アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
上 下
49 / 185
フリースラント

第49話 ロドリック、フリースラントに説得される

しおりを挟む
「たぶん、その時以来、俺たち以外でこの洞窟へ足を踏み入れた者はいないだろう」

「ロドリック、こんなに大勢いたということは……今もどこかにアネンサードは生きてるんじゃ……?」

「それはないだろう。教会はアネンサードを絶滅させるべく、全力を尽くしている。今でも、何かあれば報告が上がると思う」

「じゃあ、どうして、教会はロドリックを殺そうとしなかったのですか?」

 ロドリックは驚いた。

「なに言ってるんだ、フリースラント。殺すわけがないじゃないか。俺たちは純血のアネンサードじゃない」

 そうだろうか。彼らには、アネンサードの特長がとても強い。これほど執拗にアネンサードを追い回した教会が、警戒心を緩めるとは思えない。

 だとしたら、純血のアネンサードが持っている、人間にとって何らかの脅威となる資質を、彼ら二人はもう失っているのだろう。

 総主教様には、フリースラントも実際に会ったことがある。にこやかで温厚そうに見えた。だが、総主教ともあろう人が間抜けやお人よしで務まるはずがない。ましてやピオス六世と言えば、高徳の僧として有名だったが、平民の出身だ。貴族層の出ではない。誰も彼の優秀さを取り立てて口にする者はいなかったが、異例の若さで総主教になったはずだ。



 骸骨の山は、奇妙で恐ろしく、焼け焦げた衣服の残骸は、恐怖を抱かせたが、フリースラントはその場に長く居るうちにだんだん見慣れてきた。

 これは過去の歴史に過ぎない。

 フリースラントは、今、やりたいことがあるのだ。教会はとにかく、骸骨に用事はない。

 フリースラントは、ロドリックに聞いた。

「それで、本当に、アネンサードの研究だけに没頭していたわけですか?」



 突然、雰囲気がパリンと割れて、ロドリックは一瞬フリースラントを睨んだが、次の瞬間、薄ら笑いを口元に浮かべて聞いた。

「なんだと?」

「金山の研究は、全くしていなかったんですか?」

 二人はにらみ合った。

「そんなに金持ちになりたいのか」

「金が要る。金が必要なんだ」

「なぜだ?」

「自由になる。したいことをする。ルシアと母を取り戻す」

フリースラントは言った。

「あの王太子だ王太子妃だのと言った連中は、とにかく、ダメなんだ。へろへろしている。自分のやりたいことが決まってるわけじゃないのに、反対されると反対するやつだ。カチッとしたとこがない。信用できない」

 ロドリックには、何がどうダメなのかわからなかったが、フリースラントは直接彼らを知っている。
 きっと、人に秀でている部分とか、尊敬される要素がないんだろう。

「金があれば、僕は自由になれる。金山はどこにあるんだ」

 フリースラントは目を輝かせて、ロドリックの方へ一歩踏み出した。

 何やら鬼気迫るフリースラントを見ていると、ロドリックは、自分には、もうなくなってしまった生きる力を見ているような気がした。


 ロドリックは、フリースラントに向かって言った。

「あの階段の天井近くの岩を見てごらん」

 フリースラントは、ロドリックと同じ方向に顔をあげた。

「あれが金鉱石の筋だ」

「金はあるんですね!」

 フリースラントは大声を出した。ロドリックはため息をついた。

「まだ土……いや岩の塊だ。これを砕いて精製すると、金ができる」

「すぐ、掘りましょう!」

 フリースラントは目を輝かせたが、ロドリックは頭を振った。

「精製の設備と技術がない」

「なあに、大丈夫ですよ。トマシンがいます。僕の元の雑用。トマシンの父上は、金炭鉱で精錬をしていた。息子の彼も精錬の実際を知っているし、錬金術を研究していた」

 ロドリックも、うすぼんやりと、そんな化学系の科目があることは知っていた。
 なにせ、王立修道院付属学校は、最高学府であり、表向きは貴族の坊ちゃま向けに学校を経営していたが、そのほかにあらゆる学問を密かにやっていた。中でも、錬金術はなかなか人気があった。

「ロドリック、ベルブルグの教会を経由して、トマシンを呼んでほしい。僕は今、名前を出さない方がいいから、ロドリックの名前で、研究科所属の学生を、学校が休暇中のアルバイトに雇いたいと言えばいい。錬金術に長け、実際の金山にかかわったことのある人物の紹介をお願いすれば、該当者は彼しかいないから、必ずトマシンがここにきてくれる」

「そっちは解決したということか」

 だが、フリースラントは今度は心配そうに、洞窟の天井近くの白っぽく見える岩の筋を見ながら、ロドリックに尋ねた。

「はしごをかけて掘ったんだろうか?」

「ここは掘ったあとじゃない。金鉱石は、レイビックの誰もが知っているように、あのVの字に切り取られた山の奥で掘られていた」

 誰もが、一度は一攫千金を夢見る。そこに金山があると知れば。

 しかし、ここ百年、レイビックの町が、全く静かで、何の争い事も起きない平和な町だったのには、ちゃんとした理由があって、つまり、何人もの人々が金の夢にチャレンジしたが、一粒の金も取れず、全くの無駄だったからだった。

 金が出ていれば、宿の親父が嘆くような、沈滞した町ではなかったろう。

「それって、結局、金は出ないってことなんじゃ……掘りだせないなら、結局一緒じゃないですか?」

「昔の坑道は、土や岩で埋もれているからね」

「土砂を取り除けるのに、ものすごい労力がかかると聞きました」

 ロドリックはうなずいた。

「土や石をどかすの、大変だけど。三日くらいかかるかな?」

「は? 三日?」

「オレとお前なら、三日くらいだと思うよ?」

 フリースラントは、びっくりして、ロドリックの顔を見つめた。

「え? なんで? なんで、三日しか、かからないの?」

「だって、みんなして掘って行ったんだもん」

「みんなって誰のことですか?」

「いわゆる山師だよね。掘れば、金の鉱脈にたどり着けるんじゃないかと、この十年余りの間にもかなりの人がやって来た。肝心の鉱脈まで、あと一歩だったのにね。残念ながら、あきらめて帰って行ったんだね」

 フリースラントの表情が変わった。

「ということは、あと少し掘れば、金の鉱脈にたどり着けると?」

 ロドリックはしぶしぶ頷いた。

 フリースラントの顔がパッと明るくなった。

「ロドリック、僕はやります!」

「フリースラント、まずは秘密だ。こんなこと、人に知れたら、大騒ぎになる」

「もちろんです。貝のように黙ってます」

「準備を始めるなら、人に知られないように」

「金が要りそうだから、とりあえず、ユキヒョウを5頭ほど取って換金してきます。当面は猟師として、この辺に居なくてはいけませんし」

「それより、金山を掘る許可を町の代表のドイチェ氏から先に取得しておけ。喜んで許可してくれるはずだ」

「許可? 許可ってあるのですか?」

「採掘権ね。もう、みんな、金なんか採れないと思っているから、冒険チャレンジ料みたいになっているよ。千フローリンほどだ。たいした金額じゃない。後で、金が採れた時、ものをいうだろう」

 それから、ロドリックはニヤリとした。

「金が採れたら、ハブファンに売りつけよう」

 そして続けた。

「修道院から話を通させて、ハブファンに売ろう。街道沿いの連中もハブファンなら黙るさ」

「その場合、修道院に手数料を払うのですか」

「採掘はできる。みんな誰も本当に取れるなんて考えちゃいないから、ただみたいな値段で採掘権も手に入る。初期費用が相当掛かるのは確かだが、実際に精錬が始まれば、簡単に取り戻せると思う。精錬技術もお前の話だと、専門家がいるそうだ。だが、次は販路が問題になる。修道院を経由するのが、俺とお前の場合最も正解だろう」

「独立って難しいな」

 フリースラントは残念そうだった。

「当たり前だ。社会のルールだ。わがままを言うんじゃない。自由には金が要るんだ。稼いでから言え」

「そうか。でも、いつか、誰にも何も言わせないくらい稼いでやる」

 フリースラントはそう言い、ロドリックは彼の顔を見つめた。

 総主教様はその昔、フリースラントに言った。

「お前は、体の中にドラゴンの卵を持っている」と。
「孵るか孵らないかは、わからないが……」

 ロドリックはそんなことは知らなかったが、ドラゴンの卵はフリースラントも知らないうちに孵ってしまったようだった。

 父親の死は、彼を御曹司から野心家に変えてしまったのだ。

 始末の悪い武器を数多く持つ野心家だった。きっとフリースラントは、いろんなものをかなぐり捨てて、彼の一番欲しいもののところへまっしぐらに突き進むのだろう。



 その晩、ロドリックは、フリースラントの監督下で、学校の教務課に手紙を書かされた。

 ロドリックはブツブツ文句を言った。

「お前が書けよ」

「だめですよ。僕の筆跡を知ってる者がいるかもしれません。危険は冒せません」

 それから、彼は急ににっこりした。

「トマシンにまた会えるかもしれない」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放されてから数年間ダンジョンに篭り続けた結果、俺は死んだことになっていたので、あいつを後悔させてやることにした

チドリ正明@不労所得発売中!!
ファンタジー
世間で高い評価を集め、未来を担っていく次世代のパーティーとして名高いAランクパーティーである【月光】に所属していたゲイルは、突如として理不尽な理由でパーティーを追放されてしまった。 これ以上何を言っても無駄だと察したゲイルはパーティーリーダーであるマクロスを見返そうと、死を覚悟してダンジョンに篭り続けることにした。 それから月日が経ち、数年後。 ゲイルは危険なダンジョン内で生と死の境界線を幾度となく彷徨うことで、この世の全てを掌握できるであろう力を手に入れることに成功した。 そしてゲイルは心に秘めた復讐心に従うがままに、数年前まで活動拠点として構えていた国へ帰還すると、そこで衝撃の事実を知ることになる。 なんとゲイルは既に死んだ扱いになっており、【月光】はガラッとメンバーを変えて世界最強のパーティーと呼ばれるまで上り詰めていたのだ。 そこでゲイルはあることを思いついた。 「あいつを後悔させてやろう」 ゲイルは冒険者として最低のランクから再び冒険を始め、マクロスへの復讐を目論むのだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を

紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※ 3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。 2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝) いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。 いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。 いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様 いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。 私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

転異世界のアウトサイダー 神達が仲間なので、最強です

びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
告知となりますが、2022年8月下旬に『転異世界のアウトサイダー』の3巻が発売となります。 それに伴い、第三巻収録部分を改稿しました。 高校生の佐藤悠斗は、ある日、カツアゲしてきた不良二人とともに異世界に転移してしまう。彼らを召喚したマデイラ王国の王や宰相によると、転移者は高いステータスや強力なユニークスキルを持っているとのことだったが……悠斗のステータスはほとんど一般人以下で、スキルも影を動かすだけだと判明する。後日、迷宮に不良達と潜った際、無能だからという理由で囮として捨てられてしまった悠斗。しかし、密かに自身の能力を進化させていた彼は、そのスキル『影魔法』を駆使して、ピンチを乗り切る。さらには、道中で偶然『召喚』スキルをゲットすると、なんと大天使や神様を仲間にしていくのだった――規格外の仲間と能力で、どんな迷宮も手軽に攻略!? お騒がせ影使いの異世界放浪記、開幕! いつも応援やご感想ありがとうございます!! 誤字脱字指摘やコメントを頂き本当に感謝しております。 更新につきましては、更新頻度は落とさず今まで通り朝7時更新のままでいこうと思っています。 書籍化に伴い、タイトルを微変更。ペンネームも変更しております。 ここまで辿り着けたのも、みなさんの応援のおかげと思っております。 イラストについても本作には勿体ない程の素敵なイラストもご用意頂きました。 引き続き本作をよろしくお願い致します。

処理中です...