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第4話 縁側の花束

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人の記憶と言うのは曖昧だ。

僕がどうして、祖父の家の庭で会った少女に見覚えがあると思ったのかと言えば、お菓子を無理矢理渡したあの彼女の顔に似ていたからだ。

子どもの頃の知り合いだから、覚えていたわけじゃなかったのだ。

僕がさっきの女性事務員の名前を知っていればよかったのだが。
例えば渋木さんだったら、たぶん親戚なのだろう。

だが僕は頭をひねった。親戚だったのか、道理でな、では終わる気がしなかった。
それだけでは、なにか釈然としない。

だって、うちの母は、渋木さん一家は何年か前に引っ越したと言っていたではないか。

渋木一家の家の場所も聞いてみたが、実は祖父の家から行ける車の道がなかった。
クルマだと別の国道から入る家なのだ。田舎だからそれは仕方ない。
直線距離にしたら、確かに間違いなく隣家なのだが、実際行くとなると山の中を半時間くらい歩くらしい。

「まあ、もっと早く来れるのかもよ? 山の中の道なんて、知ってる人以外、よくわかんないしな」

母はいとも軽々しくそう言った。基本的に関心がないので、知識もないらしい。

母の説明を頼りに歩いたら、迷子になる自信しかない。しかも見つかるとしたら廃屋だろうと母は言う。

「だって、おじいさんの家より不便なんだよ? そりゃ引っ越すわ。もう何年も前の話よ」

余計変だ。あの少女は誰だったんだろう。


だから僕は彼女にお菓子をあげた。

ゴールデンウイークに実家に帰ったりしなかったそうだから、彼女は、あの時あった少女ではない。

聞かなくてもわかっていた。

あの時の少女の、なんとも茫洋ぼうようとした表情は、彼女のいかにも頭が回りそうな目の表情とは全然違う。

律儀そうな女性だったから、何かお返しをしてくれるかもしれなかったし、これで声もかけやすくなった。
弧月堂の菓子を知っているだなんて、あの辺の人間に間違いない。


だけど、それ以来、接触はなくて、姿すら見かけることはなかった。

まあ、気があって声をかけたわけではないので、どうでもよかったが、こちら方面も頓挫とんざかと思うと、ちょっと手詰まり感は否めなかった。


俺は、あれから、暇を見つけては出かけて行って、祖父の庭の整備をしていた。

完全な趣味である。

つい、ナスを植えてしまった。このままだと家庭菜園道、まっしぐらになりそう。

行けない時もあるので、どこかの虫のごちそうで終わってしまう可能性もあったが。

だが、ナスの生育以上に気になったことが一つあった。

誰も見かけないのに、縁側に花束が置いてあることだった。

毎週ではない。たまにだったが、そして枯れていることもあったが、勝手に野花が花束に変身したり、縁側の端の方にちんまりと遠慮がちに上がってきたりしないだろう。


お盆前に彼女に会った。同じビルのメガネの女性である。

「あのう、これを……」

見るとお菓子だった。

「なかなか返せなくて……」

思った通り、律儀な性格だ。

「あの、そんなこと気にしなくてもいいんですよ。あのお菓子をご存知だったらしいんで、ちょっと進呈しただけですから」

「私、あの後、研修に行かされていて、こちらの方には出勤していなかったのでお返しも遅くなりまして」

「そうだったんですか……」

俺は彼女の顔を見ながら、考えた。

お昼を誘っても、断られるだろうな。

彼女に夫や恋人がいたら、誤解されて面倒だ。

だけど……

「あの、もしよかったら、ちょっと弧月堂について教えて欲しいことがあるんで、お昼、付き合ってもらえませんか?」

「え……」
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