アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第50話 トマシンと再会

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 相変わらず痩せて、背も低いトマシンは、レイビックの指定された宿の食堂に、ものすごく心細そうに座っていた。数分おきにきょろきょろして、誰か迎えに来ないか見回してた。

「トマシンだね?」

 ぬっと背の高い、見たこともないくらい大柄な男が目の前に現れた。あまりの大きさに、本能的にトマシンはビクッとなって、自分のわずかばかりの荷物に抱き着いた。

 ロドリックだった。彼は、自分の定宿をトマシンに指定して、彼を迎えに来たのだ。

「ロドリックさんですか?」

 トマシンは、上を見上げて、弱々しく手を出した。
 ロドリックはにっこりして、トマシンの手を握り返した。

 うっかりぐっと握って、トマシンの骨を折るところだったが、危うく思いとどまった。

「ようこそ! 私も、王立修道院付属学校の卒業生なんだ。今は修道僧だ。ベルブルグの修道院の所属になっている」

 全部、本当の話だったが、宿の主人はこれまで一度もロドリックがそんな風に自己紹介をしている場面に出くわしたことがなかったので、絶対に、あのかわいそうな青年をだましているんだと思い込んだ。

「あ、そうなんですね? これから、山の探査を行うって伺ったのですが」

「そうとも。現場はずっと山奥になる。君の荷物はどこなの?」

 トマシンは、この大男に多少恐怖を覚えたらしく、すこし震える指で、自分の荷物を指さした。

「オーケー。じゃあ行こうか」

 ロドリックは、軽く声をかけると、自分専用の背負子しょいこを背負った。それはロドリック専用に特別に大きく作ってあって、幅が一メートル半くらい、同じくらいの高さまで荷物が載せられる作りになっていた。
 いっぱいまで荷物が載ると、宿の連中では持ち上げるどころか、横にずらすことすら出来ず、ロドリックが好きな場所に置いたら最後、ずっとその場所に置きっぱなしになっていた。

 ロドリックは、トマシンの荷物を片手でつまみ上げると、その辺に結び付けた。

「貴重品や割れ物はあるかね?」

「ええと、ガラスの瓶に入った試薬が少々」

「じゃあ、外して手元に持っておいてくれないか」

 トマシンは、荷物をごそごそかき回すと、何かを取り出して大事そうに自分のポケットにしまい込んだ。

「大丈夫です」

「よし。じゃあ、この上に座って」

 トマシンはびっくり仰天した顔になった。

「大丈夫。捕まるところがあるんだ。しっかり捕まってろよ」

 トマシンが、おそるおそる背負子を上って一番上に座り込むと、ロドリックはかがんで荷物を背負った。

「キャー」

 と言う悲鳴が宿中に響き、ロドリックは失敗したことに気付いた。
 トマシンが天井に頭をぶつけていた。


「本当にすまなかった」

 彼ら二人は外に出て、ロドリックは荷物を背負いなおした。今度は大丈夫だった。

「行くぞ」

 ロドリックは軽く走り出した。

「あのー、ロドリックさん、どうして僕は背負子の上に載っているんでしょうか」

「まあ、多分、俺の方が脚は早いんじゃないかと思ってさ。それと、山道だから、結構大変だと思うんだ」

 トマシンは、実際、すごいスピードで進んでいた。

「僕のほかに、荷物が乗ってますよね?」

「ん?ああ、食料だな。あとローソクとか」

「ロドリックさん、すごい力持ちですね」

「まあな。早く着きたいだろ?」

「歩いて8時間て、宿の人に聞いたんですけど」

「それは、金山の入り口までだな。泊まるところは、そこより少し先だ。俺の足なら3時間だ」

 トマシンは絶句した。このスピードで最後まで行くのか……


 ロドリックは確認しておきたいことがあった。

「君は最終学年だよね? 将来、どうするの?」

「実は、僕は、ヴォルダ公爵家のフリースラント様の雑用をしていましたので、卒業後はヴォルダ家にお世話になるつもりでした」

「雑用は、たいていその家の秘書や家令になるな」

「ただ、信じられないことにヴォルダ家の当主があのようなことになって」

「そうだな」

「私が仕えていたフリースラント様も行方不明になってしまいました。仕方ありません。修道僧になるつもりです」

 オーケーだ、フリースラント。

 ロドリックは内心、ニヤリとした。

 顔を出しても大丈夫だ。

 万一、別の奉公先が決まっていたら、フリースラントが顔出しすると、その奉公先を通じて王家に彼の所在がばれてしまう。

 仕事が見つけられない学生のうち、優秀な者は修道僧として教会に入ることができたが、収入はほとんどない。金山で働けるなら、修道僧になる理由はないはずだ。教会側も納得するだろう。

「さあ、着いた。おろしてあげよう。ここで、ちょっと待っててね」

「ハイ」

 重い背負子を担いだまま、崩れかけた礼拝堂の高い壁をヒョイと登るロドリックに、トマシンは肝をつぶした。

「まるで、人間じゃないようだ」

 だが、その驚きは、同じその壁の上に現れた、ロドリックでない、もう一人を見てぶっ飛んだ。

「トマシン!」

 その人は大声で叫んだ。トマシンには誰だかすぐにわかった。

「フリー……フリースラント様」

 立ち上がるのに時間がかかった。

 フリースラントが走ってきた。

「フリースラント様!」

 なぜだか、涙があふれてきた。

「フリースラント様! ご無事で!」

「トマシン! 懐かしいな、トマシン!」

 フリースラントは、身長も伸びていたが肩幅がぐっと広くなっていた。ロドリックほどではなかったが、大男だった。トマシンと比べると、身長も横幅も倍ほども違って見えた。

「トマシン。すまないな。だが、もう返さないぞ」

「なんですか? どういうことですか? フリースラント様?」

「金鉱だよ」

 フリースラントはいたずらっぽく笑った。

「本当にあったんだ。こんな山奥だけど。」

「え? レイビック金鉱ですか? 呪いがかかっていると言う噂の?」

「呪いはないよ。だって、ここは、ベルブルグ所属の修造院の所轄なんだ。神様が掘るのさ」

 ロドリックが説明した。

 ちなみにこの説明は嘘である。試掘の許可はフリースラントの名前で取り、金が出たら、密かに修道院と結託する予定だ。

「そして、神のご加護で、本当に金が出始めたんだ」

 嬉しそうにフリースラントが説明した。
 ちなみにこれも嘘である。金は前から出ている。

「でも、まだ、秘密だ。これがばれると、いろいろなところから盗賊や利権争いが始まるからね。トマシンも黙ってなくちゃいけないよ?」

 金の鉱山!

 トマシンは、ぼぅっとした。

「フリースラント様、それは本当でしょうか?」

「そのためにトマシンを呼んだんだよ。そして誰にも絶対の秘密だよ? 少なくとも、今は」

「はい。かしこまりました。わたしは帰り道がわからないので、誰にも教えられないと思います」

 フリースラントが笑った。帰ってもらっては困るのである。そのために、背負って連れてきたのだ。

「さあ、それより、食事にしよう。そしてそのあとで、金山を見て欲しい。金の精練はできるかい?」

「はい。本物かどうかを確認する試薬も持ってきました」

「ねえ、トマシン、もし、本物の金だったら……」

 フリースラントは言い出した。

「僕らは大金持ちだ」

「はい!」

 トマシンはうれしそうに答えた。

「金を家族に送ってやれる。弟たちは、今、どうしている?」

「ふたりとも、就学年齢はとうに過ぎていて、学校に行かせたいのですが、学費の当てがなくて……ああ、でも、もし、本当に、金山だったら、学費くらい……」

「さあさあ、二人とも。夢を語るのは後でもできる。食事にしよう」

 ロドリックが割り込んだ。だが、彼も笑っていた。雉のローストやイノシシのハムや、ロドリックが、町からしょって持ってきた、おいしそうなパンだのジャムだの、お菓子まであった。

「わあ……」

 トマシンは小さな声で言った。

「私は、フリースラント様がいなくなってから……お金には困っていたんです……」

 フリースラントは責任を感じた。

「フリースラント様も、きっと困ってらっしゃるものと思っていました」

 ロドリックが笑って言った。

「こいつは、恐ろしいことに、一流のハンターに化けたのさ。今じゃ、町一番のハンターだ。そのせいで、こいつは金に困ったことなんかない」

「食べよう、トマシン。明日から忙しくなるぞ!ガンガン稼ごう!」

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