40 / 57
第40話 戦う結婚計画
しおりを挟む
セシルが唇をゆがめて言った。
「こっちが仕事に追い回されて、時間がないことをいいことに伯爵家へ出入りして、勝手に話を進めやがった。僕が伯爵家へ行ったら、追い返されたよ」
「え? まさか」
「おそらくジャックはダーリントン伯爵家に援助の約束をしたのだろう」
ああ、とフィオナは思った。お金か。確かに収入はセシルの方が多いかもしれなかったが、自由に動かせる金額はジャックの方がずっと大きいだろう。
「最初に言った展開になって来たと思う。自分の意志を通したかったら、がんばらないとダメだ」
マルゴットに言われたことがある。
『グレンフェル侯爵家との結婚にメリットはありません。二人がお互いを好きなだけです。だから、結婚したければ、自分たちが意志を貫き通さねばなりません』
そして、それはフィオナのゆるぎない強い愛と信頼がなかったら難しいとマルゴットは言った。
あの時、フィオナの遺産の話はまだ世間に知られていなかった。
グレンフェル侯爵は、お金持ちの令嬢と結婚することが可能だった。その彼が、わざわざ貧乏伯爵家の娘を娶りたかったら、世間と戦わなければならなかった。
この場合、世間とは、彼に年頃の娘との結婚話を持ち込む裕福な商人や、余計な批判のほか釣書をもたらす知り合いや親せきなどのことで、侯爵家の財政上の問題点を指摘して金持ち娘との結婚を強要する古くからの使用人なども含まれる。
各種舞踏会に参加の際、彼が多くの令嬢に取り巻かれているのをフィオナも見ている。油断も隙もない。
「いや、今となってはフィオナもそうだから」
それはそうだった。確かに五十万ルイの持参金付きの伯爵令嬢は、魅力的過ぎる。
セシルは心配そうだった。
逆に誰も見向きもしない、貧乏伯爵令嬢ともっと爵位が低い貧乏貴族の組み合わせなら、余計な釣書の応酬などはあり得ない。
今、セシルは、結婚に向けた第一弾としてジャックと戦うと言っているのだ。
兄のアンドルーを味方につけ、ジャックは社交界に婚約者であると名乗りを上げた。
良縁だと認識されている。
「私が好きなのは、あなたなのに? あなた以外と結婚する気なんかないのに?」
「でも、それならどうして逃げるようにこの田舎にやってきたの?」
セシルが鋭く尋ねた。
「……アンドルーがジャックとの結婚を勧めてきたから」
「……両親の伯爵だけでなくて、兄のアンドルーもジャック側か……。あなどれんな、ジャック」
フィオナは驚いた。父の伯爵はグレンフェル侯爵との結婚を勧めていたはずだ。
「私は父がジャックに鞍替えしたのを知らなかったわ」
フィオナがため息をついた。
「だから、伯爵家へ帰したくないんだ」
「でも、嫁入り前の娘は家にいるものよ? それに、本当に行くところがないの。どの親戚の家に行ったところで、絶対に連れ戻されるわ」
その通りだった。セシルにも予想はついていた。
「それでマークと作戦を練ったわけなんだよ」
「おかしいわ。だって、マークはジャックの姉のクリスチンの婚約者よ? マークはジャックと付き合いも長いし、あなたの味方をするよりジャックの味方をしそうなものだわ」
「あそこの姉弟の中が悪いって言うのは本当らしいね。クリスチンは、ジャックの肩を持たないらしい。マークはなかなかの強者だな。僕だったら、あんなに気の強い女と結婚できる自信がない」
「でも、クリスチンはマークには弱いのよ」
「それは、見ていてわかった。それはとにかく、マークはクリスチンを実家に戻したい。昨年のクリスマスにクリスチンはカナダに犬ぞりレースに出かけたらしいが、今年はぜひそれはやめて欲しいそうだ」
「あの話、本当だったの?」
「去年はカザリンが風邪をひいたので止めたそうだ。まあ、カザリンは元々あんまり乗り気じゃなかったらしいが。で、クリスチンを家族に見張っていてもらいたいらしい。彼女は犬ぞりレースのリベンジに燃えているんだが、クリスマスにカナダまで出かけられたら、式の予定が狂うそうだ。突発的に妙な気を起こして、式の準備をほっぽり出して、結局延期というのを避けたいって言うんだ」
「結婚が取りやめになる心配はしていないのね?」
「そこは一応、自信があるらしい。でも、不測の事態に備えるために、あの勝手気ままなアパルトマン暮らしを阻止したい。もう、ジャックのことなんか構っちゃいられないんじゃないかな。男友達も訪ねて来るしね。それにはもう耐えられないらしい。それで、ダーリントン伯爵家の情勢から、ぜひ、フィオナ嬢にあの住まいを貸してやって欲しいと頼み込んだわけだ」
「マークがクリスチンに頼んだのね」
「そう。いかにも友人の僕の為と言う風を装って。実際にはマークの希望だけどな。だけど、僕の利益でもある」
なるほど。妙な話の流れになっているとフィオナも思っていた。マークがそこまでフィオナの心配をするはずがなかった。
「微妙なのはクリスチンのご両親かな? やんちゃ娘が実家に戻ってきて、誰にもケチのつけようのない立派な男と結婚するのは嬉しいが、代わりに息子が失恋するんだからね」
それから彼は目を光らせた。
「ジャックの両親だって、君の遺産の話は聞いているだろう。君との結婚は大いに歓迎するんじゃないかな。古い名門の伯爵家の令嬢で、息子が見染めた女性だ。その上、莫大な持参金付きとなれば、マークとクリスチン同様ケチのつけようがない良縁だ。ジャックは、君と婚約したと言いふらしている。ダーリントン伯爵家公認だから世間はみんなジャックの言うことを信じるだろう」
「セシル!」
「僕とマークは今晩の汽車で街に帰る。準備が必要だ。両親あてに僕との結婚を決めたと手紙を書いて欲しい。マルゴットを迎えに来させよう」
「こっちが仕事に追い回されて、時間がないことをいいことに伯爵家へ出入りして、勝手に話を進めやがった。僕が伯爵家へ行ったら、追い返されたよ」
「え? まさか」
「おそらくジャックはダーリントン伯爵家に援助の約束をしたのだろう」
ああ、とフィオナは思った。お金か。確かに収入はセシルの方が多いかもしれなかったが、自由に動かせる金額はジャックの方がずっと大きいだろう。
「最初に言った展開になって来たと思う。自分の意志を通したかったら、がんばらないとダメだ」
マルゴットに言われたことがある。
『グレンフェル侯爵家との結婚にメリットはありません。二人がお互いを好きなだけです。だから、結婚したければ、自分たちが意志を貫き通さねばなりません』
そして、それはフィオナのゆるぎない強い愛と信頼がなかったら難しいとマルゴットは言った。
あの時、フィオナの遺産の話はまだ世間に知られていなかった。
グレンフェル侯爵は、お金持ちの令嬢と結婚することが可能だった。その彼が、わざわざ貧乏伯爵家の娘を娶りたかったら、世間と戦わなければならなかった。
この場合、世間とは、彼に年頃の娘との結婚話を持ち込む裕福な商人や、余計な批判のほか釣書をもたらす知り合いや親せきなどのことで、侯爵家の財政上の問題点を指摘して金持ち娘との結婚を強要する古くからの使用人なども含まれる。
各種舞踏会に参加の際、彼が多くの令嬢に取り巻かれているのをフィオナも見ている。油断も隙もない。
「いや、今となってはフィオナもそうだから」
それはそうだった。確かに五十万ルイの持参金付きの伯爵令嬢は、魅力的過ぎる。
セシルは心配そうだった。
逆に誰も見向きもしない、貧乏伯爵令嬢ともっと爵位が低い貧乏貴族の組み合わせなら、余計な釣書の応酬などはあり得ない。
今、セシルは、結婚に向けた第一弾としてジャックと戦うと言っているのだ。
兄のアンドルーを味方につけ、ジャックは社交界に婚約者であると名乗りを上げた。
良縁だと認識されている。
「私が好きなのは、あなたなのに? あなた以外と結婚する気なんかないのに?」
「でも、それならどうして逃げるようにこの田舎にやってきたの?」
セシルが鋭く尋ねた。
「……アンドルーがジャックとの結婚を勧めてきたから」
「……両親の伯爵だけでなくて、兄のアンドルーもジャック側か……。あなどれんな、ジャック」
フィオナは驚いた。父の伯爵はグレンフェル侯爵との結婚を勧めていたはずだ。
「私は父がジャックに鞍替えしたのを知らなかったわ」
フィオナがため息をついた。
「だから、伯爵家へ帰したくないんだ」
「でも、嫁入り前の娘は家にいるものよ? それに、本当に行くところがないの。どの親戚の家に行ったところで、絶対に連れ戻されるわ」
その通りだった。セシルにも予想はついていた。
「それでマークと作戦を練ったわけなんだよ」
「おかしいわ。だって、マークはジャックの姉のクリスチンの婚約者よ? マークはジャックと付き合いも長いし、あなたの味方をするよりジャックの味方をしそうなものだわ」
「あそこの姉弟の中が悪いって言うのは本当らしいね。クリスチンは、ジャックの肩を持たないらしい。マークはなかなかの強者だな。僕だったら、あんなに気の強い女と結婚できる自信がない」
「でも、クリスチンはマークには弱いのよ」
「それは、見ていてわかった。それはとにかく、マークはクリスチンを実家に戻したい。昨年のクリスマスにクリスチンはカナダに犬ぞりレースに出かけたらしいが、今年はぜひそれはやめて欲しいそうだ」
「あの話、本当だったの?」
「去年はカザリンが風邪をひいたので止めたそうだ。まあ、カザリンは元々あんまり乗り気じゃなかったらしいが。で、クリスチンを家族に見張っていてもらいたいらしい。彼女は犬ぞりレースのリベンジに燃えているんだが、クリスマスにカナダまで出かけられたら、式の予定が狂うそうだ。突発的に妙な気を起こして、式の準備をほっぽり出して、結局延期というのを避けたいって言うんだ」
「結婚が取りやめになる心配はしていないのね?」
「そこは一応、自信があるらしい。でも、不測の事態に備えるために、あの勝手気ままなアパルトマン暮らしを阻止したい。もう、ジャックのことなんか構っちゃいられないんじゃないかな。男友達も訪ねて来るしね。それにはもう耐えられないらしい。それで、ダーリントン伯爵家の情勢から、ぜひ、フィオナ嬢にあの住まいを貸してやって欲しいと頼み込んだわけだ」
「マークがクリスチンに頼んだのね」
「そう。いかにも友人の僕の為と言う風を装って。実際にはマークの希望だけどな。だけど、僕の利益でもある」
なるほど。妙な話の流れになっているとフィオナも思っていた。マークがそこまでフィオナの心配をするはずがなかった。
「微妙なのはクリスチンのご両親かな? やんちゃ娘が実家に戻ってきて、誰にもケチのつけようのない立派な男と結婚するのは嬉しいが、代わりに息子が失恋するんだからね」
それから彼は目を光らせた。
「ジャックの両親だって、君の遺産の話は聞いているだろう。君との結婚は大いに歓迎するんじゃないかな。古い名門の伯爵家の令嬢で、息子が見染めた女性だ。その上、莫大な持参金付きとなれば、マークとクリスチン同様ケチのつけようがない良縁だ。ジャックは、君と婚約したと言いふらしている。ダーリントン伯爵家公認だから世間はみんなジャックの言うことを信じるだろう」
「セシル!」
「僕とマークは今晩の汽車で街に帰る。準備が必要だ。両親あてに僕との結婚を決めたと手紙を書いて欲しい。マルゴットを迎えに来させよう」
1
お気に入りに追加
639
あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

元カレの今カノは聖女様
abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」
公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。
婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。
極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。
社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。
けれども当の本人は…
「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」
と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。
それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。
そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で…
更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。
「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる