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フリースラント
第51話 ベルブルグの修道院の副修道院長
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翌日、トマシンは、フリースラントに連れられて、おそるおそる坑道の中に入っていった。
それは水が滴る不気味な空間で、しかもどこにも金の気配などなかった。
二人が持つローソクの光りだけが、あたりを照らしている。
フリースラントは暗いところでも、全く平気だったが、線の細い感じを受けるトマシンが、この暗闇にどう反応するか少し不安だった。
「あ、これですね?」
しかし、トマシンは突然大声を上げた。
「この筋だ。これですね?」
フリースラントには、どれがどれやらわからなかった。
「ああ……そうだ」
ちょっと自信なさげに彼は答えた。
「ああ! 父が見せてくれたことがあります! これとよく似た石です。父は集めていたんです。いろんな鉱石を。父は変わり者だと言われていましたけど、本当に詳しかったんです」
トマシンはローソクを近づけた。
「ずっと続いている。すごい。本当に宝の山ですね!」
トマシンはすっかり興奮していた。
「ああ、この山、きっと私の父の夢です。こんなすごいものが埋まっていたなんて……」
彼はそう言いながら、必死になって岩を調べていた。
「あの、トマシン……」
フリースラントが遠慮がちに声をかけた。
「すでに採掘した分を精錬してくれないか?」
トマシンは振り返った。彼は泣いていた。フリースラントはびっくりした。
「金にしてみてくれないか。どれくらいの純度なのかしりたいんだ」
「フリースラント様、この山は、多分すごいです。私の父が夢見ていた山そのものです」
トマシンの父がどんな人間だったのか、フリースラントにも、うすうす理解できた。それと同時に、どうしてトマシンの一家が貧乏していたのかも、わかった気がした。きっと、トマシンの父親は金山の魅力に取りつかれた男だったのだろう。どうしても、夢を追わないではいられなかったのだ。
フリースラントにも、トマシンにも夢があった。
金持ちになるのだ。だって、彼らには、それぞれ大事な家族があるからだ。
「やってみよう、トマシン。この山を掘ってみよう」
「はい! フリースラント様!」
ロドリックが多少、不安に感じたくらい二人の若者は必死になった。
「一攫千金……」
「なんてステキな言葉なんだろう……」
若者二人は、うっとりしていた。
(こいつらカネの亡者だったのか……)
「僕は、当分、学校には帰りません。ここで目鼻がつくまで働きます」
「僕も。ルシアを助けなくちゃいけないから、ここでガンガン金を採掘するよ」
(フリースラント、また、訳の分からないことを言ってるぞ。王妃様なんだぞ。十分幸せだろう。今の君より金持ちだ)
一月後、ロドリックはこっそりベルブルグの修道院に金の塊と銀の塊を持ち込んだ。
いつものように、しんと静まり返った小部屋で、彼は副院長と対面した。誰の立ち入りも許されない。
「王陛下の動静はいかがだろうか?」
「良くない。先日は全くの危篤に陥られ、国中の教会で祈祷があげられた」
ロドリックは濃い眉毛を動かした。
「祈祷に効果などあるのだろうか」
副院長は、神を疑うようなこんな質問にも平然としていた。
「王は、もう、数か月前に亡くなられていてもおかしくない状態だった。命は神の摂理である。祈祷で助かる者もいるが、祈祷ではどうにもならない者もある」
「では……?」
「1週間前の深夜、ついに身罷られた」
「1週間前……」
「正式な発表はまだである。しかし、王太子にとっては待ちに待った即位となる」
「宮廷内の力関係は……」
「これからの問題だろう。新王はしかし、摂政を置かないと述べておられる」
(あんなに、ぼんくらなのに!)
「アデリア王女が摂政に名乗り出ている」
(あんなに勝手なのに?!)
「し、しばらくは、嵐の時代が続くかもやしれませぬ」
「そう。それと、ロンゴバルトの動きが目立つ」
「ロンゴバルトでございますか? この混乱の時に? それは、また、どのような?」
「王家の代替わりとは、直接、関係はないが……こっそり人身売買を行っている」
「人身売買!」
「砂漠の民じゃ。信仰を持たぬゆえの人の道に外れた行いじゃ。しかし、買う者がいるから売買は成り立つ」
「ハブファン殿は……」
「もちろん、表立って出てきてはいないが、裏でどのような契約を結んでいるのやらわからぬ」
彼らは黙った。
「女が多いのですか、それとも男が?」
「圧倒的に男じゃ。いったいどのような仕組みかわからぬが、言葉もわからぬ者たちが、力仕事に従事している」
情報交換は済んだ。副院長が身じろぎしたのを見て、ロドリックは、懐から厚手の絹の袋を取りだした。
副院長は、ロドリックを見た。
「なにかね? それは?」
「ご内密にお願い申し上げます」
副院長は、怪訝そうだったが、袋に集中した。
ひもを解くと、中から出てきたのは、光の射さないこの小部屋でも、鈍く光を放つ小粒の金だった。
袋から、ざらざらと金の粒が流れ出てくる。副院長は言葉を失い、黄金色の粒を見つめた。
二人は黙り込んで、何の変哲もない木のテーブルの上で、燦然と輝く金の粒を見つめていた。
「これは、どこで? そして、どうして?」
副院長が低い声で尋ねた。
「レイビックの旧の金鉱山から」
同じくひそめた声で、ロドリックは答えた。
「再度の採掘にようやく成功いたしましたのでございます」
「なんと! ここ百年、誰も成功しなかったと言うのにか。確か、レイビックの町では採掘権をわずかな金で売りに出していたのではないか?」
「左様でございます。しかし、野心的な若者が採掘権を取得し、採掘に成功し、これだけの金を精錬したのでございます」
「なんということじゃ。……しかし、それはその若者とレイビックの町にとっては、めでたいことかもしれぬが、修道院には関係があるかな?」
「わたくしが、金山を一緒に掘っているからでございます。そのような若者に任せてはおけません」
「なるほど」
副院長の目が光った。
「金がどれほど残っているのかわかりませんが、当面、かなりの量の採掘が見込めるようでございます。金山そのものは教会の所領ではありませんが、レイビックの町は総主教様の直轄御料地でございます。豊富な金のうち、なにがしかは恵まれぬ人々のために寄進をすべきところではないかと考えたのでございます」
「まことに、もっともである」
副院長は深くうなずいた。
「ベルブルグにも、哀れな者たちは多い。善行に使える金子なれば、神もお喜びになられるであろう。ここにも聖女の家など善き行いの施設が存在しておる。教会としても支援したい」
「金は貴重でございます。安定した善き利用を期待したいのでございます。金と欲は人の心を狂わせます」
「いかにも、いかにも」
「金が産出したばかりに、レイビックやあの周辺で、覇権を求めて、混乱や、果ては殺傷事件などがおきましては、神の御意思に反しまする」
「そのようなことが起きた暁には、かえって、金が出なければよかったなどと言うことになりかねまい。先だっては、被害者は盗賊団ではあったが、虐殺事件があった。下手人は不明だが、あのような事件は二度と見聞きしたくない」
ロドリックは冷や汗をかいた。フリースラントめ。こんなところでまで有名になってやがる。
「おっしゃる通りでございます。その若者にも、しばらくは決して話すなと、止め立てしております」
「それが賢明であろう」
「そして、販路を絞りたいのでございまする。まずはハブファン殿に」
「ハブファン殿?」
副院長は意外そうに聞いた。
「町の金銀細工師などに大量の金を売りに出しますと、どこからの金なのか、皆が出どころを探りまする」
「それはそうだろうな。それで?」
「ベルブルグは国一番の商業の町でございます。そして、元締めはハブファン殿」
「それはそうだ」
副院長は、苦々し気に同意した。が、付け加えた。
「ハブファン殿は、確かに教会にも多額の寄進をなされてはいる。しかし、その多くのカネの出どころは、必ずしも、きれいなカネとも言いかねる。売春宿の経営も噂されておるわ。体自慢の薄汚い用心棒も雇って居るとかで。しかも、一部の男どもが、その用心棒を買っているそうな。世も末である」
薄汚い用心棒としては、誤解ですと言いたかったが、自制した。今は、その話をしているのではない。
「しかしながら、ハブファン殿が噛んだ金なれば、町の金銀細工師など歯が立ちませぬ。出どころを探す気も起きませんでしょう。ハブファン殿なら、国中のどこからでも、あるいは他国からでも金を手にすることができまする」
「それはそうだが……」
「ただ、わたくしが直接、この金をハブファン殿に持参しようものなら、明日あたり、わたくしは何かの罪に問われて、城壁にぶら下がっているかも知れませぬ。そして、ハブファン殿の配下の者が金の出どころを探り始めることでしょう」
それは言い過ぎだろうと、副院長は言いかけた。確かに明日ではなくて半年後くらいに、結構な騒ぎが起こっているかもしれなかった。ただし、被害者はロドリックではなくて、ロドリックに始末された連中が川に浮いているとか、城壁に捨ててあるとか、修道僧らしからぬ所業が自然と脳裏に浮かんでくるのだった。
「そして、金鉱はハブファン殿の手の者が厳重に管理することとなりましょう」
副院長は黙った。ロドリックの言うとおりだった。
「ですので、当面、教会が交易で入手したものにしていただきたいのでございます」
「教会がか?」
「ベルブルグの教会と全国の修道院が、交易を行っていることは周知でございます。修道院には多くの修道士が起居しておりますから、食料、衣料が必要ですし、教会では多くの施しを行っております。また、地方の修道院からの産物の売却もベルブルグの修道院の仕事です。そのほかハブファン殿も含め多額の寄進がございます。修道院と教会が、多額の物品と金子の扱いがあることは、当然です」
副院長は腕組みをした。確かにその通りである。例えば、代金として受け取ったとしても問題はない。要するにマネーロンダリングである。
「なぜ、売却先をハブファン殿に限定するのかね?」
「ハブファン殿に、教会が抑えた産出元だということを知ってほしいのです」
ロドリックが泥を吐いた。
「ほう……」
「いずれ、この話は町中に伝わります。国中に伝わると言ってもよいかもしれません。小さな金鉱なら、地方のめでたい話で終わるでしょう、しかし……」
「……すると……鉱脈は大きいのか?」
ロドリックがかすかにうなずいた。
「おそらくかなりの大きさでしょう」
「どれほどの規模なのだ?」
「わかりません。しかし、試しに採掘をしただけで……」
彼は、テーブルの上のきらきら光りを放つ黄金色の物に目を落とした。親指の指先ほどの大きさの粒が、30個ほど無造作に転がっていた。
それは水が滴る不気味な空間で、しかもどこにも金の気配などなかった。
二人が持つローソクの光りだけが、あたりを照らしている。
フリースラントは暗いところでも、全く平気だったが、線の細い感じを受けるトマシンが、この暗闇にどう反応するか少し不安だった。
「あ、これですね?」
しかし、トマシンは突然大声を上げた。
「この筋だ。これですね?」
フリースラントには、どれがどれやらわからなかった。
「ああ……そうだ」
ちょっと自信なさげに彼は答えた。
「ああ! 父が見せてくれたことがあります! これとよく似た石です。父は集めていたんです。いろんな鉱石を。父は変わり者だと言われていましたけど、本当に詳しかったんです」
トマシンはローソクを近づけた。
「ずっと続いている。すごい。本当に宝の山ですね!」
トマシンはすっかり興奮していた。
「ああ、この山、きっと私の父の夢です。こんなすごいものが埋まっていたなんて……」
彼はそう言いながら、必死になって岩を調べていた。
「あの、トマシン……」
フリースラントが遠慮がちに声をかけた。
「すでに採掘した分を精錬してくれないか?」
トマシンは振り返った。彼は泣いていた。フリースラントはびっくりした。
「金にしてみてくれないか。どれくらいの純度なのかしりたいんだ」
「フリースラント様、この山は、多分すごいです。私の父が夢見ていた山そのものです」
トマシンの父がどんな人間だったのか、フリースラントにも、うすうす理解できた。それと同時に、どうしてトマシンの一家が貧乏していたのかも、わかった気がした。きっと、トマシンの父親は金山の魅力に取りつかれた男だったのだろう。どうしても、夢を追わないではいられなかったのだ。
フリースラントにも、トマシンにも夢があった。
金持ちになるのだ。だって、彼らには、それぞれ大事な家族があるからだ。
「やってみよう、トマシン。この山を掘ってみよう」
「はい! フリースラント様!」
ロドリックが多少、不安に感じたくらい二人の若者は必死になった。
「一攫千金……」
「なんてステキな言葉なんだろう……」
若者二人は、うっとりしていた。
(こいつらカネの亡者だったのか……)
「僕は、当分、学校には帰りません。ここで目鼻がつくまで働きます」
「僕も。ルシアを助けなくちゃいけないから、ここでガンガン金を採掘するよ」
(フリースラント、また、訳の分からないことを言ってるぞ。王妃様なんだぞ。十分幸せだろう。今の君より金持ちだ)
一月後、ロドリックはこっそりベルブルグの修道院に金の塊と銀の塊を持ち込んだ。
いつものように、しんと静まり返った小部屋で、彼は副院長と対面した。誰の立ち入りも許されない。
「王陛下の動静はいかがだろうか?」
「良くない。先日は全くの危篤に陥られ、国中の教会で祈祷があげられた」
ロドリックは濃い眉毛を動かした。
「祈祷に効果などあるのだろうか」
副院長は、神を疑うようなこんな質問にも平然としていた。
「王は、もう、数か月前に亡くなられていてもおかしくない状態だった。命は神の摂理である。祈祷で助かる者もいるが、祈祷ではどうにもならない者もある」
「では……?」
「1週間前の深夜、ついに身罷られた」
「1週間前……」
「正式な発表はまだである。しかし、王太子にとっては待ちに待った即位となる」
「宮廷内の力関係は……」
「これからの問題だろう。新王はしかし、摂政を置かないと述べておられる」
(あんなに、ぼんくらなのに!)
「アデリア王女が摂政に名乗り出ている」
(あんなに勝手なのに?!)
「し、しばらくは、嵐の時代が続くかもやしれませぬ」
「そう。それと、ロンゴバルトの動きが目立つ」
「ロンゴバルトでございますか? この混乱の時に? それは、また、どのような?」
「王家の代替わりとは、直接、関係はないが……こっそり人身売買を行っている」
「人身売買!」
「砂漠の民じゃ。信仰を持たぬゆえの人の道に外れた行いじゃ。しかし、買う者がいるから売買は成り立つ」
「ハブファン殿は……」
「もちろん、表立って出てきてはいないが、裏でどのような契約を結んでいるのやらわからぬ」
彼らは黙った。
「女が多いのですか、それとも男が?」
「圧倒的に男じゃ。いったいどのような仕組みかわからぬが、言葉もわからぬ者たちが、力仕事に従事している」
情報交換は済んだ。副院長が身じろぎしたのを見て、ロドリックは、懐から厚手の絹の袋を取りだした。
副院長は、ロドリックを見た。
「なにかね? それは?」
「ご内密にお願い申し上げます」
副院長は、怪訝そうだったが、袋に集中した。
ひもを解くと、中から出てきたのは、光の射さないこの小部屋でも、鈍く光を放つ小粒の金だった。
袋から、ざらざらと金の粒が流れ出てくる。副院長は言葉を失い、黄金色の粒を見つめた。
二人は黙り込んで、何の変哲もない木のテーブルの上で、燦然と輝く金の粒を見つめていた。
「これは、どこで? そして、どうして?」
副院長が低い声で尋ねた。
「レイビックの旧の金鉱山から」
同じくひそめた声で、ロドリックは答えた。
「再度の採掘にようやく成功いたしましたのでございます」
「なんと! ここ百年、誰も成功しなかったと言うのにか。確か、レイビックの町では採掘権をわずかな金で売りに出していたのではないか?」
「左様でございます。しかし、野心的な若者が採掘権を取得し、採掘に成功し、これだけの金を精錬したのでございます」
「なんということじゃ。……しかし、それはその若者とレイビックの町にとっては、めでたいことかもしれぬが、修道院には関係があるかな?」
「わたくしが、金山を一緒に掘っているからでございます。そのような若者に任せてはおけません」
「なるほど」
副院長の目が光った。
「金がどれほど残っているのかわかりませんが、当面、かなりの量の採掘が見込めるようでございます。金山そのものは教会の所領ではありませんが、レイビックの町は総主教様の直轄御料地でございます。豊富な金のうち、なにがしかは恵まれぬ人々のために寄進をすべきところではないかと考えたのでございます」
「まことに、もっともである」
副院長は深くうなずいた。
「ベルブルグにも、哀れな者たちは多い。善行に使える金子なれば、神もお喜びになられるであろう。ここにも聖女の家など善き行いの施設が存在しておる。教会としても支援したい」
「金は貴重でございます。安定した善き利用を期待したいのでございます。金と欲は人の心を狂わせます」
「いかにも、いかにも」
「金が産出したばかりに、レイビックやあの周辺で、覇権を求めて、混乱や、果ては殺傷事件などがおきましては、神の御意思に反しまする」
「そのようなことが起きた暁には、かえって、金が出なければよかったなどと言うことになりかねまい。先だっては、被害者は盗賊団ではあったが、虐殺事件があった。下手人は不明だが、あのような事件は二度と見聞きしたくない」
ロドリックは冷や汗をかいた。フリースラントめ。こんなところでまで有名になってやがる。
「おっしゃる通りでございます。その若者にも、しばらくは決して話すなと、止め立てしております」
「それが賢明であろう」
「そして、販路を絞りたいのでございまする。まずはハブファン殿に」
「ハブファン殿?」
副院長は意外そうに聞いた。
「町の金銀細工師などに大量の金を売りに出しますと、どこからの金なのか、皆が出どころを探りまする」
「それはそうだろうな。それで?」
「ベルブルグは国一番の商業の町でございます。そして、元締めはハブファン殿」
「それはそうだ」
副院長は、苦々し気に同意した。が、付け加えた。
「ハブファン殿は、確かに教会にも多額の寄進をなされてはいる。しかし、その多くのカネの出どころは、必ずしも、きれいなカネとも言いかねる。売春宿の経営も噂されておるわ。体自慢の薄汚い用心棒も雇って居るとかで。しかも、一部の男どもが、その用心棒を買っているそうな。世も末である」
薄汚い用心棒としては、誤解ですと言いたかったが、自制した。今は、その話をしているのではない。
「しかしながら、ハブファン殿が噛んだ金なれば、町の金銀細工師など歯が立ちませぬ。出どころを探す気も起きませんでしょう。ハブファン殿なら、国中のどこからでも、あるいは他国からでも金を手にすることができまする」
「それはそうだが……」
「ただ、わたくしが直接、この金をハブファン殿に持参しようものなら、明日あたり、わたくしは何かの罪に問われて、城壁にぶら下がっているかも知れませぬ。そして、ハブファン殿の配下の者が金の出どころを探り始めることでしょう」
それは言い過ぎだろうと、副院長は言いかけた。確かに明日ではなくて半年後くらいに、結構な騒ぎが起こっているかもしれなかった。ただし、被害者はロドリックではなくて、ロドリックに始末された連中が川に浮いているとか、城壁に捨ててあるとか、修道僧らしからぬ所業が自然と脳裏に浮かんでくるのだった。
「そして、金鉱はハブファン殿の手の者が厳重に管理することとなりましょう」
副院長は黙った。ロドリックの言うとおりだった。
「ですので、当面、教会が交易で入手したものにしていただきたいのでございます」
「教会がか?」
「ベルブルグの教会と全国の修道院が、交易を行っていることは周知でございます。修道院には多くの修道士が起居しておりますから、食料、衣料が必要ですし、教会では多くの施しを行っております。また、地方の修道院からの産物の売却もベルブルグの修道院の仕事です。そのほかハブファン殿も含め多額の寄進がございます。修道院と教会が、多額の物品と金子の扱いがあることは、当然です」
副院長は腕組みをした。確かにその通りである。例えば、代金として受け取ったとしても問題はない。要するにマネーロンダリングである。
「なぜ、売却先をハブファン殿に限定するのかね?」
「ハブファン殿に、教会が抑えた産出元だということを知ってほしいのです」
ロドリックが泥を吐いた。
「ほう……」
「いずれ、この話は町中に伝わります。国中に伝わると言ってもよいかもしれません。小さな金鉱なら、地方のめでたい話で終わるでしょう、しかし……」
「……すると……鉱脈は大きいのか?」
ロドリックがかすかにうなずいた。
「おそらくかなりの大きさでしょう」
「どれほどの規模なのだ?」
「わかりません。しかし、試しに採掘をしただけで……」
彼は、テーブルの上のきらきら光りを放つ黄金色の物に目を落とした。親指の指先ほどの大きさの粒が、30個ほど無造作に転がっていた。
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