アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第48話 金を掘りたい

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 え?

「なに?」

「ロドリック、頼む。教えてくれ。僕はきんを掘りたい。金持ちになりたいんだ」


「いいか、フリースラント」

 最初の驚きから冷静に戻ると、ロドリックは言い出した。

 この若者は何もわかっちゃいない。

「まず、きんを掘ってかねになるかと言う問題だが、かねにはならん」

きんかねのもとだろう」

「そりゃそうだが、元はと言えば土塊だ。精錬しなきゃならん。いくら含有率が高いと言っても、土の塊を買って帰るやつはいない。精錬技術がいる」

 幸いなことに、含有率と精錬技術の用語解説はしないで済んだ。

「僕は、学校にそんな知り合いがいたような気がする……」

 ロドリックはちょっと驚いた。そんな技術者が簡単に見つかるのか。

「誰?」

「トマシンだ」

「誰? トマシンて」

「僕の雑用だ。学校の時の」

 ロドリックは学校時代を必死で思い出した。自彼自身は、雑用をやる程ではないが、雑用が付くほど高位の貴族ではなかったので、雑用が何を意味するのか思い出すのに時間がかかった。

「いいけど、どうやって連絡を取るんだ」

「学校で、精錬技術者を募集すればいい」

 フーンとロドリックは言った。

「だが、百年も前に閉山した金山だ。有効な金脈がまだ残っているのか、わからないぞ」

 フリースラントは、ロドリック正面から見据えて、頑固に言い張った。

「ロドリック、あんたみたいな男がこの山の礼拝堂みたいなちっぽけな場所に、3年もかけて居続けたと言うのが信じられない。冬の間は、ベルブルグで総主教様のためにスパイをしていたにせよ」

 ロドリックは黙った。

 彼は確かにスパイのような仕事をしていた。情報収集だ。まさかフリースラントのような子供に見破られるとは思っていなかった。

「資料を調べたり、画を発見したり、ここで生活できるよう基盤を整えるのは結構大変だったんだ。3年くらいかかって当然だ。フリースラントは、ただ乗りしてるだけじゃないか」

 ロドリックは不満を言った。

「生活基盤を作るのが大変だったのはわかる。だが、そんなことだけのために、3年もかける人間じゃない。そのほかは何をしていた」

「口の利き方が気に入らないな、フリースラント。人にものを尋ねる時の言い方じゃない」

「だって、ロドリック、ぼくはあなたを知ってから、あなたがとても勘の良い、有能な人物であることを発見した。その人が絵画1枚のためだけに、こんなところに居続けるわけがない。なにか、ほかにも気になること、あるいは発見したこと、使えることを見つけたのだ。継続して研究しなくてはいけないことだ」

「それが金山だと言うのか」

「おそらく、金山ではないだろう。それは、もっと、きっと、僕たち二人に共通の問題だろう。別の証拠があって、でも、多分、確実でないとか、そんなような……」

 ロドリックは、フリースラントをじっと見た。なんて勘のいい男なんだ。このフリースラントと言う男は。
 それから答えた。

「そうだ。大体、そんなところだ。言わなかったのは、それは、面白い話ではなかったからだよ、フリースラント」

 彼は優しく言った。

「それに確実でない……その通りだ」

「聞かない方がいいと?」

 ロドリックはためらった。

「知りたければ……」

「知りたい」

 フリースラントは強情だった。

「答えはまだないぞ? 可能性だけだ。この夏はお前が来ていたので、あまり時間が取れず、進まなかった」

 それは申し訳なかった……とフリースラントはもごもご言った。

 だが、フリースラントはロドリックに宣言した。

「全部、知っておきたい。いいことも悪いことも」

 ロドリックは今のフリースラントの境遇を考えた。彼は、これからどうするのか決めないといけないのだ。



 翌朝、フリースラントはロドリックに連れられて、山の奥へと入っていった。それまで足を踏み入れたことがない場所だった。

 例のV字型に切り込まれた谷の方面でもなければ、ユキヒョウなどの動物が多い地域でもない。競り市会場に飾ってあった百年ほど前の地図によれば、何もない場所だった。

「ロドリック、こっちの方には何があると言うの?」

「見たいって言ってたよな?」

 ロドリックとフリースラントでも、結構きつい山道だった。と言うか、道ではなかった。

 ロドリックは時々立ち止まり、山の形を確認していた。

「こっちだ」

 結構な崖があり、ロドリックはためらわず、山肌を上り始めた。

 かなりきつい傾斜で、彼らは登れたが、この傾斜だと人間は無理ではないかと思われた。

「これは、もしかすると……」

 途中で棚のように突き出た場所があって、一服することができた。だが、そこが終点だった。

「ここだ」

 ロドリックの指さす先は、木々や草が茂っているだけだった。いったい何があると言うのか。

「入口だ」

 ロドリックは先に立って歩き始めた。棚の部分はだんだん狭くなり、人一人がやっと通れる幅になってきた。

「おそらく昔はもっと広かったんだろうと思うけど、雨や雪で削られて狭くなっている」

 突然、ロドリックの姿がすっと消えた。フリースラントは驚いて彼を呼んだ。

「ここだよ」

 思いがけない低いところから、ロドリックの顔が出てきてしゃべった。洞窟か何かだろう。入り口は低く、床から60センチほどしか高さがなかった。

「低いだろ。かがんで入れ」

 きっと、洞窟だ。
 中には何があるのだろう。金山だろうか。フリースラントはドキドキしながら、身をかがめて、入り口から中に潜った。

 
 中は真っ暗ではなかった。

 どこかから、光が差し込んできていて、ほんのりと照らされていた。入口から少し進むと、穴は開けて、大きな空洞があった。高さは5メートル以上あるだろう。思いがけず、非常に広い空間だった。

 だが、彼が見たものは、地面に散らばる数多くの人骨だった。

「ロドリック! これは……」

 ロドリックは、骸骨の山をながめた。

「骸骨だよ」

 フリースラントはまわりを見回した。人骨だらけだ。こんな光景を目にするとは思っていなかった。

「どういうこと? ここで、戦いでもあったのですか?」

「戦いはなかったろう。おそらくあったのは、大量虐殺だろう」

「何人死んだのでしょう。三十人くらいですか?」

「さあな。俺が数えたところでは五十人ほどだった」

 ロドリックは簡単に答えただけだった。

 フリースラントは落ち着きなくあたりを見回した。

「この人たち、なぜ、殺されたのですか?」

「なぜって……。この人たちって言ってたが、この骸骨の持ち主は人間じゃない。アネンサードだ」

 フリースラントは、あわてて骸骨を凝視した。彼は人の骸骨だと思っていた。特に大きな違いはない。いや、あった。角だ。

「成人男子には角がある。あと、顎だ。細い。独特の形状をしている。猫のようだ。特に女」

 そう言われてみると、角のある大きな骸骨が目についた。いや、ほとんどの骨に角が付いているような気がした。

「そして、さっきの質問だが……なぜ殺されたのかと言えば、アネンサードだからさ。人間はアネンサードの絶滅を図ったのだ」

「ここが、最後の戦いの場所なのですか?!」

 信じられなくて、フリースラントは、叫んだ。彼はもっと南のどこか開けた地方だと信じていたのだ。

 ロドリックは、首を振った。

「違うよ。最後の戦いに間違いはないと思うけどね。教会の伝説に載っている最後の戦いではない」

 それから付け加えた。

「この虐殺事件は百年ほど前の話だ」

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