アネンサードの人々

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レイビック伯

第80話 ルシアの披露パーティ

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 王家の姫君のウェルカムパーティは、上流階級ぽくて、否が応でも華やかな雰囲気を醸し出す。

 レイビック城に招かれた貴族も商人も、夫人や令嬢は浮足立ち、特にレイビックの連中は最近羽振りが良いので、こういった華やかな機会は大歓迎だった。
 それぞれが、趣向を凝らし準備を整えて、ワクワクしながら会を待っていた。


 ベルブルグに滞在していたサジシームは、ハブファンから、招待状を手に入れた。

「へえ……披露の会ね。結婚か」

 ちょっとがっかりしたが、よく読んで彼は目の色を変えた。

「披露の会?」

 婚約者だとか言って麗々しく迎え入れておきながら、結婚しない気なんだろうか?

 ベルブルグでのお気に入りの女、ベガに彼は招待状を見せた。

「実は兄妹だったらしいの」

「兄妹? 兄妹は、この国では結婚できるのか?」

「できないわよ。許可が出るまで結婚しないんだって」

「許可ってなに?」

「わからないわ」

 ベガは眉をしかめた。面倒くさそうだった。こんなことに関心ないのだ。

「教会からの許可かしら。でも、そんな結婚の許可が出るとは思えないし」

「ふーん?」

 サジシームは、ベガから招待状を取り戻すと、大事そうにしまい込んだ。

「出かけるの?」

「噂の美人を見に行かなきゃね」

 ベガは肩をすくめて見せた。



 サジシームは、ハブファンの執事のマジソンを呼び出して、夜会服を準備した。

「こんなものか?」

「お似合いですよ」

 均整が取れ、引き締まった体つきのサジシームは、ダリアの服がよく似合った。

 ハブファンの馬車に同乗したのだが、デブデブに太り、胸も尻も区別の付かないハブファンと並ぶとすらりとしたイケメンぶりが際立った。

「女どもがほっておくまい」

 ハブファンが笑った。

 
 遠くからも多くの灯火でレイビック城は明るく輝き、近づくほどに賑やかな笑い声や音楽が聞こえるなど、華やいだ雰囲気が伝わってきた。

 車回しから正面玄関に回り、男二人は、入口近くで賓客を出迎えていたレイビック伯爵とルシアに軽く挨拶して、広間へ入った。

 ベルブルグで商家の二階に隠れて、顔を見て以来だった。
 むろん、ルシアはそんなことは知らない。


 披露の会は結婚式ではないので、それほど格式ばった会ではなかったが、いろいろと噂に名高いルシア妃のお披露目なので、ベルブルグ以外の地域からも大勢が来ていた。

 だが、ハブファンに自分から話しかけに来る者はいなかった。
 ハブファン伯爵は、爵位もありベルブルグでは一番の勢力家だったが、人身売買の暗い噂が絶えず、そのためダリアの誰からもそれとなく無視されていた。
 そして、もうひとつ、ハブファン伯爵は、どことなく品性が下劣に見える。誰もそんなことは言わなかったが、なんとも崩れたような醜さが目に付く。

 サジシームは勘の鋭い男だったから、すぐにそれに気づいた。それと同時に、そばを通り過ぎる令嬢たちが、彼の顔をちらちら見て居ることも。
 


 この披露の会の予期せぬうれしい驚きは、ルシアが王宮から連れてきた侍女たちだった。
 彼女たちは全員、名門貴族の出身で、若くて美人ぞろいで、しかも最新流行のドレスに身を包み現れた。がぜんパーティは華やかに盛り上がった。

「楽しい会になってくれるといいな」

 フリースラントは、ゾフに向かってそう言ったが、彼が客の満足を喜ぶような人柄ではないことをゾフは知っている。彼の主人は華やかな社交を楽しみたくて、この会を催したのではない。

「大成功だ」

 にこやかに挨拶し、名前を交換し、次から次へとできるだけ大勢と顔見知りになる。それがフリースラントにとっての目的だった。

 ハブファン伯爵は、広がりを見せ始めたレイビックの城の様子を見て言った。

「ただの披露の会じゃなくなってきたな?」

「そうですね」

「レイビック伯爵のところの若い者たちは、美しい上に、みな、品があるな」

 ハブファンはそわそわしてきた。そして彼は、若い連中のところに近づいていった。ハブファンに自分から話しかける者はいなくても、ハブファンから話しかけられて無視はできない。彼はベルブルグの影の支配者なのだ。

 一人になったサジシームは、フリースラントとルシアをじっと見ていた。

「なんなんだろうな、この二人の関係は?」

 とても親しげだ。だが、明らかに、男と女の関係ではなかった。


 夜会服に身を固めた、異国風の男は人目を引いた。レイビック伯爵とルシアもすぐに気が付いた。

「ロンゴバルトから来たのですか?」

「ハブファン殿のご紹介で」

 サジシームはにこやかに、二人の顔を見た。

 フリースラントは、例の奴隷商人だなとピンときた。
 奴隷を扱うなど、彼の北の国ダリアでは許されないことだった。だが、たとえ違法であっても、買う者がいるからこそ成立するのだ。その意味でロンゴバルトだけを非難するわけにはいかない。

「ベルブルグにはずっとご滞在なのですか?」

「いいえ。この会が終われば、ロンゴバルトに戻る予定です。その前に一目噂の美人を拝んでおきたくて」

「ロンゴバルトの方のお目にかなうかどうか。国によって美人の基準は違いますからね」

 フリースラントは笑い、ルシアがまじかに立った。
 サジシームは息をのんだ。
 初めて、ルシアの顔をすぐそばで見たのだ。

「サジシーム様?」

 かわいらしい声だった。

 サジシームは一言、二言かわしたが、何を話したか覚えていなかった。

 ルシアは純粋な濃い金髪で、肌は真っ白だった。ほんのり頬が桜色で紅い唇に目がいく。目の色がなんなのか、ダンスの会場では見極めがつかず、サジシームはイライラした。青いのだろうが、どんな青なのかよく見たかった。
 だが、じっと見つめたらそれは失礼にあたる。
 彼の故国においては、女は豊満な方が好まれたが、触れれば折れそうな華奢なルシアはサジシームの心をそそった。
 欲しい。
 ごく単純な、原始の世界から存在しただろう感情だった。



 ロドリックはその時、ベルブルグに住む誰か老貴族に捕まって、話を聞かされていた。彼は、目立ちたくないばっかりに物陰に潜んでいたのだが、折悪しく、座る場所を求めてうろついていた老貴族と鉢合わせしてしまって、十五年前の戦争の時の老人の大活躍の話を聞かされる羽目に陥ったのだ。

「そうですか、では、私はこれでちょっと失礼させていただいて……」

 だが、あっと老貴族は小さく叫んで、突然、ロドリックの袖をつかんだ。

「ハブファンと一緒にいる……そっちを向いてはいかん。サジシームじゃ。あの夜会服の若い男だ。ゲッダハドの息子じゃ」

 ロドリックは固まった。誰のことだ?

「ハブファンのところに出入りしているのじゃ。そら、ゲッダハド、ええと……敵方の総大将だ。鋼鉄の騎士に殺された……」

 十五年前のことは忘れたかった。だが、事実は脈々と生き残っている。

「鋼鉄の騎士の話は聞いたことがあるかね? わしは、この目で見たのじゃ、悪魔のようなあの男の活躍を……」

 悪魔としては、あまり続きは聞きたくなかった。

「ちょっと、所用がありますので、失礼します」

 サジシームと言うのか。ロドリックはその男の姿を目に焼き付けた。
 父の仇の鋼鉄の騎士がここにいることを知ったらどうするだろう。



 夜は更けていき、レイビック伯爵の城は、ルシアと侍女たちを迎えたことで、一晩でその意味合いを変えてしまった。

 誰しもが招待されたい、憧れの魔法の城になったのだ。

「素晴らしい催しものだった。レイビック伯爵に感謝じゃ」

「狩猟は大変楽しかったぞ、イノシシが5頭も取れたのだ。まあ、持って帰ることはできなかったから、競り市で売ったがね。なかなかいい値段が付いたぞ。たいしたものだ」

「パーティもよかった。あんなにきれいな若いお嬢さんたちを大勢見られるだなんて、目の保養ですなあ」

 立派で豪勢な城、身分高く美しい侍女たちと騎士たち、そしてなによりも、意識の上にははっきりとは上らなかったが、極めて貴族的な雰囲気があった。
 それは、侍女たちの立ち居振る舞いが、そうだったし、出された食事のメニューや、厳しく躾けられたらしい使用人たちの様子にも表れていた。

 優雅で、なんとも言えない場の雰囲気は、参加したレイビックの商人などはもちろん、貴族たちまで、つい、背筋を伸ばし、夢のステージに参加している気分になった。

「夢みたいだったわ。楽しかった」

 圧倒的な財力を背景に、今、レイビックは変貌を遂げていた。



「とはいえ、当分結婚式までイベントはございませんでしょう」

 ゾフがやれやれと言った様子で言った。
 披露の会が成功裏に終わったので満足していたが、いろいろと大変だったのである。

「そうだな。結婚式まではだいぶ間があると思うし」

 ロドリックはちょっと陰気そうに答えた。どうも自分絡みの話にロクなことはない気がしたのだ。結婚式の時期が予想外に先になる件についてだけはゾフに満足してもらえそうだったが。



 しかしながら、翌朝、フリースラントはロドリックに、次のイベントのプランを出してきた。

「剣と弓のトーナメント大会がいいと思うんだ」

 さすがにロドリックはむっとした。彼はパーティの間中、目立たないように苦労したのだ。

 ゾフもむっとした。彼は、パーティの準備と運営のために、総白髪になりそうだったのだ。

「狩猟とか、剣のトーナメント大会とか、そりゃ近所の暇な貴族どもにしてみりゃいい娯楽だろうよ。しかも、全部レイビック辺境伯持ちだ。そりゃ、大喜びで参加するに決まってる、でもね」

「フリースラント様、少しは手間と費用のこともお考え下さいませ」

 フリースラントは、紙を出してきた。

「フルーレ殿、マール殿、メートル殿……」

 紙には延々と人名が載っていた。

「なんだ? これは?」

「スカウトだ」

 ロドリックとゾフは、フリースラントの顔を見た。

「スカウト?」

「なんの?」

「こっちの紙の連中は、なかなか、武芸が優秀で気が利く者と目星をつけた」

「誰が?」

「ロジアンはじめ、うちの若武者どもだ。狩猟チームに一人ずつ、入ってもらって、優秀そうな人材のリストアップを頼んだ」

 確かに、地元の貴族の子弟を味方につけるには、狩猟大会やトーナメントはものすごく魅力的に違いなかった。

「中には、領地を継がなくてはならない者もいるだろうし、一方では、親元を離れたいと考えている者もいるはずだ。少しずつ、この城で仕えてくれる者を増やしていきたい」

「あのう、まさか、そのための狩猟大会と剣と弓のトーナメント大会でございますか?」

「トーナメント大会は、レイビックやベルブルグ地域以外から大勢参加者を募るためだ。腕さえあればよいのだから」

「ずいぶん派手だな」

「もちろんだ。賞金は、金のインゴット1本だ」

 ロドリックとゾフは驚いた。フリースラントは本気で人材を集めているのだ。

「国中に華々しく知らしめるのだ。レイビック伯爵の名を広めるチャンスになるだろう」

「派手すぎて反感を買うようなことはないか心配だな……」

「賞金は金のインゴットだ。誰しもが夢中になれる。レイビック伯爵は大の格闘技好きなんだ。金のインゴットを賞品にするくらいだ。国中で大評判になるに決まってるさ」

「それはそうだろうがね」

 ロドリックは賛成したものの、口ぶりは用心深かった。

「成り上がり者のレイビック伯爵に仕えるだなんて、プライドが許さない貴族も多いだろう。だが、剣と弓の名手に仕えることは、不名誉にはならない」

「剣の名手って……」

「レイビック伯爵のことだ」

 真顔でフリースラントは答えた。俺はどうなんだと内心ロドリックは思った。

「一週間後に発表する。国中の腕に覚えのある連中が集まってくると思うぞ! きっと素晴らしい大会になる」


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