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第48話 パーシヴァル邸にて
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フィオナは後から乗り込んできた見知らぬ男に呆然とした。怖い。だが、彼女は震える声で叱咤した。
「降りなさい! 誰です……」
ジャックだと気付いて、語気は見る間に緩み、言葉が出なくなった。
「とりあえず車を出せ。アンドルーに君が捕まる。話はそれからだ」
ジャックの剣幕に押されて御者は急いで走り始めた。
馬車の中で、二人は顔を見合わせた。
ジャックは険しい顔で。フィオナは何とも言えない顔で。
裏切られた男と、裏切った女というわけでもないのに、雰囲気的に似たものがあった。
「フィオナ……」
ジャックは口を開いた。
これまで、本人に言っていなかったことに気が付いたのである。
言おう言おうとしていた
だが、彼は呑気で、急いで求婚する必要を感じなかったのだ。
この獲物の本当の価値に気が付いてる男はほとんどいなかったからだ。
彼女は美人だった。でも、いつもおどおどしているので誰も気が付かない。
下を向いていることが多かったから、気弱で面白みのない令嬢と思われがちだった。
だが、あのボートに乗った時、ジャックは全然そうじゃないことに気が付いたのだ。
むしろ、クリスチンに似ていた。
明るく何にでも興味津々で、行動的だった。
ただ、クリスチンに似ているのはそこまでで、慎重で控えめ、感情的でなかった。
あの侯爵が無理矢理ダンスの場に引っ張り出してきて、人々の注目を集めるまでは、彼女に気が付いていたのは自分だけだった。だから、ゆっくり……ゆっくりお互いを知って、ゆっくり愛を育んでいけばいいと思っていた。
フィオナは純白の乙女だった。指先から始めてやがて全身ジャックの色に染め上げるのだ。
「フィオナ、結婚して欲しい」
ジャックはフィオナの顔をのぞき込んだ。
「君のことを愛している。だから結婚して欲しい」
フィオナは呆然とした。
その言葉に嘘はない。だが、この馬車の向かう先は、クリスチンのアパルトマンだ。
そしてそこにはクリスチンがマルゴットと一緒に待っている。多分、マリアもいるはずだ。もう決まっているのだ。
「僕のこと、嫌い?」
嫌いではない。だが、それは狙って発せられた言葉だった。
フィオナはジャックのことを嫌いとは言わないだろう。
嫌いと言わなければ、ジャックはそこに突っ込んでくる。
でも、それは恋ではないのだ。
フィオナが引きずられている、この熱情。それはセシルに対する感情であって、ジャックに対するものではない。
「幸せな結婚に恋は要らない。むしろ大事にしてくれるかどうかだけだよ」
「わ、私はセシルが好きなのです」
ジャックは思わず彼女の手を取って引き寄せた。そして唇を重ねようとした。フィオナは顔をそむけた。
「ダメ、違うのよ。最初からセシルが好きだったの。会った時から」
ジャックは惨めな顔をしていた。フィオナに見えないのは幸いだ。
「会った時から君が好きだった」
でも、今、セシルはいない。手の中にフィオナを感じていると、ジャックの心はそれだけでも満たされる気がした。
そう言いながら、ジャックは御者に札を渡した。
「サージェント通りへやってくれ」
「いや、マーチン通りへ行くように言われてますんで」
御者は無愛想な調子で金を断った。
ジャックはもう一枚札を渡した。
「ダメですよ、だんな。あたしはパーシヴァル家に出入りさせてもらってるんですよ。このお嬢さんをあのお屋敷の前で待って、無事に送り届けないと、パーシヴァル様からお見限りになってしまいますんで」
「じゃあ、僕の言うことを聞くんだな。僕はジャック・パーシヴァルだ。お前が誰だか知らんが、ブラウン一家の人間だな? 僕の顔くらい知ってるだろう?」
御者はスピードを緩め、チラリと振り返った。その顔に驚愕の色が浮かんだ。
「ジャック様!」
「本宅へ行くんだ。早くしろ!」
「でも……」
「僕の言うことを聞けないのか!」
ジャックは3枚目の札を御者に握らせた。御者はしぶしぶ方向を変えて、フィオナは悲鳴をあげた。
「クリスチンのところへ連れて行って! そう言う約束のはずよ」
「クリスチンの言うことなんか聞いてどうなる? あと半年もしたらクリスチンはロックフィールド夫人だ。パーシヴァル家の者じゃなくなるんだ。僕の言うことを聞いた方が得策だぞ」
御者は意味が分かったらしく、ジャックの言う通り、スピードを上げて街を走って行った。フィオナは真っ青になって馬車で固くなっていた。その横でジャックはフィオナの顔に見入り、手を撫でていた。今は自分の手中だ。
「さあ」
ジャックはフィオナの手を取って、馬車を降りるのに手を貸そうとした。
「いや……」
彼女の手は細かく震えていて、おびえているのがわかった。ジャックは緊張を解くように、微笑んで見せた。
「大丈夫だよ、フィオナ。ここは僕の家だ。両親と一緒に住んでいるんだ。母がいる。無茶はしないよ。心配いらない」
フィオナは真っ青になった。
それも困る。
ジャック一家に取り囲まれたらどうしたらいいのだ。
ダーリントン家では大騒ぎをしろと指示を受けてきたが、パーシヴァル家での振舞については何の指示も受けていない。想定外である。
「降りてくださいよ、お嬢さん」
すっかり、ジャックの味方になった御者が不愛想に声をかけた。
ジャック様の命令なら、彼としては問題はなにもなかった。
「次の仕事がありますんでねぇ。早いとこ降りていただきませんと」
お得意様の御曹司ジャック様の恋物語なんて、なかなか面白いネタだったから、彼としてはもう少し見続けたい気もあったが、ここはジャック様のご機嫌を取っておくほうが得策と言うものだろう。ここまでの話だけだって、仲間内で十分盛り上がれる。
ジャック様はこの娘を自宅に連れ込みたいらしい。
何をする気か知らないが、ジャックの意向に沿っておいて損はないだろう。彼は降りるよう、娘に身振りで伝えた。
もう乗せてくれないと言うなら、やむを得ない。クリスチンが、娘一人を辻馬車なんかに乗せるのを心配して、パーシヴァル家出入りの馬車屋の車なら絶対に安心だからと手配したのが裏目に出てしまった。フィオナは震える手をジャックに任せ、そろそろと馬車を降りた。
「あの、私は……」
「さあ、こちらだ」
それは新しく贅沢な造りの邸宅だった。ダーリントン伯爵邸ほどの敷地があるわけではなかったが、十分に広壮で豪華で、いかにもお金がありそうだった。
「ようこそ。パーシヴァル家へ」
「降りなさい! 誰です……」
ジャックだと気付いて、語気は見る間に緩み、言葉が出なくなった。
「とりあえず車を出せ。アンドルーに君が捕まる。話はそれからだ」
ジャックの剣幕に押されて御者は急いで走り始めた。
馬車の中で、二人は顔を見合わせた。
ジャックは険しい顔で。フィオナは何とも言えない顔で。
裏切られた男と、裏切った女というわけでもないのに、雰囲気的に似たものがあった。
「フィオナ……」
ジャックは口を開いた。
これまで、本人に言っていなかったことに気が付いたのである。
言おう言おうとしていた
だが、彼は呑気で、急いで求婚する必要を感じなかったのだ。
この獲物の本当の価値に気が付いてる男はほとんどいなかったからだ。
彼女は美人だった。でも、いつもおどおどしているので誰も気が付かない。
下を向いていることが多かったから、気弱で面白みのない令嬢と思われがちだった。
だが、あのボートに乗った時、ジャックは全然そうじゃないことに気が付いたのだ。
むしろ、クリスチンに似ていた。
明るく何にでも興味津々で、行動的だった。
ただ、クリスチンに似ているのはそこまでで、慎重で控えめ、感情的でなかった。
あの侯爵が無理矢理ダンスの場に引っ張り出してきて、人々の注目を集めるまでは、彼女に気が付いていたのは自分だけだった。だから、ゆっくり……ゆっくりお互いを知って、ゆっくり愛を育んでいけばいいと思っていた。
フィオナは純白の乙女だった。指先から始めてやがて全身ジャックの色に染め上げるのだ。
「フィオナ、結婚して欲しい」
ジャックはフィオナの顔をのぞき込んだ。
「君のことを愛している。だから結婚して欲しい」
フィオナは呆然とした。
その言葉に嘘はない。だが、この馬車の向かう先は、クリスチンのアパルトマンだ。
そしてそこにはクリスチンがマルゴットと一緒に待っている。多分、マリアもいるはずだ。もう決まっているのだ。
「僕のこと、嫌い?」
嫌いではない。だが、それは狙って発せられた言葉だった。
フィオナはジャックのことを嫌いとは言わないだろう。
嫌いと言わなければ、ジャックはそこに突っ込んでくる。
でも、それは恋ではないのだ。
フィオナが引きずられている、この熱情。それはセシルに対する感情であって、ジャックに対するものではない。
「幸せな結婚に恋は要らない。むしろ大事にしてくれるかどうかだけだよ」
「わ、私はセシルが好きなのです」
ジャックは思わず彼女の手を取って引き寄せた。そして唇を重ねようとした。フィオナは顔をそむけた。
「ダメ、違うのよ。最初からセシルが好きだったの。会った時から」
ジャックは惨めな顔をしていた。フィオナに見えないのは幸いだ。
「会った時から君が好きだった」
でも、今、セシルはいない。手の中にフィオナを感じていると、ジャックの心はそれだけでも満たされる気がした。
そう言いながら、ジャックは御者に札を渡した。
「サージェント通りへやってくれ」
「いや、マーチン通りへ行くように言われてますんで」
御者は無愛想な調子で金を断った。
ジャックはもう一枚札を渡した。
「ダメですよ、だんな。あたしはパーシヴァル家に出入りさせてもらってるんですよ。このお嬢さんをあのお屋敷の前で待って、無事に送り届けないと、パーシヴァル様からお見限りになってしまいますんで」
「じゃあ、僕の言うことを聞くんだな。僕はジャック・パーシヴァルだ。お前が誰だか知らんが、ブラウン一家の人間だな? 僕の顔くらい知ってるだろう?」
御者はスピードを緩め、チラリと振り返った。その顔に驚愕の色が浮かんだ。
「ジャック様!」
「本宅へ行くんだ。早くしろ!」
「でも……」
「僕の言うことを聞けないのか!」
ジャックは3枚目の札を御者に握らせた。御者はしぶしぶ方向を変えて、フィオナは悲鳴をあげた。
「クリスチンのところへ連れて行って! そう言う約束のはずよ」
「クリスチンの言うことなんか聞いてどうなる? あと半年もしたらクリスチンはロックフィールド夫人だ。パーシヴァル家の者じゃなくなるんだ。僕の言うことを聞いた方が得策だぞ」
御者は意味が分かったらしく、ジャックの言う通り、スピードを上げて街を走って行った。フィオナは真っ青になって馬車で固くなっていた。その横でジャックはフィオナの顔に見入り、手を撫でていた。今は自分の手中だ。
「さあ」
ジャックはフィオナの手を取って、馬車を降りるのに手を貸そうとした。
「いや……」
彼女の手は細かく震えていて、おびえているのがわかった。ジャックは緊張を解くように、微笑んで見せた。
「大丈夫だよ、フィオナ。ここは僕の家だ。両親と一緒に住んでいるんだ。母がいる。無茶はしないよ。心配いらない」
フィオナは真っ青になった。
それも困る。
ジャック一家に取り囲まれたらどうしたらいいのだ。
ダーリントン家では大騒ぎをしろと指示を受けてきたが、パーシヴァル家での振舞については何の指示も受けていない。想定外である。
「降りてくださいよ、お嬢さん」
すっかり、ジャックの味方になった御者が不愛想に声をかけた。
ジャック様の命令なら、彼としては問題はなにもなかった。
「次の仕事がありますんでねぇ。早いとこ降りていただきませんと」
お得意様の御曹司ジャック様の恋物語なんて、なかなか面白いネタだったから、彼としてはもう少し見続けたい気もあったが、ここはジャック様のご機嫌を取っておくほうが得策と言うものだろう。ここまでの話だけだって、仲間内で十分盛り上がれる。
ジャック様はこの娘を自宅に連れ込みたいらしい。
何をする気か知らないが、ジャックの意向に沿っておいて損はないだろう。彼は降りるよう、娘に身振りで伝えた。
もう乗せてくれないと言うなら、やむを得ない。クリスチンが、娘一人を辻馬車なんかに乗せるのを心配して、パーシヴァル家出入りの馬車屋の車なら絶対に安心だからと手配したのが裏目に出てしまった。フィオナは震える手をジャックに任せ、そろそろと馬車を降りた。
「あの、私は……」
「さあ、こちらだ」
それは新しく贅沢な造りの邸宅だった。ダーリントン伯爵邸ほどの敷地があるわけではなかったが、十分に広壮で豪華で、いかにもお金がありそうだった。
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