アネンサードの人々

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レイビック伯

第68話 借金取り、王家に押し寄せる

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 王室に大金が隠されている!

 この話は、王や王妃に金を貸している連中に、野火のように広がった。

 毎日のように、大勢の連中が王宮に押しかけ、収拾がつかなくなった。

 結局、王と王妃は涙をのんで、一部の借金取りに金を返さざるを得なくなった。


 ペッシは、王や王妃に金を貸していない、ただ一人の宮廷人だった。

 彼は考えた。

「あと九十九本あるわけだ……それに比べたら、ルシア妃なんて、どれほど値打ちがあるものか」

 噂は噂を呼び、翌日には、王太子が駆け付けることになった。

 だが、ルシアを王太子の妻にしてしまうと、九十九本の金塊は絶対に手に入らない。そのうえ、金塊を返却することはもう不可能だった。すでに換金されてしまっていたからだ。

「あとはレプリカを作るしか……」

 王妃はそう言ったが、誰一人賛成しなかった。

 もう本当に、そんなこと、どうでもよかったのだ。

 それよりも人々の関心は、レイビック伯とは何者なのか、そして五日後に、本当に同じ金塊九本を持って、この城に出現するのかと言う問題に集中していた。

「誰も会ったこともないので、顔も知らないそうです」

 ルシア妃の屋敷では、侍女たちが必死になって情報を集めていた。

「ルシア様の夫になられるかもしれないと言うのに、なぜ、誰も知らないのでしょう」

「レイビック伯と言う男は、ハンター上りの粗野な男らしい」

「聞いたことのない爵号だな?」

「だって、身分を金で買ったと言うのだもの。それこそ、お里が知れるというものよ」

「今度は、金で高貴の姫を買うわけか」

「ルシア妃は、あんなに美しく、しかもお若いと言うのに、そんな男のところへ嫁がされるのか。気の毒だな」

「王妃が悪い。あのような得体の知れぬ占い師などの言いなりになって、国を傾けるとは……」

 ルシア妃とアデリア王女からは、家格を下げる結婚への拒否が王に伝えられた。

「身分にこだわって拒否するとは何ごとでしょう」

 ペッシは、この抗議について、解説を付け加えた。

「王太子様とのご結婚をお嫌がりになられていたくせに、なんということを言うのでしょう、この親子は」

 それを聞いた途端、王妃の眉が、釣り上がった。

「嫌がっていただなんて、初めて聞きました」

「いや、結果的には同じでしょう」

 言い過ぎたことに気付いたペッシはあわてて付け足した。

「王太子様とのご結婚を乞い願うはずなのに、そんな素振りもなかったではありませんか」

「ルシア妃はおじいさまに当たる前国王の妃です。王太子との結婚はできません。本人もわかっているので、結婚については触れなかったのでしょう。王太子も、無理筋を言ってはなりません」

 数日後、レイビック伯の使者の訪れが知らされると、宮廷中が大騒ぎになった。
誰もが、金塊の噂を知っていて、この前と異なり、大勢の貴族たちや貴族の従者たち、宮廷中の召使たち、警備の兵たちなど大勢が集まってきて、それこそ固唾をのんで待ち構えた。

 今度の使者の数は多かった。
 この前は四人程度だったが、今回は二十人くらいが、一台の立派な馬車を囲んでやって来た。壮観だった。

 ただ、馬車は無紋であり、それは異常だった。

「さすが、金で買った爵位だけあって、紋はまだないのだな」

 人々はあざ笑ったが、馬車は重厚な作りで、使者たちのウマは素晴らしい駿馬、身に着けている衣装も立派だった。

「田舎者が、金にあかせて、恰好だけは一人前に取り繕ってきたのだな」

「どこで化けの皮がはがれるか、これは見ものだ。」

「歓迎の晩餐会でも開いてくれないかな。どんな礼儀作法だか、見てみたいものだ」

「ばか、たかだか成り上がりの田舎伯爵の、それも、使者だぞ。晩餐会などとんでもない。レイビック伯爵自身が首都のカプトルまで来ると言うなら、ルシア妃の婿ゆえ、なにかの行事の際には呼ばねばならなくなると思うが」

「そんな田舎者を呼ぶのはイヤじゃのう」

「来ぬかもしれぬ。恥をかかされるだけだからなあ」


 使者たちは皆若く、器量の良い者たちばかりだった。

 彼らは、今度は、大きく立派な部屋に通された。

 今回は王も一緒であり、王妃もペッシも、この間の侍従も一緒だった。

 使者が若いので、彼らは大勢で強気に対応しようと作戦を練ったのだった。


「どんなに強気で来られようと、たとえお前たちを拘束しようと、王たちはなにもできない」

 レイビック伯は、彼らがレイビックを出立する前に、若い使者たちに教えていた。

「よいか。二隊に分かれるのだ。一隊は、立派な馬車で麗々しく王宮へ入れ。もう一隊は、目立たないように王宮の外で待機しろ。王たちは、結婚の約束をせずに、インゴットの金塊を検分するなどという名目で、インゴットだけ手に入れようとするかもしれない。あるいは、使者を全員中へ招き入れて、その間に馬車の中を探すかもしれん。」

 使者たちは真剣にうなずいた。

「金は二台目の目立たない馬車に隠しておくのだ。一本だけインゴットを持って入れ。現物を見せれば、黄金の輝きに目が眩んで、結婚誓約書にサインするだろう、ほらこれだ」

 その結婚誓約書には証人の名前が書き込まれていた。総主教ピオス六世と。

 総主教のサインが入る結婚誓約書……。

 見せられた貴族の若者は息を呑んだ。
 それは、どんなに金があっても買えないものだった。

『ルシア妃と結婚するからもらえるわけではない。両者ともが、相当の家柄でないと手にできないものだ……』

 見せられた若者は内心ビビった。彼も貴族の端くれ、それくらいのことは知っていた。

「これを使え。正式のものだ。総主教様の様式になっている。これに嘘は書けない。教会をだますことになるからな」

 彼は黙って押し頂いた。

「結婚誓約書に証人として王と王妃にサインさせよ。それが済んだら、一月後にルシアを迎えに行くと告げよ」

「け、結婚式は?」

「レイビックで行う。王の出席については触れなくていい。どうせ出る気なんか、ないだろう。レイビックで結婚式を挙げるなら、式に出ない言い訳ができたと喜ぶのが関の山だ。そしてここが大事なところだが」

 レイビック辺境伯は力を込めた。

「必ず、彼らは、残りのインゴットがいつもらえるか聞いてくるだろう。しかし、結婚式が済むまで、残りのインゴット四十は、渡さない」

 使者の若者は、目を見張った。インゴットは花嫁と引き換えだと思っていたのだ。

「違う。正式な結婚が、残りのインゴット四十本の引き換え条件だ」

 正式な結婚? 結婚誓約書も準備が出来ている。花婿にも花嫁にも問題はなさそうだ。一体どういう意味だろう。
 だが、彼は、何も聞かなかった。

「サインがもらえ、一月後の妃の引き渡しが決まれば、インゴット五本を、妃の支度料として、渡して来い」

「え?」

「そして、そのほかに、残り八本のインゴットを渡してくるのだ」


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