に建てられていなかったので見たところ妙な具合だった。それに場所の余裕がなかったらしく、一角がどうしても突き出て、納屋のような建物に接していた。
「ペッシのおかしな趣味ですわ」
ルシアが不審そうなフリースラントに向かって、冷ややかに教えた。
教会内は人でいっぱいだった。中は昼だと言うのに小暗く、ぎっしり人がいるので暑いくらいだった。多分知った顔も大勢来ているのだろうが、これではわからなかった。
囁く声、咳払い、人々が身じろぎする音などがしていたが、やがて正面の祭壇に豪華な僧服を着た僧侶が、大勢の僧侶を従えて登壇した。厳かな鐘の音が打ち鳴らされ、それを合図に、正面入口の大きな扉が、重々しく開かれて、着飾った衛兵たちに先導された王家の人々が順番に教会の中に入ってきた。
金襴の素晴らしい衣装に埋もれるような王と、王妃、そして、そのあとに今日の主人公の若い二人が入ってくるはずだった。
人々は静まり返り、固唾をのんで、入場を待った。
********************
その頃、サジシームは危険を承知で、王宮の教会が目の前に見える建物を借り切って、指揮にあたっていた。
準備はすっかり整っていた。
「式は、午後三時から始まって三時間ほどかかる」
彼は腹心のマシムに言った。
「式の間、人の出入りは絶対にない。民衆は王宮の敷地内には入れない。警備兵は、騒ぐ民衆を見張っているだろう」
その通りだろう。教会内の警備は、お飾りの儀仗兵くらいなものだ。
「ロンゴバルト兵には、夜のうちに港町を出立させ、昼過ぎに首都の町中へ入らせろ。式見物に地方からも大勢、人がやって来るはずだ。その中に紛れ込ませる」
彼らは地図をのぞき込んだ。
「ここと、ここ……それからここだ」
集合場所と王宮への進入路を確認した。
「サジシーム様、難しい作戦のようですが……」
「そうでもないだろう。王家の人々が礼拝堂に入場したら、南側の建物に火をかける。皆、大慌てだろう。窓が大きいから火の手はよく見えるだろうが、教会には火はつかない。壁面は石だからな。燃えようがない。だが、みんな先を争って、外へ逃げようと南の正面の扉を目指すだろう」
ペッシの建てた礼拝堂は妙な方角にこだわったせいで、町の側からは見通しが悪かった。
「その混乱に乗じて、主だった貴族や、王族を、北側の通用口へ誘い出すのだ。彼らは正面入り口から最も遠い最前列に席がある。正面の出口からは簡単には出られない。喜んで北側の通用口を利用するだろう」
サジシームはマシムを見た。
「いいか? 人質だ。殺すより、人質の方が大事だ」
マシムは真剣な顔をしてうなずいた。
「王と王妃、王太子夫妻は絶対だ。そのほか、主だった貴族たち公爵連中や辺境伯連中は、生きて捕まえろ。特にレイビック伯爵と元の王妃ルシアは必ずだ」
「レイビック伯とルシア妃の人相は、全員に伝えています」
「レイビック伯爵は金鉱の持ち主だ。北の果ての領主で、軍隊を育成していると聞く。この男は邪魔だ」
「わたくしが北側の通用口の担当です。絶対に逃がしません」
マシムの、命令に絶対服従する性格を知っているサジシームは口元に笑いを浮かべた。
マシムは、どんな手を使ってでも、この六人を捕らえるだろう。
しかし、ふと気になって注意を追加した。
「いいか? ルシア妃は無傷で捕えろ。絶世の美女だ」
「わかりました」
美女は高く売れる。ロンゴバルト式の常識が働いた。
「人質の確保が確認出来たら、火をかけろ」
「石造りの教会に、でございますか?」
サジシームはニヤリとした。
「石造りの教会も内部は木で出来ている。屋根もだ。先に正面の扉を閉めろ。それから内部に火を点けるんだ」
********************
ルシアは静かに、しかしじっと食い入るように、結婚式の様子を見ていた。
フリースラントはルシアの体温を感じていた。
ルシアは突然、ピクリとした。
フリースラントが、薄暗い中、彼女の手を探り当て握ったのだった。
ここでは、声を立てることも許されない。
ルシアはそろりと手を引き抜こうと試みた。
フリースラントはしっかりと握って離さない。
まだ、小さかった頃、ルシアを膝の上に載せて、こっそりキスをした。
最初のキスの時は、本当にドキドキした。
でも、慣れてくると、それだけでは満足できなくなった。
どうしたいのかよく分からなかったが、大人になった今、回答が出たのだ。
レイビック城の中では結構人目がある。
侍女たちも大勢彼らを観察している。
不謹慎だが、今は二人きりだ。周りに人は大勢いるが、彼ら二人のことなど誰も見ていない。そして、ルシアは声を出せない。
だが、フリースラントは、扉が開いた途端に、外から入ってきた空気に気が付いてぎくりとした。
匂う。
何かの匂い。
正面の扉は大きく、今は高貴な入場者を迎え入れるため、開きっぱなしになっている。
そこから、匂いは入ってくるのだ。どこかで嗅いだようなにおい。独特の香辛料、独特の人肌の匂い…… これはおかしい。なぜ、こんな匂いがするのだ。
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