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フリースラント
第44話 ヴォルダ家の没落
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「ロドリック、風俗の仕事の研究としては、絶好かも知れないけど……」
フリースラントは、例の愛想の悪いおかみの宿に戻ってから、言いだした。
「情報収集には、あんまりなっていないような気がするんですけど」
「だってちょっとエッチなおネイさんは、ハブファンの直営店なんだもん」
ハブファンって誰だっけ。
「ハブファンって、上納金で爵位を買って、今は伯爵になってる、ベルブルグのドンだよ」
「金で爵位が買えるんですか!」
「買えるよ? もっとも、そう簡単にはいかないが。ハブファンも苦労はしたはずだ」
「どんな人なんですか?」
「商人だな。金には律儀だ。この男が出世したのは、唯一信用だ」
「信用?」
「そう。金のためなら何でもする奴は大勢いいる。だが、きっちり約束を守り続けるかどうかは別問題だ」
ロドリックとフリースラントは別の部屋に泊まって、別の店で働いていたから、ロドリックが昼間、ベルブルグの修道院に出かけているのをフリースラントは知らなかった。
「お前はついて来ない方がいいと思ったんだ。僧院の人間じゃないから入れないしね」
ドルマによると、修道院は情報の宝庫らしかった。特に、ベルブルグには、積み荷を乗せた川船がひっきりなしにやって来る。陸路を行くより、ずっと早く、大量の物資を運べるからだ。
商人たちは敏感だ。戦争が起きそうだとか、王宮内の出来事なども、よく知っている。
修道院そのものも、ベルブルグで修道院産の製品物を売ったり、買ったりしている。そのほかに、どこかの修道院に所属している修行僧も用事で来ることが多い。
「王は瀕死の状態だそうだ」
修道院から戻ってきたロドリックは言った。
「いつまでも死なないので、魔法を使っているのではないかと言われているくらいだ」
フリースラントはピンときた。ルシアだ。
「王太子はいら立っている。早く、王位に就きたいのだ。王太子妃もだ。アデリア王女に我慢できないのだ。
そして、王とアデリア王女の力を削ぐ意味で、ヴォルダ公を摂政に地位から追い出し、王の病気を理由に自分が摂政の地位に就いた」
フリースラントは、表情を変えなかったが、母の手紙の意味が少しわかった。
「それが3か月前だ。結婚式から少ししたころだ」
「王妃の父を、そんなに冷遇するだなんて」
「アデリア王女も賛成したようだ」
「自分の夫なのにですか?」
「摂政が王を操って、悪事を働いていたと言っている。それで、ヴォルダ公は、現在拘束され、牢につながれている。財産は没収され、すべて妻と娘、すなわちアデリア王女とルシア王妃の下に渡った。ヴォルダ公の長男は官職を解かれ、蟄居している。次男は、今、行方不明だ。だが、こちらは子供なので、あまり話題になっていない。学校卒業後、貴族の子弟らしく、全国へ遊びに行ったまま、連絡がないとのことだった」
「母上は? 母上の話は?」
「ヴォルダ公妃つまりアデリア王女だが、離婚を目指している。だが、すぐには許可は下りないだろう。これと言って明らかな理由がないからだ。夫が横領をしようが、夫婦間の問題とは関係がない。ましてや、今は夫の財産を預かっている状態だ。離婚が成立すれば財産は返さなくてはならなくなる。死ねば別だが」
「ロドリック!」
ロドリックはフリースラントを無視した。
「テンセスト女伯は、王妃に付き従って王妃付きの侍女になっていた。元のヴォルダ公妃だとわかっていても、王妃のたっての希望だったからだ。しかし、事態が悪化してきたので、つい先ごろ、辞任して、自分の領地に引っ込んだ」
「テンセスト女伯の領地って、どこにあるんですか?」
「知らない。調べればわかると思う。だが、行くなよ? 今は行くな、フリースラント」
ロドリックはフリースラントの顔を見た。
「父上は、罪を着せられて死ぬだろう」
「なぜ?」
「王太子にとっても邪魔だが、アデリア王女にとってより邪魔だからだ。再婚できない」
しばらく間があった。
「再婚の問題だけではない。父上が死ねば、アデリア王女はヴォルダ家の全財産を自分のものにできる。離婚だとそうはいかない」
「そんなことで!」
「そして、やがて、王が死ねば、王太子の天下になる。元の王妃はきっと冷遇されるだろう」
「ルシアはきっと、静かに暮らすことを望むと思います」
ロドリックはうなずいた。
「目立たないように」
「そうだ。だが、アデリア王女のせいでヴォルダ家はつぶされた」
その通りだった。
死にかけの王と、王太子夫妻と、アデリア王女のせいで、ヴォルダ家はめちゃくちゃにされたのだ。
「王太子は長らく摂政を務めたヴォルダ公をよく思っていない。自分が抑え込まれてきたと感じているからだ」
「そんなことはないと思います! 王様の命令に従っただけです」
「王太子が自由に金を使えなかったのは、十年前にロンゴバルトとの戦争があったからだ。休戦はしたが、ロンゴバルトへの警戒に費用が掛かる。最近ではロンゴバルトも大分軟化してきたので、あまり意識されていないが」
「だったら、余計、父の横暴でもなんでもないではありませんか」
フリースラントは必死に言った。だが、ロドリックは首を振った。
「ヴォルダ公は事態を理解しているだろう。だから、費用が掛かっても軍の警備を解かなかった。だが、王太子とその妃はどうかな? ロンゴバルトがおとなしいので、不要な経費だとでも考えているだろう。ヴォルダ公さえ潰せば、自分たちが好き放題にふるまえると考えて、ヴォルダ家の者を潰そうと試みるはずだ。王妃や王妃の生母のアデリア王女に手は出せないが、それ以外の、特にお前の兄とお前は危ない」
「そうかもしれません」
「名前を名乗らなくてよかった。レイビックで、お前の正体を知る者はいない。王の死まで、ここ数か月が山場だろう」
フリースラントはなにもできない自分が悔しかった。
「王妃も同じ思いだろう」
ロドリックはさらりと言った。
「お前より身分もあれば力もある。王妃なのだから。でも、何もできないでいる」
ルシアにできることは、王を生かし続けることくらいだろう……。しかし、それもむなしいだろう。王が生き続ける限り、アデリア王女の力は続くのだ。しかし、王が死ねば?
「アデリア王女は王の死を待っている。王が死ねば、アデリア王女は後ろ盾を失うというのに。アデリア王女は、どこかの侯爵家の若い令息に夢中だそうだ。結婚するためには、ヴォルダ公が邪魔なのだ。……ヴォルダ公は、王を支配するような人物ではなかった。むしろ支え続けてきたのだ」
「その通りです。父はいつも、王の横暴に悩まされてきました。よく家で母に愚痴を言っていました」
「だが、それでも、今の王はヴォルダ公の賢明な助言を結局は取り入れてきたのだ。しかし、次の王は……」
フリースラントは、デブで、顔の表情が少ない王太子を思い出した。一方で、妙に痩せて、おそらく若いころはふっくらしたかわいらしい顔立ちだったのが、今ではキリキリした表情が目立つ王太子妃も思い出した。
「多分、誰のいうことも聞かないと思います。父も、そう言っていました」
「冬の間は、ベルブルグにいて、情報を集めよう。店の客も商人が多い。あの店は高い店なんだ。女の質がいいだろ?」
「正直、何も見ていませんでした」
なんだか、本当にどうでもよかった。ルシアが頑張っていることや、母がうまく身を隠していることを思うと切なかった。
フリースラントは、例の愛想の悪いおかみの宿に戻ってから、言いだした。
「情報収集には、あんまりなっていないような気がするんですけど」
「だってちょっとエッチなおネイさんは、ハブファンの直営店なんだもん」
ハブファンって誰だっけ。
「ハブファンって、上納金で爵位を買って、今は伯爵になってる、ベルブルグのドンだよ」
「金で爵位が買えるんですか!」
「買えるよ? もっとも、そう簡単にはいかないが。ハブファンも苦労はしたはずだ」
「どんな人なんですか?」
「商人だな。金には律儀だ。この男が出世したのは、唯一信用だ」
「信用?」
「そう。金のためなら何でもする奴は大勢いいる。だが、きっちり約束を守り続けるかどうかは別問題だ」
ロドリックとフリースラントは別の部屋に泊まって、別の店で働いていたから、ロドリックが昼間、ベルブルグの修道院に出かけているのをフリースラントは知らなかった。
「お前はついて来ない方がいいと思ったんだ。僧院の人間じゃないから入れないしね」
ドルマによると、修道院は情報の宝庫らしかった。特に、ベルブルグには、積み荷を乗せた川船がひっきりなしにやって来る。陸路を行くより、ずっと早く、大量の物資を運べるからだ。
商人たちは敏感だ。戦争が起きそうだとか、王宮内の出来事なども、よく知っている。
修道院そのものも、ベルブルグで修道院産の製品物を売ったり、買ったりしている。そのほかに、どこかの修道院に所属している修行僧も用事で来ることが多い。
「王は瀕死の状態だそうだ」
修道院から戻ってきたロドリックは言った。
「いつまでも死なないので、魔法を使っているのではないかと言われているくらいだ」
フリースラントはピンときた。ルシアだ。
「王太子はいら立っている。早く、王位に就きたいのだ。王太子妃もだ。アデリア王女に我慢できないのだ。
そして、王とアデリア王女の力を削ぐ意味で、ヴォルダ公を摂政に地位から追い出し、王の病気を理由に自分が摂政の地位に就いた」
フリースラントは、表情を変えなかったが、母の手紙の意味が少しわかった。
「それが3か月前だ。結婚式から少ししたころだ」
「王妃の父を、そんなに冷遇するだなんて」
「アデリア王女も賛成したようだ」
「自分の夫なのにですか?」
「摂政が王を操って、悪事を働いていたと言っている。それで、ヴォルダ公は、現在拘束され、牢につながれている。財産は没収され、すべて妻と娘、すなわちアデリア王女とルシア王妃の下に渡った。ヴォルダ公の長男は官職を解かれ、蟄居している。次男は、今、行方不明だ。だが、こちらは子供なので、あまり話題になっていない。学校卒業後、貴族の子弟らしく、全国へ遊びに行ったまま、連絡がないとのことだった」
「母上は? 母上の話は?」
「ヴォルダ公妃つまりアデリア王女だが、離婚を目指している。だが、すぐには許可は下りないだろう。これと言って明らかな理由がないからだ。夫が横領をしようが、夫婦間の問題とは関係がない。ましてや、今は夫の財産を預かっている状態だ。離婚が成立すれば財産は返さなくてはならなくなる。死ねば別だが」
「ロドリック!」
ロドリックはフリースラントを無視した。
「テンセスト女伯は、王妃に付き従って王妃付きの侍女になっていた。元のヴォルダ公妃だとわかっていても、王妃のたっての希望だったからだ。しかし、事態が悪化してきたので、つい先ごろ、辞任して、自分の領地に引っ込んだ」
「テンセスト女伯の領地って、どこにあるんですか?」
「知らない。調べればわかると思う。だが、行くなよ? 今は行くな、フリースラント」
ロドリックはフリースラントの顔を見た。
「父上は、罪を着せられて死ぬだろう」
「なぜ?」
「王太子にとっても邪魔だが、アデリア王女にとってより邪魔だからだ。再婚できない」
しばらく間があった。
「再婚の問題だけではない。父上が死ねば、アデリア王女はヴォルダ家の全財産を自分のものにできる。離婚だとそうはいかない」
「そんなことで!」
「そして、やがて、王が死ねば、王太子の天下になる。元の王妃はきっと冷遇されるだろう」
「ルシアはきっと、静かに暮らすことを望むと思います」
ロドリックはうなずいた。
「目立たないように」
「そうだ。だが、アデリア王女のせいでヴォルダ家はつぶされた」
その通りだった。
死にかけの王と、王太子夫妻と、アデリア王女のせいで、ヴォルダ家はめちゃくちゃにされたのだ。
「王太子は長らく摂政を務めたヴォルダ公をよく思っていない。自分が抑え込まれてきたと感じているからだ」
「そんなことはないと思います! 王様の命令に従っただけです」
「王太子が自由に金を使えなかったのは、十年前にロンゴバルトとの戦争があったからだ。休戦はしたが、ロンゴバルトへの警戒に費用が掛かる。最近ではロンゴバルトも大分軟化してきたので、あまり意識されていないが」
「だったら、余計、父の横暴でもなんでもないではありませんか」
フリースラントは必死に言った。だが、ロドリックは首を振った。
「ヴォルダ公は事態を理解しているだろう。だから、費用が掛かっても軍の警備を解かなかった。だが、王太子とその妃はどうかな? ロンゴバルトがおとなしいので、不要な経費だとでも考えているだろう。ヴォルダ公さえ潰せば、自分たちが好き放題にふるまえると考えて、ヴォルダ家の者を潰そうと試みるはずだ。王妃や王妃の生母のアデリア王女に手は出せないが、それ以外の、特にお前の兄とお前は危ない」
「そうかもしれません」
「名前を名乗らなくてよかった。レイビックで、お前の正体を知る者はいない。王の死まで、ここ数か月が山場だろう」
フリースラントはなにもできない自分が悔しかった。
「王妃も同じ思いだろう」
ロドリックはさらりと言った。
「お前より身分もあれば力もある。王妃なのだから。でも、何もできないでいる」
ルシアにできることは、王を生かし続けることくらいだろう……。しかし、それもむなしいだろう。王が生き続ける限り、アデリア王女の力は続くのだ。しかし、王が死ねば?
「アデリア王女は王の死を待っている。王が死ねば、アデリア王女は後ろ盾を失うというのに。アデリア王女は、どこかの侯爵家の若い令息に夢中だそうだ。結婚するためには、ヴォルダ公が邪魔なのだ。……ヴォルダ公は、王を支配するような人物ではなかった。むしろ支え続けてきたのだ」
「その通りです。父はいつも、王の横暴に悩まされてきました。よく家で母に愚痴を言っていました」
「だが、それでも、今の王はヴォルダ公の賢明な助言を結局は取り入れてきたのだ。しかし、次の王は……」
フリースラントは、デブで、顔の表情が少ない王太子を思い出した。一方で、妙に痩せて、おそらく若いころはふっくらしたかわいらしい顔立ちだったのが、今ではキリキリした表情が目立つ王太子妃も思い出した。
「多分、誰のいうことも聞かないと思います。父も、そう言っていました」
「冬の間は、ベルブルグにいて、情報を集めよう。店の客も商人が多い。あの店は高い店なんだ。女の質がいいだろ?」
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