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フリースラント
第45話 フリースラントの仕事。ロンゴバルトの商人サジシームを守る
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フリースラントは、ベルブルグの喧噪を毎晩ながめていた。
毎晩、違う男が、女に誘われて店に入っていく。女たちは、身なりの良い男や、人のよさそうな男の腕をつかんで離さない。
一方で、気取って馴れ馴れしく入店する男もいる。決まった女がいるのだろう。営業時間が終わったわけでもないのに、女と出て行く男もいた。
フリースラントには、関心がなかったので、ただ黙って見ているだけだった。
ロドリックは隣の店のみならず、近隣のドルマが知っている店すべてで、手におえなくなった客が出ると、棒一本を担いで出て行った。
彼が出て来ると、圧倒的なその体格に、たいていの客がおとなしくなるらしかった。
フリースラントも、ドルマから高評価で、「無口だが、さっくり客を片付ける合理的な奴」と言われていた。
フリースラントは、最初こそ啖呵《たんか》を切ってくる客に反応していたが、ヴォルダ家の運命を聞いてからと言うもの、そんなことには興味を失くした。ほとんど口も開かず、彼は客を「処分」した。
夜のベルブルグは、キラキラ輝いて、魔法の国だったが、昼間見るとそこは汚かった。
今だって、彼は、金はあった。
ベルブルグでの稼ぎは悪くなかったが、ユキヒョウの金や、もともと父から小遣いとして渡された金、母から託された宝石類などを足せば、自分でも把握できないくらいの金はあるだろう。
だが、そんなものが何になるというのだ。
そんなちっぽけな金では、彼らの一家を襲った運命は覆せない。
帰る家もなくしたフリースラントは、ただ黙って棒を持って、毎晩、店の薄暗いところで突っ立っているしかなかった。
「困りますよ、お客さん。ほかのお客様もいらっしゃいますんで」
ドルマが揉み手をしながら、酔客に話しかけ、片目でフリースラントに合図してきた。説得に応じてくれるくらいなら、彼が呼ばれるまでもなかった。
フリースラントは3人をまとめて抱き上げて、問答無用で連れ出し、別々の部屋に閉じ込めた。2分もかからなかった。
フロア中が、この見世物を見ていた。そして、大いに楽しんでいた。
「なかなか、手際がいいね?」
その酒癖が悪い男に絡まれていた異国風の男が興味を持って、フリースラントに話掛けてきた。
わずかに外国訛りがある、羽振りのよさそうな男だった。店の中でも、一番の美人が寄り添っていた。
「お客様第一ですから」
フリースラントはまじめくさって応えた。
「ふーん。ちょっとここへ座りなよ」
ちらりと振り返ると、ドルマがすごい勢いで頷いていた。
そこで、フリースラントはその男の椅子のそばにひざまずいた。
「どこから、来たの?」
男はかなり酔っている様子で、高い酒の入ったグラスを怪しい手つきで持っていた。女が時々優しく手を添えて、中の液体がこぼれないようにしていた。
「レイビックです。だんなさま」
「なにをしてたの?」
「猟師です。冬の間は猟ができないので」
「そうか。なるほどね」
よく見ると、顔色が浅黒く、服も異国風だった。黒目がキラキラしていた。美男と言うわけではなかったが、女にもてそうな感じがした。
「なかなかイケメンだな。君の顔を見たことがあるような気がしたもんでね。でも、違うかな」
「レイビックから出たことがない貧乏猟師です。お金を稼がないといけないので、ここで働かせてもらっています」
「ふーん。金か」
ちょっとフリースラントは不安になってきた。
「金を稼ぐ方法ってのは、いろいろある。ベルブルグについて、どう思う?」
「素晴らしいところだと思いました」
「どこが?」
「川岸の港です。活気があります。いろいろな商品が届く」
「へえ。そういう見方なんだ。用心棒にしては、面白い見方だね」
「そうでしょうか」
「この店についてはどうだ?」
「いい店です。管理が行き届いています」
「ほう」
きっとロンゴバルト人に違いない。頭は良さそうだったが、得体の知れないところのある男だった。
「この店は、売り上げの十%をハブファンに渡している」
「十%ですか!」
「そう。利益ではなく売り上げだ。でも、儲かる。ハブファンが保護しているからだ。絶対にタカリや事故が起きない。安心して遊べる。女もいい女がいる」
男は、傍らの女のあごを、人差し指でなぜた。
フリースラントはドルマがしきりにサインを送ってくるので、気が気でなかった。
男は酔っていたし、そばの女が話しかけるとそちらに興味が移ってしまった。フリースラントのことなど忘れてしまったようだった。
フリースラントは、静かに男のそばを離れると、目立たないように奥に引っ込んでから、ドルマを呼んだ。
「あの人は誰ですか?」
「ロンゴバルトの商人で、大金持ちのサジシーム様だよ! お付きが暴れた酔い客の生皮を剥ぐとか物騒なことを言い出したんで、あわててお前を呼んだんだ。ロンゴバルトのお付きは、それくらい平気でやるし、酔い客の方は曲がりなりにもベルブルグの金持ちだしね! そんなこと、されたら、大ごとですよ! ところで、何、聞かれたんだい?」
「どこから来たのとか。そんなありふれたこと」
ドルマは、フリースラントを見つめた。
「なんで、あんな商人があんたみたいな用心棒崩れに興味を持ったんだろうな」
「さあ……」
用心棒崩れ!
何事もなさげに話しながら、フリースラントは泣きそうになった。
彼には、もう財産もなければ、身分もないのだ。
わざと貧しいなりをしたり、望まれるままにユキヒョウハンターをしていたが、本当の彼は誇り高い大貴族の御曹司だったはずだ。
それがどんなに彼の中で大事なことだったのか、今となっては、失ったものの大きさに呆然とするばかりだった。
これから本当にどうしよう。
身分を隠し、身を隠さねばならないことは、その通りだった。今の情勢は流動的だ。
だが、これからどうすればいいのかわからなかった。
フリースラントは、呆然と、現実が彼とは何の関係もなく、行き過ぎていくのをながめているだけだった。
毎日、黙って仕事に出かけ、必要な時には、てきぱきと騒ぐ客を始末し、必要なら話もした。彼は全く普段と同じように見えた。
だが、いまや、彼の心は宙をさまよっていた。
しかしながら、彼の知らないところで、予想していなかった事態が勝手に動いていた。
毎晩、違う男が、女に誘われて店に入っていく。女たちは、身なりの良い男や、人のよさそうな男の腕をつかんで離さない。
一方で、気取って馴れ馴れしく入店する男もいる。決まった女がいるのだろう。営業時間が終わったわけでもないのに、女と出て行く男もいた。
フリースラントには、関心がなかったので、ただ黙って見ているだけだった。
ロドリックは隣の店のみならず、近隣のドルマが知っている店すべてで、手におえなくなった客が出ると、棒一本を担いで出て行った。
彼が出て来ると、圧倒的なその体格に、たいていの客がおとなしくなるらしかった。
フリースラントも、ドルマから高評価で、「無口だが、さっくり客を片付ける合理的な奴」と言われていた。
フリースラントは、最初こそ啖呵《たんか》を切ってくる客に反応していたが、ヴォルダ家の運命を聞いてからと言うもの、そんなことには興味を失くした。ほとんど口も開かず、彼は客を「処分」した。
夜のベルブルグは、キラキラ輝いて、魔法の国だったが、昼間見るとそこは汚かった。
今だって、彼は、金はあった。
ベルブルグでの稼ぎは悪くなかったが、ユキヒョウの金や、もともと父から小遣いとして渡された金、母から託された宝石類などを足せば、自分でも把握できないくらいの金はあるだろう。
だが、そんなものが何になるというのだ。
そんなちっぽけな金では、彼らの一家を襲った運命は覆せない。
帰る家もなくしたフリースラントは、ただ黙って棒を持って、毎晩、店の薄暗いところで突っ立っているしかなかった。
「困りますよ、お客さん。ほかのお客様もいらっしゃいますんで」
ドルマが揉み手をしながら、酔客に話しかけ、片目でフリースラントに合図してきた。説得に応じてくれるくらいなら、彼が呼ばれるまでもなかった。
フリースラントは3人をまとめて抱き上げて、問答無用で連れ出し、別々の部屋に閉じ込めた。2分もかからなかった。
フロア中が、この見世物を見ていた。そして、大いに楽しんでいた。
「なかなか、手際がいいね?」
その酒癖が悪い男に絡まれていた異国風の男が興味を持って、フリースラントに話掛けてきた。
わずかに外国訛りがある、羽振りのよさそうな男だった。店の中でも、一番の美人が寄り添っていた。
「お客様第一ですから」
フリースラントはまじめくさって応えた。
「ふーん。ちょっとここへ座りなよ」
ちらりと振り返ると、ドルマがすごい勢いで頷いていた。
そこで、フリースラントはその男の椅子のそばにひざまずいた。
「どこから、来たの?」
男はかなり酔っている様子で、高い酒の入ったグラスを怪しい手つきで持っていた。女が時々優しく手を添えて、中の液体がこぼれないようにしていた。
「レイビックです。だんなさま」
「なにをしてたの?」
「猟師です。冬の間は猟ができないので」
「そうか。なるほどね」
よく見ると、顔色が浅黒く、服も異国風だった。黒目がキラキラしていた。美男と言うわけではなかったが、女にもてそうな感じがした。
「なかなかイケメンだな。君の顔を見たことがあるような気がしたもんでね。でも、違うかな」
「レイビックから出たことがない貧乏猟師です。お金を稼がないといけないので、ここで働かせてもらっています」
「ふーん。金か」
ちょっとフリースラントは不安になってきた。
「金を稼ぐ方法ってのは、いろいろある。ベルブルグについて、どう思う?」
「素晴らしいところだと思いました」
「どこが?」
「川岸の港です。活気があります。いろいろな商品が届く」
「へえ。そういう見方なんだ。用心棒にしては、面白い見方だね」
「そうでしょうか」
「この店についてはどうだ?」
「いい店です。管理が行き届いています」
「ほう」
きっとロンゴバルト人に違いない。頭は良さそうだったが、得体の知れないところのある男だった。
「この店は、売り上げの十%をハブファンに渡している」
「十%ですか!」
「そう。利益ではなく売り上げだ。でも、儲かる。ハブファンが保護しているからだ。絶対にタカリや事故が起きない。安心して遊べる。女もいい女がいる」
男は、傍らの女のあごを、人差し指でなぜた。
フリースラントはドルマがしきりにサインを送ってくるので、気が気でなかった。
男は酔っていたし、そばの女が話しかけるとそちらに興味が移ってしまった。フリースラントのことなど忘れてしまったようだった。
フリースラントは、静かに男のそばを離れると、目立たないように奥に引っ込んでから、ドルマを呼んだ。
「あの人は誰ですか?」
「ロンゴバルトの商人で、大金持ちのサジシーム様だよ! お付きが暴れた酔い客の生皮を剥ぐとか物騒なことを言い出したんで、あわててお前を呼んだんだ。ロンゴバルトのお付きは、それくらい平気でやるし、酔い客の方は曲がりなりにもベルブルグの金持ちだしね! そんなこと、されたら、大ごとですよ! ところで、何、聞かれたんだい?」
「どこから来たのとか。そんなありふれたこと」
ドルマは、フリースラントを見つめた。
「なんで、あんな商人があんたみたいな用心棒崩れに興味を持ったんだろうな」
「さあ……」
用心棒崩れ!
何事もなさげに話しながら、フリースラントは泣きそうになった。
彼には、もう財産もなければ、身分もないのだ。
わざと貧しいなりをしたり、望まれるままにユキヒョウハンターをしていたが、本当の彼は誇り高い大貴族の御曹司だったはずだ。
それがどんなに彼の中で大事なことだったのか、今となっては、失ったものの大きさに呆然とするばかりだった。
これから本当にどうしよう。
身分を隠し、身を隠さねばならないことは、その通りだった。今の情勢は流動的だ。
だが、これからどうすればいいのかわからなかった。
フリースラントは、呆然と、現実が彼とは何の関係もなく、行き過ぎていくのをながめているだけだった。
毎日、黙って仕事に出かけ、必要な時には、てきぱきと騒ぐ客を始末し、必要なら話もした。彼は全く普段と同じように見えた。
だが、いまや、彼の心は宙をさまよっていた。
しかしながら、彼の知らないところで、予想していなかった事態が勝手に動いていた。
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