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第24話 修羅場(ジャック編)
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「グレンフェル侯爵は、よく存じ上げておりますわ」
フィオナが静かに口を挟んだ。
この時になって初めてフィオナは、周り中の人々が全員、彼女に注目していることに気がついた。
みんなが、彼女を見ている。
ジャックは話し始めたフィオナを呆然と、セシルは冷然と、クリスチンと仲間たちは燃えるような好奇心で、見つめていた。
「グレンフェル侯爵は、幼なじみでございます。小さい頃、よく一緒に遊びましたの」
彼女は説明した。
ジャックは凍り付いたようだった。
彼はもちろんそんなことは知らなかった。
モンゴメリ卿に紹介された時、彼女はおどおどしながら知り合いは誰もいないと言っていた。
ここで、彼が彼女を紹介したら、彼こそがフィオナ嬢の最も親しい知り合いと認識されるはずだったのだ。
フィオナは、それを感知して、幼なじみという当たり障りのないワードで逃げたのだ。
クリスチンが笑い声をあげた。
「まあ、それではここは感動の再会の場となったわけですのね?」
面白そうな表情を浮かべたグレンフェル侯爵はクリスチンに向かって言った。
「アレンが悪いのですよ。今日は有名なクリスチン・パーシヴァル嬢のパーティに行くんだが、急な欠席者が出てどうしても人数が足りない。お前のような朴念仁でも構わないから出て来いと説きつけられたのですよ」
彼は口元を緩め、クリスチンに向かって言った。
「アレンの切実な頼みで、ここまで来たのですが、嬉しい驚きでした。こんなに美しいお嬢様方や令夫人ばかりがそろった場所だとは思っていませんでしたから」
そう言うと、自然で愛想の良い微笑みを浮かべたまま、クリスチンたちの顔を見つめた。
女性陣は興味ありげに彼を見たし、男性たちも普段は冷然としている侯爵の愛想の良さに興味をそそられたようだった。
「私が唯一知っている女性はフィオナ嬢だけ。ほかの方々をご紹介いただけませんか?」
話ははずみ、男たちもグレンフェス侯爵が見た目と違って、どんな話題にでも熱心についてきて、何よりちっとも高ぶらない好青年だということを発見して驚いた。
軍人出身というと、文人や商人を軽く見る傾向があった。
「しかも侯爵家のご当主ともなれば、我々のような商家の出とはわけが違います」
高い貴族の身分の者が聞けば畏敬の念を表す言葉であり、聞く者が聞けばある種の侮蔑の言葉だった。
「これからの世の中、領地経営だけで暮らすことなんか不可能ですから」
グレンフェル侯爵の言葉は真実だった。
この場にいる誰もがそれは良く分かっていた。みんな商家の出だったからだ。貿易や製造、そう言ったことで生きていた。旧態依然とした領地経営に縋って生きているはずの侯爵家にそれを言われると、彼らはとても意外に感じ……そして、侯爵に好意を感じた。
話の分かる男である。
「俺の言った通りだろう。セシルは爵位を鼻にかけたつまらん貴族じゃない」
アレンは、声高に言った。
初参加のフィオナより、グレンフェル侯爵の方が、がぜん人気になってしまって、彼は女性からも男性からも話しかけられていた。
「幼なじみだったの?」
ジャックはフィオナに尋ねた。ジャックが知らないフィオナの話。
ジャックは、フィオナのすべてを知りたかった。誰よりも彼女のことに詳しい男でありたかった。
「おい、ジャック」
マークが話かけてきた。
「フィオナ嬢を紹介してくれよ」
ジャックはいやな顔をした。それがバレたらしい。マークが大声で笑い出した。
「独占欲! そういったところかな? 今から、それでは先が思いやられるね? 先は長いんだ。それに、フィオナ嬢は、社交界にもっと慣れなきゃ」
修道院は何処へ……
フィオナは、マークに力なく微笑みかけた。
だが、それを見たマークの方はなにか感動したらしかった。
「なかなか落ち着いたお嬢さんだねえ! グレンフェル侯爵と知り合いなの?」
それは聞かないで欲しい。
「……彼の亡くなった兄と婚約していました」
フィオナは小さな声でマークとジャックに告げた。
「…ッ……」
これは、聞いてはいけない事情だった。
「…あ、ああ。ええと、幼なじみなんだね」
グレンフェル侯爵家は、立派な名門で、当主は貴族院に所属して有能と言われている。そんな人物に面と向かって、何年も前の事件の話を蒸し返す必要は全くなかった。マークはあわてて話題を変えた。
「最近、そう、そう言えば……どこかのダンスパーティーで一緒に踊ったとか……」
そう。モンゴメリ卿は、マークにその時の経緯をおもしろおかしく話してくれたが、同時に多少、怒ってもいた。
『フィオナ嬢を手放さないんだよ。もう、我物と言わんばかりにね。私みたいないい歳した、安全な紳士にすら相手を替わらないんだよ。ちょっとルール違反だろう。婚約している訳でもあるまいし』
モンゴメリ卿が安全な紳士かどうかは疑問が残るし、いい歳をしたおっさんが若い娘と踊りたがるのは、安全でない証左のような気さえするが、マークが思い出したのは次の言葉だった。
『ま、気に入ったってことだろうね。結構な剣幕だったよ。本気なのかね』
「こないだモンゴメリ卿に会ったんだが……そうだ、その時、フィオナ嬢とグレンフェル侯爵が……」
ジャックは、嫌なことを思い出したらしい姉の悪友を睨みつけた。
ジャックの顔が目に入ったマークは黙った。
「はい。ダンスのお相手をしてくださいました」
フィオナ嬢は素直に説明してくれたが、これはまずい。
ジャックは本気なんだ。なんてことだ!
マークは冷や汗をかいた。
彼は何も考えないで恒例のクリスチンのパーティに参加したのだ。ジャックが参加することも、グレンフェル侯爵が参加するとも知らなかった。フィオナの参加だって、全然知らなかった。
彼はある一点では、フィオナと全く同意見になった。
なんなんだ、この修羅場は……!
誰が主犯なのか、すぐにわかった。
絶対にクリスチンである。
この手の、見ているだけなら、もしかするとおもしろいかもしれない修羅場を、心底面白がって開催する度胸と趣味を持ち合わせている人物にほかに心当たりはない。
この趣味さえなければ、マークはとっくの昔にクリスチンと結婚しているはずだった。
今回はグレンフェル侯爵家と事を構える気なのか。
もう、慣れてしまったが、なんだってこんなにお騒がせなんだ!
しかも、クリスチンと侯爵は、まるで昔からの親友のように仲良く語らっていた。
二人はソファに座り、話は弾んでいるようで、ちょうど侯爵が何か言ってクリスチンが思わず声を立てて笑ったところだった。
侯爵も笑顔で、まんざらでもない様子でクリスチンを見ている。
ここ数年、クリスチンのことは考えないようにしていた。なにか聞いても、またあのジャジャ馬がと思っただけだ。
恐ろしく活動的だが、一方で、深入りした男の話を聞いたことがない。
多分、男の方が逃げてしまったか、クリスチンが本気じゃなかっただけだろう。
しかし、今、ソファに座っている二人は、見れば見るほどお似合いだった。
輝くような金髪の巻き毛が華やかな美女と、たくましく大柄な黒髪の男。
侯爵の顔を誉めないのは、マークだって、自分のことを顔は整っていると思っているからだ。人からもそう言われている。
だが、正直、下手をするとグレンフェル侯爵には、この点でも敗北するかも知れなかった。鼻梁のすっとした鼻、薄くて酷薄そうな感じさえするが形の良い唇、目は表情が良く変わり、クリスチンの言葉一つに笑いを含んだり興味を浮かべたり、多弁だった。黙って居れば猛禽類を連想させるような鋭い感じを受ける美貌の男だったが、話すと魅力的だった。
クリスチンの好みを熟知しているだけに、初めてマークは危機感を募らせた。
横を見ると、不安そうな表情で、食い入るようにその二人を見ている人物がいた。
フィオナである。
さらにその横を見ると、その不安そうな表情をとても不愉快そうに見守っている人物がいた。
ジャックである。
最近のクリスチンのやらかした様々なイベントの中でも、今夜のこれは、なかなかのクリティカルヒットだ、とマークは考えた。
「どうして今晩はここに来たの?」
マークはフィオナに聞いてみた。聞かなくてもわかっているような気はしたが。
「あの、先日、フィールズ夫人のサロンでクリスチン様にお目にかかって、その後ご招待いただいたんですの」
「「誰が来るか知っていたのですか?」」
うっかり二人が声をそろえた。
「いいえ。全然」
なるほど。こっちは、わかった。
「ジャック、君は? なぜ、今晩、ここに来たの?」
ジャックは、マークの顔を見て言った。
「それをここで聞くんですか?」
「ああ、ごめん。大体わかった」
ジャックのブスッとした表情を見てあわててマークは言った。どうせクリスチンが誘ったのだろう。恐ろしい晩だ。次は何が起きるのだろう。
その時、ジャックが動いた。
フィオナが静かに口を挟んだ。
この時になって初めてフィオナは、周り中の人々が全員、彼女に注目していることに気がついた。
みんなが、彼女を見ている。
ジャックは話し始めたフィオナを呆然と、セシルは冷然と、クリスチンと仲間たちは燃えるような好奇心で、見つめていた。
「グレンフェル侯爵は、幼なじみでございます。小さい頃、よく一緒に遊びましたの」
彼女は説明した。
ジャックは凍り付いたようだった。
彼はもちろんそんなことは知らなかった。
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フィオナは、それを感知して、幼なじみという当たり障りのないワードで逃げたのだ。
クリスチンが笑い声をあげた。
「まあ、それではここは感動の再会の場となったわけですのね?」
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「アレンが悪いのですよ。今日は有名なクリスチン・パーシヴァル嬢のパーティに行くんだが、急な欠席者が出てどうしても人数が足りない。お前のような朴念仁でも構わないから出て来いと説きつけられたのですよ」
彼は口元を緩め、クリスチンに向かって言った。
「アレンの切実な頼みで、ここまで来たのですが、嬉しい驚きでした。こんなに美しいお嬢様方や令夫人ばかりがそろった場所だとは思っていませんでしたから」
そう言うと、自然で愛想の良い微笑みを浮かべたまま、クリスチンたちの顔を見つめた。
女性陣は興味ありげに彼を見たし、男性たちも普段は冷然としている侯爵の愛想の良さに興味をそそられたようだった。
「私が唯一知っている女性はフィオナ嬢だけ。ほかの方々をご紹介いただけませんか?」
話ははずみ、男たちもグレンフェス侯爵が見た目と違って、どんな話題にでも熱心についてきて、何よりちっとも高ぶらない好青年だということを発見して驚いた。
軍人出身というと、文人や商人を軽く見る傾向があった。
「しかも侯爵家のご当主ともなれば、我々のような商家の出とはわけが違います」
高い貴族の身分の者が聞けば畏敬の念を表す言葉であり、聞く者が聞けばある種の侮蔑の言葉だった。
「これからの世の中、領地経営だけで暮らすことなんか不可能ですから」
グレンフェル侯爵の言葉は真実だった。
この場にいる誰もがそれは良く分かっていた。みんな商家の出だったからだ。貿易や製造、そう言ったことで生きていた。旧態依然とした領地経営に縋って生きているはずの侯爵家にそれを言われると、彼らはとても意外に感じ……そして、侯爵に好意を感じた。
話の分かる男である。
「俺の言った通りだろう。セシルは爵位を鼻にかけたつまらん貴族じゃない」
アレンは、声高に言った。
初参加のフィオナより、グレンフェル侯爵の方が、がぜん人気になってしまって、彼は女性からも男性からも話しかけられていた。
「幼なじみだったの?」
ジャックはフィオナに尋ねた。ジャックが知らないフィオナの話。
ジャックは、フィオナのすべてを知りたかった。誰よりも彼女のことに詳しい男でありたかった。
「おい、ジャック」
マークが話かけてきた。
「フィオナ嬢を紹介してくれよ」
ジャックはいやな顔をした。それがバレたらしい。マークが大声で笑い出した。
「独占欲! そういったところかな? 今から、それでは先が思いやられるね? 先は長いんだ。それに、フィオナ嬢は、社交界にもっと慣れなきゃ」
修道院は何処へ……
フィオナは、マークに力なく微笑みかけた。
だが、それを見たマークの方はなにか感動したらしかった。
「なかなか落ち着いたお嬢さんだねえ! グレンフェル侯爵と知り合いなの?」
それは聞かないで欲しい。
「……彼の亡くなった兄と婚約していました」
フィオナは小さな声でマークとジャックに告げた。
「…ッ……」
これは、聞いてはいけない事情だった。
「…あ、ああ。ええと、幼なじみなんだね」
グレンフェル侯爵家は、立派な名門で、当主は貴族院に所属して有能と言われている。そんな人物に面と向かって、何年も前の事件の話を蒸し返す必要は全くなかった。マークはあわてて話題を変えた。
「最近、そう、そう言えば……どこかのダンスパーティーで一緒に踊ったとか……」
そう。モンゴメリ卿は、マークにその時の経緯をおもしろおかしく話してくれたが、同時に多少、怒ってもいた。
『フィオナ嬢を手放さないんだよ。もう、我物と言わんばかりにね。私みたいないい歳した、安全な紳士にすら相手を替わらないんだよ。ちょっとルール違反だろう。婚約している訳でもあるまいし』
モンゴメリ卿が安全な紳士かどうかは疑問が残るし、いい歳をしたおっさんが若い娘と踊りたがるのは、安全でない証左のような気さえするが、マークが思い出したのは次の言葉だった。
『ま、気に入ったってことだろうね。結構な剣幕だったよ。本気なのかね』
「こないだモンゴメリ卿に会ったんだが……そうだ、その時、フィオナ嬢とグレンフェル侯爵が……」
ジャックは、嫌なことを思い出したらしい姉の悪友を睨みつけた。
ジャックの顔が目に入ったマークは黙った。
「はい。ダンスのお相手をしてくださいました」
フィオナ嬢は素直に説明してくれたが、これはまずい。
ジャックは本気なんだ。なんてことだ!
マークは冷や汗をかいた。
彼は何も考えないで恒例のクリスチンのパーティに参加したのだ。ジャックが参加することも、グレンフェル侯爵が参加するとも知らなかった。フィオナの参加だって、全然知らなかった。
彼はある一点では、フィオナと全く同意見になった。
なんなんだ、この修羅場は……!
誰が主犯なのか、すぐにわかった。
絶対にクリスチンである。
この手の、見ているだけなら、もしかするとおもしろいかもしれない修羅場を、心底面白がって開催する度胸と趣味を持ち合わせている人物にほかに心当たりはない。
この趣味さえなければ、マークはとっくの昔にクリスチンと結婚しているはずだった。
今回はグレンフェル侯爵家と事を構える気なのか。
もう、慣れてしまったが、なんだってこんなにお騒がせなんだ!
しかも、クリスチンと侯爵は、まるで昔からの親友のように仲良く語らっていた。
二人はソファに座り、話は弾んでいるようで、ちょうど侯爵が何か言ってクリスチンが思わず声を立てて笑ったところだった。
侯爵も笑顔で、まんざらでもない様子でクリスチンを見ている。
ここ数年、クリスチンのことは考えないようにしていた。なにか聞いても、またあのジャジャ馬がと思っただけだ。
恐ろしく活動的だが、一方で、深入りした男の話を聞いたことがない。
多分、男の方が逃げてしまったか、クリスチンが本気じゃなかっただけだろう。
しかし、今、ソファに座っている二人は、見れば見るほどお似合いだった。
輝くような金髪の巻き毛が華やかな美女と、たくましく大柄な黒髪の男。
侯爵の顔を誉めないのは、マークだって、自分のことを顔は整っていると思っているからだ。人からもそう言われている。
だが、正直、下手をするとグレンフェル侯爵には、この点でも敗北するかも知れなかった。鼻梁のすっとした鼻、薄くて酷薄そうな感じさえするが形の良い唇、目は表情が良く変わり、クリスチンの言葉一つに笑いを含んだり興味を浮かべたり、多弁だった。黙って居れば猛禽類を連想させるような鋭い感じを受ける美貌の男だったが、話すと魅力的だった。
クリスチンの好みを熟知しているだけに、初めてマークは危機感を募らせた。
横を見ると、不安そうな表情で、食い入るようにその二人を見ている人物がいた。
フィオナである。
さらにその横を見ると、その不安そうな表情をとても不愉快そうに見守っている人物がいた。
ジャックである。
最近のクリスチンのやらかした様々なイベントの中でも、今夜のこれは、なかなかのクリティカルヒットだ、とマークは考えた。
「どうして今晩はここに来たの?」
マークはフィオナに聞いてみた。聞かなくてもわかっているような気はしたが。
「あの、先日、フィールズ夫人のサロンでクリスチン様にお目にかかって、その後ご招待いただいたんですの」
「「誰が来るか知っていたのですか?」」
うっかり二人が声をそろえた。
「いいえ。全然」
なるほど。こっちは、わかった。
「ジャック、君は? なぜ、今晩、ここに来たの?」
ジャックは、マークの顔を見て言った。
「それをここで聞くんですか?」
「ああ、ごめん。大体わかった」
ジャックのブスッとした表情を見てあわててマークは言った。どうせクリスチンが誘ったのだろう。恐ろしい晩だ。次は何が起きるのだろう。
その時、ジャックが動いた。
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