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フリースラント
第33話 アネンサードの角
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同じ仲間に巡り合ったまでは良かったが、フリースラントにはアネンサードの話が不思議で、どうしても信じられなかった。
「教会の祭壇の地下にあったのは絵だけでしたよね?」
「そうだ」
「どうしてアネンサードだってわかるのですか? 僕の目には人間の女に見えます」
「教会には文献がある。アネンサードの特長は昔から一緒だ」
例の、礼拝堂の地下の部屋の中で、ロドリックは古い巻物を大事そうに出してきた。
「この巻物は、古い修道院の図書館で見つかった寓話集だ。中に話ができない娘の話がある」
それは、とても美しい娘で、捨て子だったと言う。声は出るが、話ができない。
「字も書けたらしい。頭もよく、ある男の妻になった。女房に口やかましくののしられる男たちにとって、理想の嫁だったと言う説話さ。この文献以外にも、話の出来ない娘の話が、何回も出て来る」
「耳が聞こえなかっただけなのでは」
「違うんだ。聞こえているし、声も出る。ただ、話ができない。多分あごか舌の構造が違うのだと思う。とても細い。そして、美しい娘たちなので結婚して子孫を残している。パターンが決まっている」
フリースラントは懐疑的に尋ねた。そんなのは、人間にだって大勢いる。問題じゃない。
「それがアネンサードなのですか?」
「そう」
「男は?」
「男は、見分けが簡単につく。アネンサードの男は人間と見かけが全く異なる。ほら、そのページだ」
ロドリックはフリースラントに一冊の本を、ページを開いて渡した。
それは悪魔の解説絵だった。
悪魔は人よりはるかに大きかった。
2メートルはあり、ふさわしい幅があった。筋肉隆々とし、すばらしい肉体の持ち主だった。そして……立派な角が生えていた。
「ここだよ」
ロドリックは、自分の頭の耳の上の部分を指した。
濃いふさふさした毛をかき分けると、3センチくらいの毛が生えていない部分があった。
「角だ」
フリースラントは、我を忘れて、ロドリックの角を見つめた。
本当に……本当に、あるべきでない、存在してはならない「何か」だったのだ、彼は。
いや、彼だけではない。自分だ。自分もだ。
「僕には角はない」
「いーや、角は成長期が終わってから生えてくる」
ロドリックは、絶望的なことを言い出した。
「俺の場合は三十歳を過ぎてからだ、こいつが生えだしたのは……。親知らずみたいだ。それで、俺は僧院にいられなくなった」
フリースラントは、修道僧たちの髪が皆短いことを思い出した。
「だから出た。破戒僧なんかじゃない。出なければならなかった……」
フリースラントはロドリックの角(正確には角を切った痕だが)を必死で見つめ続けていた。
「アネンサードの男は、成人すると一目でわかった。だからすぐ殺された。女は見分けがつかなかった。それにとても美しい。人間たちが恋して妻にした。それが血が混ざった大きな理由だろうと思う」
それから、ロドリックは少しためらって、
「母の残した屋敷に1枚の絵があったんだ」
と言った。
「絵?」
「そう。女性の肖像画だ。あごが細い。あの画にとてもよく似てる」
「それは、誰なのですか?」
「その絵は、何代か前の誰かに嫁いできた女性だった。言い伝えによると、彼女は治癒の力を持っていた」
治癒の力……
何のことかわからないだろうと思ったらしいロドリックが解説した。
「治癒の力と言うのは、手で直接触れた者に神の恵みを分け与える力のことなのだそうだ。話だけなので良く分からないけれど、アネンサードの女たちが好まれたのは治癒の力を持っていたからともいわれている」
フロースラントは叫び出しそうになった。
ルシア! それに母!
二人とも、目鼻の整った、誰が見ても美しい人たちだった。
「ルシアは歌も上手よ?」
母の声の思い出が追い打ちをかけた。
「まあ、そう気にするな、フリースラント」
ロドリックが言い出した。フリースラントがショックで固まっていたからだろう。
「どっちみち、運が悪かったと言うだけだよ。角が生えるかどうかはわからんしな。ただの遺伝だから、アネンサードのどの形質が、どれくらい出て来るかわからんのだ。俺やお前ほどハッキリしていなくても、かなり大勢の人間がアネンサードの血を引いていることは間違いない」
フリースラントは目をつぶった。
少し、少し、考えなければならない。ルシアは、ふしぎな力の持ち主だった。
母は、ああ、でも、彼の母がアネンサードの血を色濃く継いでいると言うなら、彼のこの形質は、母由来なのかもしれなかった。
「慈悲の力……」
「慈悲の力ってのは、嘘だろう。聞いたこともないし。俺だって、アネンサードなんか嘘っぱちだと思っていた。でも、角が生えてきちゃった以上、本当の話さ。間違いなくアネンサードの血を引いている。だけど、まあ、あきらめるしかないしね」
ロドリックは一生懸命慰めてくれたが、フリースラントが受けたショックは自分のことだけではなかった。
「教会の祭壇の地下にあったのは絵だけでしたよね?」
「そうだ」
「どうしてアネンサードだってわかるのですか? 僕の目には人間の女に見えます」
「教会には文献がある。アネンサードの特長は昔から一緒だ」
例の、礼拝堂の地下の部屋の中で、ロドリックは古い巻物を大事そうに出してきた。
「この巻物は、古い修道院の図書館で見つかった寓話集だ。中に話ができない娘の話がある」
それは、とても美しい娘で、捨て子だったと言う。声は出るが、話ができない。
「字も書けたらしい。頭もよく、ある男の妻になった。女房に口やかましくののしられる男たちにとって、理想の嫁だったと言う説話さ。この文献以外にも、話の出来ない娘の話が、何回も出て来る」
「耳が聞こえなかっただけなのでは」
「違うんだ。聞こえているし、声も出る。ただ、話ができない。多分あごか舌の構造が違うのだと思う。とても細い。そして、美しい娘たちなので結婚して子孫を残している。パターンが決まっている」
フリースラントは懐疑的に尋ねた。そんなのは、人間にだって大勢いる。問題じゃない。
「それがアネンサードなのですか?」
「そう」
「男は?」
「男は、見分けが簡単につく。アネンサードの男は人間と見かけが全く異なる。ほら、そのページだ」
ロドリックはフリースラントに一冊の本を、ページを開いて渡した。
それは悪魔の解説絵だった。
悪魔は人よりはるかに大きかった。
2メートルはあり、ふさわしい幅があった。筋肉隆々とし、すばらしい肉体の持ち主だった。そして……立派な角が生えていた。
「ここだよ」
ロドリックは、自分の頭の耳の上の部分を指した。
濃いふさふさした毛をかき分けると、3センチくらいの毛が生えていない部分があった。
「角だ」
フリースラントは、我を忘れて、ロドリックの角を見つめた。
本当に……本当に、あるべきでない、存在してはならない「何か」だったのだ、彼は。
いや、彼だけではない。自分だ。自分もだ。
「僕には角はない」
「いーや、角は成長期が終わってから生えてくる」
ロドリックは、絶望的なことを言い出した。
「俺の場合は三十歳を過ぎてからだ、こいつが生えだしたのは……。親知らずみたいだ。それで、俺は僧院にいられなくなった」
フリースラントは、修道僧たちの髪が皆短いことを思い出した。
「だから出た。破戒僧なんかじゃない。出なければならなかった……」
フリースラントはロドリックの角(正確には角を切った痕だが)を必死で見つめ続けていた。
「アネンサードの男は、成人すると一目でわかった。だからすぐ殺された。女は見分けがつかなかった。それにとても美しい。人間たちが恋して妻にした。それが血が混ざった大きな理由だろうと思う」
それから、ロドリックは少しためらって、
「母の残した屋敷に1枚の絵があったんだ」
と言った。
「絵?」
「そう。女性の肖像画だ。あごが細い。あの画にとてもよく似てる」
「それは、誰なのですか?」
「その絵は、何代か前の誰かに嫁いできた女性だった。言い伝えによると、彼女は治癒の力を持っていた」
治癒の力……
何のことかわからないだろうと思ったらしいロドリックが解説した。
「治癒の力と言うのは、手で直接触れた者に神の恵みを分け与える力のことなのだそうだ。話だけなので良く分からないけれど、アネンサードの女たちが好まれたのは治癒の力を持っていたからともいわれている」
フロースラントは叫び出しそうになった。
ルシア! それに母!
二人とも、目鼻の整った、誰が見ても美しい人たちだった。
「ルシアは歌も上手よ?」
母の声の思い出が追い打ちをかけた。
「まあ、そう気にするな、フリースラント」
ロドリックが言い出した。フリースラントがショックで固まっていたからだろう。
「どっちみち、運が悪かったと言うだけだよ。角が生えるかどうかはわからんしな。ただの遺伝だから、アネンサードのどの形質が、どれくらい出て来るかわからんのだ。俺やお前ほどハッキリしていなくても、かなり大勢の人間がアネンサードの血を引いていることは間違いない」
フリースラントは目をつぶった。
少し、少し、考えなければならない。ルシアは、ふしぎな力の持ち主だった。
母は、ああ、でも、彼の母がアネンサードの血を色濃く継いでいると言うなら、彼のこの形質は、母由来なのかもしれなかった。
「慈悲の力……」
「慈悲の力ってのは、嘘だろう。聞いたこともないし。俺だって、アネンサードなんか嘘っぱちだと思っていた。でも、角が生えてきちゃった以上、本当の話さ。間違いなくアネンサードの血を引いている。だけど、まあ、あきらめるしかないしね」
ロドリックは一生懸命慰めてくれたが、フリースラントが受けたショックは自分のことだけではなかった。
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