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サジシーム
第107話 金山と魔王の伝説
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その同じ頃、メフメトも驚いていた。
『レイビックの金山を手に入れるべく、奇襲作戦を練っております。お借りしました三百の兵を有効活用しまして、北の美女と、ついでに金山が手に入ると考えました』
彼は、後宮の風通しの良いバルコニーにゆったり座っていて、使いの者が運んできたサジシームからの手紙を読んでいた。周りでは二人の女が彼を仰いでいた。
どんな重要な手紙を読んでいても、何の差支えもなかった。女たちは字が読めなかったからだ。
「どうしてもその女から、頭が離れんか……。女好きが治れば、もう少し使いようもあるものを……」
メフメトに言わせると金山が重要なのであって、北の美女とやらはどうでもよかった。
「サジシームめ。兵三百を貸すのは良いが、きちんと報告だけはせよと言っておいたのに、女のために兵を使う気か」
しかし、反対しないのは、あわよくば金山が手に入ると言うフレーズのせいだった。
金山を手に入れるためなら、兵三百など惜しくない。しかし、どこから手を付けたらいいものやら、メフメトには見当もつかなかった。
サジシームが計画を練り実行したいと言うなら、それくらいのわずかな人や金は賭けてもよかった。
「どうせ、尾羽打ち枯らして戻ってくるのだろう。だが、失敗しても、金山の状況はかなりわかるはずだ」
メフメトはそちらに期待した。まずく回っても、サジシームをダリアに引き渡せばいいだけだ。メフメトは関係ないと言えばいいのだ。裏切り者の主犯を、ダリアに渡せばダリアも納得するだろう。
「だが、まあ、もし、うまくいけば……」
メフメトが金山を管理するつもりだった。
サジシームには女をあてがっておけばよい。あんなに欲しがっていたのだ。金山より女だろう。
「ただの女好きも、時にはなかなか役に立つではないか」
内心、サジシームの成功を期待していた。ただの女好きと貶すが、メフメトも、実は、サジシームを結構高く評価していたのだ。全く勝ち目のない計画に、兵三百を貸すほどメフメトは愚かではなかった。
「レイビックか」
ただ、最初の文字が気になった。
金山は大いに結構だ。しかし、以前サジシームからこの話を聞かされた時から、レイビックと言う地名に何か引っかかりを感じていた。
聞いても仕方なかったが、メフメトは、仰ぐ役の女にレイビックを知っているかと尋ねた。
女はメフメトから直接話しかけられて驚いた様子だったが、存じませんと答えた。
女奴隷などが知っているはずがなかった。そのうち彼は、そんなことは全部忘れてしまった。たいしたことではなかった。
メフメトは、夕方の礼拝のために、礼拝堂に向かい、いつものように礼拝に参加した。
その時ようやく気付いた。彼は昔、子どものころ、教会の老師たちから神の予言の言葉を習っていた時に、レイビックの名を聞いたのだ。
礼拝の時間が長く思えた。礼拝が終わったら、老師の誰かに聞いてみよう。そうすれば、何の話だったか思い出せるだろう。
心のどこかでもやもやしていた謎が解け始めたのだ。
「レイビック! どこで読んだんだっけ? ええと…?」
礼拝堂の老師に聞いた方が早いと思って彼は尋ねた。
「はて? レイビックなどと言う場所の名前はどこにも載っておりません」
「そんなはずはない。北の果ての町で……」
「そうですな。レイビックはないが、昔の古い古文書の中に、魔王との戦いと言う伝説が載ってございます」
「いや、そういう物語ではなくて……」
「レイバイクではございませんか? この地名の出て来る伝説があります。もしかすると、大昔に実際にあった話かもしれませぬ。この話は有名ですから、どこかでお読みになったのではないかと思いまする。その舞台がレイバイクと言う名前の、ずっと北の場所でございます」
レイバイク! そうだった。レイビックではなくて、レイバイクだった。
メフメトは、本当に、不思議な気がした。彼にだって子供のころはあったのだ。そして、伝説の本は奇想天外で、謎めいていて、そのうちのいくつかは、意味は分からないながらも、声に出して読むとリズムのある美しい文章で綴られていた。子供には、本の世界と現実の世界の区別がつきにくく、今は目も当てられないくらい現実主義者のメフメトも夢中になったものだった。
「そうか。そうだったな。で、どの本だったかな?」
メフメトは意気込んで尋ねた。
聞かれた老師は、裏へ行ってごそごそ何かを探しているようだったが、すぐに戻ってきて本を一冊メフメトに渡した。
「これでしょう。子供に貸し与えて読ませているので、本はたくさんあります。どうぞお持ち帰りになってください」
こんな老師と話をすることもなかったし、本を読むだなんて何年ぶりだろう。
メフメトは妙な気がしたが、夕食後、手元に明かりをつけて本をぱらぱらとめくった。
彼が子供のころ、読んだ本とは順番も装丁も何もかも違っていて、今読むと、何の感慨もわかなかった。
その中に、彼が思いだした話が含まれていた。
「これか……」
レイバイク、レイバイクと探していって、ようやくレイバイクの話のところまでたどり着いた。
「魔王は滅びたが、その魂は北のレイバイクへ向かった。彼らの故郷のレイバイクへ。魔王はまたよみがえる。レイバイクの山中から何度でも。
レイバイクは魔王と死神の住む場所、呪われた地。山からは無尽蔵に金が出るが、神は近づくなと仰せられた。金色の輝きは人の欲を掻き立て、醜い思いを呼び覚ます。心ある人間は、レイバイクへ行ってはならない」
それこそ、メフメトが子供のころ、強い興味、好奇心と恐怖を覚えた文章だった。
魔王との戦いの物語だった。
魔王は人よりはるかに大きく、力も人間とは比べ物にならなかった。感覚も優れていて、人の耳では聞き取れない蝙蝠の歌や、地響きの音を捉えることもできたし、フクロウのように暗闇でも見える目を持っていた。夜、目が利かない人間にとって、それは恐怖だった。
魔王は大きな角があり、とても美しい顔立ちをしていた。
彼は人間の女をさらっていった。そして、さらわれた女たちはみんな死んでしまった。
この悪行に、ついに老師たちが立ち上がり、一計を案じ、魔王退治を指揮した。
人々は遠くから魔王に矢を射かけた。魔王の手の届くところまで近づくと、あっという間にその手に掛けられてしまい命を失う。
矢を射かけたくらいでは、魔王を倒すことはできない。指導者は、何組も組み分けをして、数十人が昼夜交代で、四方から攻撃した。
魔王が眠るときがチャンスだった。
さすがの魔王も眠らないわけにはいかない。
人間は昼夜交代で射かけ続けた。
ついに魔王が眠った時、勇者が駆け寄り首に斬りつけたが、魔王が突然目を覚まし彼は殺された。
しかし、何人もの勇者たちが大勢駆け寄り一斉に斬りつけ、もうろうとなった魔王をついに倒すことができた。
メフメトは本をぱたんと閉じた。
「時間の無駄だ。単なるおとぎ話だ」
メフメトはつぶやいた。子供のころ、密かに魔王の存在を信じていた。それは不気味な存在だった。夜、彼の背中の、見えない闇に潜んでいるのだ。
「まあ、魔王が美しい顔立ちで女殺しだったと言うのは、子供のころには認識なかったが……」
「魔王って、何ですか?」
新しく後宮に入ってきたばかりのサリマン族の娘が無邪気に尋ねた。
彼女はきっとイライラしているはずだった。メフメトが本を読んでいるので、彼女の時間が短くなってしまうからだ。メフメトに妻は多いので、この次の順番はいつになるかわからない。
「さあ、なんだろう。何を比喩しているのかわからん」
メフメトは娘を眺めた。まだ、痩せた若い娘だった。胸だけが豊かだった。こりゃもっと太らないといけない。だが、メフメトの目には新鮮に映った。痩せた女も悪くないかもしれない。ちょっとだけサジシームの気持ちがわかった気がした。目先が変わるのは悪くない。
「さあ、こっちへおいで」
彼は手を伸ばした。
『レイビックの金山を手に入れるべく、奇襲作戦を練っております。お借りしました三百の兵を有効活用しまして、北の美女と、ついでに金山が手に入ると考えました』
彼は、後宮の風通しの良いバルコニーにゆったり座っていて、使いの者が運んできたサジシームからの手紙を読んでいた。周りでは二人の女が彼を仰いでいた。
どんな重要な手紙を読んでいても、何の差支えもなかった。女たちは字が読めなかったからだ。
「どうしてもその女から、頭が離れんか……。女好きが治れば、もう少し使いようもあるものを……」
メフメトに言わせると金山が重要なのであって、北の美女とやらはどうでもよかった。
「サジシームめ。兵三百を貸すのは良いが、きちんと報告だけはせよと言っておいたのに、女のために兵を使う気か」
しかし、反対しないのは、あわよくば金山が手に入ると言うフレーズのせいだった。
金山を手に入れるためなら、兵三百など惜しくない。しかし、どこから手を付けたらいいものやら、メフメトには見当もつかなかった。
サジシームが計画を練り実行したいと言うなら、それくらいのわずかな人や金は賭けてもよかった。
「どうせ、尾羽打ち枯らして戻ってくるのだろう。だが、失敗しても、金山の状況はかなりわかるはずだ」
メフメトはそちらに期待した。まずく回っても、サジシームをダリアに引き渡せばいいだけだ。メフメトは関係ないと言えばいいのだ。裏切り者の主犯を、ダリアに渡せばダリアも納得するだろう。
「だが、まあ、もし、うまくいけば……」
メフメトが金山を管理するつもりだった。
サジシームには女をあてがっておけばよい。あんなに欲しがっていたのだ。金山より女だろう。
「ただの女好きも、時にはなかなか役に立つではないか」
内心、サジシームの成功を期待していた。ただの女好きと貶すが、メフメトも、実は、サジシームを結構高く評価していたのだ。全く勝ち目のない計画に、兵三百を貸すほどメフメトは愚かではなかった。
「レイビックか」
ただ、最初の文字が気になった。
金山は大いに結構だ。しかし、以前サジシームからこの話を聞かされた時から、レイビックと言う地名に何か引っかかりを感じていた。
聞いても仕方なかったが、メフメトは、仰ぐ役の女にレイビックを知っているかと尋ねた。
女はメフメトから直接話しかけられて驚いた様子だったが、存じませんと答えた。
女奴隷などが知っているはずがなかった。そのうち彼は、そんなことは全部忘れてしまった。たいしたことではなかった。
メフメトは、夕方の礼拝のために、礼拝堂に向かい、いつものように礼拝に参加した。
その時ようやく気付いた。彼は昔、子どものころ、教会の老師たちから神の予言の言葉を習っていた時に、レイビックの名を聞いたのだ。
礼拝の時間が長く思えた。礼拝が終わったら、老師の誰かに聞いてみよう。そうすれば、何の話だったか思い出せるだろう。
心のどこかでもやもやしていた謎が解け始めたのだ。
「レイビック! どこで読んだんだっけ? ええと…?」
礼拝堂の老師に聞いた方が早いと思って彼は尋ねた。
「はて? レイビックなどと言う場所の名前はどこにも載っておりません」
「そんなはずはない。北の果ての町で……」
「そうですな。レイビックはないが、昔の古い古文書の中に、魔王との戦いと言う伝説が載ってございます」
「いや、そういう物語ではなくて……」
「レイバイクではございませんか? この地名の出て来る伝説があります。もしかすると、大昔に実際にあった話かもしれませぬ。この話は有名ですから、どこかでお読みになったのではないかと思いまする。その舞台がレイバイクと言う名前の、ずっと北の場所でございます」
レイバイク! そうだった。レイビックではなくて、レイバイクだった。
メフメトは、本当に、不思議な気がした。彼にだって子供のころはあったのだ。そして、伝説の本は奇想天外で、謎めいていて、そのうちのいくつかは、意味は分からないながらも、声に出して読むとリズムのある美しい文章で綴られていた。子供には、本の世界と現実の世界の区別がつきにくく、今は目も当てられないくらい現実主義者のメフメトも夢中になったものだった。
「そうか。そうだったな。で、どの本だったかな?」
メフメトは意気込んで尋ねた。
聞かれた老師は、裏へ行ってごそごそ何かを探しているようだったが、すぐに戻ってきて本を一冊メフメトに渡した。
「これでしょう。子供に貸し与えて読ませているので、本はたくさんあります。どうぞお持ち帰りになってください」
こんな老師と話をすることもなかったし、本を読むだなんて何年ぶりだろう。
メフメトは妙な気がしたが、夕食後、手元に明かりをつけて本をぱらぱらとめくった。
彼が子供のころ、読んだ本とは順番も装丁も何もかも違っていて、今読むと、何の感慨もわかなかった。
その中に、彼が思いだした話が含まれていた。
「これか……」
レイバイク、レイバイクと探していって、ようやくレイバイクの話のところまでたどり着いた。
「魔王は滅びたが、その魂は北のレイバイクへ向かった。彼らの故郷のレイバイクへ。魔王はまたよみがえる。レイバイクの山中から何度でも。
レイバイクは魔王と死神の住む場所、呪われた地。山からは無尽蔵に金が出るが、神は近づくなと仰せられた。金色の輝きは人の欲を掻き立て、醜い思いを呼び覚ます。心ある人間は、レイバイクへ行ってはならない」
それこそ、メフメトが子供のころ、強い興味、好奇心と恐怖を覚えた文章だった。
魔王との戦いの物語だった。
魔王は人よりはるかに大きく、力も人間とは比べ物にならなかった。感覚も優れていて、人の耳では聞き取れない蝙蝠の歌や、地響きの音を捉えることもできたし、フクロウのように暗闇でも見える目を持っていた。夜、目が利かない人間にとって、それは恐怖だった。
魔王は大きな角があり、とても美しい顔立ちをしていた。
彼は人間の女をさらっていった。そして、さらわれた女たちはみんな死んでしまった。
この悪行に、ついに老師たちが立ち上がり、一計を案じ、魔王退治を指揮した。
人々は遠くから魔王に矢を射かけた。魔王の手の届くところまで近づくと、あっという間にその手に掛けられてしまい命を失う。
矢を射かけたくらいでは、魔王を倒すことはできない。指導者は、何組も組み分けをして、数十人が昼夜交代で、四方から攻撃した。
魔王が眠るときがチャンスだった。
さすがの魔王も眠らないわけにはいかない。
人間は昼夜交代で射かけ続けた。
ついに魔王が眠った時、勇者が駆け寄り首に斬りつけたが、魔王が突然目を覚まし彼は殺された。
しかし、何人もの勇者たちが大勢駆け寄り一斉に斬りつけ、もうろうとなった魔王をついに倒すことができた。
メフメトは本をぱたんと閉じた。
「時間の無駄だ。単なるおとぎ話だ」
メフメトはつぶやいた。子供のころ、密かに魔王の存在を信じていた。それは不気味な存在だった。夜、彼の背中の、見えない闇に潜んでいるのだ。
「まあ、魔王が美しい顔立ちで女殺しだったと言うのは、子供のころには認識なかったが……」
「魔王って、何ですか?」
新しく後宮に入ってきたばかりのサリマン族の娘が無邪気に尋ねた。
彼女はきっとイライラしているはずだった。メフメトが本を読んでいるので、彼女の時間が短くなってしまうからだ。メフメトに妻は多いので、この次の順番はいつになるかわからない。
「さあ、なんだろう。何を比喩しているのかわからん」
メフメトは娘を眺めた。まだ、痩せた若い娘だった。胸だけが豊かだった。こりゃもっと太らないといけない。だが、メフメトの目には新鮮に映った。痩せた女も悪くないかもしれない。ちょっとだけサジシームの気持ちがわかった気がした。目先が変わるのは悪くない。
「さあ、こっちへおいで」
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