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フリースラント
第21話 知られざるヒーロー
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次の宿で、親切な宿の亭主に、夕方近くなったら宿にいるようにした方がいいとアドバイスされた時、彼は素直に頷いた。
「やはり、昼間の方が安全ですか?」
「そりゃそうだよ。交通量が多いからな。さすがに誰かが見ている時に、襲ったりはしない。悪事が露見するからね。それに、昨日のことなんだが、恐ろしい事件があってね」
亭主はしゃべりたくて仕方ないと言った様子だった。フリースラントは聞かない方がいいような気がしたが、ここは情報を得ておくべきだろう。
「何かあったんですか?」
亭主はあたりをはばかるような様子を見せたが、小声でささやいた。
「ここらで、非常に恐れられていた盗賊団なんだが、誰か恨みを持つ者がいたんだろうな、ゆうべ、一晩のうちに全員殺されていたんだ」
それを聞いて、フリースラントは本気で驚いた。噂の方が、当の本人より先に到着している。
フリースラントがとても驚いたようだったので、宿の亭主は、我が意を得たりと言わんばかりに大きくうなずいて見せた。
「そんな盗賊が全滅ですか? いったい誰が……」
フリースラントが知りたかったのは、誰が知らせたのかと言う問題だったが、宿の亭主に関心があるのは、誰が殺したのかと言う問題に違いない。危ういところで言葉を飲み込んで、フリースラントは考えた。
あの後、彼を追い抜いて行った早馬があったが、あれが噂の原因か。彼が期待していたより早く、事が露見して、大ごとになったに違いない。
宿の亭主は声をひそめた。
「犯人は全く不明だ」
「それは、よかった……ではなくて、そんな犯人が自由に逃げ回っているだなんて危険ですね」
亭主は大仰に首を振って見せた。
「いやいや、俺たちには、実はありがたい話なんだ。その盗賊団は、ここらで大きな勢力を持っていて、旅人を殺して金品を奪ったり、人質をとって身代金を要求したり、好き放題をしていた。領主は、そいつらから上納金を受け取ってたのさ。」
フリースラントは、もっともらしい様子で頷いた。
「なるほど。そうだったんですか。ありそうな話ですね」
しかし、亭主はその犯人を怖がるどころか、とてもうれしそうだった。そして、続きをしゃべりたがった。
「それが、全滅だ。領主様は、いかに盗賊とは言え、殺したやつは犯罪者だと言って探しておられるが、俺たちにとっちゃ英雄さ。領主様も今頃はおびえているだろう」
彼らは恨みの対象だったらしい。
だんだん夕方になるにつれ、宿にはこの新しいうわさを聞きつけた村人たちが集まってきていた。
「とんでもないことだなあ」
「これでは、よけい危ないことになってきた」
「物騒な世の中になったもんだ」
村の人々は、三々五々、大声で言いながら入ってくるが、口元は笑っていた。
村中が、密かに喜んでいる様子だった。次から次へと目に光をたたえた連中が、何かとても面白いことがあったかのような表情を浮かべて、こっそり宿へ入ってきた。領主に見つかるとまずいらしい。
「ハハハ、これで当面、安心できるわ」
「通行税を取られることも、もうないな。何の根拠もないのに、街道のあのあたりを夜通る時は金を払わないといけなかったが、奴らが全員死んで見つかったらしいから」
「でも、あんな連中が全滅とは考えられない。なぜ、抵抗しなかったんだろう」
「相当の使い手もいたはずだ」
「一番の使い手が、あっさり斬られて死んでたと言うから、相手はどれほどの腕だったんだろう」
フリースラントは、熱心に聞いているふりをしながら、宿の夕食を食べていた。
あいつが一番の使い手だったわけか。グルダの方が、腕は格段に上だった。
「考えてみると、恐ろしいな」
「まさか、一人じゃあるまい。だが、そんな義勇団みたいな話は聞いたことないしな」
「こっそり、神の手が下ったのかもしれない」
「誰も見かけた者はいないらしい。領主はひそかに後を追わせているらしいが……」
一人の男は小さな声で囁いた。
「そいつは英雄だよ」
他の者も頷いた。不思議な連帯感が村人たちを結び付けていた。彼らには、領主と異なる利害関係があるのだ。
「俺たちにとっては正義の味方だ」
正義の味方の方は、夕食を食べ終えたので、ひとり部屋の隅の方に座って、神妙に地図を調べていた。
もう、ニュースの大事な部分は聞き終わったので、旅の目的の方が大事だった。
「あと、2日でレイビックに着く」
北に向かうにつれ、だんだん寒くなって来るらしい。
レイビックには教会を中心に、古い村落が広がっているはずだった。
昔は、とても栄えた町だったが、あるとき起きた洪水だか火事だかで町はすっかり衰退し、今は毛皮の通商などだけで成り立っている小さな町だった。
「でも、似ているんだ。昔の言い伝えを集めたアルーラの詩編の中の町に」
そこには、人間ではない種族が住んでいたという。
「小さな教会だけが残り、その他のものは破壊し尽くされた。レイビックの住人たちは、異形の異人種たちと親しくし過ぎたから、天罰が当たったのだ……。町はすべて破壊され、異人種たちはみな死んだ」
何か、残っているものは無いのだろうか?
まずは、その小さな教会に行ってみたいものだとフリースラントは、ワクワクした。
何か、残っているかもしれなかった。
旅の途中で、成り行きで盗賊団を全滅させてしまったと言うおまけがついたが、これは彼が意図したものではなかった。
強盗団の方が彼をさらい、仕方ないので全滅させてしまっただけだ。
ここらの領主の方は、治安を乱すものとして、下手人を必死で追っているらしかったが、翌日、フリーラントが宿で見た新しい指名手配書のような紙を見る限り、たぶん、犯人は永遠に捕まらないのではないだろうか。
単独犯ではないと、力強く宣言していたし(根拠はなんなんだろう)、また、犯人たちは大変な大男で、力持ちであるとも書かれていた。
どうして顔がわかったのか知らないが、手配書には犯人の似顔絵まで付いていた。
「ずいぶん怖そうな顔の犯人ですね」
フリースラントは、手配書を検分しながら言った。
不審な行動をするグループの噂や、前々日の晩、家にいなかったものを申し出るように書かれていた。
「気を付けろよ?」
亭主は心配してくれた。
「はい。できるだけ、誰かと一緒に行動するよう心がけます」
残り二日は追剥も何も出なかった。
追剥の方が怖がっていたのだろう。
フリースラントは、心に秘めた目的にせかされながらレイビックにようやくたどり着いた。
レイビックは、山の手前の町だった。
町の後ろには、高い山々がそびえたっていて、それだけで、この町がほかとは全く異なる北の果てだと言う気がした。
だが、町自体はそこそこ大きくて、それまで通過してきた村に比べるとかなり人通りが多く、(もちろんベルブルグとは比べものにならなかったが)、中心部に向かって2階建て3階建ての建物が道を囲んでぎっしり立っていた。
中心部には、相当大きな建物が建っていて、そこが町の中心らしかった。
フリースラントは高そうでもなければ安宿でもなさそうな目立たない宿を選ぶと、最も普通の部屋を頼んだ。
「やはり、昼間の方が安全ですか?」
「そりゃそうだよ。交通量が多いからな。さすがに誰かが見ている時に、襲ったりはしない。悪事が露見するからね。それに、昨日のことなんだが、恐ろしい事件があってね」
亭主はしゃべりたくて仕方ないと言った様子だった。フリースラントは聞かない方がいいような気がしたが、ここは情報を得ておくべきだろう。
「何かあったんですか?」
亭主はあたりをはばかるような様子を見せたが、小声でささやいた。
「ここらで、非常に恐れられていた盗賊団なんだが、誰か恨みを持つ者がいたんだろうな、ゆうべ、一晩のうちに全員殺されていたんだ」
それを聞いて、フリースラントは本気で驚いた。噂の方が、当の本人より先に到着している。
フリースラントがとても驚いたようだったので、宿の亭主は、我が意を得たりと言わんばかりに大きくうなずいて見せた。
「そんな盗賊が全滅ですか? いったい誰が……」
フリースラントが知りたかったのは、誰が知らせたのかと言う問題だったが、宿の亭主に関心があるのは、誰が殺したのかと言う問題に違いない。危ういところで言葉を飲み込んで、フリースラントは考えた。
あの後、彼を追い抜いて行った早馬があったが、あれが噂の原因か。彼が期待していたより早く、事が露見して、大ごとになったに違いない。
宿の亭主は声をひそめた。
「犯人は全く不明だ」
「それは、よかった……ではなくて、そんな犯人が自由に逃げ回っているだなんて危険ですね」
亭主は大仰に首を振って見せた。
「いやいや、俺たちには、実はありがたい話なんだ。その盗賊団は、ここらで大きな勢力を持っていて、旅人を殺して金品を奪ったり、人質をとって身代金を要求したり、好き放題をしていた。領主は、そいつらから上納金を受け取ってたのさ。」
フリースラントは、もっともらしい様子で頷いた。
「なるほど。そうだったんですか。ありそうな話ですね」
しかし、亭主はその犯人を怖がるどころか、とてもうれしそうだった。そして、続きをしゃべりたがった。
「それが、全滅だ。領主様は、いかに盗賊とは言え、殺したやつは犯罪者だと言って探しておられるが、俺たちにとっちゃ英雄さ。領主様も今頃はおびえているだろう」
彼らは恨みの対象だったらしい。
だんだん夕方になるにつれ、宿にはこの新しいうわさを聞きつけた村人たちが集まってきていた。
「とんでもないことだなあ」
「これでは、よけい危ないことになってきた」
「物騒な世の中になったもんだ」
村の人々は、三々五々、大声で言いながら入ってくるが、口元は笑っていた。
村中が、密かに喜んでいる様子だった。次から次へと目に光をたたえた連中が、何かとても面白いことがあったかのような表情を浮かべて、こっそり宿へ入ってきた。領主に見つかるとまずいらしい。
「ハハハ、これで当面、安心できるわ」
「通行税を取られることも、もうないな。何の根拠もないのに、街道のあのあたりを夜通る時は金を払わないといけなかったが、奴らが全員死んで見つかったらしいから」
「でも、あんな連中が全滅とは考えられない。なぜ、抵抗しなかったんだろう」
「相当の使い手もいたはずだ」
「一番の使い手が、あっさり斬られて死んでたと言うから、相手はどれほどの腕だったんだろう」
フリースラントは、熱心に聞いているふりをしながら、宿の夕食を食べていた。
あいつが一番の使い手だったわけか。グルダの方が、腕は格段に上だった。
「考えてみると、恐ろしいな」
「まさか、一人じゃあるまい。だが、そんな義勇団みたいな話は聞いたことないしな」
「こっそり、神の手が下ったのかもしれない」
「誰も見かけた者はいないらしい。領主はひそかに後を追わせているらしいが……」
一人の男は小さな声で囁いた。
「そいつは英雄だよ」
他の者も頷いた。不思議な連帯感が村人たちを結び付けていた。彼らには、領主と異なる利害関係があるのだ。
「俺たちにとっては正義の味方だ」
正義の味方の方は、夕食を食べ終えたので、ひとり部屋の隅の方に座って、神妙に地図を調べていた。
もう、ニュースの大事な部分は聞き終わったので、旅の目的の方が大事だった。
「あと、2日でレイビックに着く」
北に向かうにつれ、だんだん寒くなって来るらしい。
レイビックには教会を中心に、古い村落が広がっているはずだった。
昔は、とても栄えた町だったが、あるとき起きた洪水だか火事だかで町はすっかり衰退し、今は毛皮の通商などだけで成り立っている小さな町だった。
「でも、似ているんだ。昔の言い伝えを集めたアルーラの詩編の中の町に」
そこには、人間ではない種族が住んでいたという。
「小さな教会だけが残り、その他のものは破壊し尽くされた。レイビックの住人たちは、異形の異人種たちと親しくし過ぎたから、天罰が当たったのだ……。町はすべて破壊され、異人種たちはみな死んだ」
何か、残っているものは無いのだろうか?
まずは、その小さな教会に行ってみたいものだとフリースラントは、ワクワクした。
何か、残っているかもしれなかった。
旅の途中で、成り行きで盗賊団を全滅させてしまったと言うおまけがついたが、これは彼が意図したものではなかった。
強盗団の方が彼をさらい、仕方ないので全滅させてしまっただけだ。
ここらの領主の方は、治安を乱すものとして、下手人を必死で追っているらしかったが、翌日、フリーラントが宿で見た新しい指名手配書のような紙を見る限り、たぶん、犯人は永遠に捕まらないのではないだろうか。
単独犯ではないと、力強く宣言していたし(根拠はなんなんだろう)、また、犯人たちは大変な大男で、力持ちであるとも書かれていた。
どうして顔がわかったのか知らないが、手配書には犯人の似顔絵まで付いていた。
「ずいぶん怖そうな顔の犯人ですね」
フリースラントは、手配書を検分しながら言った。
不審な行動をするグループの噂や、前々日の晩、家にいなかったものを申し出るように書かれていた。
「気を付けろよ?」
亭主は心配してくれた。
「はい。できるだけ、誰かと一緒に行動するよう心がけます」
残り二日は追剥も何も出なかった。
追剥の方が怖がっていたのだろう。
フリースラントは、心に秘めた目的にせかされながらレイビックにようやくたどり着いた。
レイビックは、山の手前の町だった。
町の後ろには、高い山々がそびえたっていて、それだけで、この町がほかとは全く異なる北の果てだと言う気がした。
だが、町自体はそこそこ大きくて、それまで通過してきた村に比べるとかなり人通りが多く、(もちろんベルブルグとは比べものにならなかったが)、中心部に向かって2階建て3階建ての建物が道を囲んでぎっしり立っていた。
中心部には、相当大きな建物が建っていて、そこが町の中心らしかった。
フリースラントは高そうでもなければ安宿でもなさそうな目立たない宿を選ぶと、最も普通の部屋を頼んだ。
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