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フリースラント
第34話 A級ハンターのからくり
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二人は、いつもと同じように、例の崩れかけた教会の地下にいた。
彼らは、フリースラントが仕入れてきた食料品を分け合い、少し寒かったので古い暖炉に火を入れて、炉の前に座っていた。
「町で何か新しい噂とか聞いて来た?」
「ロドリック、もう少ししたら、国王が再婚する」
「ああ。そうなのか。ここにいると、そう言う話題にはてんで疎くて……町で噂になっているのか」
フリースラントは首を振った。
「母が知らせてきた」
ロドリックはちょっと驚いたが、言った。
「ああ。忘れていた。お前は、ヴォルダ公爵家の御曹司だったな。なるほどなあ。そういう情報が入って来るんだなあ。国王は再婚だったな?」
フリースラントは胸が痛くなった。かわいそうなルシア……。いや、そうではないのか……
「新しい王妃は、僕の妹だから」
「えっ?」
ロドリックはさすがに驚いた。
「さすがに名門は違う。王妃か!……あれ? 姉ではなくて、妹がか?」
「そう……」
「お前の妹って何歳なのだ? 双子か?」
「十二歳」
ロドリックが、また、驚いているのがわかった。
「俺の家は貴族だが、そんな大した家柄じゃない。だからかどうか知らないが、俺の周辺じゃ、どんなに若くても結婚は十五歳より上がほとんどだな。たいていは婚約だけで済ましてる。国王はロリコンなのか?」
「なぜかわからないよ。それに妹の母は僕の母とは違うんだ。王の妹だ」
ロドリックは余計驚いた様子だった。
「伯父と姪ではないか。よく総主教様が許したな」
それから、当然至極な疑問にたどり着いて、聞いた。
「そうすると、お前の母から連絡を受けたと言っていたが、その人はお前の義母か?」
フリースラントは、家の事情を話した。
ロドリックは勘のいい男で、フリースラントが言えないところは察してくれたし、余計なことは言わない男だった。
彼は感想などは言わなかったが、その代わりに、結婚式が終わったら、また戻って来いよと言った。
「お前の修行の期間は、後、何か月かはあるんだ。ここで好きなだけ狩りをしたり、女の子の人気者になったりしてればいいさ。そんな馬鹿な真似は、ヴォルダ家の御曹司には、もうできないぞ」
フリースラントは、王宮の格式ばった礼儀正しさを思い出した。
この修行と言う名の休暇が終わったら、彼はきっと宮廷に戻ることになるのだろう。
彼は、あの小太りで愚鈍にさえ見え、女好きと言う噂の王太子と、狭量で神経質だと言う噂の王太子妃に仕えることになるはずだった。
彼はその二人が本能的に嫌いだった。
その息子のヴォードモン公爵に至っては、愚鈍と言う言葉さえ、もったいないくらいだった。
王太子は、あまり政治向けに見えなかった。関心がなさそうだった。
いっそロドリックが王太子だったらよかったのにと、突拍子もないことを考えたりした。
「ロドリックさんが、最後に町に出たのはいつ?」
「一月前」
フリースラントはびっくりした。完全隠居生活を送っているとばかり思っていたからだ。
「何年もずっと町に行っていないのかと思った」
「買い物に行くんだよ」
ケロッとして、ロドリックは答えた。
「いろいろ、必要なんだよ。小麦粉とか、塩とか」
「じゃあ、どうしてゾフさんはあんなことを言ったんですか? 山から何年も出てきてないって。ロドリックと名乗っていないからですか?」
「なんで名前なんか名乗って買い物するんだよ。それに、ウサギとかしか売りに行かないし」
「え、ユキヒョウでも余裕で獲れるでしょう?」
「そんなにお金は要らないよ。まあ、確かにウサギばっかり獲るのは面倒だが」
「お金に困るんじゃないですか? クマとかたまに捕ってそれで……?」
「クマは頼まれれば獲るよ」
「ええと……頼まれる?」
ちょっと意味が分からなくてフリースラントは混乱した。
ロドリックは説明した。
「ライセンスが欲しいやつとか、見栄でクマハンターになりたいやつとか結構多いんだよ。クマを殺すと、レイビックの連中はみんな喜ぶし、尊敬を集めるだろ? 食糧庫を荒されずに済むしな。だけど、クマは、実は、結構怖い動物だ。本気で獲ってるのは、ゾフのチームくらいなものだ。ほかの連中は、ビビっている。実は、怖くて仕方ないんだ。でも、クマを獲らないとハンターとして、かっこ悪いと思ってる。だから、こっそり頼みに来るんだ。クマを獲ってくれって」
「ロドリックのところへ!」
さすがにフリースラントは仰天した。彼に声をかけてきたA級ハンターがあんなに大勢いたのに?
「うーん。運が良くて、そして大勢でかかれば、クマも獲れない動物じゃない。だけど、命を懸けてまで獲るのはあまりにも割に合わないだろ」
「でも、僕が会った人たちは……」
ずいぶん、偉そうに、A級ハンターだと威張っていたし、狩りのノウハウを教えてやろうとか嵩にかかって話しかけてきたんだけど……と、フリースラントは言葉を飲み込んだ。
「そりゃ、A級ハンターの名前欲しさに、最初のうちは頑張って、ほんとに何頭か獲ってるんだろうと思うよ? 俺がここに来たのは何十年も前じゃないし、ここへ来る前からA級ハンターは、いたからね」
「それでも、頼みに来るのですか?」
「だって、楽だもん。俺にしてみれば、片手間仕事でも、あいつらにとっては、命がけだ。こっそり依頼が来るんだ。俺の名前は知らないだろうな。森の隠者とか、クマ殺しと呼ばれている」
酷い名前だな……
「俺にとっても、便利なんだよ。換金の手間が省けるし、俺のところに、金と必要な品物を届けてくれる。俺はクマは獲るが、ユキヒョウは断っている。あほらしすぎる。金持ちの家のじゅうたんになるだけだからな」
フリースラントは、知らず知らずの間にうなずいていた。
「ユキヒョウが滅多に獲れないのは、実はほとんど不可能だからだ。オレとお前を除いて。もちろん大人数で本気でやれば不可能なことなんか何もない。だけど、割が合わないだろ?」
フリースラントは思い出したことがあった。
「金山はどうですか?」
「金山? ああ、百年ほど前に精錬工場が火事になって、毒の薬が流出して、ここら一帯が禿げ野原になった話か。掘れば出て来るんじゃない?」
「坑道が潰れてしまって、掘り直しになるって聞きました。それじゃあ割に合わないと」
「事故そのものは、精錬工場だから、坑道は問題ないんじゃない? ただ、当時は精錬工場で使っていた薬剤が、そこらに流れ出てしまって、周辺は危険だと言われていた。危ないから、金の採掘はもう不可能だと言うことにしたんじゃないかな? 欲は人を狂わすよね」
「ロドリックさん、町には出ないんですか?」
「クマ殺しが表に出て来ると、都合の悪い奴が、実はいっぱいいるんだよな、そんなわけで」
だが、ロドリックは、フリースラントの一途な黒い目を見ていった。
「そうだな。お前がここへ戻ってきたら……おれもそろそろ戻ろうかな。仲間が見つかったからな……」
フリースラントは、心の底から嬉しくなった。
仲間……。
「仲間……ですね。そうです。ぼくはうれしいです」
彼は、母とルシアを思い出した。
ほかにも、同じような仲間がいるのだ。
「あの盗賊団を殺っちまったお仲間だ。あいつらが、もういないなら、町に出ても問題はないから」
ああ……。そっちのほうのお仲間でしたか。フリースラントは、ちょっとがっかりした。彼は、この方面でもお仲間だった。
「どうせ、俺やお前がやることなんて、似たようなもんさ。捕まったり、斬りつけられたりしようもんなら、本領発揮になっちゃう。うっかり殺さないよう、よほど気を付けないと、人なんか簡単に死んじゃうから」
ルシアもそうだった。
うっかり、グルダを殺すところだった。
ルシアと母も、ロドリックと同じ仲間なのだ、おそらく。
だが、そのこことは言えなかった。だって、母とルシアは、何も知らないのだ。アネンサードの話は、彼女たちに伝えた方がいいのかどうか、フリースラントにもわからなかった。気にするなとロドリックは言ったが、そんな簡単な扱いでいいものなのかどうか……
「あのー、ロドリックさん、あなたは、治癒の力を持った女性に会ったことはありますか? 聞いたこととか?」
「ない。そっちは伝説だから」
「………」
伝説ではない。
いつかロドリックを連れて行って、母とルシアを紹介しよう。いつになるかわからないが。彼は決意した。
彼らは、フリースラントが仕入れてきた食料品を分け合い、少し寒かったので古い暖炉に火を入れて、炉の前に座っていた。
「町で何か新しい噂とか聞いて来た?」
「ロドリック、もう少ししたら、国王が再婚する」
「ああ。そうなのか。ここにいると、そう言う話題にはてんで疎くて……町で噂になっているのか」
フリースラントは首を振った。
「母が知らせてきた」
ロドリックはちょっと驚いたが、言った。
「ああ。忘れていた。お前は、ヴォルダ公爵家の御曹司だったな。なるほどなあ。そういう情報が入って来るんだなあ。国王は再婚だったな?」
フリースラントは胸が痛くなった。かわいそうなルシア……。いや、そうではないのか……
「新しい王妃は、僕の妹だから」
「えっ?」
ロドリックはさすがに驚いた。
「さすがに名門は違う。王妃か!……あれ? 姉ではなくて、妹がか?」
「そう……」
「お前の妹って何歳なのだ? 双子か?」
「十二歳」
ロドリックが、また、驚いているのがわかった。
「俺の家は貴族だが、そんな大した家柄じゃない。だからかどうか知らないが、俺の周辺じゃ、どんなに若くても結婚は十五歳より上がほとんどだな。たいていは婚約だけで済ましてる。国王はロリコンなのか?」
「なぜかわからないよ。それに妹の母は僕の母とは違うんだ。王の妹だ」
ロドリックは余計驚いた様子だった。
「伯父と姪ではないか。よく総主教様が許したな」
それから、当然至極な疑問にたどり着いて、聞いた。
「そうすると、お前の母から連絡を受けたと言っていたが、その人はお前の義母か?」
フリースラントは、家の事情を話した。
ロドリックは勘のいい男で、フリースラントが言えないところは察してくれたし、余計なことは言わない男だった。
彼は感想などは言わなかったが、その代わりに、結婚式が終わったら、また戻って来いよと言った。
「お前の修行の期間は、後、何か月かはあるんだ。ここで好きなだけ狩りをしたり、女の子の人気者になったりしてればいいさ。そんな馬鹿な真似は、ヴォルダ家の御曹司には、もうできないぞ」
フリースラントは、王宮の格式ばった礼儀正しさを思い出した。
この修行と言う名の休暇が終わったら、彼はきっと宮廷に戻ることになるのだろう。
彼は、あの小太りで愚鈍にさえ見え、女好きと言う噂の王太子と、狭量で神経質だと言う噂の王太子妃に仕えることになるはずだった。
彼はその二人が本能的に嫌いだった。
その息子のヴォードモン公爵に至っては、愚鈍と言う言葉さえ、もったいないくらいだった。
王太子は、あまり政治向けに見えなかった。関心がなさそうだった。
いっそロドリックが王太子だったらよかったのにと、突拍子もないことを考えたりした。
「ロドリックさんが、最後に町に出たのはいつ?」
「一月前」
フリースラントはびっくりした。完全隠居生活を送っているとばかり思っていたからだ。
「何年もずっと町に行っていないのかと思った」
「買い物に行くんだよ」
ケロッとして、ロドリックは答えた。
「いろいろ、必要なんだよ。小麦粉とか、塩とか」
「じゃあ、どうしてゾフさんはあんなことを言ったんですか? 山から何年も出てきてないって。ロドリックと名乗っていないからですか?」
「なんで名前なんか名乗って買い物するんだよ。それに、ウサギとかしか売りに行かないし」
「え、ユキヒョウでも余裕で獲れるでしょう?」
「そんなにお金は要らないよ。まあ、確かにウサギばっかり獲るのは面倒だが」
「お金に困るんじゃないですか? クマとかたまに捕ってそれで……?」
「クマは頼まれれば獲るよ」
「ええと……頼まれる?」
ちょっと意味が分からなくてフリースラントは混乱した。
ロドリックは説明した。
「ライセンスが欲しいやつとか、見栄でクマハンターになりたいやつとか結構多いんだよ。クマを殺すと、レイビックの連中はみんな喜ぶし、尊敬を集めるだろ? 食糧庫を荒されずに済むしな。だけど、クマは、実は、結構怖い動物だ。本気で獲ってるのは、ゾフのチームくらいなものだ。ほかの連中は、ビビっている。実は、怖くて仕方ないんだ。でも、クマを獲らないとハンターとして、かっこ悪いと思ってる。だから、こっそり頼みに来るんだ。クマを獲ってくれって」
「ロドリックのところへ!」
さすがにフリースラントは仰天した。彼に声をかけてきたA級ハンターがあんなに大勢いたのに?
「うーん。運が良くて、そして大勢でかかれば、クマも獲れない動物じゃない。だけど、命を懸けてまで獲るのはあまりにも割に合わないだろ」
「でも、僕が会った人たちは……」
ずいぶん、偉そうに、A級ハンターだと威張っていたし、狩りのノウハウを教えてやろうとか嵩にかかって話しかけてきたんだけど……と、フリースラントは言葉を飲み込んだ。
「そりゃ、A級ハンターの名前欲しさに、最初のうちは頑張って、ほんとに何頭か獲ってるんだろうと思うよ? 俺がここに来たのは何十年も前じゃないし、ここへ来る前からA級ハンターは、いたからね」
「それでも、頼みに来るのですか?」
「だって、楽だもん。俺にしてみれば、片手間仕事でも、あいつらにとっては、命がけだ。こっそり依頼が来るんだ。俺の名前は知らないだろうな。森の隠者とか、クマ殺しと呼ばれている」
酷い名前だな……
「俺にとっても、便利なんだよ。換金の手間が省けるし、俺のところに、金と必要な品物を届けてくれる。俺はクマは獲るが、ユキヒョウは断っている。あほらしすぎる。金持ちの家のじゅうたんになるだけだからな」
フリースラントは、知らず知らずの間にうなずいていた。
「ユキヒョウが滅多に獲れないのは、実はほとんど不可能だからだ。オレとお前を除いて。もちろん大人数で本気でやれば不可能なことなんか何もない。だけど、割が合わないだろ?」
フリースラントは思い出したことがあった。
「金山はどうですか?」
「金山? ああ、百年ほど前に精錬工場が火事になって、毒の薬が流出して、ここら一帯が禿げ野原になった話か。掘れば出て来るんじゃない?」
「坑道が潰れてしまって、掘り直しになるって聞きました。それじゃあ割に合わないと」
「事故そのものは、精錬工場だから、坑道は問題ないんじゃない? ただ、当時は精錬工場で使っていた薬剤が、そこらに流れ出てしまって、周辺は危険だと言われていた。危ないから、金の採掘はもう不可能だと言うことにしたんじゃないかな? 欲は人を狂わすよね」
「ロドリックさん、町には出ないんですか?」
「クマ殺しが表に出て来ると、都合の悪い奴が、実はいっぱいいるんだよな、そんなわけで」
だが、ロドリックは、フリースラントの一途な黒い目を見ていった。
「そうだな。お前がここへ戻ってきたら……おれもそろそろ戻ろうかな。仲間が見つかったからな……」
フリースラントは、心の底から嬉しくなった。
仲間……。
「仲間……ですね。そうです。ぼくはうれしいです」
彼は、母とルシアを思い出した。
ほかにも、同じような仲間がいるのだ。
「あの盗賊団を殺っちまったお仲間だ。あいつらが、もういないなら、町に出ても問題はないから」
ああ……。そっちのほうのお仲間でしたか。フリースラントは、ちょっとがっかりした。彼は、この方面でもお仲間だった。
「どうせ、俺やお前がやることなんて、似たようなもんさ。捕まったり、斬りつけられたりしようもんなら、本領発揮になっちゃう。うっかり殺さないよう、よほど気を付けないと、人なんか簡単に死んじゃうから」
ルシアもそうだった。
うっかり、グルダを殺すところだった。
ルシアと母も、ロドリックと同じ仲間なのだ、おそらく。
だが、そのこことは言えなかった。だって、母とルシアは、何も知らないのだ。アネンサードの話は、彼女たちに伝えた方がいいのかどうか、フリースラントにもわからなかった。気にするなとロドリックは言ったが、そんな簡単な扱いでいいものなのかどうか……
「あのー、ロドリックさん、あなたは、治癒の力を持った女性に会ったことはありますか? 聞いたこととか?」
「ない。そっちは伝説だから」
「………」
伝説ではない。
いつかロドリックを連れて行って、母とルシアを紹介しよう。いつになるかわからないが。彼は決意した。
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