アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第22話 レイビックはハンターの町

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「レイビックには、なにしにきたの?」

 泊まりたいと言うと、宿の亭主は、まだ若い少年に聞いた。

「ここでは、勤め口は有りますか?」

 亭主はびっくりしたらしかった。

「ないよ」

 それから、親父は少年の顔をつくづく眺めて言った。

「レイビックは猟師の町だ。みんな狩猟で生活を立てている。ハンターが多いが、そのほか、猟の獲物の市場だとか、獲物を捌く人や、売ったり買ったりする商人だとか……」

 それから彼は付け加えた。

「ここへ来たからには、ハンターとして名をあげるつもりなんだろうけど、そう簡単にはいかないよ」


 フリースラントには、レイビックがハンターの町だと言うのは初耳だったが、宿の親父は、彼がハンター志望だと、判定したようだった。

「狩猟でチームに入れてもらいたかったら、それなりの腕がないとダメだ。足手まといになるだけだからな。あんたみたいな子供にはまず無理だと思うが……」

「ここら辺では何が獲れるのですか?」

「そんなことも知らないのに、ハンター志望なのかい! 鹿とかイノシシもいるが、そいつらは食肉用だな。飾り用の大熊や灰色熊はいい値段になる。だが、最も値が付くのはユキヒョウだ。一攫千金だ。でも、山の高いところに住んでいるんだ。それに危険だ。よほど腕のいいハンターでないと無理だ」

「弓の腕ですか?」

「もちろん」

 ほかに何があるんだと言わんばかりに力を込めて親父は答えた。

「興味があるなら、表通りを行くと、マーケットがある。毛皮の取引所だ。まあ、見に行ってごらん。レストランや役場やハンター登録所もある」

「ハンター登録所?」

「誰でも狩りに行っていいわけないだろ。登録しないと、ハンターになれないんだ。でないと密猟者扱いになる。ハンターもレベルがあって、レベルによって狙える獲物が違う。ハンターになりたいなら、まずはウサギやウズラなんかを狙ったらどうかね? 結構、すばしこいから獲るのは難しいぞ? いい練習になるし、危なくないから、最初のレベルにはもってこいだ」

 宿の親父は、親切な男だった。
 フリースラントは、部屋に案内してもらって、それから町に出た。


 ハンターになることは、考えたことがなかった。
 別に働きたいわけではなかった。ただ、土地の者でもない人間がぶらぶら教会や古い言い伝えを探し回っていたら、村人に変に思われると心配になっただけだった。何か仕事をしている方がいいだろうと考えたのだ。

「教会に関係できるといいんだが……あるいは学校とか」

 とりあえず、マーケットと呼ばれる場所に行くことにした。町に入った時に最も目立っていたあの建物だった。

 人が集まる場所には情報もあるだろう。

 もう午後も遅かった。外から様子をうかがってみると、かなりの人数が集まっている様子だった。
 思い切って中に入ったが、暗かったせいか、誰も少年に注目するものはいなかった。


「ねえ、あんた、こんなところに何しに来たの?」

 背中から若い女の声に話しかけられて、フリースラントはびっくりした。

 振り向くと、そこはカウンターになっていて、二十代くらいの赤毛の女が、カウンターの上に肘をついてフリースラントを見つめていた。

 若い女は、フリースラントの顔に気が付くと、パッと顔を赤くした。

 宿の親父に頻繁に話しかけられたり、妙に心配されたりする理由の一つは彼の容貌だった。

 若かったが、同時に冷たい美貌の持ち主だった。

 フリースラントも、かなりびっくりした。

 別に女の反応に驚いたわけではなくて、女が肘をついていたカウンターの後ろに大きく掲げられたハンター登録所と言う文字に驚いたのだ。

 よく見ると、横には値段表まで張られている。

 ウサギ、うずら、雉などこまごました種類別の買取価格のほか、ハンターのレベルと、それぞれのレベルに登録するための金額が書いてあった。

「なあに、あんた、ハンターをやるつもりなの?」

「やらないよ」

「そうね。無理そうね」

 彼女はちょっと笑った。フリースラントはカチンときた。

「弓矢と剣は得意だよ」

 彼は文句を言った。

「人は見かけによらないって言うけど……」

 彼女は笑いながら、その広い空間の反対側を指して言った。

「もうセリが始まる時間よ」

「セリ?」

「そう。今日、取ってきた獲物をセリにかけるの。見てらっしゃいよ」

 体つきのごつい男たちが何人も集まってきていて、それぞれが大きな荷物を運び込んできていた。

「最初が食肉業者、次が毛皮商人よ」

 彼女は毎日繰り広げられている光景に、興味はなさそうだったが、フリースラントには親切だった。


 フリースラントは初めて見る光景に釘付けだった。

 荷物は今日の獲物で、袋から取り出されて検分されて値段が決められていくようだった。

「2フローリンと30ギル!」

 声がここまで届いた。

「立派なイノシシね。いい値段だわ」

「イノシシ一頭分の値段?」

「そうよ。ほら次はハイイログマだわ。珍しいわね」

 セリは非常に手早く行われていたが、ハイイログマの番になると急に慎重になった。

「高いもの。貴重なのよ。ウサギや鳥は重さで売り買いされるから、相場が決まってるし、取引も早いけど、ハイイログマは食用じゃない。毛皮の質なんかで評価が決まるから時間がかかるわ」

 結局百フローリンほどで取引は決まったらしい。

 ハイイログマを持ち込んだ連中は、5人くらいのグループで、値段に少し不満らしかったが、きらきらする金貨を手にするとそそくさと隣の酒場へ向かって行った。

「仲間同士で分けるのよ。それから、たいていは飲んじゃうのよ」

 彼女はうんざりしたように付け加えた。


 急に思いついて、フリースラントは彼女の顔を見た。

「僕の名前はフリーって言うんだ。君の名前はなんていうの?」

 赤毛の娘はちょっと顔を赤くした。これで二度目だ。

「ジュリアよ。ハンター登録所で働いているのよ」

 フリースラントは、ふと、自分の顔をみんながほめていたことを思い出した。
 いま、彼は、情報が欲しかった。これはいけるんじゃないだろうか。

 彼は、女の子の目をまっすぐ見つめて、ニコッと微笑んでみた。

「ここは初めてなんだ。いろいろ教えてよ」

「そうね……。もう少ししたら仕事が終わるわ。登録所の仕事は夕方までなの」

 これはオーケーらしい。なるほど。顔芸はこうして使うものなのか。彼は妙に納得した。

「夕飯をおごるよ」

 彼女はますます顔を赤くした。

「だめよ。お金ないんでしょ? 無駄遣いしちゃだめよ」

 国で一、二を争う裕福な大貴族の子弟は微笑んだ。ここでは、誰も彼のことを大金持ちの御曹司だなんて考えていない。

「わかった。でも、一緒に行こうよ」


 セリ市が行われる大きな建物の近くには小さなレストランや宿屋、バーなどがたくさんあった。
 でも、お金はないはずだと主張するジュリアに折れて、彼らは、ハンター登録所の中に隠れるようにして買ってきた肉やパンをかじることになった。

 もうすっかり夜だと言うのに、多くの人たちが出入りしていた。フリースラントは、慣れない様子にきょろきょろしていた。

「ねえ、あの人たちは何?」

 まとまって現れた年配の人々にフリースラントは興味をひかれた。

「町の長老たちよ。指さしちゃだめよ」

「長老?」

「そう。この町に領主はいないのよ。長老たちが力を持っているの。ほら、あの黒い服の人がドイチェ氏。私の雇い主で、競り市のオーナーよ。多分一番の勢力家よ」

「悪い人?」

「悪い? いいえ? 正直者と言われているわ」

 フリースラントは彼らをじっと眺めた。

「教会の関係者はいるの?」

「あの人よ。」

 彼女は脂ぎって、頭の毛をきれいに剃った小男を指さした。

「なんだか、聖職者には見えないな」

「私もそう思うわ。教会もなんだかあの人に似ているわ。最新式で、みんな立派だって言うけど、あんまりありがたみが感じられないわ」

 フリースラントは鋭く彼女を見た。

「教会は新しいの?」

「2年ほど前に建て替えたのよ。すごく立派なのよ。2万フローリンもお金がかかったのよ」

 彼女は自慢そうに言った。だが、だとすれば、何も残っていないのではないだろうか。

「そこ以外に古い修道院とか、古い教会の分院とかはない?」

「ないわ」

 あっさり彼女は期待をぶち壊した。

「だって、この町は新しいんだもん。腕一本で珍しい毛皮を獲って、一攫千金を狙う山師みたいな人間が来るところよ。あなただってそうでしょ?」

 最近、変装が板についてきたと思ってはいたが、こんなに評価してもらえるとは考えていなかった。
 彼は頷いて見せた。

 思った方向とは違う方へ物事が動いていく。

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