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第78話 ギルの背中

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 ギルが私を支えてくれて、彼のGPSで戻ってきた。基地に戻ると、バルク隊は全員集まっていた。私を見ると、みんなが歓声をあげた。

「ノッチ!」

 ジェレミーが泣かんばかりにして、走り寄ってきたが、血を見た途端、ぴたっと立ち止まった。彼は真っ青になった。

「ノッチ、これは……」

「いや、大丈夫。人の血だから」

 私は先回りして言った。

「ジェレミー、助けてくれてありがとう」

「ぼく達は君が死んだと思った。なぜ、交代させたのかと思って‥‥‥」

「結果的にはみんな無事でよかったじゃないか。目的も達成できたし」

 スコットが死に荒野が安全になったことと、捕虜になっていた私が無事に帰ってきたことで、基地は安堵し、大喜びだった。
 パリジも無事だったが、彼は身の置き所もなさそうにしていた。パリジは自分がもたついたのが原因で、私が逃げ遅れたと思ったのだろう。そうではなかった。スコットは私だけを狙っていたので、パリジのせいではない。

 オーツ中佐が小走りにやってきた。

「いやー、おとり作戦大成功だ。それより、君が無事で何よりだ」

「こんなことだとわかっていたら、もっと楽で効率的なおとり作戦が組めたような気がする」

 私は陰気な声でつぶやいた。

「えっ? 何だって? とにかく、これで当面の危険は去った。万々歳だ。ローレンス博士に連絡しよう。タマラ少将も大喜びだ」

 スコットが頭半分をぶっ飛ばされて死んだことは厳粛な事実で、悲劇以外の何ものでもないはずなのだが、どうも個人的には素直に悲しめないし、喜べない気がした。
 まだ、その事実を消化できるところまでいっていなかった。どんよりした重い思いが心の底に横たわっているだけだった。
 ただ、軍の一員としては、喜ばなくてはならなかった。少なくとも自分の命が助かったことについて感謝するべきだった。

「スコットが死んだ。敵対的グラクイは、今後出てこないだろう。パトロールを続けて情勢を確認しろ。我々が一歩先んじた」

「マスコミにこの記事を流しましょう。我々の作戦が成功したことを発表せねば。ローレンス博士には直ぐ連絡を取らなくちゃ」

「ほら、ノッチ。これが君の命を救ったんだ」

 オスカーが、私がなくしたはずの上着を投げて寄越した。

「おお」

 私は、上着の胸ポケットを探した。

 無線機は入りっぱなしになっていた。

 私がそいつをつまみ出すのを見て、騒ぎの中心にいたオーツ中佐が笑いながら言った。

「そうだ、ノルライド少尉、それが君の命を救ったのだ。
 その無線機は、自分が発した位置のログを、コンピューターに残す機能を持っている。
 今いる場所だけではない。記録が残る。
 グラクイは全部で六十匹位もいたけれど、ジェレミーはそいつらは捜査を混乱させるためのおとりだと見抜いて、君の位置ログだけを追い続けた。
 ログによると、君の上着は、まず、誰も知らない、何もない場所にしばらくとどまっていた。その後、ジャニスの城に移動していた。
 我々は、捜査の人員を分けて、まず、ジャニスの城へ一部を派遣した。そこでは上着のほかに君の靴と靴下を見つかった。
 ジェレミーは、靴下なんかそうそう脱げるもんじゃないというんだ。
 靴も靴下もこれ見よがしに置かれていて、しかもきちんと並べてあった。
 罠かもしれないと私達は不審を抱き、君がいる場所はジャニスの城ではないと判断した。そして、ログをもう一度洗ったのだ」

 きちんと並べて置いておくだなんて、人間なら、そんなおかしなことはしないだろう。グラクイは人間ではない。人間がやりそうなことを想像するのは、さすがに無理だったのだろう。

「そして、なにより、我々は地図を持っていた。
 ローレンス博士が助けて下すったのだ。
 ローレンス博士は、本当に気が回る方だ。我々がスコットを追っていることを知っているので、一週間ほど前に、ジャニスが利用していたこのあたりの地下室や居住施設、地下倉庫などの一覧と、その地図を送ってくださったのだ。
 スコットも、そのどれかを利用する可能性があった。
 以前に、博士に提供した資料の中に、入り方や場所が書いてあったらしい。そんな細かい点まで、気が付いて、こちらがスコットを追っていることも把握して、資料を作って送ってくださるとは、頭がいい方は、違うな」

 ほんのちょっと、なぜ、そんな文書を深読みしたのか、余計な疑問が胸に浮かんだ。さっき、どこかの誰かがくだらない好奇心の話をしていたが、この際、くだらない好奇心は案外重要なのではないかと身に沁みた。
 博士ののぞき見的俗物趣味に、今回ばかりは命を救われたらしい。

 もっとも、博士も命を狙われている。
 スコットごときに命を狙われては、黙っている訳にはいかなかったのだろう。
 研究室は、プライドの高い連中しか所属してはいけない機関だったらしい。私が、脱落してしまったのも、無理はない。

 
「迅速な行動が大切だった。スコットが中央に逃げてしまう可能性があったからね。そうなったら、全てがやり直しだ。
 せっかく、君がおとりになったというのに」

 もし、私をノックアウトさせた現場で、上着を取り上げていたら、スコットの根城を示すものは何もなく、私は永久に見つからなかったろう。

「ノッチ、おれらは心配してたんだ。よかった」

「さあ、早く病院に行かなくては。ギル、連れて行ってやれ」

 みんなは大喜びで私とギルトを送り出した。

 


 ギルは黙っていた。

 一緒に病院に行ったのに、彼は一言も発せず、私の顔を見ようとしなかった。

 血みどろの私たちに、居合わせた患者たちは肝をつぶし、看護師がものすごい勢いで駆けつけて、待合ロビーからの退去を命じ、着替えを強制した。

 あわただしい中で、私は自分のことで精一杯だったが、それでもギルがいつもの彼とは違うことに気がついた。
 彼はみじめそうな顔をしていた。どうしてだか全然見当がつかなかった。だって、彼は英雄だ。もっと嬉しそうにしていてよいはずだった。

「ギル、どうもありがとう。いつからあの場所にきていたの?」

 私は尋ねた。

「『いいから殺せ』とあなたが叫んだときです」

 私は彼の顔を見た。彼は私の顔をまともに見ようともしなかった。目を避けていた。

「ぼくは、基地に戻ります」

 思わず手を上げて止めようとした。
 だが、引き止めてどうするんだ。手元においてどうしたいというのだろう。私は彼になにもしてあげられない。

「こちらへきてください」

 せわしない看護師が呼びにきた。

 彼の大きな背中が、ゆっくり振り返りもせずに堂々と去っていく。

(ギル、待ってほしい)

「早く。血まみれでしょ?」

 何かがあったのだろうけど、その何かがわからなかった。

 いつもなら、心配そうに、でも結構楽しそうに、当たり前のように付き添ってくれていたのに、今日はさっさと帰ってしまった。
 冷たいくらいに。

 私はギルのことが大好きだ。彼が悲しむことなんかしたくなかった。それなのに、私には良く分からない何かの理由があって、彼は行ってしまった。

 もっとほかの、心を埋め尽くすいろいろなことがいっぱいあるのに、ギルの後ろ姿は、自分がなにか悪いことをしたような気にさせられた。
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