アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第2話 王宮の祝宴と意外な事実

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 フリースラントは、気が付いていなかったが、ゾフの指した方には、とても大きな重そうな扉があり、何人もの衛兵がそれを開けているところだった。

 その場の貴族たちが、まるで事前にけいこでもしていたかのように、二手に分かれ、王一行が真ん中を通れるように場所を空けた。

 フリースラントは最前列に並んだが、これはゾフの指示があったからだった。どうやらここにも何か決まりがあるらしい。
 扉が開くと、その奥は広くて暗い廊下で、松明を持ち威儀を正した衛兵が先頭に立ち、その後ろから、がやがやと話をしながら何人もの人々がやって来た。

「国王陛下と王妃様、それと陛下の妹のアデリア様、国王陛下の後ろに父上がおられまする」
 ゾフが低い声で解説した。
「真正面の席にお付きになるのです」

 フリースラントは、初めて見る宮廷のありさまに我を忘れ、その様子を見つめた。
 多くの貴族たちが、熱い視線を彼らに向けていた。

 国王陛下は特に目立った風貌の人物ではなかった。
 もう六〇歳くらいだろうか。それよりも、フリースラントの気を引いたのは傍らにいる女性だった。
 肉付きが良く大柄で、派手な衣装に身を包み、王の傍らを堂々と歩いていた。
 しきりと王に話しかけている。
 王妃なのだろうか。王妃は、王よりも年上と聞いたことがあった。だが、この女性はどう見てもまだ30代を超えてはいなかった。

「陛下の妹のアデリア様でございます」

 フリースラントの目線に気が付いて、小さな声でゾフが解説した。

「王妃様は後ろにおられます。」
 首を伸ばしてよく見ると、王の後ろに極端なくらい太った背の低い、豪華な衣装を着た年配の女性が付き従っていた。この人が王妃らしい。そのほかに30代半ばくらいのの王太子とその妻らしい女性も一緒だった。

 王一行がそばを通り過ぎると、ホールにいた貴族連中はそれぞれ身を低くしてあいさつしたが、王はそのほとんどを無視していた。アデリア王女に至っては、全く目にも入っていないようなそぶりだった。

 それでも人々は王一行が近づくと、次々に頭を低くして礼を尽くした。
 フリースラントも王が通過した時は頭を低く下げた。

「あら!この子供がフリースラントね?」

 アデリア王女の声に、フリースラントはびっくり仰天した。ずっと全員を無視していたのに、自分にだけ声をかけるとは?

 思わず顔をあげて、声の主を見た。

 美しい女性だった。

 大きな灰色の目、たっぷりした薄茶色の髪は羽根やリボンや宝石で高く結われ、威圧感があった。

 彼女が立ち止まると、王その人も立ち止まり、行列全体がそこで止まった。

 宮廷全体がフリースラントを見た。驚くような美少年に、彼らの目線は集中した。

「後でお話しましょう」

 彼女は笑っている口元を扇で隠しながらそう言った。

 フリースラントは、さらにいっそう深くお辞儀をした。行列はまた、ゆるゆると動き始め、王家の人々が着席すると祝宴が始まった。



「あなたがフリースラントね?」

 アデリア王女は、宴会の形式ばった部分が終わるとすぐに彼の元にやってきた。
 フリースラントは何と答えていいかわからなかった。

「ほほほ。何を戸惑っているの? わたくしはあなたの母なのに?」

 母? フリースラントは何を言われているのかわからず、答えられなかった。
 あでやかに美しいアデリア王女が、そばに立つだけで、周りにいる貴族たちが緊張し、話しかけられたフリースラントに一斉に注視するのがわかった。

「あなたの妹を紹介しようと思って連れてきたのよ。ルシアよ。」

 ルシアと呼ばれたのは、まだ十歳にならないくらいの幼い娘だった。三人ほどのお付きを従えて、豪華な服に身を包み、むっつりと黙り込んで、フリースラントを観察していた。

 妹?

 フリースラントは、自分に妹がいるなんて聞いたこともなかった。訳が分からなくて、混乱したが、この場では、質問すらすることは許されていなかった。彼は、その子供を見た。

 アデリア王女は美人だったが、この少女にはもっと格別なものがあった。

 少女は機嫌が悪そうで、にらみつけるようにフリースラントの顔を見上げた。だが、その時、何という美しい子供だろうとフリースラントは衝撃を受けた。
 天使のような金色の髪が広がり、見上げる目には力があった。

「挨拶くらいしたらいかが?」

 あわてて、フリースラントは少女の足元に膝まずいた。

 なんときれいな子供なのだろう。ムッツリしていないで、笑って欲しい。

「フリースラントでございます」

 少女は何も答えなかったが、フリーラントは、その顔に見とれた。


 その様子を見ていないようなふりをしながら、多くの人が見ていた。

 アデリア王女は、いつだって、トラブルの種なのだ。今度は、ヴォルダ家の息子を呼びつけたらしい。多分、ヴォルダ公爵が息子を褒めたのが気に入らなかったのだろう。大したことはあるまいと、大勢の前でさらしものにするつもりだったに違いない。

 だが、意外にフリースラントは、きれいな男の子だった。黒髪に黒い目、白い肌のコントラストが、きりりとした印象を与えた。すっとした鼻の格好と素晴らしいあごの線をしていた。

 誰かが噂している声が耳に入った。

「まあ、見て。ヴォルダ家のご兄妹だわ」

「フリースラント様は、妹がいることをご存じだったのかしら。あの様子」

「絵のように美しいご兄妹ね」

 誰かがうっとりしたように言うのが聞こえた。

「金と黒ね」

 二人の髪の色を言っているのだった。


 そこへ、父のヴォルダ公爵が急ぎ足で現れた。

「アデリア様。こちらにおいででしたか」

「あら、ジニアス。わたくしの息子の顔を見に来ましたのよ? あなたが自慢なさるから。それなのに、紹介もしてくださらないだなんて。王様に言いつけますわよ」

「そんなつもりでは……」

「どんなに素晴らしい容貌かしらと期待しましたの。それで、王様にお願いして、フリースラントを呼んでもらいました」

「そうでございましたか……」

 父はかなり焦っている様子だった。

「まあ、あなたがそんな風に困った様子だなんて、面白いわ」

 アデリア王女は、甲高い声で笑い出した。
 しかし、急に声をひそめて、付け加えた。

「でも、本当に、美しい少年ね。あなたには似ていないわね。本当の息子なの?」

 ヴォルダ公爵は辟易しているようだった。うまい返しが見つからない様子だった。

「こんなに美しい少年がいるのだったら、わたくし、あなたではなくて、この少年と結婚すればよかった。今からでもお相手を変えてもらおうかしら? でも、今は親子ですし、それでいくとおかしなことになるわね」

 何人ものお付きを従えた国王がやってきて、この会話を漏れ聞いた。彼はイヤな顔をした。

「さあさあ、ふざけるでない。フリースラントとやら、ヴォルダ公の末息子じゃな」

「お目にかかれて光栄でございます」

 あわててフリースラントは教えこまれていたセリフを口にした。

「うん。確かに、なかなかの美少年だ」

「まだ14歳になったばかりでございます。これから、王立修道院付属の学校に入学させようと思っております。国王陛下の良き家臣として忠実にお仕えするため、勉学に励み、剣の技を磨くつもりでございます。」

 父親のヴォルダ公が口を添えた。

「そう、それは良いことじゃ」

「陛下のお役に立つようになりましたら、お使いくださいますよう」

「わたくしが使うかもしれませんわ」

「アデリア、いい加減にしなさい」

「まあ、こわい」

 王女は首をすくめ、その場を離れた。王も、ヴォルダ公もあわててそのあとを追った。

 フリースラントはあっけにとられて、その後姿を見送った


 周りの貴族たちは薄ら笑いを漏らしていた。

「また、アデリア様のヴォルダ公いじりか」

「アデリア様も、お人の悪い……」

「シッ。聞こえたらなんとされる」

「それにしても、ヴォルダ公のご子息はご器量の良い少年だな」

「さすがのアデリア様が文句を付けられなかった」


 貴族の夫人たちは別な見方をしていた。

「美しくて、なかなか賢そうな少年ね」

「次男で残念だわ。跡継ぎではないのね」

「でも、大貴族が婿に欲しがるわ」

「14歳ですって? そろそろ婚約させるのでは……」

「もう、どこかからきっと声がかかっているわ」


 だが、彼らの娘たちはもっと単純だった。

「見た?」

「見たわよ」

「黒髪と黒い目、きりっとした顔立ちね。うっかり見ちゃうわ」

「精悍な感じね。まだ子供だけど」

「ヴォルダ公家の御曹司よ。無理だわ。でも、きれいな顔だわ。かっこいい」

 フリースラントは耳が良かったので、遠くの声もつい収集してしまうのである。


 フリースラントは、呆然としていた。彼はこれまで自分の容姿のことなんか、ろくすっぽ考えたことがなかったのだ。

 鏡に映る自分の顔や容姿を見ても、(比べる者がないので)それが人間の標準だと思っていた。
 と言うのも、父も母も、ことさらに彼の容姿などを話題にすることがなかったのだ。

 召使たちや、領内の百姓どもが、お城の若君のことを美しい坊ちゃまだとほめることは多かったが、彼は、全部、それを彼らのご領主様へのお愛想だと聞き流していた。
 それはその通りで、お城の若様に向かって、聞こえるように悪口を言う領民や召使などいるはずがない。

 しかし、ねたみや悪意の渦巻く宮廷で、聞かれていると思わずにささやかれた言葉の数々は、真実だろう。

 宮廷に来て初めて、彼は、馬車の中でゾフが言ったいくつかの言葉が、忠実なゾフの身びいきではなくて、本当だったことをようやく悟った。

 それもかなり上の方にランクされているらしい。

 全く意外だった。

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