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第9話 ピアのボート遊び
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「おお、よく来てくれましたね!」
モンゴメリ卿は健在だった。
そして、彼のパーティには相変わらず多くの人達が集まっていた。
「お招き下さいましてありがとうございます」
フィオナはしとやかに礼を言った。
今回は二度目である。
昨夜、マルゴットから注意されている。
「モンゴメリ卿は、若い娘には必ず声をかけています。本気で結婚する気があるのかどうだかわかりません。念のために申し上げておきますが、いくらお金があっても正妻ではなく愛人なぞ、もってのほかです」
フィオナは、実は大伯母から莫大な遺産を受け取っている。
お金は、この際、問題にならない。
マルゴットは大伯母の遺言をどの程度知っているのかしらと気になったが、フィオナはうなずいた。
「でも、モンゴメリ卿の周りには、若い貴族のご子息が大勢おられます。卿は、なかなか粋な方で……」
確かにそうだった。周りの男性たちは、みなイケメンだった。イケメンと言っても、雰囲気イケメンとか顔だけイケメンとかいろいろ種類があるかもしれなかったが、モンゴメリ卿の周辺のイケメンは、顔はとにかくみな頭が良さそうな、愛想のいい若者だった。
むろん、取り巻きに令嬢たちもいる。どこかの令夫人と思しきご婦人もいるが、彼の周りの女性たちはみんな相当におしゃれだった。
フィオナは、自分のドレスが気になった。
これは、確かにアレクサンドラは一緒に来れない。
ここへ来た時、持って行くドレスの数に驚いたが、これだけ何回もパーティやピクニックに参加するとなると、数は確かに必要かもしれなかった。毎回、同じドレスを着て行くわけにはいかない。
アレクサンドラが一緒に避暑に来るとしたら、同数のドレスが必要になるが、どう考えても無理だろう。兄が悶死してしまう。
モンゴメリ卿は、フィオナをほれぼれと見つめた。
「なんと可愛らしい。アイボリーホワイトに明るい緑のリボン。夏のパーティにぴったりだ。おおい、ジャック!」
隙のない格好の若い男が、呼び止められてにこやかにやってきた。
「このお嬢さんをお任せする。楽しませてやってくれ。名前はフィオナ。ダーリントン伯爵令嬢だ。さあ、フィオナ、こちらはジャック。パーシヴァル男爵の息子で、家業の綿業の話を聞いてやってほしい。いくらでも喋るからね」
「こんな愛らしいお嬢さんが、綿業なんかに興味持つはずがないでしょう! モンゴメリ卿!」
そう言いながら、ジャックはやってきて、フィオナの手の先を拝した。
「ご機嫌よう。フィオナ嬢。せっかく、ああ仰っているので、私にここを案内させてください」
フィオナは、ジャックに手を取られて、ティーパーティの会場へ乗り込んでいった。
「私、初めてなもので、本当に申し訳ございません」
フィオナはうっかり謝った。こんなイケメンそうな、そして、フィオナにはよくわからないが、おそらく流行の最先端を走っているに違いない男に自分が案内されていいのだろうか。
「ジャック様、モンゴメリ卿はああ仰いましたが、今日は、ご予定がおありなのではありませんか? そこまでで、結構ですわ」
ジャックはフィオナをチラッと見た。
「あなたこそ、誰かとお約束があるのですか?」
フィオナは、笑い出した。
「とんでもございません。私など、どちら様も全く存じ上げません。きっと、どこかのテーブルにちょんと座って、お綺麗な方々を拝見させていただいて、喜んでいるだけですわ」
「お綺麗な……って、今、ここにいる中であなたが一番お綺麗ですよ?」
ジャックは、心を込めて言った。
「まあ、ありがとうございます」
「あそこのテーブルにつきましょう。少し、お話ししませんか?」
ジャックは、フィオナを席につかせ、しみじみ眺めた。
なにしろ、あのモンゴメリ卿が彼に紹介してよこしたのである。
モンゴメリ卿は、社交界のドンだった。
彼に気に入られれば、この世界で間違いはない。
フィオナはまったく知らなかったが、若い娘がデビューして、もし、モンゴメリ卿に気に入られたとすれば、これは儲け物とでもしか言いようがなかった。
彼は、大勢いる若い知り合いの誰かのうち、うまく合いそうな人間を引き合わせてくれるのだ。
もちろん、モンゴメリ卿がすべてを掌握しているわけではなかったが、少なくともチャンスだった。
ジャックはまだ若く、独身で大富豪の息子だったが、それ以上に気の利く頭のいい男で、モンゴメリ卿の気に入りだった。
彼は、社交界のドンが紹介してよこした若い娘をつくづく眺めた。
かわいらしい娘だった。もちろん、一番美人なのかと言われれば、そうではない。
人には好みがあるし、誰かを一番と決めることはむずかしい。
とは言え、十分に愛らしい。
もっと自信を持っていいのに、と思ったが。
彼女はちょっとキョトキョトしていたし、まったく社交界に不慣れな様子だった。
「モンゴメリ卿とは、どこで?」
「先日、野外パーティーに参加させていただきましたの。卿がダンスに誘ってくださって、今日もお誘いいただきました……」
美人に認定されるための絶対的に必要なもの、それは、自信である。
フィオナにはみごとに欠落している。
だが、モンゴメリ卿が再度彼女をティーパーティーに誘ったんだとすれば、彼女は自信を持っていい。
『なんでこんなに自己評価が低いんだろう。かわいいのに』
ジャックはフィオナをボート漕ぎに誘った。ボートは人気だった。暑い夏の日の戯れである。
何しろ、二人きりになれる。
フィオナは身軽だった。ジャックは先に乗り、手を取ってフィオナをボートにいざなった。
『きゃしゃで美しい。それに表情が明るい』
「ゆっくり漕ぎますからね。あなたに水をはねかしては大ごとだから」
ボートなんか乗ったことのないフィオナは物珍しそうにあちこちを眺めていたが、ジャックに言い出した。
「私でも漕げますかしら?」
「え?」
こんなことを言い出す令嬢は初めてだ。だが、ジャックは彼女を移動させ、横に座らせた。
ひっくり返らないように、ドレスの彼女を移動させるのは大変だった。
だが、彼女がやってみたいと言うのだ。
「オールはこうやって握って……」
「こうですか?」
「そう。こんな感じに引いて……」
フィオナの目がキラキラしてきた。
いや、本当に美しい。
彼女は、ジャックの舟に乗っているだけでは嫌だったのだろう。自分も手伝いたい、一緒に物事をやってみたかったのだ。
二人で力を合わせて漕ぐのは大変だった。
だが、楽しい。
本当に楽しい。
ぺちゃくちゃと漕ぎ方について話しながら、一生懸命オールを握る令嬢にジャックは、見惚れた。
だが、残念だが、適当なところで切り上げないといけない。
「日焼けしますし、明日にはあなたの手が腫れあがりますよ」
ジャックは、ずっとボートを漕いでいたかったが、令嬢の無謀を止めるのも男の役割だ。それに、お楽しみはボートだけではない。
涼しいところへ移って、冷たい飲み物とおしゃべりを楽しみたい。
ジャックは、この少女のことをもっと知りたくなった。
笑って、ジャックにいろいろと尋ねるフィオナは、本当にかわいらしく飽きなかった。
「間抜けなことは聞かない。一回聞いた話は一瞬で理解する」
ジャックは商人の一家だった。パーシヴァル家は莫大な富を築き、王家に貢献したため、祖父の代に叙爵した新興貴族に過ぎない。
父から、家にさらに箔をつけるために、より古い高貴の家から妻を求めなくてはならないと言われていたが、家柄ばかりを気にする高慢な貴族の娘には食傷気味だった。
フィオナは違った。
付け焼刃の爵位を下に見たりしない。
彼の話を熱心に聞き、ポイントを突いた質問を繰り出す。たとえ、それが全くの無知をさらすような質問だったとしても、ぼんやりから来る質問ではないことはわかる。
「あなたのことをお聞きしていいですか?」
だが、話を切り替えると、途端に彼女はうつむいてしまう。
ジャックが突っつくと彼女はポツリと言った。
「私は修道院に入ろうと思っていますの」
は?
「なぜ?」
説明しにくいことだ。それに、社交がメンドクサイので、戦う前から白旗だなんて言えるはずがない。自分から、器量が悪いからとも言いにくい。変人みたいだ(自分でも、変人ぽいなと言う認識はある)
この間5秒。
「皆さま、とてもお綺麗で、洗練されていて。でも、私はあまり、その、資産もありませんし。男の方が、苦手なものですから」
男の方が苦手って……。さっきまでペラペラ喋っていた、どの口が言うか……
「男性恐怖症ですか?」
ジャックはおもしろがって尋ねた。
「じゃあ、僕は男性ではないんですか?」
「あら」
フィオナは、真っ赤になった。
ジャックは、男っぽくない。
背も高くないし、たくましくもない。頭が良いことはすぐにわかった。服と会話のセンスは抜群だ。
男臭くないので、フィオナは比較的平気だったのだ。
「ええと、あの」
赤くなっている少女は、ジャックをひどく満足させた。
少女を真っ赤にさせたことについて、とても満足だったのである。
なかなかの逸材である。と、ジャックは考えた。
素直で頭も悪くない。文字通りまったくの処女地で、開拓のしがいがある。本人も言っているように、財産はないらしいが、旧家の伯爵家の令嬢だ。自分にはうってつけではないか。
ジャックは、滞在を延ばすことに決めた。
予定では、今日中に帰ることになっていて、今夜の舞踏会には出ないつもりだった。
「今夜の舞踏会には出席されますか?」
ジャックは、やさしくフィオナに尋ねた。
「ええ。そのつもりです」
「では…… 私のために時間を割いてください」
フィオナは、にっこりした。
「私にダンスを申し込む殿方なんか、おりません。壁の花も慣れていますので、お気遣いくださらなくても平気です」
なんじゃこりゃあ。
お気遣いでダンスを申し込んだんじゃない。
あなたとダンスをしたくて、申し込んだ男が目の前にいるじゃないか。
「では、あなたを独占しましょう。一晩中、お約束いただいたと喜んでおります」
なんだ?それは? フィオナは思った。
そうこうしているうちに、パーティも終盤近くなってきて、迎えの馬車がきた。マルゴットと、見慣れない女中が一緒だ。
「では、今夜」
「はい」
馬車に乗るのにも手を貸してもらい、フィオナは少々怪訝な気持ちながら、帰途についた。
モンゴメリ卿は健在だった。
そして、彼のパーティには相変わらず多くの人達が集まっていた。
「お招き下さいましてありがとうございます」
フィオナはしとやかに礼を言った。
今回は二度目である。
昨夜、マルゴットから注意されている。
「モンゴメリ卿は、若い娘には必ず声をかけています。本気で結婚する気があるのかどうだかわかりません。念のために申し上げておきますが、いくらお金があっても正妻ではなく愛人なぞ、もってのほかです」
フィオナは、実は大伯母から莫大な遺産を受け取っている。
お金は、この際、問題にならない。
マルゴットは大伯母の遺言をどの程度知っているのかしらと気になったが、フィオナはうなずいた。
「でも、モンゴメリ卿の周りには、若い貴族のご子息が大勢おられます。卿は、なかなか粋な方で……」
確かにそうだった。周りの男性たちは、みなイケメンだった。イケメンと言っても、雰囲気イケメンとか顔だけイケメンとかいろいろ種類があるかもしれなかったが、モンゴメリ卿の周辺のイケメンは、顔はとにかくみな頭が良さそうな、愛想のいい若者だった。
むろん、取り巻きに令嬢たちもいる。どこかの令夫人と思しきご婦人もいるが、彼の周りの女性たちはみんな相当におしゃれだった。
フィオナは、自分のドレスが気になった。
これは、確かにアレクサンドラは一緒に来れない。
ここへ来た時、持って行くドレスの数に驚いたが、これだけ何回もパーティやピクニックに参加するとなると、数は確かに必要かもしれなかった。毎回、同じドレスを着て行くわけにはいかない。
アレクサンドラが一緒に避暑に来るとしたら、同数のドレスが必要になるが、どう考えても無理だろう。兄が悶死してしまう。
モンゴメリ卿は、フィオナをほれぼれと見つめた。
「なんと可愛らしい。アイボリーホワイトに明るい緑のリボン。夏のパーティにぴったりだ。おおい、ジャック!」
隙のない格好の若い男が、呼び止められてにこやかにやってきた。
「このお嬢さんをお任せする。楽しませてやってくれ。名前はフィオナ。ダーリントン伯爵令嬢だ。さあ、フィオナ、こちらはジャック。パーシヴァル男爵の息子で、家業の綿業の話を聞いてやってほしい。いくらでも喋るからね」
「こんな愛らしいお嬢さんが、綿業なんかに興味持つはずがないでしょう! モンゴメリ卿!」
そう言いながら、ジャックはやってきて、フィオナの手の先を拝した。
「ご機嫌よう。フィオナ嬢。せっかく、ああ仰っているので、私にここを案内させてください」
フィオナは、ジャックに手を取られて、ティーパーティの会場へ乗り込んでいった。
「私、初めてなもので、本当に申し訳ございません」
フィオナはうっかり謝った。こんなイケメンそうな、そして、フィオナにはよくわからないが、おそらく流行の最先端を走っているに違いない男に自分が案内されていいのだろうか。
「ジャック様、モンゴメリ卿はああ仰いましたが、今日は、ご予定がおありなのではありませんか? そこまでで、結構ですわ」
ジャックはフィオナをチラッと見た。
「あなたこそ、誰かとお約束があるのですか?」
フィオナは、笑い出した。
「とんでもございません。私など、どちら様も全く存じ上げません。きっと、どこかのテーブルにちょんと座って、お綺麗な方々を拝見させていただいて、喜んでいるだけですわ」
「お綺麗な……って、今、ここにいる中であなたが一番お綺麗ですよ?」
ジャックは、心を込めて言った。
「まあ、ありがとうございます」
「あそこのテーブルにつきましょう。少し、お話ししませんか?」
ジャックは、フィオナを席につかせ、しみじみ眺めた。
なにしろ、あのモンゴメリ卿が彼に紹介してよこしたのである。
モンゴメリ卿は、社交界のドンだった。
彼に気に入られれば、この世界で間違いはない。
フィオナはまったく知らなかったが、若い娘がデビューして、もし、モンゴメリ卿に気に入られたとすれば、これは儲け物とでもしか言いようがなかった。
彼は、大勢いる若い知り合いの誰かのうち、うまく合いそうな人間を引き合わせてくれるのだ。
もちろん、モンゴメリ卿がすべてを掌握しているわけではなかったが、少なくともチャンスだった。
ジャックはまだ若く、独身で大富豪の息子だったが、それ以上に気の利く頭のいい男で、モンゴメリ卿の気に入りだった。
彼は、社交界のドンが紹介してよこした若い娘をつくづく眺めた。
かわいらしい娘だった。もちろん、一番美人なのかと言われれば、そうではない。
人には好みがあるし、誰かを一番と決めることはむずかしい。
とは言え、十分に愛らしい。
もっと自信を持っていいのに、と思ったが。
彼女はちょっとキョトキョトしていたし、まったく社交界に不慣れな様子だった。
「モンゴメリ卿とは、どこで?」
「先日、野外パーティーに参加させていただきましたの。卿がダンスに誘ってくださって、今日もお誘いいただきました……」
美人に認定されるための絶対的に必要なもの、それは、自信である。
フィオナにはみごとに欠落している。
だが、モンゴメリ卿が再度彼女をティーパーティーに誘ったんだとすれば、彼女は自信を持っていい。
『なんでこんなに自己評価が低いんだろう。かわいいのに』
ジャックはフィオナをボート漕ぎに誘った。ボートは人気だった。暑い夏の日の戯れである。
何しろ、二人きりになれる。
フィオナは身軽だった。ジャックは先に乗り、手を取ってフィオナをボートにいざなった。
『きゃしゃで美しい。それに表情が明るい』
「ゆっくり漕ぎますからね。あなたに水をはねかしては大ごとだから」
ボートなんか乗ったことのないフィオナは物珍しそうにあちこちを眺めていたが、ジャックに言い出した。
「私でも漕げますかしら?」
「え?」
こんなことを言い出す令嬢は初めてだ。だが、ジャックは彼女を移動させ、横に座らせた。
ひっくり返らないように、ドレスの彼女を移動させるのは大変だった。
だが、彼女がやってみたいと言うのだ。
「オールはこうやって握って……」
「こうですか?」
「そう。こんな感じに引いて……」
フィオナの目がキラキラしてきた。
いや、本当に美しい。
彼女は、ジャックの舟に乗っているだけでは嫌だったのだろう。自分も手伝いたい、一緒に物事をやってみたかったのだ。
二人で力を合わせて漕ぐのは大変だった。
だが、楽しい。
本当に楽しい。
ぺちゃくちゃと漕ぎ方について話しながら、一生懸命オールを握る令嬢にジャックは、見惚れた。
だが、残念だが、適当なところで切り上げないといけない。
「日焼けしますし、明日にはあなたの手が腫れあがりますよ」
ジャックは、ずっとボートを漕いでいたかったが、令嬢の無謀を止めるのも男の役割だ。それに、お楽しみはボートだけではない。
涼しいところへ移って、冷たい飲み物とおしゃべりを楽しみたい。
ジャックは、この少女のことをもっと知りたくなった。
笑って、ジャックにいろいろと尋ねるフィオナは、本当にかわいらしく飽きなかった。
「間抜けなことは聞かない。一回聞いた話は一瞬で理解する」
ジャックは商人の一家だった。パーシヴァル家は莫大な富を築き、王家に貢献したため、祖父の代に叙爵した新興貴族に過ぎない。
父から、家にさらに箔をつけるために、より古い高貴の家から妻を求めなくてはならないと言われていたが、家柄ばかりを気にする高慢な貴族の娘には食傷気味だった。
フィオナは違った。
付け焼刃の爵位を下に見たりしない。
彼の話を熱心に聞き、ポイントを突いた質問を繰り出す。たとえ、それが全くの無知をさらすような質問だったとしても、ぼんやりから来る質問ではないことはわかる。
「あなたのことをお聞きしていいですか?」
だが、話を切り替えると、途端に彼女はうつむいてしまう。
ジャックが突っつくと彼女はポツリと言った。
「私は修道院に入ろうと思っていますの」
は?
「なぜ?」
説明しにくいことだ。それに、社交がメンドクサイので、戦う前から白旗だなんて言えるはずがない。自分から、器量が悪いからとも言いにくい。変人みたいだ(自分でも、変人ぽいなと言う認識はある)
この間5秒。
「皆さま、とてもお綺麗で、洗練されていて。でも、私はあまり、その、資産もありませんし。男の方が、苦手なものですから」
男の方が苦手って……。さっきまでペラペラ喋っていた、どの口が言うか……
「男性恐怖症ですか?」
ジャックはおもしろがって尋ねた。
「じゃあ、僕は男性ではないんですか?」
「あら」
フィオナは、真っ赤になった。
ジャックは、男っぽくない。
背も高くないし、たくましくもない。頭が良いことはすぐにわかった。服と会話のセンスは抜群だ。
男臭くないので、フィオナは比較的平気だったのだ。
「ええと、あの」
赤くなっている少女は、ジャックをひどく満足させた。
少女を真っ赤にさせたことについて、とても満足だったのである。
なかなかの逸材である。と、ジャックは考えた。
素直で頭も悪くない。文字通りまったくの処女地で、開拓のしがいがある。本人も言っているように、財産はないらしいが、旧家の伯爵家の令嬢だ。自分にはうってつけではないか。
ジャックは、滞在を延ばすことに決めた。
予定では、今日中に帰ることになっていて、今夜の舞踏会には出ないつもりだった。
「今夜の舞踏会には出席されますか?」
ジャックは、やさしくフィオナに尋ねた。
「ええ。そのつもりです」
「では…… 私のために時間を割いてください」
フィオナは、にっこりした。
「私にダンスを申し込む殿方なんか、おりません。壁の花も慣れていますので、お気遣いくださらなくても平気です」
なんじゃこりゃあ。
お気遣いでダンスを申し込んだんじゃない。
あなたとダンスをしたくて、申し込んだ男が目の前にいるじゃないか。
「では、あなたを独占しましょう。一晩中、お約束いただいたと喜んでおります」
なんだ?それは? フィオナは思った。
そうこうしているうちに、パーティも終盤近くなってきて、迎えの馬車がきた。マルゴットと、見慣れない女中が一緒だ。
「では、今夜」
「はい」
馬車に乗るのにも手を貸してもらい、フィオナは少々怪訝な気持ちながら、帰途についた。
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