【完結】貧乏伯爵令嬢は男性恐怖症。このままでは完全に行き遅れ。どうする

buchi

文字の大きさ
上 下
23 / 57

第23話 パーシヴァル家の夜会

しおりを挟む
フィオナは、乗り気ではなかった。

だが、断るだなんてもちろん許されない。

今回ばかりは兄のアンドルーが周りをうろちょろして、アレクサンドラに怒鳴られていた。

「さあ、あれは放っておきましょう」

マルゴットは冷然と、夫婦げんかには取りあわなかった。
「そんな暇はございません」



あのジャックの姉の家……。

来てよかったのか。

ジャックは何かの拍子に姉とは不仲だと宣言していた。姉の主催する会には出たことがないと言っていた。
それに、ジャックは本宅に両親と住んでいるはずで、この瀟洒なアパルトマンにはクリスチンと叔母が(まるで存在感がないと言われている父方の叔母が)一緒に住んでいるだけのはずだった。

小さな夜会にふさわしい、しゃれた感じだが派手ではないドレスに身を包んで、フィオナはクリスチンの元を訪れた。

内装もモダンで、凝った感じのアパルトマンだった。
女が女の家を訪ねるのだから、気を遣う必要はないのだが、あまりよく知らない社交界の女王を訪問するのはやはり緊張した。


「よく来てくださったわね」

クリスチンは心底嬉しそうだった。
何がそんなにうれしいのかわからない。

「久しぶり」

傍らから声を掛けてきた男性に、フィオナは死ぬほどびっくりした。

ジャックだ。

一瞬、嵌められたと思った。


「姉の会にはほとんど出ないんだけど、今回は、姉があなたを招待したと聞いたので」

驚きが顔に出てしまったらしい。

「そんなにビックリしないで」

ジャックはむしろ申し訳なさそうに言った。

そして、次から次へと招待客を招き入れているクリスチンのそばから彼女を連れて奥へ入った。

「これは、姉の計画なんだよ。あなたを呼んだって言うから、ぼくとしては……」

ジャックは、ちょっと言いよどんだ。
それから、少し笑顔を見せて、

「ぼくとしては参加しないわけにはいかなかった。だって、姉の友達にプロポーズされたら大変でしょ?」

そんなわけがない。
初対面の男性からプロポーズしてもらえるくらいなら、これまでのフィオナの努力はなんなんだ。
だが、ジャックの言葉の意味はそこが問題じゃないし、フィオナだって、わかっていた。

返事に困る。


フィオナがジャックから視線を逸らし、恥ずかしそうにうつむいてしまったのを見て、ジャックは満足そうだった。

『うまいことやってるじゃない』

少し離れたところから観察していたクリスチンはニヤリとした。

ニヤリとしたクリスチンを、すぐそばで観察していた男友達のマックは言った。

「クリスチン、今度はどんな悪だくみを考えてるの?」

「あら、いやだ。悪だくみだんて、人聞きの悪い」

マックはロックフィールド家の一族で、クリスチンの男友達の一人だった。パーシヴァル家が霞んでしまいそうな大富豪の一族で、ヨーロッパ一円に海運と保険業で莫大な資産を持っていた。

もしかしたら、昔、彼の一族の誰かがそれなりの爵位をどこかの王族からもらったことがあるのかも知れなかったが、誰も思い出そうともしなかった。それより、彼らの資産や商売の方が重要だった。

「じゃあ、何かおもしろいことって、言い直そうか?」

「いやだわ、そんな言い方。わたくし、弟の恋路を応援してるだけよ」

「へええ?」

マックはジャックとフィオナの方を見た。

とても初々しいカップルだ。

「かわいい子だね?」

「十六歳ですって。伯爵家の令嬢よ。とても、貧乏なんですって」

思わずマークは興味を持った。

広大すぎる領地や偉容を誇る自宅の維持費を捻出しかねて苦しい暮らしを重ねている誇り高い、付き合いづらい、醜いと言ってもいい貴族連中をマックはたくさん知っていた。
数世紀も前から、貸金業などで財をなし、下手をすると貴族より古い家系のロックフィールド家なのに、爵位を生きるプライドにしている連中から成金だのとあてこすりを言われるのにはムカついていた。

だが、フィオナ嬢からは、そんなこだわりや誇りは微塵も感じられなかった。

ただの育ちの良い令嬢である。栗色の髪とありふれた青い目の地味で目立たない娘だが、可愛らしくて落ち着いた雰囲気だった。


「あの、今日は何人くらいお客様が見えられますの?」

フィオナが少し心配そうにジャックに尋ねた。

「まだ、全員そろってないけど、8人くらいかな。そのうち一組は結婚している。ご主人は海軍の人だ。それと姉の男友達が一人新しく自分の友達を連れて来るって言っていたよ」

数えてみると、すでに女性は4人いる。もしその新しい友達とやらが男なら、男女の数を合わせているわけだ。このパーティはどんな意味があるのだろう。もしかすると、自分とジャックの為だろうか。

フィオナは冷や汗をかいた。このままいろいろと既成事実化されてしまうのか。既婚者を混ぜるのは会を穏やかに見せかけるためにはいい方法だろう。

「こういう会での作法はわからなくて。わたくし、クリスチン様のお友達に御挨拶しなくていいのでしょうか」

「僕が紹介しよう。僕だって、彼らを知らないわけじゃないし」

それではまるで、ジャックの婚約者のような扱いになる。だが、ジャックは堂々としていた。

そこへちょうど、クリスチンの最後のお客が、初めてここに来たと言う友人を連れて入ってきた。

「まあ、グレンフェル侯爵! ようこそお越しくださいました!」

フィオナは目が点になった。

「ああ、グレンフェル侯爵が見えられたようだね」

ジャックの声は冷静で、しかも彼女を片手でグッと引き寄せた。

「皆さんに、あなたを僕が紹介しよう」




世の中には、修羅場と言う言葉がある。

フィオナは、不意に思い出した。

これを修羅場と言わずして、いつを一体修羅場と言うのだろう。そして、誰得?

にこやかなジャックとにこやかなクリスチン、そして……ものすごく恐る恐る顔をあげると、そこには苦虫を噛み潰したようなセシルがいた。


とは言え、セシルの顔の表情が読み取れるのは、フィオナくらいのものである。
他の者には、いつもと同じ冷然とした表情に見えた。

フィオナはジャックの顔色も盗み見ないではいられなかった。

どうする?これは?

そして、どういうつもりなの?ジャック?

ジャックは、普通の表情をしていたけれど、フィオナには、彼が緊張しているのがわかった。
だが、何も表には表れていない。

そして、クリスチンと目があった。
彼女がフィオナを見るのはある程度は当たり前だ。この、クリスチンの知り合いだらけの場に、縁もゆかりもないフィオナをわざわざ呼んできたのだから、当然、招待主としてフィオナに気を配らなければいけない。
だが、フィオナを見るクリスチンの目の中には、何か、とても面白がっているような雰囲気があった。
口元が楽しそうに微笑んでいる。

楽しいのか!?

これが?!

ジャックが、冷然と紹介し出した。
「グレンフェル侯爵、フィオナ嬢をご紹介ましょう……」

フィオナは必死で頭を働かせた。
このままだと、ジャックの恋人扱いされてしまう。
そして、わずか8人だが、社交界で名だたるクリスチン嬢のお友達は、それぞれの知人、知り合いにジャックに恋人が出来たと話して歩くのではないだろうか?

まずい。
いや、嫁入り先が確定したのか? それならそれでいいのか? 目的を達成したわけであって、正直、誰でもいいからもらってくれる人を探してくるようにって……

グレンフェル侯爵、セシルの顔を見ると、目的達成が不純な目的に思えてきた。

なんだか。単なる結婚相手探しが微妙に変化して、レベルがどんどん上がっていく……
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

元カレの今カノは聖女様

abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」 公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。 婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。 極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。 社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。 けれども当の本人は… 「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」 と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。 それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。 そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で… 更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。 「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

これでお仕舞い~婚約者に捨てられたので、最後のお片付けは自分でしていきます~

ゆきみ山椒
恋愛
婚約者である王子からなされた、一方的な婚約破棄宣言。 それを聞いた侯爵令嬢は、すべてを受け入れる。 戸惑う王子を置いて部屋を辞した彼女は、その足で、王宮に与えられた自室へ向かう。 たくさんの思い出が詰まったものたちを自分の手で「仕舞う」ために――。 ※この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...