【完結】貧乏伯爵令嬢は男性恐怖症。このままでは完全に行き遅れ。どうする

buchi

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第15話 マルゴット、ゴミを捨てる。そして説教する

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ピアから伯爵家に戻ったフィオナに、一家は彼女が釣りあげた獲物の大きさに呆然としていた。

「これは、持参金を積まないと……」

「他家からの風当たりが……」

マルゴットだけが平然としていた。


フィオナはと言えば……冷静だとか恋愛感性が低いとか、男性恐怖症だとか言うのは、大ウソの大間違いだと言うことが判明した。



彼女は部屋に閉じこもり、赤くなったり青くなったりしながら、あの晩のものすごい展開を回想していた。

あのあと、彼は彼女を離さなかった。ずっと一緒にいた。
モンゴメリ卿や、ジャックも見たような気がするが、気のせいだったかも知れない。
「名前を呼んで。セシルだよ。セシル・ルイス」
耳元で、グレンフェル侯に囁かれると、耳から溶けていきそうだった。
それから、どうも、大勢の令嬢や令夫人、いろんな人たちから、ものすごく冷たい目線を浴びたような気がするが、この辺の記憶も定かでない。

すべて、セシルに注意が集中していた。

夢うつつで、ピアから自宅へ戻ったが、その間ずっとマルゴットのじっとりした視線を浴び続けていた。



しかも、帰ってきて早々にフィオナはエドワードの訪問を受けた。

客間に通されたエドワードは、明らかに怒っていた。

ビビったフィオナがマルゴットを伴って、部屋に入ると、マルゴットに無礼な一言を投げつけて部屋から出ていかせた。

マルゴットの反応が不安だったが、さすがはマルゴット、平然として出て行った。


そして、二人きりになった客間でエドワードは憤然と言い出した。

「じゃあ、言い訳を聞こうか」

「言い訳?」

「裏切った言い訳だ。仕方ない。聞いてやろう」

裏切って、ということはなにか約束でもしたと言うことだろうか。

「アンドルーが、何かお約束したのですか?」

フィオナは尋ねた。

「いや。そうではない」

「では、誰と何の約束をしたのですか?」

エドワードは完全に怒った目つきになり、フィオナはこれはダメだと悟った。
彼女はアンドルーとアレクサンドラとマルゴットを大急ぎで呼び出した。自分一人では無理である。女を相手にするとエドワードは逆にヒートアップする傾向がある。

三人が瞬時にやってきたところを見ると、三人ともドアの外で聞き耳をたてていたに相違ない。いくらなんでも来るのが早すぎる。

「いや、ダンスを踊ってほしいと頼んだのだよ。最初に出たメレル家のパーティの時にね」

客間に詰め込まれて、アンドルーは弁解を始めた。大汗をかいている。

「兄などが友人に頼むことはよくある。誰からもダンスを申し込んでもらえないと、後々悪印象だからね」

「ダンスは踊ったのですか?」

アレクサンドラが聞いた。

「いいえ」

フィオナが答えた。

「じゃあ、何の話? 裏切りって」

「ピアで別の男と踊っていたのですよ。臆面もなく」

エドワードは気色ばんで説明し始めたが、アレクサンドラは眉根を寄せた。

「臆面もなく? あなたはアンドルーに頼まれたダンスの相手をしなかったのよね?」

頭、湧いてるのかとアレクサンドラは思い、さらに続けた。

「高い花を送りましたよ。フィオナ嬢がこの上なく喜んでくれました」

一同、暗くなった。社交麗辞が意味をなしていない。高い花を送ったと本人に向かって言うとは、礼儀のかけらもない。

気を取り直してアレクサンドラが解説した。

「ピアへはダンスをしにいってるんだから、踊って当たり前でしょう。それにあなたはピアへ行くと伝えていなかったのですよね?」

「予定になかったから」

「一体なんで突然ピアなんか行ったんだ。高いのに」

アンドルーが聞いてもエドワードは返事をしなかった。口ごもった。

「フィオナはあなたと、何の約束もしていないのだから、裏切りとは不適切な言い回しですね。そもそも会ったことがあるのも数回程度。アンドルー様にダンスの相手をして欲しいと頼まれたけれどしなかった。あなたは何の権利もない。それなのに裏切りって、なんのことですか?」

最後に、エドワードを部屋から連れ出し、屋敷の外に見送ったのは、鬼のような顔つきをしたマルゴットだった。エドワードはマルゴットにも無礼なことを言ったのだから、どんな顔をされても仕方がない。


「あの方は要りません」

まるで生ゴミ捨てが終わってせいせいした時のような顔付きで、マルゴットはアンドルーに宣言した。

「それから、あの方が今後、社交界でフィオナ様の悪口を言って歩いたら、アンドルー様が改善を図ってくださいませ」

アンドルーはそうすると約束した。

「逆にフィオナにヘンな虫を付けてしまったようだ。人選を誤った」

「女性の話になると、人が変わったようになる方がたまにおられますが、あの方の話は社交界では誰にも信用されますまい。フィオナ様の評判は、かなりいいものだと思います」

アレクサンドラとアンドルーは、少し驚いてマルゴットの顔を見た。

「フィオナ様は頑張られました。モンゴメリ卿の気に入りになられたのです。なかなか大したものです」




次に来たのは、ジャックからの手紙だった。
さすが、ジャックは文章がうまかった。うっかり、フィオナがうっとりしたくらいだ。

「これは、どうしたらいいの? マルゴット?」

「これは保険です」

マルゴット、言い切った。

「グレンフェル侯爵がダメだった場合の」

フィオナが崩れ落ちた。

「ダメになりたくない」

「フィオナ様」

マルゴットが言った。

「それなら、がんばりなさい。侯爵にふさわしいように」

フィオナは飛び起きた。
「ふさわしいように、とは?」

「ピアの最後の舞踏会のお話は聞きました。侯爵様は、余程フィオナ様が気に入ったのでしょう」

フィオナは一瞬、天にも昇る心地だった。

だが、直ぐに不安になった。自己評価が低いのである。しかも、なんにでも理由を求めたがる性格なのだ。恋に理由はない。

「コレ、ダメになるんじゃ……」

凄い美人だったらなあと思う。侯爵はイケメンだ。フィオナごときでは誰も納得しないのではないかと、心の底から世間に同意してしまう。

「フィオナ様、今度ばかりはあなたが頑張らないと、結婚までこぎつけられません。侯爵さま、お一人が頑張っても、あなたが心の支えにならないといけません。あなたの正念場でございます」

珍しくマルゴットが真剣にフィオナにそう言った。

「どういうこと?」

「侯爵様は、世の中を良く分かっていらっしゃるのです。この伯爵家と侯爵家の結婚は、不自然とまではいかないまでも、結婚するメリットが見えません。結婚する理由はただひとつ、二人が愛し合っているからです」

「そ、そんなあ……」

フィオナは思わずデレたが、マルゴットに厳しく叱られて、正気に戻った。

「あなたは、侯爵に夢中ですが、本当に愛しているのですか?」

本当に愛している? 本当の愛とは?

「いいですか? 侯爵は、ピアであなたを誰にも渡しませんでした。侯爵は大人です。ずっとあなたを離さないでいるなんて、おかしな真似はしない方だと思います。でも、モンゴメリ卿に逆らってまで、あなたを手放さなかった」

フィオナはマルゴットの言葉に聞き入った。

「あなたに執着しているんだと見せつけたかったのだと思います。結婚したかったら、強い意志を周りに示さないとダメです。侯爵家は、ダーリントン家のフィオナ様と縁を結ぶくらいなら、もっと有利でメリットがある縁談がほかにあるでしょう。もう、すでに、何件かお申し込みがあるかもしれません」

それはいやだ。でも、あり得る。

「そ、そうですわね……それに、侯爵にとっては、ほかのもっと裕福で美しいお嬢様方と結婚された方がいいことなのかも知れない。私さえ、いなければ……」

一瞬、フィオナは大伯母の遺言を破って、遺産相続公表カードを切りたくなった。
侯爵にふさわしい娘になるために。

「あなたがそんなマイナス思考でどうするのです!」

マルゴットに一喝された。

「あなたは侯爵と結婚したい。そうでしょう?」

「はいッ!」

「今度はあなたが着飾って、自信満々で侯爵のそばに立つ番です。気合を入れておめかししましょうね。そして、おどおどきょときょとしないこと。いいですか? 人間、美貌や財産だけではないのです」

はて。ほかに何があるのだろう?

「あなたのおかあさまが、財産も身分もあったのに、社交界から締め出されているのは、機転が利かなかったからです。お父様が、どんどん没落していったのは、気力がなかったからです」

マルゴットは一息ついた。

「……と、大伯母様のジョゼフィン様は、おっしゃっていました」

「あ、はい」

「あなたに欠けているのは自信です。それと欲。なんでもあきらめてしまうのは悪い癖です。あなたはグレンフェル侯爵が欲しくないんですか? 努力しないんですか?」

フィオナはきちんと座りなおした。

「やります!」

金なんかに頼るもんか。

ああ、でも、この恋を失いたくない。
遺産相続を公表すれば……
でも、やっぱり、お金じゃない。自分を好きになってほしい。素のままの自分を。



前々からの約束の慈善パーティの夜がやって来た。

フィオナは珍しく濃い目の色のドレスを着た。肩を出し気味にしたところへマルゴットが大伯母のものだった真珠の豪華なネックレスを出してきてくれた。
美しく結われたつややかな髪に白い花を挿す。
鏡の中のフィオナは、それまでとは違う人のようだ。
可憐と言うよりも、落ち着いて静かな存在感のあるたおやかな女性だ。
そして、マルゴットが丹精込めて化粧してくれたおかげで、いつもよりずっと美人に見える。
戦闘準備完了だ。

「行ってまいります」
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