アネンサードの人々

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フリースラント

第57話 すっかりおとなしくなったハンター仲間

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 フリースラントが宿に戻ると、かなり困った顔をしたゾフが待ち受けていた。

「おお、フリー」

 彼は言った。

「荷物を受け取りに行かにゃいかんのだが、荷馬車が明日朝にならんと届かないんだ」

「それは仕方ないだろな。話が付いていても、当日まで使っているだろう」

「ウマの方は、宿の厩舎に入れてもらった。後で見てくれ。なかなかいいウマだと思うがね」

「ありがとう」

 残金をゾフから受け取りながら、フリースラントはゾフの顔を見た。

「どうしてそんな困った顔をしているの?」

「ええと、それが、出かけるのが明日の朝だとわかると、三人が、その、ゴーバーに行ってしまったのだ。遊びに」

 なんだ、そんなことか。

「まあ、いいんじゃないですか? お金を使い果たすのが関の山でしょう。ゾフさんは行かないんですか?」

 ゾフはあわてた様子だった。

「行かないよ。私には妻も子もいるし」

 フリースラントは、ゾフを見て笑いかけた。まじめで実直な男だ。こういうのは行く男と行かない男がいる。

「ゴーバーなら、そこそこ安全ですよ。女の子と飲むだけなら、何の罪にもならないでしょう。見物がてら、出かけるなら案内しますよ」

「え?」

 ゾフは心底驚いた。十六かそこらの若者に、飲み屋街どころではない売春宿もどきを紹介しましょうなどと言われたら、驚くに決まっている。そのあと、ようやく、以前にフリーがベルブルグの出身だと言っていたことを思い出した。

「ああ、ベルブルグ出身だったんだっけ」

「正確には違いますが、行くなら後で奥さんに無実を僕が証言しますよ」

 行き届きすぎた配慮だったが、結局、ドルマの店を案内することになった。

 フリースラントは、マスクをしていった。顔から素性がばれると困る連中用に、そこら中で売っているのだ。

「なんで、そんなものしてるの?」

 ゾフが不審そうに聞いた。

「知り合いだらけ過ぎて、具合が悪いんですよ」

 ドルマはとにかく、店の女の子が厄介だった。


「ここがゴーバーか!」

 さすがの堅物のゾフが目を見開いていた。

 ゴーバーは相変わらずだった。
 以前にもまして、キラキラしていて、人でごった返していた。レイビックでは考えられない光景だった。
 明りがこれでもかと言わんばかりに灯され、隅々まで照らされていた。

 通りに入ったとたん、にぎやかな嬌声が取り巻き、何人かから声が掛けられた。

「マスク付きは逆にまずいですね。どこかの金持ちと勘違いされてるみたいだ」

「え? ああ。でも、すごいなあ」

 ゾフは絡みつく女の子たちにびっくりしながら、それでも、結構嬉しそうだった。

「こっちです」

 正直、ほかの店のことは知らない。

 ちょっとエッチなお姉さんより、猫さろんの方が安いので、猫さろんの方へゾフを連れて行った。

「ちょっと、相手してて」

 フリースラントは、ゾフを置いて、ドルマに会いに行った。

「あらまあ、うまいこと会えてよかったわー。今、戻ってきたとこなのよ。ねえ、ロドリックと一緒なの?」

 一緒ではないと答えると、ドルマは真剣に残念そうだった。

「そうなのー。冬までお預けねー」

 この調子だとロドリックは冬も来ないかもしれないと思ったが、ドルマががっかりしそうだったので、言わないで置いた。

「なんで、マスクなのよ」

「あのー、なにか、店の女の子が危険な感じで」

 まじまじとフリースラントを見つめて(マスクしか見えなかったが)、ドルマはしみじみ言った。

「成長したわねえ」

 それから続けた。

「わかってないんじゃないかと心配だったのよ。だって、あんたのファンの女の子たち、多かったし、多すぎて喧嘩しそうだったし、ロドリックと出来てるって言っといたのに(そんなわけないだろとフリースラントは腹の中でののしった)、それでも気にしないんだもん。まあ、相手がロドリックだったのが、余計、想像力を掻き立てられたらしくって」

 なに想像してるんだ……

「最近、変わったことはないですか?」

 フリースラントは話をぶった切った。

「変わったこと?そうねえ、結構、希望者が増えたのよ」

「何の?」

 ドルマに睨みつけられた。なんて、察しの悪い子なのかしら。

「ここで働きたいって言う子よ。あんまり、田舎は景気が良くないのかも。それと、ハブファン様へ王様が上納金をもっと増やせって言っているみたいよ」

「へえ? 王様って、新しい王様ですか?」

「そうよう。うちのお金の取り立ても多くなっちゃって。なんでも、新しい王宮を建てるんですってよ。今の王宮は向きが悪いんですって」

「向きが悪い?」

「知るもんですか。そういう占いらしいわよ」

 あまり長いこと話していると、さすがにゾフが気になったので猫さろんに戻ると、ゾフはすっかり酔っ払い、大勢の女の子たちに囲まれて、とても楽しそうだった。クマ狩りの話をしていた。多分、どの娘にも全然わからなかったろうが、そこは商売、適当に話を合わせてくれていた。

「帰りますよ」

「あ、お、フリー、いや、まだ、たいして時間たってないよ。余裕あるよ」

「明日の朝、早いんですよ。帰りますよ」

「容赦ないなー。冷たいな、お前は。ジュリアに対する仕打ちも冷たかったなー」

「そんなことありませんよ」

「話だけ聞いて、利用価値がなくなったらポイッてな感じだったよな。ジュリアは本気で、お前に惚れていたのに、かわいそうだった」

 フリースラントはイライラしてきた。

「最初はかわいらしい感じもあったけど、最近のお前は亡者のようだ。何かに取りつかれているようだ」

 フリースラントは黙り込んだ。だが、言った。

「お金を払って出ましょう」

 彼には目標があるのだ。

 ルシアと母を取り戻す。

『取り戻すって、取り戻されたくないんじゃないの? 特にルシアは? 宮廷で何不自由なく、豪華な生活をしているんじゃないの?みんなから尊敬されて。大事にされて』

 かも知れなかった。

 彼の出番なんかまるでないかもしれなかった。

 それでも、出来ることだけでも、やらないではいられなかった。

 今のフリースラントには、何もない。
 金も、地位も、権力も、活動できる場所もなかった。
 かつては全部持っていたのに。

 ジュリアなんて構っちゃいられなかったのだ。

 ジュリアの願いをかなえることは彼には絶対にできなかった。

 それなら、仕方ないだろう。

 冷たいとか、亡者だとか、取りつかれてるとか、フリースラントにはフリースラントの都合があるのだ。

 彼はそう思いながら、クダを巻くゾフを簡単に椅子から引きはがすと、小脇に抱えた。横に抱えられたゾフはジタバタ騒いだ。

「おいくら?」

「3フローリンと35ギルです」

 フリースラントは、片手でゾフを抱いたまま、4フローリン払うと、さっさと店を出て行った。

「ねえ……あれ、フリーじゃない?」

「そうよねえ。あの怪力っぷり。人一人、あんなに軽々と運ぶだなんて」


 宿に戻った時にはゾフは完全に寝ていた。

 フリースラントはゾフを彼のベッドに突っ込むと、翌日の用意をした。他の連中はまだ、帰ってきていなかった。

「明日の朝が思いやられるよ。ちゃんと帰ってきてくれてたらいいが」




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