アネンサードの人々

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レイビック伯

第67話 下品な成金に王家の娘を嫁にやるわけにはいかないと言う建前論

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 ふってわいたようなおとぎ話だった。

 だが、おとぎ話ではなかった。その証拠に、若者たちは、きらきら輝く黄金の塊を残して去っていった。


 王妃とペッシ、侍従は顔を見合わせた。

「確かに」

 ペッシは声を詰まらせた。

「確かに、本物の金じゃ。これがここになければ、レイビック伯爵の申し出が本気なのかどうか、疑われるところじゃ」

「その通りでございます」

 侍従も震える声で賛成した。

「まさか、このような値打ち物を本当に置いていくとは!」

「レイビック伯爵と言う方は、本当に、残り九十九本の黄金を持ってくるつもりなのかしら?」

「王妃様」

 ペッシが慎重に、しかし狡猾そうに言った。

「その答えは一週間後に出ましょう。彼らは言っていたではありませんか? 一週間後に、また来ると」

「そうだったわ。インゴットを、もう九本、持参すると言っていたわね」

 そう言いながら、彼女は物欲しそうに、黄金の塊を眺めた。

 こんなに簡単に、こんな大金が手に入るだなんて、夢のようだ。だが、その時、彼女は我に返った。

「だめだわ。これをこんなところに置いては。金庫に厳重にしまい込みましょう」

「そうですな。そして、一週間後を待ちましょう。本当に、あと九本ものインゴットが届くのかどうか見極めましょう」

 そのインゴットが、本当に届くなら、きっと九十九本のインゴットも届くだろう。

 ルシアと引き換えであることはあまり気にならなかった。

 インゴット百本!

「いくらかを、ルシアに与えればよいと思うわ」

 王妃は殊勝そうに言い出した。

「ルシアの財産だって、その多くが元はと言えば、王家のお金。領地もそうだわ。黄金を結納金にもらっても当たり前です。
 それに、ルシア妃だって、それほどのお金持ちなら、不満はないはず。王太子と結婚はできないのですからね。王太子より、高貴な婿は世の中にはいないのだから、せめて裕福な方との結婚は悪くないと思うわ」

「レイビックは遠い辺境の地ですから、王太子様とは距離がございます。安心でございます」

「しかしながら、レイビック伯爵は、お金で爵位を買っただけの新興貴族。ルシア様をお金で売ったなどと言う悪評は立ちますまいか」

 ペッシと王妃は、余計な発言をした侍従を、キッとにらみつけた。図星だったのである。

「そんなことはありません!」

 二人は声をそろえた。

「ルシア妃や王家に対する尊敬が黄金になって現れたのです!」

 王妃が叫んだ。

「あ、はあ、そうでございますとも!」

「これだけの誠意を見せられて、無反応でいられましょうか!」

 ペッシも叫んだ。

「まずは、大事にしまい込みましょう。もちろん、事と次第によっては、お断りしなくてはならないかもしれないし……」

「その時には、このインゴットも、お返ししないといけないわけですから……」

 王妃とペッシは、いそいそとインゴットを金庫にしまい込んだ。

「一週間後を待ちましょう」

 彼らはそう言ったが、そんなわけにはいかなかったのである。



「誰がバラしたのだろう」

 ペッシはイライラした。

 翌日には、目ざといと言うか、耳の早い商人連中が、我先にと駆け付けたのである。

「聞くところによると、王室には、五十万フローリンにも値するインゴットがありますそうで」

 驚いた財務大臣も走ってきた。

「それが本当なら、差し迫った返済金がありますので、そちらの方の支払いを先にしていただかないと……」

 王妃とペッシは、そんなものは無いと頑張り続けた。しかし財務担当大臣のバリー殿は言い張った。

「昨日、レイビック伯爵の使いを名乗る者たちが来て、求婚の証に、黄金のインゴットを持参したと言っていたそうで」

「取り次いだ者がそのように申しておりました」

「実際に、重そうな革袋に入れ大事そうに運んでいる様子を見た者が大勢おりまして」

 レイビック伯爵の使いが、来た理由を黙っているわけがなかった。

 むしろ、どんどん広告したいくらいだろう。

「まだ、結婚のお申し込みを受けただけで、お断りする場合は、お返ししないといけません」

 インゴットを換金しないと言うと、途端に、高利貸しどもは、恨めしそうな顔つきになった。


 だが、知らない間に、借金取りとは別な危機が、王妃とペッシに迫ってきていた。

 王その人である。

 彼もうわさは聞いていた。

 彼は王である。

 したがって、王妃に断りなく、勝手に金庫を開けて、友人の貴族にインゴットを見せていた。

「すごいだろう」

 王は言った。

「まだ、換金してないけど、どう思う?」

「そうですな? 四十万フローリンは固いと思います」

「じゃあ、それで」

 王は四十万フローリンを手に入れた。


 王妃とペッシは顔色を変えた。

「なんてことをしてくれたのです!」

「第一、五十万フローリンのはずですぞ?」

「だまされたのです!」

 勝手に売っ払らわれたことより、十万フローリンも安く売られた方が問題だった。

 そこは、王も気が付いた。

 彼は件の貴族を呼び返し、金塊を取り戻し、改めて、金の取り扱い商人に、例のインゴットの値踏みをさせた。

 今度は、五十八万フローリンの値が付いた。

「純度の高い、いい金塊でございます」

 五十八万×百個で、当初の目論見より、価格はハネ上がった。

 思わず、王妃とペッシはニンマリした。

 しかし、今度は五十八万フローリンの現金の存在が、世の中に知れ渡る事態となった。




「レイビック伯爵は、王宮に入ったら、出来るだけ多くの者に、インゴットの話を知らせるようにとおっしゃられたが、どういうおつもりなのだろう」

 帰途、レイビック伯爵に遣わされた、若者のうちの一人がロジアン殿に聞いた。

「それはな、あの金を使わせたいのだ」

 ロジアン殿は、若者に優しく答えた。

「使わせたい?」

「そうだ。王室は、今、借金まみれ。金に窮している」

「それはうわさで聞いたことがございます。なにか、王妃様が散財されているとか」

「そう。噂を聞けば借金取りどもが黙っているまい」

「それはそうでございましょう」

「押し切られて、売ってしまうだろう」

「節操のない。そんなことをしたら、預かっている意味がなくなります」

「インゴットを返せなくなるではありませんか」

「返せなくなって欲しいのだよ」

 ロジアン殿が笑った。

「わななのだ。見ていてごらん。一週間後に、王宮に行ったら、インゴットはもう残っていないだろう」

 黙っていた別の若者が言った。

「何も言わなくても、使い込んでしまいそうです。そのうえ、あれは、検討するためだけの金だから使ってしまっても構わないものだと思った、などと言いだすのではないでしょうか」

 ロジアンは答えた。

「宮中の者たちに教えておいた方が、確実だ。必ず、のっぴきならぬ羽目に陥るはずだ。そして、今回の金を使ってしまったら、次はもっと欲しくなる」

 ロジアンの目はキラキラしてきた。口元には皮肉な笑いが浮かんでいた。

「必ず、もっともっと欲しくなる。そんな人間たちなのだ、彼らは」


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