【完結】不本意ながら、結婚することになりまして

buchi

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第9話 フランツ登場

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「潤夏ちゃんは、信じちゃうんです。自分の妄想を……」

妄想……

「夢かな? 彼女は自分を迎えに来てくれる恋人を待っているんです」

「二十八歳の売れ残りのくせに女子高生のカッコしてか?」

宇津木さんがにらんだ。

「どうして、そう無駄に口が回るんですか?」

「いや、事実だろ?」

「二十八歳は売れ残りじゃありません!」

「あ、ごめん」

宇津木さんも同い年だった。忘れてた。そして、思いだした。同時に、うっかり謝ったが、あやまるべき場面じゃないってことに気づいた。あやまったら、宇津木さんも売れ残りだってバレちまう。もっとも、口に出した時点でアウトだった。

「私の話じゃありません!」

「もちろん! 宇津木さん、今日のところは僕が出そう」

「やかましい」

なにか声が聞こえた気がした。
聞き捨てならんが、聞き流そう。二十八歳の宇津木さんを、売れ残り呼ばわりしたのは申し訳ない。

「で、この度、彼女のその夢の主人公役になりました、真壁さんが」

僕は、まじまじと宇津木さんの顔を検分して、鼻の頭にしわを寄せた。冗談ではないらしい。

「本人がそう言ったの?」

「また聞きですけど。真壁さん、潤夏ちゃんにフランツって名前で呼ばれています」

衝撃的過ぎて、さすがの俺も返事が返せなかった。

「フランツ? 誰が?」

まさかと思うが、念のために聞いた。

「真壁さんがですよ」

「俺のことをそう呼んでるのは、その例の売れ残りの元女子高生か」

宇津木さんは、一瞬、妙な顔をした。

「潤夏ちゃん、元女子高生じゃありませんよ。高校行かなかったし」

俺はフォークを取り落としそうになった。

「なんで?」

「イジメで。中学もろくすっぽ行ってないんじゃない?」

「それは……」

「結局、高校卒業資格ってのを取って、大学行きました」

「…………」

どんな奴なんだろう。

「ちなみにフランツって言うのは、王子様の名前です」

あ、なんか、イヤ。その説明、聞きたくない予感がする。

「多そうな名前だよな。ドイツあたりの王家にごろごろしてそう」

解説は聞きたくない。話を逸らす方向に誘導を試みた。

「そうじゃなくて眠り姫の王子様ですよ。スリーピング・ビューティ。王子様のキスで目覚める……」

ちょっと、いや、かなり意地悪そうな顔で宇津木さんが言った。

「……いやだ」

俺は正直な感想を思わず言ってしまった。

「フフフ……まあ、照れないでください、フランツ」

宇津木さんが口元を歪めながら慰めた。絶対、嫌がらせだ。笑ってんだろ。

「とにかく、真面目な話をしてもらおうじゃないか。事実関係が全然わからない」

俺は偉そうに言ってみた。この女、本当に気に障るな。

「私は真面目ですよ。それで、フランツに裏切られたって言ってるそうです。何したんですか?」

「何って……」

思い当たる節がない。

「本人は花をあげたり、受け取ってもらったり……」

「んな訳ないだろ? あー、あの縁側に放置してあった花? 受け取ってないし、捨てたんだけど」

「それ、どうしたんですか? ほっとけって言いましたよね? 動かしたりしましたか?」

「あー……」

そのことか。

「あの花な。無断進入禁止って紙を貼っといたんだけど。それがまずかったのか」

まあ、宇津木さんは驚かなかった。そりゃそうだ。誰だって、それくらいするだろう。予想の範囲内だ。

「……自殺未遂したのは、1週間ほど前ですけど」

「つまり、紙を貼られてすぐってことか」

嫌だな。もしかして、俺の行動をどっかの陰から逐一監視してたのだろうか。

「いつ、貼ったんですか?」

「先週の土曜日」

「自殺未遂は、土曜の晩です。私は別に潤夏ちゃんと連絡取れる立場じゃないんで、たまたま母からラインが来て知ったんです。で、あなたが原因じゃないかなって思ったんで」

「それ、本当に俺のせい?」

俺は話をぶった切った。

「裏切り者のフランツが誰かってことですか?」

なんと言う言い草。しかし俺は嫌々ながらうなずいた。

どうせあだ名をつけるなら、普通のにしてくれりゃいいのに、なんでそんなディ○ニーみたいな名前なんだ。

「潤夏ちゃんが付けたら、途端にその名前が異常そうに見えてくるんですよ」

異常なのかよ。変とか止まりじゃないのかよ。完全にアッチ系だって言いたいのか。

宇津木さんは嫌そうにそう言うと、携帯を取り出してからごそごそいじって、見せてくれた。
読めと言いたいらしい。

『潤夏ちゃん、また自殺図ったって。振られたらしいよ。真壁さんとこの爺ちゃんの古家に浮浪者が住み着いて、その人をカレシだって言ってる』

浮浪者……

「俺が、浮浪者……」

「怒ってはいけません」

笑うのを必死でこらえながら、宇津木が言った。

「本人は手首を切ったそうで」

「でも、死ななかったんだよね?」

「そりゃもう」

「じゃー、どうでもいいだろ。そもそも、俺、何の関係もない」

「もちろん、どうでもいいですよ。ただ、あの家に一週間ほど行かないでほしいんです」

思わず、頭に血が上った。なんで、そんなことを指図されなきゃならない。

「行くよ」

「花束持って来られたら困るでしょ?」

「突っ返しますよ。ふざけんな」

「いいですか? 真壁さん」

宇津木さんは真面目な顔になって言った。

「潤夏ちゃんは、来週、一度病院から自宅へ戻ります。荷物を取りに」

「へえ」

勝手にしやがれだ。

「その後、両親の家に移ります。隣の県です」

「そりゃ両親が気の毒だな」

うっかり宇津木さんがうなずいた。

「とにかく、二週間したら、もう来なくなるわけですよ」

なるほど。

「つまり、来週だけ行かなきゃいいってことだな?」

「そう言うことです」

宇津木さんがうなずきながら、相槌を打った。

「鉢合わせしたら、必ず余計なトラブルになります。来週だけ過ぎれば、誰も来ません。だから、私が言いたいのは、ご不満でしょうが、来週だけ行かないでくださいってことだけです」

俺は考えた。

行かない方がいいのは、わかり切っている。
宇津木さんの言うことはもっともだ。

だが、俺は、先週、ナスの苗を植えてしまったのだ。

それに今週はトマトを植えようと思っていた。

トマトはまあいい。まだ、植えていないから。本来なら今週がベストの時期なんだが。

問題はナスだ。天気予報によると、今週は晴天続きの予定だった。

俺は宇津木さんの顔を眺めた。

オカンに水まきを頼めなくはない。家の軽トラに乗れば十分くらいだし。
だが、俺が家庭菜園なんかやってるのがバレたら、実家の農業を手伝えとか言われるに決まっている。それは嫌だ。趣味の家庭菜園と農家は違うのだ。

「考えてる場合じゃないでしょ?」

宇津木さんは俺の田舎の様子を知っている。田舎の子のはずだ。軽トラくらい乗れるだろう。あの辺じゃクルマがなけりゃ、何もできない。

「いや、もう、そろそろ昼休み、終わるよね?」

俺は物柔らかに切り出した。

「ありがとう、宇津木さん。教えてくれて。お礼に今晩おごらせてよ」

「は?」
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