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第39話 懐かしい昔
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フィオナとセシルは、元々用意されていたサロンの方で、改めてお茶を飲むことになった。
部屋は豪勢だったが、古びて、手入れが必要だった。
「まあ、こちらの屋敷は使うことがない。それに母があんななので人を招ぶことはしないので」
フィオナは黙って周りを見ていたが、急に言った。
「私、この部屋を知っていますわ」
それは、まるでタイムスリップしたかのような不思議な感覚だった。
薄緑色の文様の入った壁紙、金とガラスでできた古めかしい時計が乗せられた暖炉、花柄の椅子とソファ。
遠い昔の断片的でわずかな記憶が今よみがえってきた。
その記憶が目の前の光景に補正され、昔の感情を呼び覚ます。
このサロンは、庭に続く大きなフランス窓が付いていて、小さな子供だった頃、フィオナや兄弟のセシル、アンドルーは、大人たちがここで話をしている間、外へ出て遊び回っていた。それはとても楽しくて、幸せな思い出だった。
「懐かしいわ、ここ」
あの頃は幸せだった。
家の中での居心地が悪くなっていったのは、祖父が亡くなり、急に家が貧乏になったせいだ。
元々両親は世事に疎く、また、子どもに目配りなどできない人物だった。
兄は優しかったが、アレクサンドラが来てからは当然妻が大事だ。子どもが生まれたら、もちろんそちらが最優先である。
使用人も一人去り、二人去り、両親は貴族然としているだけだし、子どもが三人もいるアレクサンドラに無理は言えない。勢いフィオナもある程度はアレクサンドラを手伝ったが、アレクサンドラはなかなか気難しく、フィオナのやり方が気に入らないと言うので、それ以外の時間は図書室に閉じこもるようになってしまった。
彼女は自分でどうにかすることが出来なかったのだ。
「結婚して、そして、ここの女主人になって欲しい」
フィオナはうなずいた。この館は昔はもっとキラキラしていて、幼いフィオナは素晴らしい館だと思っていた。
今は少し古びてしまっているけど、あの時のままだ。
これが全て彼女のものになるのだ。
「ここで遊んでいたあの頃、私は幸せだった。また、戻れたのね」
しかし、セシルは、真面目な顔をして否定した。
「同じ幸せじゃないよ」
「え?」
「同じ愛じゃないからさ」
フィオナは怪訝な顔をした。恋人は幸せを否定してくる。今さっき、幸せにすると言ったばかりではないか。
セシルはガタンとイスから立ち上がった。
そしてソファに座っているフィオナの横に腰かけた。そして両手を取った。フィオナの手は自由にならない。
「昔はかわいい女の子を見るとキスしたくなったんだけど」
見る間にフィオナは赤くなっていった。
「今は、きれいな女性を見ると、自分のものにしたくなる」
所有物? どういう意味でしょうか。フィオナは完全にのぼせ上った。何をどうしたいのか、何を指しているのか、意味は分からなくても、きっと、彼女が訳が分からなくなるくらい、動転してしまう事柄だろう。もうすでに顔が近すぎる。
「自分だけのものに。そして、あなたにも、同じ気持ちを持って欲しくて……」
セシルの目はなんて美しいんだろう。そして引き込まれるようだ。でも、今みたいに見つめられていると、恥ずかしくて居ても立ってもいられない。
「昔は赤くならなかったでしょ? でも、今はドキドキしている、ほらわかる?」
セシルが彼女の手を彼の胸に押し当てた。止めて、止めて、止めて。どうしよう。
「子供の頃は触っても平気だった。今は違う。そして……」
セシルがキスした。
「いや?」
顔を背けたくても、しつこく覗き込んでくる。
「お願い。一言でいいから、好きだと言って」
「……恥ずかしいわ、そんなこと」
「好きだよね? 結婚してくれるって言ったよね? 言えないなら頷いて?」
無理矢理、強奪する言質だった。
「言ってくれないと、信用できない。我慢できない」
何回も押し問答をして、フィオナからいくつかの言葉を聞きだしたセシルはとても嬉しそうな顔をした。
「好きだよ、フィオナ。絶対に手放さない」
それから、いつもの悪人面に戻った。
「ジャックがそばに寄ってきたら、殺してやるからそのつもりで」
「え?」
唐突に過激な発言が出てきて、フィオナは驚いた。セシルは唇を歪めて笑った。
「こっちが仕事に追い回されて、時間がないことをいいことに伯爵家へ出入りして、勝手に話を進めやがった。僕が伯爵家へ行ったら、追い返されたよ」
なんてことだ。
「君には、もう、婚約者がいるってさ」
セシルの目が憎々しげに光った。
「そう言われた。そして、追い返された」
ふざけるな。
セシルは思った。
部屋は豪勢だったが、古びて、手入れが必要だった。
「まあ、こちらの屋敷は使うことがない。それに母があんななので人を招ぶことはしないので」
フィオナは黙って周りを見ていたが、急に言った。
「私、この部屋を知っていますわ」
それは、まるでタイムスリップしたかのような不思議な感覚だった。
薄緑色の文様の入った壁紙、金とガラスでできた古めかしい時計が乗せられた暖炉、花柄の椅子とソファ。
遠い昔の断片的でわずかな記憶が今よみがえってきた。
その記憶が目の前の光景に補正され、昔の感情を呼び覚ます。
このサロンは、庭に続く大きなフランス窓が付いていて、小さな子供だった頃、フィオナや兄弟のセシル、アンドルーは、大人たちがここで話をしている間、外へ出て遊び回っていた。それはとても楽しくて、幸せな思い出だった。
「懐かしいわ、ここ」
あの頃は幸せだった。
家の中での居心地が悪くなっていったのは、祖父が亡くなり、急に家が貧乏になったせいだ。
元々両親は世事に疎く、また、子どもに目配りなどできない人物だった。
兄は優しかったが、アレクサンドラが来てからは当然妻が大事だ。子どもが生まれたら、もちろんそちらが最優先である。
使用人も一人去り、二人去り、両親は貴族然としているだけだし、子どもが三人もいるアレクサンドラに無理は言えない。勢いフィオナもある程度はアレクサンドラを手伝ったが、アレクサンドラはなかなか気難しく、フィオナのやり方が気に入らないと言うので、それ以外の時間は図書室に閉じこもるようになってしまった。
彼女は自分でどうにかすることが出来なかったのだ。
「結婚して、そして、ここの女主人になって欲しい」
フィオナはうなずいた。この館は昔はもっとキラキラしていて、幼いフィオナは素晴らしい館だと思っていた。
今は少し古びてしまっているけど、あの時のままだ。
これが全て彼女のものになるのだ。
「ここで遊んでいたあの頃、私は幸せだった。また、戻れたのね」
しかし、セシルは、真面目な顔をして否定した。
「同じ幸せじゃないよ」
「え?」
「同じ愛じゃないからさ」
フィオナは怪訝な顔をした。恋人は幸せを否定してくる。今さっき、幸せにすると言ったばかりではないか。
セシルはガタンとイスから立ち上がった。
そしてソファに座っているフィオナの横に腰かけた。そして両手を取った。フィオナの手は自由にならない。
「昔はかわいい女の子を見るとキスしたくなったんだけど」
見る間にフィオナは赤くなっていった。
「今は、きれいな女性を見ると、自分のものにしたくなる」
所有物? どういう意味でしょうか。フィオナは完全にのぼせ上った。何をどうしたいのか、何を指しているのか、意味は分からなくても、きっと、彼女が訳が分からなくなるくらい、動転してしまう事柄だろう。もうすでに顔が近すぎる。
「自分だけのものに。そして、あなたにも、同じ気持ちを持って欲しくて……」
セシルの目はなんて美しいんだろう。そして引き込まれるようだ。でも、今みたいに見つめられていると、恥ずかしくて居ても立ってもいられない。
「昔は赤くならなかったでしょ? でも、今はドキドキしている、ほらわかる?」
セシルが彼女の手を彼の胸に押し当てた。止めて、止めて、止めて。どうしよう。
「子供の頃は触っても平気だった。今は違う。そして……」
セシルがキスした。
「いや?」
顔を背けたくても、しつこく覗き込んでくる。
「お願い。一言でいいから、好きだと言って」
「……恥ずかしいわ、そんなこと」
「好きだよね? 結婚してくれるって言ったよね? 言えないなら頷いて?」
無理矢理、強奪する言質だった。
「言ってくれないと、信用できない。我慢できない」
何回も押し問答をして、フィオナからいくつかの言葉を聞きだしたセシルはとても嬉しそうな顔をした。
「好きだよ、フィオナ。絶対に手放さない」
それから、いつもの悪人面に戻った。
「ジャックがそばに寄ってきたら、殺してやるからそのつもりで」
「え?」
唐突に過激な発言が出てきて、フィオナは驚いた。セシルは唇を歪めて笑った。
「こっちが仕事に追い回されて、時間がないことをいいことに伯爵家へ出入りして、勝手に話を進めやがった。僕が伯爵家へ行ったら、追い返されたよ」
なんてことだ。
「君には、もう、婚約者がいるってさ」
セシルの目が憎々しげに光った。
「そう言われた。そして、追い返された」
ふざけるな。
セシルは思った。
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