アネンサードの人々

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レイビック伯

第59話 王宮のルシア

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 戴冠式の日からもう2年が過ぎようとしていた。

 元の王妃は、王宮のはずれの部屋をもらって静かに暮らしていた。
 彼女の夫は亡くなっており、彼女の出番など何もなかった。


 一方で、彼女の母のアデリア王女は、宮廷で大問題を起こしていた。

 アデリア王女には一つの才能があった。
 それは、相手が最も嫌がること、すなわち「(都合の悪い)真実」を一瞬で見破り、さらっと口に出す才能だった。

 王は即位以来、宮廷の貴婦人たちが、大勢秋波を送ってくるので、すっかり浮かれていた。すると、アデリア王女は言った。
「王妃様は太り過ぎ。それに老けるのが早いわね。だから、王様が浮気するのよ」

 王の愛人に対しては「鼻の下のほくろが下品に見える」と教えて差し上げた。
 本人が密かに気にしていたことを、さらりとみんなの前で指摘するとは、鋭すぎるにもほどがある。
 
 今や後ろ盾を持たぬアデリア王女に、誰も遠慮などするはずがなかった。

 アデリア王女は、王家の住まうエリアに居を構えることができなくなり、娘の元王妃の屋敷に移り住んだ。
 そして、今度は、元の王妃の権威をかざしてわがままを通そうとしたが、誰も相手にしなかった。
 ヴォルダ公が亡くなったので、再婚も自由なはずだったが、敵わなかった。相手が逃げてしまったのである。
 王と自由自在に敵対する女など、怖くて誰も結婚したがらなかったのだ。

 アデリア王女は、ヴォルダ公からの莫大な遺産をほとんど食いつぶしていた。賭けをしたり、宝石を買い込んだり、(結婚出来なかった)愛人に貢いだりしていたのである。元の城もすでに人手に渡っていた。

 自分の財産がなくなると、アデリア王女は娘の財産を当て込んだ。ルシアが代わりに払うからと買い物をしたり、ルシアの財産をカタに借金を始めたが、ルシアは決して代わりに払わなかった。

「ルシア様は、お若いのになかなか大したお方だ」

 ヒステリー気味の母に負けず、冷静に対処するルシア妃の評判は、密かに高まった。

 ルシアのアデリア王女への対応は、正しい対応だった。
 やがて、アデリア王女に支払い能力がないことが知れ渡ると、誰も金を貸したり、モノを売ったりする者がいなくなったのだ。したがって、トラブルは減った。

 しかし、ルシアがそろそろ十五歳に近くなり、いわゆる適齢期に差し掛かると、アデリア王女は縁談をまとめると言い出して金品の贈与を受け取り出した。

 娘の縁談をまとめるのは、母の特権である。身分も地位も財産も申し分のない美しい娘との結婚は十分に魅力的なので、これに引っかかる貴族は多かった。

 王は頭ごなしにアデリア王女を怒鳴った。

「娘を売るとは、母の風上にも置けぬわ」

 日ごろ、あまり評判の良くない王であったが、今回ばかりは、まともだと言う評を受けた。

 王と王妃の評判が悪かったのは、二人が、占い師のペッシの言いなりだったからだ。
 彼らは「向きの良い」建物を狂ったように建て続けていた。
「向きが良い」の意味は、ペッシ師以外誰にも分らなかったが、建てれば建てるほど、ペッシ師の懐にお金が転がり込むことは、国王夫妻以外の誰もが知る「公然の秘密」だった。

 ルシアはトラブルを避けるために、王宮内での宴会やパーティには一切出なくなった。母も結婚の取り持ちなど、もうやらないだろう。みんなから忘れ去られる。それでいいはずだった。





 だが、興味を持つ者がいた。
 それは、王太子その人だった。

 彼は、王家のたった一人の跡取り息子であり、ルシアよりいくつか年上だった。

 王太子は母に似て背が低く、父に似て優柔不断だった。これと言って特徴のない人物だったが、お付きの若い貴族たちと一緒に、狩猟やカードに夢中になり、年頃になって友人たちの関心が恋愛ゲームに移ると、一緒になって宮廷の美しい侍女たちや誰かの令夫人たちの噂をしていた。

 この友人たちが、ルシアに興味を持った。

 特に、密かに興味を持ったのがファルロと言う、王太子の取り巻きの中で最も年長の青年貴族だった。

『ベールが邪魔で顔が見えない』

 こんなに美しい娘に喪服ばかりを着せるのはもったいない。黒も似合うが、ベールが邪魔だった。

 なんとしてもあのベールを脱がさなければならない。極力、宮廷には出てこなかったが、元の王妃と言う身分柄、公式行事には出席することがある。祝賀儀式に黒は不都合だと伝えてみると、出席辞退の返事が返ってきた。

 いかにうまくシチュエーションを準備すれば、あの娘を参加させられるか。そして、どうやってベールを脱がせるか。

 王太子も仲間入りして、彼らは知恵を絞った。

 王宮に来た際に、黒は失礼だと難癖をつけて、着替えさせてしまえばよいと彼らは考えた。

「喪服では都合が悪いとは存じませんでした。事前にお知らせ頂ければよかったのですが。まことに申し訳ございませんが、失礼いたします」

 ルシアの侍女からそう伝えられた時、若貴族たちは、辞去する方が失礼千万と止め立てした。
 衣装なら用意するからと半ば強制的に、王子方の年配の侍女たちが、ルシアを引き留め着替えさせた。

 サイズがわからなかったので、ぴったりと言うわけにはいかなかったが、きれいに髪を結わせ、あでやかな衣装を着せた。

「どんなであろう」

 えてして、こういった場合には、期待のし過ぎでがっかりすることも多い。

 だが、ルシアは本当に美しい娘だった。

 ルシア自身は、自分ではどうしようもない事態の進展に困っていた。
 なぜ、こんなことになっているのかも想像がついた。いっそ、着替えの部屋から出たくなかった。だが、侍女たちは、無理矢理、彼女を部屋から押し出した。

 突然現れた夢のように美しい娘の姿に、人々の目は釘付けになった。

「整った目鼻立ちで冷たい感じもするが、華やかでもある。目元に風情があるな。二度と忘れられない美人だ」

「どちらの姫君であろう」

「ルシア様だ」

 誰かがささやいた。人々は、はっとした。

「そうだ。元の王妃のルシア様だ」

 王太子のグループも唖然としていた。

 ベール越しが多かったので、それとなく雰囲気美人だったのだが、こうまであからさまにはっきり目の前で見ると、これは美人だった。

 王太子も強い感銘を受けた。

 自分たちで工夫して、ようやく白日の下にさらしたのだ。
 彼らの所有物のような気がした。
 他の参加者が、話しかけることも許したくなかった。
 彼らはルシアを取り囲んで話しかけた。

 王太子は話がうまくできない質で、ましてやこれほどの美人を目の前にしては、口ごもるばかりで何一つ満足にしゃべれない有様だった。

 だが、こういう時こそ、便利なお付きの友人たちがいる。

 雄弁で気の利く王太子の友人たちは、かわるがわるルシアに話しかけ、少女の唇から言葉を引き出した。そして、その声にうっとりした。

「ルシア様、喪服よりこういったお衣装の方がどんなにお似合いなことか」

「亡き王陛下の喪に服しておりますので、喪服以外を着ることは許されません。本日は、おめでたい席にお邪魔いたしまして、大変失礼いたしました」

 彼らは、ルシアの言葉の意味なんか聞いていなかった。
 声にうっとりしていた。
 なんと、愛らしい声だろう。

 帰りたがる娘を彼らは引き止め、人目もはばからず、しつこく話しかけ、食べ物や飲み物を勧め、夢中になった。

「若い者たちの特権だが……」

 王太子の侍従長を務める年配のウェルケウェ伯爵が言った。

「元の王妃が絶世の美女とは。しかも、まだ十五歳にもなっていなかったはずだ」

「あれだけ美しい方とあれば、多少の問題は、気にもされませんでしょう」

「問題とはアデリア王女のことか? それとも、再婚になる点か?」

 聞いていた誰かが笑った。ウェルケウェ伯爵の言葉が的を得ていたからだ。

「その通りでございますね、伯爵様。王太子妃は無理でございましょう」

「もちろんだ」

 しかし、王太子の表情を見ているうちに、ウェルケウェ伯爵は不安になってきた。

 年頃の娘と青年。

 王太子を子供の頃からよく知っている侍従長は、王太子の難しい性格をよく知っていた。夢中になってしまったら、坂道を転げ落ちるように他のものが見えなくなる。
 そして、ルシアは新鮮で印象的な存在だった。彼より年下なのに、彼の祖母なのだ。とても身近で、とても遠い。


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