アネンサードの人々

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フリースラント

第17話 武者修行の旅

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「フリースラント、学校ではすばらしい成績だったそうだな」

 城で久しぶりに会った父は嬉しそうだった。学校の休暇で帰った時も、父は、宮廷に出仕していたため、会うのは本当に久しぶりだった。

「あ、はい。家庭教師を怠け者だなどと言っておりましたが、そうではなかったようで」

 フリースラントは言った。

「どのクラスに入ろうか見学した時点で、そのレベルの勉強はすでに済ませていることに気が付きました」

 父は愉快そうに大声で笑い出した。

「仕方がないので、高等科の授業を受けておりました」

「本科を飛ばして、高等科の授業を受けていたのか」

「はい。本科の試験は受けました。卒業資格を取らなければなりませんので」

「聞いたぞ。なんと全教科で満点だったそうだな。トップで卒業と報告が来ている」

 なにかどうでもいいような気もしたが、一緒に夕食を囲んでいたルシアが、兄の顔を見直したので、それは少し得意になった。

「筋肉バカかと思っていたわ」

「これ、ルシア、そんな口の利き方をしてはいけません」

 母が叱り、父は口を挟んだ。

「確かに、高等科や研究科と違い、本科は貴族のための初等学校なのでレベルは高くないが、それでも一番はなかなか取れない。よくやったな、フリースラント。宮廷でも、子を持つ親の間で噂になった。優秀で、美男子で、武芸に長けた息子がいるとな」

 武芸に長けている話はあまりしたくなったが、父は続けた。

「武芸に関しては教師よりすごいらしいではないか」

「まあ……」

「まあ、ではないぞ。将来は、やはり武官かな?」

 父は愉快そうに笑いだした。息子のことが自慢で仕方ないらしかった。

「そのことで、父上……」

 フリースラントは切り出した。

「学校は卒業しましたし、貴族の友達も大勢できました。雑用のトマシンとは特に親しくなれましたし、そのほかにバジエ辺境伯のご子息やその親しい方々、教会の方々とも知遇を得ました」

 いくら父でも、フリースラントが総主教と知遇を得たとは想像していないだろうが、彼は言った。

「それで、学校は止めて、私は修行の旅に出たいのです」

 父はニヤリとした。

 これはよくある話だった。

 学校を卒業すると、若者たちは、武者修行の旅に出ることがある。
 武者修行の旅などと言っているが、実際には、遊んでいるだけである。

 学校でも、これはよく話題になっており、本科の生徒などは、苦労しても早めに卒業試験に合格すれば、16歳までの期間、親に金を出してもらって、大きな都市で自由に遊び暮らすことが許されるので、それを楽しみに必死で勉強している者も多い。

 フリースラントは大まじめに言っているので、遊ぶつもりではなく、本気で何かの修行に出るつもりかもしれなかったが、グルダやそのほかの家庭教師にお供をさせれば大丈夫だろう。自由に大都市で遊び暮らすことも人生経験だ。

 公爵はフリースラントのまじめな様子に思わず笑ったが、快諾した。

「いいだろう。お供にはグルダたちを連れて行くがよい。危険があってもいけないし、人生経験については、彼らの方が上だ。もちろん諸国漫遊の旅だから、お前の行きたいところへ行けばいいし、好きなことをして構わない。グルダに文句は言わせない。だが、本当に危険な時や、悪い人間に騙されそうな場合はグルダたちが守ってくれるだろう」

「おそれいります」

 本当に危険な場合は、フリースラントがグルダを守らなければならないかもしれなかったが、あっさり許可が出たので、グルダのお供は了解した。

 フリースラントは、グルダが嫌がるかと思ったのだが、グルダはこの話を聞くと大口を開けて笑い出した。

「そうですか。お堅いおぼっちゃまだと思っていましたが、結構なことでございます。わたくしもぜひお供させていただいて、少々羽を伸ばしてまいります」

 羽を伸ばす?

 フリースラントは不思議そうにグルダを見た。
 グルダは、それを見て、また、大笑いした。グルダの方が良く知っている分野があるのだ。


 フリースラントは、修行の旅と言ったが、遊びに行くつもりではなかった。

 彼は卒業した貴族の子弟が、何のために修行の旅に出るのか知っていた。

 中部の大都市ベルブルグなどが人気だった。享楽的な商業の町で、それは華やかな場所だった。

 そこに宿をとって、芝居見物や、飲んだくれるもよし、声をかけやすい街角にいる女や、こじゃれた店の奥にいるきれいな女を連れて、気の利いた料理店に出入りしてもよかったし、男同士でカードに時間を潰す者もいた。
 領主はハブファンと言い、あまり身分は高くなかったが、毎年国王にまとまった額の上納金を治めて、このいささか享楽的過ぎる都市の運営を見逃してもらっていた。

 ただ、カードにはまりすぎて莫大な借金を作ったり、女に夢中になってまっとうな貴族の娘との結婚を断って商売女と一緒に暮らしたがったり、領地に戻らなくなる手合いが必ず出るので、親たちは許可しなかったり、家庭教師を付けたりしていた。

 だが、フリースラントの場合は、むしろ堅物で、まじめすぎる気がしたので、逆に世の中のそんな面も見てきたらよかろうと父の公爵は考えたのだろう。簡単に許可が出た。

「いいか、グルダ。金はお前とフリースラントに半分づつ渡す。もちろん、お前が遊びに使っちゃいかん。フリースラントがへまをしたとき、何とか形を付けるために持っていくのだ。お前が金を持っていることをフリースラントは知らん。フリースラントはまじめだから、あまり変な遊びに夢中にならないと思うが、逆にハマるかもしれない」

「公爵様、ベルブルグでよろしいでしょうか」

「我が国第一の歓楽街だ。刺激が強すぎるかもしれないが、まあいいだろう。一度、見ておくべきだろう。修行の旅とか言っていたな。友達に聞いて、実際には、ただ遊びに行っているだけだということを、知っているだろうに、おかしなことを言うな。まあ、これも修行のうちだろう」

 グルダがニヤリとしたのは、しばらく若様のお供で、自分もベルブルグで遊べるからだった。

 公爵はああ言ったが、グルダだって当然泊まらなければならないし、宿泊代や食事代は公爵家持ちだ。
 若様のお遊びに、お供しないといけないから、当然店にも出入りすることになる。仕事だから、公爵家が払わなくてはなるまい。
 最初は心細いから、若様の方からついてきてほしいと頼まれるかもしれない。

 ベルブルグは美女が多いことで有名だった。おいしい酒の産地であり、全国から商品が集まる集積地、また市が立つ繁華街としても有名だった。
 大きな川のそばにあり、商品の輸送が容易だったからだ。

「ベルブルグ、大いに結構」

 ベルブルグはヴォルダ家の領地より北寄りにあった。

「レイビックは、さらに百キロ北か……」

 森におおわれ、人の少ない北の町に力の強い種族は住んでいた。狩猟の地として有名だった。フリースラントは、本に載っていたレイバイクに行きたかった。レイビックがレイバイクなのか、良く分からなかったが、条件はあっている。それなら、行ってみたい。

 武者修行の旅とは、なかなか便利な言葉だとフリースラントは考えた。
 誰もが行きたがるのである。素敵な隠れ蓑だ。
 レイビックに行きますと言われたら、父も不審な顔をするだろう。
 武者修行の旅(単なる遊び)なら、みんな見許してくれるだろう。

 学校へ行く前なら、世の中には、フリースラントではとても歯が立たない剣の腕前の持ち主や、弓の名手がいるだろうと心配をしただろうが、学校教育は、彼に悪い意味で身の程を教えた。
 普通は逆で、思っていたほど自分は大したことはないと理解するはずだったのだが、彼の場合、世の中は大したことないと学校で学んだのだ。
 その結果、北の果ての辺境の地でも、どこでも、大したことにはなるまいと、タカをくくったわけだった。

 レイビックへは、何日もかかる旅になる。交通の要所であるベルブルクは、当然、通過地点だった。

「目指せ、ベルブルグと言うわけですな?」

 グルダとフリースラントの意見が一致した。

 フリースラントは深くうなずき、グルダはそれ見たことかと言った目つきで頷き返した。


 フリースラントは、父が宮廷に帰った後、兄だけが何か面白いことをするのが許せないのでごねるルシアと、微笑む母に見送られて、グルダともう一人をお供に旅立った。

「いいこと? フリースラント。連絡先だけは、私に伝えてちょうだい」

「はい。母上」

「ささ、フリースラント様、参りましょう。明日の夕方には、ベルブルグに着きまする」

 フリースラントは、立派な馬車を見たが文句は言わなかった。

「ベルブルクまで乗って、後は返せばよい」

「ごもっともでございます」

 長期滞在に馬車は要らない。グルダはそう考えたし、フリースラントは北部地方へ行く場合は馬車が通れる道が少ないのでウマで移動しようと考えていた。

 主従の意見は完全に一致し、彼らは仲良く馬車に納まった。

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