アネンサードの人々

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レイビック伯

第82話 サジシームの借金取り

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 王妃はあわててペッシを呼んだ。

「王妃様だけではございません。国王陛下にも、多額の金子をお役立てしております」

 二人は顔を見合わせた。王の借金までは把握していなかったのである。

「そ、それはいかほど?」

「合計1千2百万フローリンでございます」

 王妃とペッシは真っ青になった。

「なぜ? なぜ、そんな多額に?」

 サジシームは、肩をすくめた。そんなことを聞かれても、自分はわからないと言う意味だった。

「いつ、お借りしたかしら?」

 サジシームは、何枚かの証文を取り出して見せた。

 その紙には、日付と金額と、その時王妃が何のために借りたいと申し出たのか、理由が記載されていた。

「そう言われれば、そうね。それだけの金額が必要だったので、借り受けました。でも、1千2百万フローリンにもなるだなんて」

 証文を読み上げるたびに、サジシームはお付きの浅黒い男に金額をメモさせていたが、その男が合計額を足し上げた。

「9百万フローリンでございます」

 莫大な金額だった。ペッシと王妃は、その紙を借りて、何度も計算し直したが、間違いなく9百万フローリンで、計算間違いはなかった。

「残りの3百万フローリンは、国王陛下に御用立ていたしましたもので」

「なんのために?」

「存じません。貸してほしいとおっしゃられましたので、用立ていたしました」

「ええと、国王陛下に返してもらえばいいんじゃないかしら? わたくしの借金ではありませんし……?」

「もちろんでございます。しかしながら、国王陛下がおっしゃいますには、王妃様が財務担当なので王妃様に聞いて欲しいとのことでございました」

 王妃は、その日はサジシームを追い払ったが、彼は悲しそうに言った。

「王妃様のような方にそのように言われますと心が痛みます」

 王妃の方は懐が痛むので、早く帰ってほしかった。単なる借金取りに成り下がった以上、サジシームだって、どこの誰とも同じである。

 しかし、それは王妃の間違いだった。サジシームは、ただの借金取りではなかったのだ。

「それでは、王妃様と明日またお目にかかれましょうか。お約束いただけますなら、借金の額についてご相談できる部分もございます」

 ペッシと王妃は同時に振り返った。借金の額を相談できる? まけると言うのだろうか。

 サジシームの黒い目は真剣だった。

 ペッシは疑ったが、王妃は赤くなった。

 そして、ペッシは抗議したがったが、王妃はわりあい簡単に翌朝の約束を受け入れた。


「あんなロンゴバルトの商人など、全く信用できませぬぞ?」

「失礼な口をきいてはなりません。ロンゴバルトの首長のご子息なのですよ? それに、借金の額が減ると言うなら、ぜひとも交渉の必要があります」

 ペッシはサジシームを野蛮な国の危険な悪徳商人だと言いたかったが、王妃の最後の一言は、どこの世界でも通用する道理だった。ペッシだって、借金がちょっとでも減るのなら、大いに歓迎だった。

 翌朝、王妃はサジシームと二人きりで面談した。

 王妃は疲れ切っていた。サジシームが借金の取り立てに来た話は、いつの間にやら、宮廷中に知れ渡って、王家がまた金に窮していると言う噂が宮廷内外を飛び交っていた。

 そのため、王妃は、目の色を変えた、何人かの債権者たちに追い回されたのである。夜中にやって来る者までいた。

 しかし、結局判明したのは、サジシームへの借金額が最も大きかったと言う事実だった。

 つまり、今日の会見は非常に重要だった。

 サジシームは、ペッシの同席を拒否した。

 ペッシのことを「何の権限もないから」と言い放ったのである。考えてみればペッシには何の役職もなかったので当たり前だったが、彼は激怒して、二人きりで会うなど論外だと王を呼びにやらせた。

 そんなことくらいで、やって来る王ではない。しかし、ペッシがせっつくので、「少し」遅れるが参加すると返事した。


「王妃様、お金の話ばかりでとても残念でございます」

 二人きりで話を始めたサジシームは口火を切った。王妃はフンと言った様子だった。

「本来なら、王妃様とは別なお話をさせていただきたかったのに」

 サジシームは本気で残念そうだった。

「わたくしの国、人があまり住まない砂漠の国に比べ、こちらの国は、女性たちが魅力的で騎士たちの愛の戦いなどロマンチックでとても気に入りました」

 全く関係ない話だが、うっかり王妃は聞き入った。

「この国に住みたいと思い始めてしまったのです。そして、出来ることなら、騎士の戦いにわたくしも参戦したいと……」

 サジシームは国に妻が4人いた。帰国したら、あと二人はどうしても後宮に入れないといけなかった。彼の評判は、故国では上々で、何人かの首長から自分の娘を後宮に入れてもらいたいと要求が来ていた。
 金さえあればあっという間に女は手に入るので、どんなに参加したくても、ロンゴバルトでは、ロマンチックな騎士の戦い自体が存在しなかった。

「ですので、王妃様には、つい、多額のお金をお貸してしまいました」

 なんの脈絡があるのかわからない騎士物語から突然借金の話に戻って、王妃は正気に戻った。

「きっと、故国では、わたくしを非難することでしょう。他国の王妃様にあまりに多額の金を貸したかどで。出来る限り、早くお返しいただきたいと切望しております」

「レイビックから、インゴットが四十本届くことになっています。これで十分お返しできますわ。インゴットが一本あたり五十万フローリンほどの値打ちがあることは、ご存知ですわね?」

「それはいつですか?」

「ええと……レイビック伯爵の結婚式が終了し次第」

「それは、わたくしは初めて知りました。それでは、その結婚式はいつなのでしょうか」

 王妃は詰まった。それがわかれば王妃も苦労しないのである。

「近日中と聞いていますけど」

「それでは、ご心配なさることは何もないではありませんか。二千万フローリンと言えば一財産でございます」

 サジシームは、にっこり笑い、晴れ晴れと言った。

「わたくしは、今日明日中にも、この国を去らねばなりません。レイビック伯爵の結婚式には、間に合わないと存じます。ある分だけでもちょうだいいたしたく存じます」

 それは困る……と王妃は思った。結婚式をするためには妙な条件が付いている。意味がさっぱり分からないし、どうもアデリア王女に頼まなくてはいけない案件らしい。
 王女に聞いてみなければとは思っていたが、もともと自分勝手で自分のことしか考えていないアデリア王女は、王妃の話を聞いてくれないのである。
 しかも、何の話に関しての真実だか、王妃には見当もつかない。アデリア王女に、何を聞きたいのか説明できないのだ。話がこじれることは間違いない。王妃は考えただけでも憂鬱になった。

「それに、もし、インゴットが残っているなら、フローリンではなくインゴットでお返しいただいても結構ですよ。換金する時間が惜しいので」

「インゴットは、いくらで売れるか、時期とモノによって変わるので、金額を特定できませんわ」

「金は金でございます。わたくしの国では、お国よりも、金が高く評価されると言う事情があるのですよ」

 初耳だった。ダリアよりもロンゴバルトの方が金が高く売れるだなんて知らなかった。王妃は思い切って聞いてみた

「インゴット1本あたり、いくらと見積もりをされますの?」

「そうですねえ、一本当たり六十万フローリンくらいでしょうか?」

 一本六十万!?

 王妃の目の色が変わった。


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