アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
上 下
85 / 185
レイビック伯

第85話 兵士募集中

しおりを挟む
 翌朝は、トーナメントの最終日で、勝ち残った十六人の試合と、最後に騎乗での弓が行われることになっていた。

 前日にもまして、レイビックの城には人が押し寄せていた。

 特に会場が見渡せるテラスには大勢が詰めかけ、ルシアの命令でゾフは三階のバルコニーや、ほかの部屋も解放することになった。

 近場から観戦できる一階のテラスは、さらに人気で、近くの貴族や金持ちだけでなく、かなり遠くから見に来た者もいて、身を乗り出していた。ハンターの連中は、弓矢のコンテストには出たが、剣の方には参加しないので、全員臨時の警備役に駆り出されていた。

「押さないでくださーい」

 試合の方はかなり白熱していた。レイビック地方の出身ではない剣士が多かった。
 見物も大声で声援を送るなど、盛り上がっていた。

「ルシア様、フリースラント殿は?」

 見物の貴族たちは、すっかり熱を帯びて、招待主の活躍に夢中になった。

 ルシアは、真紅の衣装に身を固めたフリースラントを指した。

 彼は今、相手の剣を軽く払ったところだった。剣は相手の男の手を離れ、円弧を描いて観客席に落ちた。悲鳴が上がった。

「大丈夫か?!」
 レフェリーが駆け付け、幸いにも剣は土に突き刺さっていて、けが人はいなかった。

 隣の試合では、マスクをした大柄な剣士が、これまた大きな男を相手に戦っていたが、これは全く相手にならなかった。
 体のどこかに触れれば、負けになるはずだったが、相手がむきになってどんなに剣で触られても触れられなかったふりをして負けを認めなかったのだ。
 マスクの騎士が、剣で肩を強打した。斬るのではなく、峰打ちしたのだ。
 余程の力だったらしく、男は崩れるように、その場に倒れた。

「骨は折れてるかもしれん」

 マスクの騎士は肩をすくめた。レフェリーが慌てて駆け付けた。

「何回も触れているのだ。負けを認めない卑怯者だ。戦場なら命はない」

 倒れた男への抗議と、マスクの男への称賛で大騒ぎになった。

 なかなかいい試合をしている組もあった。
 若い剣士同士だったが、実力が拮抗して決着がつかず、かなりの時間戦いは続いていた。
 結局背の低い細い男の方が勝ち、周りから大喝采を浴びていた。

 もう一組の片方の顔を見て、フリースラントはびっくりした。

「ノイマン先生だ!」

「誰だい?」

「僕の学校時代の剣術の先生だ。チャンピオンだと言っていた」

「ああ。なるほど」

 ノイマン先生は、フリースラントに気付いていなかったが(マスクをしていたので当たり前だったが)、さすがの試合運びで、あっという間に相手をのしていた。

「試合慣れしてるな」

 ロドリックが評した。

「だが、戦場だとどうかな? 勝てるかどうかわからないね」

 ロドリックの評はいつも、戦場なら勝てるかどうかという観点からの評価だった。実戦歴のある戦士らしい観点で、フリースラントはその意見を大いに尊重した。

「入学当時、私はあの先生に負けたことがある」

 ロドリックは笑い出した。

「でも、今、戦ったら、ノイマン先生は、お前に全く歯が立たない」

「ロドリックの目から見て、戦場で有望な選手って誰だい?」

 ロドリックはフリースラントを見た。

「お前だ」

「え?」

「容赦がないところだな。殺る気だ。試合なのでセーブしているだけだ」

 残念ながらその通りだった。

「ノイマン先生には殺意はない。試合に勝つだけしか考えていない。まあ、当たり前だ。でも、お前は違う。圧倒的な力を出したいんだ。すべてをなぎ倒したい」

 その通りだった。フリースラントは、今、ストレスを溜めていた。ロドリックは注意した。

「理由があっても、頼むから、今日はやらかすな」

 しばらく黙ってから、フリースラントは言った。

「召し抱えたいので、戦場で使えそうな人間をリストアップして欲しい」

「全員いらん」

「え?」

 ロドリックは試合の方を見つめたまま、答えた。

「剣はうまい。だが、戦場で使えるのはそれだけじゃない。やる気だ」

「殺る気?」

「違う。お前に仕える意思と忠誠心だ」

「剣の腕前は要らないのか?」

「もちろん必要だ。だが、二回戦を勝ち抜くレベルまであれば十分だ」

 腕より意欲ということか。

「二回戦を勝ち抜いたことを条件にして、仕官を希望する者を募ればいい。こちらからスカウトするより楽だし、やる気のある人間を集められる。ノイマン先生なんか来てもらっても仕方ないからな」

 ノイマン先生は、今、勝者として大喝采を浴びていた。


 次の試合も順調で、マスクを付けた二人の騎士は、がぜん全観衆の強い関心を浴びていた。

 城の連中は、真紅の衣装の、若い方のマスクがレイビック伯爵その人だということを、もう知っていた。

 華麗で軽い身のこなしと短時間で勝負をつける合理的な戦いは、見ていて鮮やかに美しかったが、あまりに簡単そうに見え過ぎて通からは不満が出た。

「なにか、余裕がありすぎる。こう、ガチンコ勝負が見たいものじゃ」

 老貴族がもどかしそうに言った。

「相手が弱すぎるのかのう?」

「相手は前回のチャンピオンですよ?」

「でも、とても優雅で美しい試合ですわ」

 女性たちは夢中だった。
 彼は、試合参加者の中では、比較的細身だったし、身に着けている真紅の戦闘服はダントツに上等で身にあっていた。

「伯爵様ですもの。衣装が素敵なのは仕方ないわ」

 その横では、気の毒に若い小柄な剣士が大男にぶっ飛ばされていた。
 しっかり剣を握りしめていたのが仇になって、彼は剣もろとも地面にたたきつけられていた。

「なんだか、かわいそう」

「ねえ……あの方、鋼鉄の騎士ですって?」

 誰かが大柄な方の騎士を指してささやいた。

「鋼鉄の騎士って何?」

「私もよく知らないんだけど、十五年前のロンゴバルトとの戦争で、ダリアが負けそうになっていた時、敵方の将をはるか彼方から弓で射て殺したそうよ。そのおかげで、停戦に持ち込めたとか」

「今しているのは剣の試合よ?」

「でも、弓の試合もあったのよ。満点で優勝ですって。すべての的に命中させたそうで」

「へえ? 戦争の英雄なのね」

「鋼鉄の騎士?」

 人々は口々に囁き始めた。

「まさか?」

 娘たちは尋ねた。

「どうして、まさかなんですの?」

 中年以上の貴族たちは、全員、鋼鉄の騎士の物語を知っていた。
 彼らは、びっくりして、目前の試合の様子を再度注目した。

「鋼鉄の騎士は、救国の英雄だ。だが、戦争が終わると突如としていなくなってしまったのだ」

 リグの領主が熱心に話し始めた。彼は十五年前の戦争の時に従軍していたのだ。

「もう、ダメだと思っていた。王宮までロンゴバルトの奴隷兵たちが進軍してきて、占拠されるものと覚悟していた。ロンゴバルトの軍は略奪、放火、したい放題だった。被害が大きすぎる。なんとしても国土を守りたかった。そこに住む人々を」

 ゼンダの領主も続けた。彼も従軍していた。

「我々は力不足だった。準備も出来ていなかった。私の領地はカプトルの南にある。城や家族を思った」

「そうだ。私の家族は、彼らに殺されたのだ」

「その時のロンゴバルトの将軍はゲッダハドだった。敵ながら勇敢ではあった。我々とは考えが違うが。国土の焦土化を辞さない。その時、あの男が彼を狙ったのだ」

「あの男……そう、鋼鉄の騎士とあだ名される騎士だ」

「敵の将軍を見事に射殺し、しかもどれくらい距離があったのだろう、余人には決してまねができないことだった」

「英雄ではないですか!」

「そう。英雄だ。だが、その後、地位も名誉も全て捨てて何処とも知れず消え去った。誰も行方を知らなかった……」

 女たちはレイビック伯爵のことは、そっちのけになってしまって、ロンゴバルトの英雄を熱心に観察し始めた。

「鋼鉄の騎士……生きていたのか」

 共に戦った者たちにとって、彼は英雄なだけの人物ではないようだった。

「我々は確かに彼に救われた」

「しかし……」

「彼は不吉だ」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

処理中です...