43 / 57
第43話 作戦会議の続き
しおりを挟む
作戦会議会場では、マルゴットが渋い表情で伯爵家の状況の解説を始めた。
「アレクサンドラ様は、修道院推しなのでございます」
「修道院推し?」
「つまり、フィオナ様を修道院に入れてしまおうと画策されております」
「はあ?」
「なんでまた?」
コテージの居間にはマリアまで参加していた。
「あの、それは、最初、私が社交界デビューするのをためらっていて……」
フィオナが説明を始めた。
「それは致し方ございません。お金がないので、ドレスは義姉のアレクサンドラ様のお古を着ることになっていましたから」
「社交界デビューに?!」
クリスチンが金切り声をあげた。
「何年前のドレスなの! そんなの着て行ったら、頭がおかしいと思われるわ! そんなにお金がないの?」
「貧乏伯爵家ですから」
マルゴットが言い切った。
「でも、ジョゼフィン大伯母様が社交界にデビューして、いい男と結婚しなさいって遺産を残してくれたのです」
フィオナが言った。
「まあ、いい伯母さんじゃない!」
「アレクサンドラは、今頃になって修道院の話を思い出したのだと思うの……」
「そうです。結婚したら夫が黙っていません。夫だって、妻の財産をあてにするに決まっています。アレクサンドラ様は、フィオナ様の財産に手出しできなくなります。それくらいなら、結婚させるより、本人がもともと希望していた修道院に入れるようにと、伯爵と夫のアンドルー様を説得していております」
「許せないわ!」
突然、クリスチンが叫び始めた。
「ええ。許せません。それに、なぜ遺産の話を黙っていたのかと散々怒鳴られました。ですが、私ごときが知りうる内容ではございません。私は使用人にすぎません」
マリアがマルゴットにこっそりと同情の目を向けた。
「それはそうだわ。フィオナ自身、知らなかった可能性があるわ」
「知っていても知らなくても、とにかく、今となってはフィオナ様のご結婚はアレクサンドラ様が大反対でございます」
「どうして? 十七歳の娘を社交界デビューさせておいて、良縁が決まりそうなのに撤回するってわけがわからないわ。許されないと思うわよ?」
「本人の希望だからというのが言い分でございます。それと、地味で取り柄のない娘でデビューしても誰も踊ろうとすらしてくれなかった、それをお金目当ての殿方に無理に嫁がせるのは今後の不幸が目に見えるようだとおっしゃっておられます」
さすがにこの言い分にはクリスチンもマリアもキレた。そしてあきれ返った。
「地味で取り柄がないって、どこの社交界の評価なの? それは?」
「ジャック様をバカにしているのですか?」
「むしろ、アレクサンドラ様はフィオナ様の評判をよく知らないんじゃないかと思います。ご自分のご友人や親せきという狭い範囲しかお付き合いがないので。子どもさんがまだ小さいので、外へ出られること自体が稀ですし……ですからそれで通るとお考えのようです」
「通るとは?」
「世間が納得する……こんな事を仕出かしても、誰からも悪く思われないと思っているのです。お茶会や晩餐会などに出入りしていれば、婚約した娘を財産欲しさに修道院に送り込み、財産を奪おうものなら、非難ごうごうだとわかるはずです。伯爵家の評判はがた落ちで、いたたまれなくなります。ですが、何かの会に出ることも稀ですし、元々あまり評判や噂に疎い方です。頑固でもあります」
「何言ってるの。フィオナ本人のことを忘れているわ。フィオナが嫌がるに決まってるでしょう。まさかフィオナが言うことを聞くとでも思っているのかしら」
その通り。アレキサンドラは、フィオナが彼女の言うことを聞くと信じているのだ。
それはアレクサンドラが嫁いできた時からずっとそうだったからだ。
ダーリントン家の方針が全てアレクサンドラの意向で決まるようになったのだ。
アレクサンドラはそれで当然だと思っている。
だから、今回の話も、フィオナが抵抗するかも知れないが、最終的にはアレクサンドラの言うことを聞くだろうと思っているのだ。
今回、フィオナは厚かましくも、アレクサンドラの意に反して遺産を相続した。
本来なら、その遺産は、伯爵家の子どもたちや次期当主に分け与えられるべきお金だと正義感に燃えているらしい。
「いたいけな子どもたちに、なんという仕打ちをとおっしゃっておられます。子どもの未来を潰すとは、人の心がわからない愚かな娘だと……」
「馬鹿はそっちよ。その仕打ちとやらをしたのは、フィオナじゃないわ。大伯母様よ。それにいままでだって、遺産なしでやってきたのでしょ? 仕打ちも何もないわよ」
「帰ってきたら、修道院へ直ぐ送り込むと準備をされています」
フィオナとクリスチンとマリアは、顔を見合わせた。
「それ、ジャックとグレンフェル侯爵は知っているのかしら?」
懐疑的にクリスチンが尋ねた。
「知らないと思います。アンドルー様は結婚に賛成ですから。ただ、アンドルー様は、この間グレンフェル侯爵の訪問を断っておられました」
フィオナの顔色が変わった。
「ジャック様とのご結婚が決まったので、ほかの方と会わせるわけにはいかないと……結構失礼な言い分でした」
「アンドルーはジャックと結婚させるつもりなの? 妻のアレクサンドラと意見が違うようだけど」
クリスチンが尋ねた。
「アレクサンドラ様はどうやらアンドルー様には、フィオナ様を修道院に送る計画は黙っておられるようです」
皆が黙った。混とんとしている。
「それと、これはわたくしの推測ですが、ジャック様からアンドルー様へ、なにがしかお金が渡っているのではないかと思われます」
「ジャック……そんな姑息な真似を……人身売買みたいなことを」
クリスチンが青筋を立て始めた。やばい。
「クリスチン様。人身売買ではございません。単なる家同士の援助でございましょう。よくあることです。それに、これはダーリントン家の問題で、クリスチン様はロックフィールド様とのご結婚をまずお考えになりませんと……」
マリアが小さな声で哀願を始めた。正義感にあふれ、面白そうなことにやたら敏感なクリスチンがアップし始めたのだ。マークが見たら、目を覆うだろう。結婚式は無事にできるだろうか。
「ダーリントン伯爵家を焼き討ちにするわよ!」
クリスチンが宣言した。
「アレクサンドラ様は、修道院推しなのでございます」
「修道院推し?」
「つまり、フィオナ様を修道院に入れてしまおうと画策されております」
「はあ?」
「なんでまた?」
コテージの居間にはマリアまで参加していた。
「あの、それは、最初、私が社交界デビューするのをためらっていて……」
フィオナが説明を始めた。
「それは致し方ございません。お金がないので、ドレスは義姉のアレクサンドラ様のお古を着ることになっていましたから」
「社交界デビューに?!」
クリスチンが金切り声をあげた。
「何年前のドレスなの! そんなの着て行ったら、頭がおかしいと思われるわ! そんなにお金がないの?」
「貧乏伯爵家ですから」
マルゴットが言い切った。
「でも、ジョゼフィン大伯母様が社交界にデビューして、いい男と結婚しなさいって遺産を残してくれたのです」
フィオナが言った。
「まあ、いい伯母さんじゃない!」
「アレクサンドラは、今頃になって修道院の話を思い出したのだと思うの……」
「そうです。結婚したら夫が黙っていません。夫だって、妻の財産をあてにするに決まっています。アレクサンドラ様は、フィオナ様の財産に手出しできなくなります。それくらいなら、結婚させるより、本人がもともと希望していた修道院に入れるようにと、伯爵と夫のアンドルー様を説得していております」
「許せないわ!」
突然、クリスチンが叫び始めた。
「ええ。許せません。それに、なぜ遺産の話を黙っていたのかと散々怒鳴られました。ですが、私ごときが知りうる内容ではございません。私は使用人にすぎません」
マリアがマルゴットにこっそりと同情の目を向けた。
「それはそうだわ。フィオナ自身、知らなかった可能性があるわ」
「知っていても知らなくても、とにかく、今となってはフィオナ様のご結婚はアレクサンドラ様が大反対でございます」
「どうして? 十七歳の娘を社交界デビューさせておいて、良縁が決まりそうなのに撤回するってわけがわからないわ。許されないと思うわよ?」
「本人の希望だからというのが言い分でございます。それと、地味で取り柄のない娘でデビューしても誰も踊ろうとすらしてくれなかった、それをお金目当ての殿方に無理に嫁がせるのは今後の不幸が目に見えるようだとおっしゃっておられます」
さすがにこの言い分にはクリスチンもマリアもキレた。そしてあきれ返った。
「地味で取り柄がないって、どこの社交界の評価なの? それは?」
「ジャック様をバカにしているのですか?」
「むしろ、アレクサンドラ様はフィオナ様の評判をよく知らないんじゃないかと思います。ご自分のご友人や親せきという狭い範囲しかお付き合いがないので。子どもさんがまだ小さいので、外へ出られること自体が稀ですし……ですからそれで通るとお考えのようです」
「通るとは?」
「世間が納得する……こんな事を仕出かしても、誰からも悪く思われないと思っているのです。お茶会や晩餐会などに出入りしていれば、婚約した娘を財産欲しさに修道院に送り込み、財産を奪おうものなら、非難ごうごうだとわかるはずです。伯爵家の評判はがた落ちで、いたたまれなくなります。ですが、何かの会に出ることも稀ですし、元々あまり評判や噂に疎い方です。頑固でもあります」
「何言ってるの。フィオナ本人のことを忘れているわ。フィオナが嫌がるに決まってるでしょう。まさかフィオナが言うことを聞くとでも思っているのかしら」
その通り。アレキサンドラは、フィオナが彼女の言うことを聞くと信じているのだ。
それはアレクサンドラが嫁いできた時からずっとそうだったからだ。
ダーリントン家の方針が全てアレクサンドラの意向で決まるようになったのだ。
アレクサンドラはそれで当然だと思っている。
だから、今回の話も、フィオナが抵抗するかも知れないが、最終的にはアレクサンドラの言うことを聞くだろうと思っているのだ。
今回、フィオナは厚かましくも、アレクサンドラの意に反して遺産を相続した。
本来なら、その遺産は、伯爵家の子どもたちや次期当主に分け与えられるべきお金だと正義感に燃えているらしい。
「いたいけな子どもたちに、なんという仕打ちをとおっしゃっておられます。子どもの未来を潰すとは、人の心がわからない愚かな娘だと……」
「馬鹿はそっちよ。その仕打ちとやらをしたのは、フィオナじゃないわ。大伯母様よ。それにいままでだって、遺産なしでやってきたのでしょ? 仕打ちも何もないわよ」
「帰ってきたら、修道院へ直ぐ送り込むと準備をされています」
フィオナとクリスチンとマリアは、顔を見合わせた。
「それ、ジャックとグレンフェル侯爵は知っているのかしら?」
懐疑的にクリスチンが尋ねた。
「知らないと思います。アンドルー様は結婚に賛成ですから。ただ、アンドルー様は、この間グレンフェル侯爵の訪問を断っておられました」
フィオナの顔色が変わった。
「ジャック様とのご結婚が決まったので、ほかの方と会わせるわけにはいかないと……結構失礼な言い分でした」
「アンドルーはジャックと結婚させるつもりなの? 妻のアレクサンドラと意見が違うようだけど」
クリスチンが尋ねた。
「アレクサンドラ様はどうやらアンドルー様には、フィオナ様を修道院に送る計画は黙っておられるようです」
皆が黙った。混とんとしている。
「それと、これはわたくしの推測ですが、ジャック様からアンドルー様へ、なにがしかお金が渡っているのではないかと思われます」
「ジャック……そんな姑息な真似を……人身売買みたいなことを」
クリスチンが青筋を立て始めた。やばい。
「クリスチン様。人身売買ではございません。単なる家同士の援助でございましょう。よくあることです。それに、これはダーリントン家の問題で、クリスチン様はロックフィールド様とのご結婚をまずお考えになりませんと……」
マリアが小さな声で哀願を始めた。正義感にあふれ、面白そうなことにやたら敏感なクリスチンがアップし始めたのだ。マークが見たら、目を覆うだろう。結婚式は無事にできるだろうか。
「ダーリントン伯爵家を焼き討ちにするわよ!」
クリスチンが宣言した。
1
お気に入りに追加
639
あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

元カレの今カノは聖女様
abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」
公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。
婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。
極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。
社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。
けれども当の本人は…
「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」
と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。
それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。
そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で…
更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。
「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

これでお仕舞い~婚約者に捨てられたので、最後のお片付けは自分でしていきます~
ゆきみ山椒
恋愛
婚約者である王子からなされた、一方的な婚約破棄宣言。
それを聞いた侯爵令嬢は、すべてを受け入れる。
戸惑う王子を置いて部屋を辞した彼女は、その足で、王宮に与えられた自室へ向かう。
たくさんの思い出が詰まったものたちを自分の手で「仕舞う」ために――。
※この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?
ねーさん
恋愛
公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。
なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。
王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる