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第70話 広まる噂

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「じゃ、タマラ少将に報告しておこうか。」

 中佐が遠慮がちに言った。

「急いでお願いします。リー博士に連絡する前に。」

 中佐は連絡を取りに走り、私は愉快な気分になっていた。

 グラディスという名前の彼女は、いつでも明るくていつでも毒舌だった。やせた体を、彼女によく似合う、彼女にしか似合わない奇抜な服に包んで、いつ見ても新鮮だった。ローレンス博士だって彼女にはかなわなかった。
 彼女には私欲というものがなかった。あんなに毒舌だが、清冽なものを感じさせるのはそのせいだろう。

 人間は不思議だ。同じ言葉を発してもまるで意味が違ってしまう。彼女と話した後は、いつでも明るくて楽しい気分になる。
 
「私は、戻ってもいいでしょうか。」

 私は聞いた。レッドの連中のところへ行こう。ブルーの連中のところへ行こう。心配は要らない。タマラ少将もそう悪くはなさそうだ。見捨てられ、孤独で、ただ一人戦い続けるのかと思うとさすがに気が滅入ったが、少将は見捨てないと言った。よかった。正直、ほっとした。

 少佐は私の顔をなにか言いたそうに見ていた。
 ああ、そういえば、少将は、オーツ中佐がしゃべった件について、少佐は無関係だと言っていたな。少佐を通じて、ジェレミーから事情を聞いたとも言っていたな。きっと、なにか弁解したいんだろうな。

 でも、そんなこと、どうでもいい。私は、仲間の元に戻りたいのだ。
 彼らは私のことを心配してくれていた。

 だから、少佐に一礼すると、そのまま黙ってドアを開けて出て行った。表情を読まれないように、下を向いて基地まで帰った。
 ジェレミーとオスカーを誘おう。飲みに行こう。
 私の親友だ。グラディスもそうだ。
 一人がいいとか言ってたが、一人じゃないのがこんなにうれしいことだなんて知らなかった。
 基地へ着くと、バルク隊が心配そうに待っていた。
 私は、オスカーの顔を見た。ジェレミーの顔を見た。コッティとシュマッカー、ナオハラとジョウ、ハイディとマイカの顔を見た。
 心が熱くなった。ありがとう。そして、なんだかごめん。
 でも、まだみんなとワイワイ騒げる気分じゃなかった。
 私は、ジェレミーのところへまず行って、今晩飲みにいけるかどうか聞いてみた。

「いや、ダメなんだ。仕事がある。」

「じゃあ、今聞いてもいい? バルク少佐に何を話したの?」

 ジェレミーは一瞬たじろいだが、意を決したように正直に答えた。

「君が話したままだよ。ひとつは、君がおとりになり続けるということ。それを本人が了承していること。その理由はたとえ本人の危険性が高くても、早くジャニスを始末することが、結局犠牲が少ないからと本人が認識していること。もうひとつは私の感想。あまりにひどすぎるというものだ。」

「ジェレミー、ありがとう。なにしろ、少将は墓くらいなら立ててやるといってたよ」

 私は、笑った。ジェレミーのほうはきょとんとしていた。

 オスカーは何も知らないかもしれなかった。レッド隊はもっと何も知らないかもしれなかった。

「オスカーには話した?」

 ジェレミーは決まり悪そうだった。

「ああ、話した。いけなかったか? だって、個人的にはあんまりだと思っているから」

「違うよ。ありがとう。タマラ少将も、あんまりだと思ってくれたらしい。助かったよ。一人だったら、ほんとに死ぬんじゃないかと思ってた」

 ジェレミーは、目を輝かせた。

「えっ?じゃあ、おとり作戦はなくなったのか。よかったな。聞いたぼくだって危ないと思ったもの」

「いや。それは、わからない。でも、軍のバックアップは得られそうだ。それだけでも、助かったよ。墓くらいなら建ててくれるそうだ」

「軍のバックアップって、墓なのか?」

「うん。お参りに来てくれ」

 私はレッド隊のほうに向かった。

 コッティやジョウが、銃の手入れをしていた。シンが話しかけてきた。

「パトロールのほうは?」

「いつもどおり。今のところ、変更はない。データは取っているね? グラクイには、遭遇した?」

「攻撃的グラクイには全然会いません。やつらは、どこに行ってしまったんでしょう?」

 なにか聞きたそうなジョウがにじり寄ってきた。後ろで、シュマッカーとハイディが、気が気でないといった様子で、ジョウに合図を送ったり、服を引っ張ったりしていた。

「なんだ、ジョウ?」

(シュマッカーとハイディが、しまったと言う顔をしていた。)

「ノルライド少尉、隊中に、パレット隊を全滅させた第二のジャニスは、少尉の夫だといううわさが流れているんです。本当ですか」

「君はそれをどこで聞いたの?」

「ええと、シルバー隊のバホイから」

「バルク少佐に確認しよう。この話はそれで終わりだ」

 私はそう言った。だいぶ広まっている。つまり全員知っているわけだ。

 後で見ていると、コッティとシュマッカーが、ジョウに何か言っていて、ジョウは言われながらハイディに技を掛けられていた。ジョウは、口は災いの元というのを実体験しているわけだ。

 私は、ジェレミーのそばへもう一度行って聞いてみた。

「ねえ、ジェレミー、スコット博士のことは隊中に知れ渡ってしまっているのかな?さっき、ジョウに聞かれたけど」

 ジェレミーは、また、困った様子だった。

「たぶん、オスカーかもしれない。ぼくは、全部、説明したんだ。ノッチの立場の説明をしたかったら、原因まで言う羽目になってね」

 仕方がなかった。こういう話は広まるのが早い。

 私は、私に誤解されていると感じているらしいバルク少佐に話を通してみた。

「全員、スコット博士が私の夫だと知っているようなんですが」

 少佐は、目を丸くした。また、困った羽目に陥ったと思っているに違いなかった。

「誰がしゃべったんだ」

「誰かは知りません。レッドのジョウが言うには、シルバー隊のバホイから聞いたといってましたから、全員知ってるんじゃないかと?」

「どうしたらいいんだ。あんなに緘口令を敷いておいたのに。ここは軍隊じゃなかったのか。秘密を守れない連中ばかりか」

 そんなことをいくら言っても仕方がなかった。この事態をそのまま受け入れるしかなかった。多分、隊の大部分は、私の立場を理解してくれるだろうけれど、全員が私を受け入れてくれるとは思えなかった。

「せめて、軍の外に漏れないといいですね。マスコミに叩かれるかもしれません」

 少佐は返事をしなかった。苦い顔でそのまま受話器を取り上げると、オーツ中佐を呼び出していた。対策を講じているに違いなかった。

 彼がどんな内容を話すのか、私は待っていなかった。その場を離れた。

 私は、黙って耐えるしかないのだ。
 軍の中にそんな人間がいることが外の世界にばれたら、どんなことになるのだろう。

 この計算は、私の疲れた心ではもう無理だった。
 また、世界中が敵になったように感じた。
 私が黙っていても努力しても、あるいはこんなに距離をとっているのに、スコットはよみがえってきて私を突き落とす。
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