アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
上 下
56 / 185
フリースラント

第56話 ゾフの手下とベルブルグまで商用旅行

しおりを挟む
 外で音がして、二人が窓からのぞくと、頑丈そうな荷馬車が来ていて、日焼けした頑丈そうな男、ゾフが手綱を取っていた。

「フリー、行くぞ。早くしろ」

「今、行く」

 軽く目礼して、足取りも軽く、ドイチェ氏にとって今や謎の存在となったフリースラントは出て行った。



 フリーが荷馬車に乗り込むと、中にはゾフの仲間が三人座っていた。

「よろしく」

 フリースラントは言った。

 三人は、顔を見合わせた。
 彼らは、ゾフと違って、フリースラントを信用していたわけではないのだ。

「ゾフが言うから、一緒に行くが、俺たちは別にお前に用事はないんだ」

 フリースラントは黙って、次の言葉を待った。

 フリースラントが怒り出すか、あるいは何か反応するだろうと思っていた彼らはじっとフリースラントの顔を見ていた。
 だが、フリースラントが黙っているので、彼らは続けた。

「一週間の旅らしいな。荷物を運んでくれって。それと護衛だそうだが」

「護衛の方は僕がする」

 ゾフの仲間にチラとあざけりの色が浮かんだ。

「子供の癖にか? ゾフの腕を知らんのか。生意気な」

 フリースラントは、まじめに解説した。

「用心棒をしてたことがあるんだ。正式に剣を習った期間は十年以上ある。だが、大勢の野盗が襲ってきたら、一人では無理だ」

 ちょっと、彼らは顔を曇らせた。この旅は、大勢の野盗に襲われる前提なのか?

「レイビックに来るときも、三回かそこら襲われた。夜道を移動してはいけないと言われたよ」

 夜道を移動したから襲われたのではなくて、身なりがいかにも貴族の坊ちゃま然としていたからだったが、そんなことを教える必要はなかった。

「それでどうなったんだ?」

 用心深い口ぶりになったゾフの仲間は尋ねた。

「一人の盗賊の時は、斬り殺した」

「殺しちゃったのか」

 別の一人が口を挟んだ。

「斬り殺さないとまた襲って来るんじゃないかと心配だったもので」

 フリースラントが、今度は心配そうになってきた。

「盗賊は殺したい放題ではないのか?」

「え?」

 三人は顔を見合わせた。それは考えたことがなかった。

「さ、さあ?」

 ちょっと暗い雰囲気が荷馬車の中を覆った。

 だが、心配になってきたもう一人が追及した。

「残りの二回はどうだったのだ」

「一人の野盗に襲われたのは二回あったけど、この時は殺した」

「二人ともか?」

 フリースラントは頷いた。

 三人は、ちょっと嫌になりかけた。こいつは殺人犯なのではないか。

「で、もう一件のやつはどうなったのだ」

「残りのは三人組だった。斬り殺した」

「………同じじゃないか」

「結果としては同じだ」

 フリースラントは、まじめに説明した。

「でも、二十人に襲われたらどうしようかと」

「二十人……」

 そもそも襲われる前提なのが嫌すぎる。

 その時、ゾフが後ろを向いて、大きな声で言った。

「ロドリックが、そんな心配はいらんと言っている」

 四人はゾフを振り返った。

「今度の荷物はただの袋だ。たいしたものは入ってない。ただ、重いんで運ぶのが大変だと言うだけだ。誰も襲わないよ。それから、お前ら」

 三人の男たちは、ゾフに注目した。

「そのフリーは、剣を持たせたら、俺なんかが歯が立つ相手じゃない。ロドリックがそう言っていた。万一、野盗でも何でもやってきたら、遠慮なくフリーに相手させろ。ロドリックが、殺す必要はないから、手加減するようフリーに良く言い聞かせておいたと言ってた。殺しちゃダメだぞ?フリー」

 三人は、顔を見合わせて、そして、なんとなくおとなしくなった。

 彼らは、荷馬車が空なので、さっさと進み、ベルブルグに着いて、フリースラントは例の修道院へ出かけ、ゾフたちは荷馬車を買いに出かけた。

「え?それも今回のミッションのうちの一つなんですか」

「そう」

 フリースラントは短く答えた。

「あと、ウマも調達してきてくれ」

 ゾフは聞いていたらしい。頷いていた。

「四人も人手が必要なわけないでしょ。荷馬車が二台だから、四人なんだよ」


 フリースラントは緊張して、例の修道院の副院長に会いに行った。

「これがロドリックからの手紙ですか?」

 副院長は、手紙を読んでいるふりをしながら、フリースラントを品定めしていた。

『フリーを紹介します。とある貴族の子息ですが、名前をお伝え出来ない事情がある者です。総主教様からの紹介でレイビックに来ております。この度の事業を一緒にしておりますので、一度、お目通りをお願いいたしました』

 簡単な紹介である。

「学校は卒業しましたか?」

 物柔らかな調子で副院長は尋ねた。

「本科は卒業しましたが、高等科は一年ほどでやめております」

 なるほど、貴族の子弟に間違いなかった。

「ロドリック殿とはどこでお知り合いになられたのかな?」

「レイビックでございます。総主教様のご紹介で、お近づきになれ、大変感激いたしました」

 静かでよどみない返答ぶりは、宮廷式だった。
 副修道院長は、丹念にフリースラントをながめた。相手は貧しい身なりながら、端然としていた。

「名は?」

 フリースラントは顔を曇らせた。

「申し上げられません。申し上げますと、ご迷惑がかかります」

「そうか……では、無理は言うまい。商品の方は、一昨日届き、修道院の所有の川沿いの倉庫に荷揚げしている。こちらがその受取証だ。これを持っていくがよい。品物と引き換えてくれる」

「ありがとうございます。では、こちらが代金の残額、百二十フローリンと五ギルです」

 百フローリン貨に副修道院長は驚いた様子だった。フリースラントは何気なく無視した。この貨幣は彼が実家から持参してきた金だった。よほどの金持ちでなければ見たこともないはずの金貨だったのだ。

「受領のサインをお願いします」

 副修道院長は黙って署名をした。これは、確かに訳アリの若者だった。総主教様が、紹介してよこすだけの何かわけがあるのだろう。

「まさか、ベルブルグまで一人で来たわけではあるまいな」

「レイビックの者と一緒に参りました。荷馬車を用意しております」

「なるほど」

 副院長は、フリースラントの顔立ちを頭に入れた。黒髪、黒い目、冷たい感じを受ける顔の背の高い青年だった。

「それでは、フリー、用件があるときは私が対応しよう」

 フリースラントは、少し驚いた。

「それはまことに光栄でございますが、副修道院長様のお手を煩わすまでもない用件の場合もあると存じます」

「状況に応じて、私が多忙の折には、他の者が応ずるかもや知れぬが……」

 修道院には、かなりの高位の貴族の家出身の者もいた。この青年は間違いなく、どこかの大貴族の家の出身である。この青年の顔を知る者が少ない方がよいと副院長は考えたのだ。

「ベルブルグにあなたが来るときには、お目にかかろう。では、ロドリックによろしく」

「本日は、お目通り賜りまして、ありがとうございました」

 フリースラントは型通り、丁重に礼をすると去っていった。

「間違いない。子供のころから宮廷に出入りしていた家の子弟じゃ。それがなぜ、あのような格好で、こんなところへ……」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...