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フリースラント
第4話 フリースラント、学校へ行く
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「どれくらいの期間、学校に行くかはお前自身が決めればよい」
父は言った。
「気に入れば、そして役立つと思うなら、何年でもいればよい。だが、気に入らなければ、すぐ戻ってきても構わない。その場合は、兄のように軍隊に行くもよし、何か宮廷で地位を見つけてもよかろう。ここで、領地経営に携わってもいい。ただ、どちらにしても16歳になるまでは、大人ではないので、修行期間になる」
父は笑い顔になった。
「私にとって、学校は楽しかった。1年も行かなかったがね」
王立修道院付属学校は、貴族の子弟だけが通う学校だった。
そして、王立修道院は、この国の最高学府であると同時に、国中に張り巡らされた教会や修道院の総元締めだった。最も尊敬されている総主教はその修道院の教会にいた。
学校はどんなところなのだろう。
ワクワクしながら、公爵家の飾りのついた豪華な馬車で森を過ぎ、谷を越え、何日か揺られて、着いてみるとそこは、深い森の中に、彼の城よりも大きい建物がいくつか点在する非常に大きな修道院だった。
王宮よりも広いかもしれない。
「ずいぶん大きい……」
付き添ってきたゾフが言った。
「学校だけではありません。最大規模の修道院も、教会もありますから、大きいのです。今の総主教様は、王様でさえも逆らえません」
「へえ?」
「わたくしも、ヴォルダ公爵様に、ここで出会いました」
ゾフは懐かしそうだった。びっくりしてフリースラントはゾフの顔を見た。
「わたくしは、公爵家の若様の雑用に雇われておりました」
「雑用?」
「生徒でもありました。でも、わたくしの家は貧しかったので、学費や寄宿料を払うのが大変でした。こういった貴族の家の子供は、大貴族の子弟の雑用をして、給金を稼ぐのです」
フリースラントはしかめつらをした。
「それはなんだかいやだな。自分のことは、自分でする。確か、食事は自分で用意しないで食堂があると聞いた」
ゾフはあわてたようだった。
「でも、これはそうなっております。ヴォルダ公家の御曹司が来られると聞けば、学校側は、必ず誰かを雑用に指名しているはずです」
玄関に公爵家の紋章のついた大型の馬車が停まると、中からは、公爵家の御曹司の到着を待っていたらしい人たちがばらばらと出てきた。
中でも中心となっていた中年の男は、どうやら教師ではなくて事務係か何からしかった。
「お待ちしておりました。フリースラント様」
彼は傍らの生徒を紹介した。
「こちらが雑用係のトマシンです。この者が寮まで案内します」
フリースラントは、トマシンを見た。
トマシンはまるっこい、普通の容貌の少年だった。御曹司と聞いていたので、もう少しのんびりした少年を期待していたらしいが、現実のフリースラントは確かに育ちが良いことは一目でわかったが、油断も隙もなさそうな顔をしていた。
これには、事務係も、トマシンと同様、かなり戸惑ったようだった。
「授業は明日から入っていただきます。こちらに科目表がございます。各教室へは、トマシンがご案内します」
「トマシンの授業はどうなるのだ?」
この質問には、トマシンも教務係の事務も驚いたらしかった。
「少し遅れてまいります。大丈夫でございます」
トマシンはあわてて答えた。
フリースラントは黙っていた。
「最初でございますので、一番簡単なクラスからお入りいただいて、そのあと、各担当の教師と相談の上、上級のクラスに移っていただくか決めます」
フリースラントは、科目表を検分していた。
「まず、寮の部屋へご案内いたしましょう」
フリースラントの部屋は、見晴らしの良い角部屋だった。
窓から外を見ると、点々と教会付属の建物が森の中に広がっていて、その中でも最も大きいのは修道院の大聖堂だった。
「なつかしいです」
ゾフが言った。
「公爵様は、王様のお相手をお勤めされることになって、1年しか学校に居られませんでしたが、私は3年ここにおりました」
彼はトマシンを見た。トマシンは、正直そうな顔をしたどちらかと言えば小柄な少年だった。
「さて、トマシン、公爵家の御曹司にお仕えする役を仰せつかるとは、名誉なことだ。学校側もよくよく選抜したに違いない。期待しているぞ。よくお仕え申し上げるように」
「はい!」
少年は顔を紅潮させて答えた。
ゾフは、トマシンの懸命な表情を確認すると、満足そうに頷いて、公爵家へ帰って行った。
フリースラントは、トマシンがベッドを整えたり、持ってきた服を箪笥にしまったりしている様子をながめていた。
「トマシン、君はいくつなの?」
「わたくしですか? 15歳になります」
「雑用になると、どんないいことがあるの?」
トマシンは驚いたようだった。
「お給金が頂けます」
「お金のことは良く分からないが……」
フリースラントは戸惑いながら聞いた。
「いくら出るのだ」
「週に3フローリン頂くことになっております」
フリースラントは黙った。
「それで学費と寮費が賄えるのか?」
「ええと、多少足りません。しかし、私は修学金をいただいているので……」
「それはなんだ?」
「成績で優等を多くとりますと、学費の一部を援助してもらえるのでございます」
「ただになるということか?」
「現金でいただきますので、主に学費に当てますが、時期によっては生活費に充てることも……」
「そうか。難しいな」
トマシンは、少しもじもじしていたが、気になったらしく、フリースラントに聞いた。
「あのう、でも、フリースラント様は、そんな心配は全く要りませんでしょう?」
確かにそんなことは考えたことがなかった。トマシンにしてみれば、大貴族の御曹司が、雑用の生活だの、給料の額などを聞いてくるだなんて、全く想定外だった。
「もう、お夕食の時間でございます。食堂へご案内いたしましょう」
フリースラントは自分の部屋を見回していたが、トマシンに言われて、素直についていった。
食堂は、天井の高い大きな部屋で、かなりの人数が入っていた。
一応、服装は黒または地味な色と決められていたので、生徒たちはそんな格好だった。
「むろん、お夕食をお部屋へ運ぶこともできます。」
トマシンは説明した。
「お口に合わなければ、出入りの食堂から雉のパイや、鶏の足のローストなどを取り寄せることも出来ます。」
フリースラントはあたりを見回した。
彼が新入りなことは、その場にいた生徒全員が知っていた。
ヴォルダ公爵家の御曹司であることも知っていた。
だから、生徒たちは、皆、好奇心満々で彼のことを見ていた。
最初に、声をかけてきたのは、ヴォルダ家に勝るとも劣らぬと言われているバジエ辺境伯の息子だった。
仲間も一緒だった。
「これは、ヴォルダ公爵家の御曹司殿」
フリースラントは、声をかけてきた少年を見た。
16歳くらいだろうか。フリースラントよりかなり大きかった。大柄でたくましく、くせ毛の茶色い髪がぼさぼさに見えた。仲間らしい5、6人の少年と一緒に固まって、夕食をとっていた。全員が、彼を見つめている。体の大きい生徒も混ざっていた。
声をかけてきた少年がバジエ辺境伯の息子だと知ったのは後だったが、中心に座っていて、明らかにボス的な存在だった。もっと大きな連中が、彼を囲むように、一緒になってヴォルダ公爵の息子を見つめていた。
どう見ても、学校内で、一種の暴れん坊として存在しているグループらしかった。フリースラントは、黙って少年たちを見つめた。
彼らには、この冷静な態度は気に入らなかったらしい。
フリースラントは、彼らよりだいぶ幼かった。ちょっと、ビビって欲しかったに違いない。
「挨拶はしないのか? 黙っている気か?」
「ヴォルダ家のフリースラントだ。よろしく」
フリースラントは、そばに寄っていき、声をかけてきた少年に答えた。
そして、手を出した。
単なる握手である。
「なんだ? 握手だと? 何のつもりだ」
フリースラントは自信があった。この手でグルダをさんざん痛めつけたことがある。
相手が手を握ったとたん、彼は握り返した。
恐るべき力であった。
たちまち、大柄な少年は悲鳴を上げ、手を振るって握手から逃れようとした。
フリースラントは、すぐに手を放した。薄ら笑いが浮かんでいた。
あまり、始めから痛めつけるのも、まずいだろう。
仲間たちは何が起きたのかわからず、悲鳴を上げる彼らのリーダーの様子にうろたえるばかりだった。
父は言った。
「気に入れば、そして役立つと思うなら、何年でもいればよい。だが、気に入らなければ、すぐ戻ってきても構わない。その場合は、兄のように軍隊に行くもよし、何か宮廷で地位を見つけてもよかろう。ここで、領地経営に携わってもいい。ただ、どちらにしても16歳になるまでは、大人ではないので、修行期間になる」
父は笑い顔になった。
「私にとって、学校は楽しかった。1年も行かなかったがね」
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そして、王立修道院は、この国の最高学府であると同時に、国中に張り巡らされた教会や修道院の総元締めだった。最も尊敬されている総主教はその修道院の教会にいた。
学校はどんなところなのだろう。
ワクワクしながら、公爵家の飾りのついた豪華な馬車で森を過ぎ、谷を越え、何日か揺られて、着いてみるとそこは、深い森の中に、彼の城よりも大きい建物がいくつか点在する非常に大きな修道院だった。
王宮よりも広いかもしれない。
「ずいぶん大きい……」
付き添ってきたゾフが言った。
「学校だけではありません。最大規模の修道院も、教会もありますから、大きいのです。今の総主教様は、王様でさえも逆らえません」
「へえ?」
「わたくしも、ヴォルダ公爵様に、ここで出会いました」
ゾフは懐かしそうだった。びっくりしてフリースラントはゾフの顔を見た。
「わたくしは、公爵家の若様の雑用に雇われておりました」
「雑用?」
「生徒でもありました。でも、わたくしの家は貧しかったので、学費や寄宿料を払うのが大変でした。こういった貴族の家の子供は、大貴族の子弟の雑用をして、給金を稼ぐのです」
フリースラントはしかめつらをした。
「それはなんだかいやだな。自分のことは、自分でする。確か、食事は自分で用意しないで食堂があると聞いた」
ゾフはあわてたようだった。
「でも、これはそうなっております。ヴォルダ公家の御曹司が来られると聞けば、学校側は、必ず誰かを雑用に指名しているはずです」
玄関に公爵家の紋章のついた大型の馬車が停まると、中からは、公爵家の御曹司の到着を待っていたらしい人たちがばらばらと出てきた。
中でも中心となっていた中年の男は、どうやら教師ではなくて事務係か何からしかった。
「お待ちしておりました。フリースラント様」
彼は傍らの生徒を紹介した。
「こちらが雑用係のトマシンです。この者が寮まで案内します」
フリースラントは、トマシンを見た。
トマシンはまるっこい、普通の容貌の少年だった。御曹司と聞いていたので、もう少しのんびりした少年を期待していたらしいが、現実のフリースラントは確かに育ちが良いことは一目でわかったが、油断も隙もなさそうな顔をしていた。
これには、事務係も、トマシンと同様、かなり戸惑ったようだった。
「授業は明日から入っていただきます。こちらに科目表がございます。各教室へは、トマシンがご案内します」
「トマシンの授業はどうなるのだ?」
この質問には、トマシンも教務係の事務も驚いたらしかった。
「少し遅れてまいります。大丈夫でございます」
トマシンはあわてて答えた。
フリースラントは黙っていた。
「最初でございますので、一番簡単なクラスからお入りいただいて、そのあと、各担当の教師と相談の上、上級のクラスに移っていただくか決めます」
フリースラントは、科目表を検分していた。
「まず、寮の部屋へご案内いたしましょう」
フリースラントの部屋は、見晴らしの良い角部屋だった。
窓から外を見ると、点々と教会付属の建物が森の中に広がっていて、その中でも最も大きいのは修道院の大聖堂だった。
「なつかしいです」
ゾフが言った。
「公爵様は、王様のお相手をお勤めされることになって、1年しか学校に居られませんでしたが、私は3年ここにおりました」
彼はトマシンを見た。トマシンは、正直そうな顔をしたどちらかと言えば小柄な少年だった。
「さて、トマシン、公爵家の御曹司にお仕えする役を仰せつかるとは、名誉なことだ。学校側もよくよく選抜したに違いない。期待しているぞ。よくお仕え申し上げるように」
「はい!」
少年は顔を紅潮させて答えた。
ゾフは、トマシンの懸命な表情を確認すると、満足そうに頷いて、公爵家へ帰って行った。
フリースラントは、トマシンがベッドを整えたり、持ってきた服を箪笥にしまったりしている様子をながめていた。
「トマシン、君はいくつなの?」
「わたくしですか? 15歳になります」
「雑用になると、どんないいことがあるの?」
トマシンは驚いたようだった。
「お給金が頂けます」
「お金のことは良く分からないが……」
フリースラントは戸惑いながら聞いた。
「いくら出るのだ」
「週に3フローリン頂くことになっております」
フリースラントは黙った。
「それで学費と寮費が賄えるのか?」
「ええと、多少足りません。しかし、私は修学金をいただいているので……」
「それはなんだ?」
「成績で優等を多くとりますと、学費の一部を援助してもらえるのでございます」
「ただになるということか?」
「現金でいただきますので、主に学費に当てますが、時期によっては生活費に充てることも……」
「そうか。難しいな」
トマシンは、少しもじもじしていたが、気になったらしく、フリースラントに聞いた。
「あのう、でも、フリースラント様は、そんな心配は全く要りませんでしょう?」
確かにそんなことは考えたことがなかった。トマシンにしてみれば、大貴族の御曹司が、雑用の生活だの、給料の額などを聞いてくるだなんて、全く想定外だった。
「もう、お夕食の時間でございます。食堂へご案内いたしましょう」
フリースラントは自分の部屋を見回していたが、トマシンに言われて、素直についていった。
食堂は、天井の高い大きな部屋で、かなりの人数が入っていた。
一応、服装は黒または地味な色と決められていたので、生徒たちはそんな格好だった。
「むろん、お夕食をお部屋へ運ぶこともできます。」
トマシンは説明した。
「お口に合わなければ、出入りの食堂から雉のパイや、鶏の足のローストなどを取り寄せることも出来ます。」
フリースラントはあたりを見回した。
彼が新入りなことは、その場にいた生徒全員が知っていた。
ヴォルダ公爵家の御曹司であることも知っていた。
だから、生徒たちは、皆、好奇心満々で彼のことを見ていた。
最初に、声をかけてきたのは、ヴォルダ家に勝るとも劣らぬと言われているバジエ辺境伯の息子だった。
仲間も一緒だった。
「これは、ヴォルダ公爵家の御曹司殿」
フリースラントは、声をかけてきた少年を見た。
16歳くらいだろうか。フリースラントよりかなり大きかった。大柄でたくましく、くせ毛の茶色い髪がぼさぼさに見えた。仲間らしい5、6人の少年と一緒に固まって、夕食をとっていた。全員が、彼を見つめている。体の大きい生徒も混ざっていた。
声をかけてきた少年がバジエ辺境伯の息子だと知ったのは後だったが、中心に座っていて、明らかにボス的な存在だった。もっと大きな連中が、彼を囲むように、一緒になってヴォルダ公爵の息子を見つめていた。
どう見ても、学校内で、一種の暴れん坊として存在しているグループらしかった。フリースラントは、黙って少年たちを見つめた。
彼らには、この冷静な態度は気に入らなかったらしい。
フリースラントは、彼らよりだいぶ幼かった。ちょっと、ビビって欲しかったに違いない。
「挨拶はしないのか? 黙っている気か?」
「ヴォルダ家のフリースラントだ。よろしく」
フリースラントは、そばに寄っていき、声をかけてきた少年に答えた。
そして、手を出した。
単なる握手である。
「なんだ? 握手だと? 何のつもりだ」
フリースラントは自信があった。この手でグルダをさんざん痛めつけたことがある。
相手が手を握ったとたん、彼は握り返した。
恐るべき力であった。
たちまち、大柄な少年は悲鳴を上げ、手を振るって握手から逃れようとした。
フリースラントは、すぐに手を放した。薄ら笑いが浮かんでいた。
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