アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第42話 レイビックの抱える問題

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 つまり、とても貧乏過ぎる。産業がないということだった。

「だから、ユキヒョウに夢を託しているんだ。まあ、今年は2頭獲った。それだけでも貢献したじゃないか」

「狩猟以外に産業はないんですか?」

「お前が麗々しく、ヴォルダ公の御曹司として、ハンティングのためにやってきて、贅沢三昧、多くの勢子やガイドを使って狩猟を遊べば、町は潤ったろうさ」

「狩猟をしに来たわけではなかったので、出来るだけ目立ちたくなかったのです……」

「今からだって、ヴォルダ家の貴公子なんだと、説明して、お金を湯水のように使ってやれば、町は喜ぶぞ」

「僕、それはちっとも楽しくありません。町の人たちは、僕をハンターだと思っているので、ただの仲間として受け入れてくれました。尊敬も勝ち得たし、お金持ちで評価されるより、その方がうれしいです」

「まあ、お前は腕のいいハンターだし、町で人気がある。そうだ、ユキヒョウの代金はどうした? あれだって、派手に使えば町は潤うぞ」

「何に使ったらいいのか、わかりませんでした」

「この町では使うところがないからなあ。まあ、要するに、そこが問題なわけだが」

「そうです。このままだと、この町は、貧乏なままです」

 ロドリックはあきれた。

「貧乏ったって、仕方がないだろう。貧乏な町なんかいっぱいある。狩猟しか、産業がないんだから、ベルブルグみたいな繁栄は望めない」

「でも、昔は、金山があった」

 フリースラントは思い出していった。

「今でも、金は採れるのでしょう?」

「フリースラント、いい加減にするんだ」

 ロドリックが静かな声で言った。

「金山なんて止めておけ。そんな金の匂いのする話は人を狂わす。収拾がつかなくなったらどうするんだ」

「でも、あなたは知っているんでしょう? どこに坑道があって、どうすれば金の採掘を復活できるか?」

「俺は金山の専門家なんかじゃない。そんなことを調べに来たんじゃない」

「この町の歴史を少し調べれば、すぐにわかることだ。あなたは知っているんじゃないですか?」

 フリースラントは食い下がり、ロドリックは黙った。

「なあ、フリースラント、仮に俺が知っているとしたところで、どうにかなるような問題じゃないってことはわかるよね?」

 ロドリックが静かな声で言いだした。

「ここらが狩猟のみの貧しい地方になってしまったのは、精錬工場の失火と火事と、毒薬の流出があって、金山が徹底的にダメになったからだ」

「でも、金山そのものは、無事じゃないんですか?」

「そりゃもう、百年も昔の話だから、毒薬汚染なんか、今は全く考えなくていいと思うが、お前は一人で入山したから知らなかったろうが、ここは本来は出入りが禁じられた地域で、持ち主もいないのだ」

「持ち主がいない?」

「そう、ふもとのレイビックの町は総主教様の土地になっている。このエリアへの出入りは、レイビックを経由しないと入れないので、自然、総主教様の土地と言う扱いだが、多くの全く価値のない山や氷漬けになっている谷の多くと同様、持ち主は決まっていないのだ。そんな場所に、金山が現れたら、どうなると思う?」

「どうなるんですか?」

「誰かが持ち主になりたがる。金を目指して争いが起きる。それ相当の力があるも者が支配しない限り、主権をめぐって争いが起きる。例えば、マックオン殿だ」

 なんだかわかる気がした。

「いいか? なんで、お前がレイビックを気に入ったのか、その理由はなんだ?」

「え?」

 フリースラントは、考えた。

「なぜ、そんなにこの町のことを考えてやってるんだ。貧乏過ぎるとか、急に言い出して」

「それは……町の人がみんな親切で、ニコニコしてて……なんだかいつも楽しそうで。それにドイチェ氏も親切でした。あのパーティで会った人たちは、みんな、裏がなさそうだった」

「理由を知っているかい?」

「理由?」

 人がニコニコしてるのに、理由なんかあるのだろうか?

「自治だからさ」

「自治?」

「総主教様の土地だって言ったろう。領主がいないんだ。金にならないなら、総主教様と対立する理由がない。だから自治のままだ。税金がない。のんきなものだ。領主の横暴がないんだから」

「税金……」

「もし、仮に、金が採れたとする。その噂が広まれば、あっという間に、どこかの領主が自分の領地だって主張してくると思うぞ。持ち主がいないんだからな。マックオン殿とか、まあ、俺の親父とかがやって来るだろうな。ちなみに俺の親父は業突く張りの、金に目がない地方の領主だ」

 フリースラントには、それは新情報だったが、話を続けた。

「そうですね。そして、取り合いになると」

「そいつらと戦うんだ。権力だ。武力だって必要だ。おまえは、そんな面倒な真似をしてまで、金が欲しいか?」

「金は要りませんが、町が潤えばと……」

「動機が弱いな。血で潤うかもしれないぞ? 俺は知らん」

「しかし、このままだと、じり貧で……」

「ドイチェ氏にそんな才覚があるのか?  ゾフにそんな才覚があるのか?  ないからこうなってるんだ」

「あなたにはあるじゃないですか」

「ないない。お前なら出来るかもしれない。やる気があるからな。ただ、年齢と経験がなさすぎるから今は無理だろうけど。だけど、俺もお前も、問題は、そんなことに手を出したって、何のメリットもないってことなんだよ。金が欲しいのか?」

 フリースラントは考えた。

 確かに、その通りだった。

「お前の場合、何もしなくても、ヴォルダ家の御曹司と言うだけで所領から相当の金額が入ってくるはずだ。仕官の道だって容易い。名門の子弟で、十分な教育も受けている。ここにいるのは、ただの遊びに過ぎない。ここで、穴掘りをやって、金が出て、そのままほっぽり出して帰ってしまったら、金をめぐって、大騒ぎが起きるぞ。盗賊団の全滅で俺に嫌疑がかかったどころではない。ドイチェ氏などにとっちゃ大迷惑だ」

 フリースラントは黙った。

 ロドリックの言うとおりだった。

 彼は子供で、ロドリックは大人だった。
 経験値が違うのだ。それでも、全く腹が立たないのは、ロドリックが頭ごなしに言っているわけではないからだった。

「でも、フリースラント、ここへきて、本当に良かったんじゃないかな? いろんな事を勉強できた。貴族向けの勉強じゃないが、庶民の知識も必要だよ」




 だが、冬が来る前に、知らせが届いた。

 母からだった。

「あなたは城へ帰ってきてはいけません。城には誰もいないからです。私のことは心配しないように。旅を続けてください。城のある地域に近寄らないように。また、連絡を取ろうとしないように。連絡は私からします」

 署名はなく、母の筆跡だということだけがわかった。

「ロドリック!」

 フリースラントは震えた。

「これは、どういうことだろう?」

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