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第96話 おまけ (みんなの行く末)
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私は、結局押し切られたみたいに結婚を約束することになった。
「家族は三日間、僕が気を失ったと思い込んでいる」
その三日間、推しに押して押して押しまくられた。
外に出ようとすると、脅迫された。
「抱きとめる。離さない。電撃攻撃を受けることになる。それでもいいのか」
「それはその、殿下、いやルーカスの自業自得で……」
ぼそぼそ反論したら、言い返された。
「電撃受けても、意識はあるんだ。絶対、あなたを離さない。つまり、あなたも同時に僕の体を通じて電撃を受けるわけで。それも、僕が抱きしめている間、ずっとだ。それでもいいのか?」
震え上がった。冗談ではない。私に何の罪があると言うの? 鬼畜。
「僕の気持ちをもてあそんだ。もう許さない」
違うってば!
寮の部屋からようやく解放されて、私はヘロヘロになって公爵邸に逃げ帰った。
人目がある分、絶対、公爵邸の方が安全だ。
しかし、すでに殿下……ではない、ルーカスの手が先に回っていて、公爵家の玄関には、大きな花輪で飾られた『ご婚約おめでとう』『ルーカス & ポーシャ』『末永くお幸せに』と書かれた特大の飾りが設置されていた。
さらには、使用人一同が、「婚約、おめでとうございまーす」と大歓迎してくれた。
私の寮では電撃攻撃に見舞われるが、公爵邸にそんな設備はない。殿下……ではなくてルーカスがやって来ると、私は隙を狙ってはキスされたり、抱きしめられたり、想定外の被害に遭う。
しかも使用人が全く役に立たない。生暖かく見守るのみ。少しは主人を助けなさいよ!
どうしたらいいの? 私。
王宮に招かれることも増えて、礼儀作法の先生が神経質になっていたが、食器の使い方や立ち居振る舞いはとにかく、王室メンバーは本音しかない人たちで、発言に気を遣う必要はあまりなかった。
特に王太子夫妻など、私たちの前では遠慮なんか全然なかった。
「ジムス……人前でやめてよ」
シャーリー妃殿下が、別に怒っているわけでもなさそうだけど迷惑そうな顔をしても、王太子殿下は嬉しそうに手を握り、キスした。
「家族の前だもん」
いや、ダメだから。隣のルーカス君がイライライライラしているから。
わかっててやっているのかな?
「この冬、三人目が生まれるんだ」
何かとやること速いっすね? 殿下。
「ポーシャのポーションの開発速度には負けるよ。今度、ホコリだけ集める壺作ったって?」
「試作品、もらったけど、勝手に集めてくれるのよ! 王宮の礼拝堂が特にすごかったわ! あの礼拝堂が今やピカピカよ!」
王太子殿下の異次元の状況把握能力には、いつも驚かされる。さすが王者。
「参列者の方への結婚記念品は、その壺にしましたの」
「えーっ? もったいないよ!」
王太子殿下が、本気で言った。
これはバスター君の進言である。
室内クリーナーなんか喜ばれるかしら?
「各部屋にひとつ、絶対欲しくなります」
「まあ、そうかな? あれば便利だけど、掃除のための使用人が大勢いるはずよ?」
「この壺は別格です。使用人の手の届かない天井や高いところのホコリをキレイにしてくれます」
それから熱心に説明した。
「ひとつ試供品としてお渡しすると思えば良いのです。お渡し先は、富裕な貴族様で支払い能力はありますが、新規な商品には手を出さない方々です。使用人が大勢いるので、このような壺を率先して買おうとはしないでしょうが、王家からの下賜品ともなれば話は別です。どこかに飾るでしょう」
「飾れば、その便利さに気がついて、いっぱい欲しくなるだろうと言うことね?」
「ええ。お買い求めいただける方に、出来るだけお高くが、アランソン家のモットーです」
私たちの結婚式は本当に華やかだった。
まだ記憶に新しい悪獣狩りの時の英雄が結婚するのだ。
花嫁は若く美しく(私のことだ)花婿同様、魔力に満ち溢れている。
ちっちゃいコンビ(王太子殿下と王太子妃殿下)が、王子夫妻に地位を乗っ取られると心配するんじゃないかとか、思ったが、あの夫婦はそんな心配まるでしなさそう。
「ほら、参列者が次々にあいさつしてるだろ?」
子どもみたいに、本日の主役は、カーテンの隙間から覗き見をしていた。
ルーカスは、並んでいる国王陛下ご夫妻および王太子殿下ご夫妻の様子を指し示した。
「国王よりも兄夫婦、すごい。全員の名前と顔と覚えてるんだ。どれだけたくさんの人と会ってもまるで平気だし。二人ともだ」
すごい。私ならストレスで死ぬ。
「頭が違うんだろうな」
彼らは、大喜びで、私たちの結婚式に参列してくれた。
聖堂で結婚式を挙げた後、私たちは公爵邸までパレードをする羽目になってしまった。
「あらあ。国民は娯楽を求めているのよ。パレードは義務。美しい花婿、花嫁の姿に、王室への好感度がグッと上がるんだから」
王妃様の鶴の一声で、決定した。
私、なんだか被害者のような気がしてきたんですけど。
道中、ルーカスが人前でキスするたびに野次と歓声が沸き上がり、それはそれは大盛り上がりだった。何回キスされたか、もうわからない。
「見てない人が不公平感を抱くといけないから。王子様のキスはこれで終わりだからね」
ルーカスが、さっさと臣下に降下すると早々に発表したからだ。
「だって、この方が自由じゃない? 絶対、こっちの方をポーシャが喜ぶと思った」
……私は実は心配していた。だって、ずっと殿下は華やかで日の当たる場所で暮らしてきた人だから。ただの公爵だなんて、不満じゃないかしら。
「違う。王籍をはなれれば用事が減る。愛しい人とずっと一緒にいられる。ポーシャと一緒は落ち着くし、楽しい。一応、元王子だから、いろいろ便宜は図ってもらうつもり。でも、王子でなければ、パーティとか行かなくても良くなったし」
勝手だな……
「王城に住まなくてもいいし、外国へも簡単に旅行に行けるよね。僕らにはぴったりだよ」
ルーカスは、平気でアランソン公爵邸に移り住んだ。
メイフィールド夫人を始めとした使用人一同は、この結果に大喜びだった。
ルーカスは私が知らないことをいっぱい知っていた。
特に貴族や外国の王族のことなど。
だから、彼は私のかわりに手紙を書き、出席すべき会を決めて会場ではフォローに徹してくれた。
後になって、私は自分が貴族としてはまるでなっていないことを発見してしまった。
礼儀作法も穴だらけだし、なにより貴族社会の中で派閥を作り、濃密な人間関係を構築することが苦手だった。
それに興味がなかった。
「いいんだよ。僕が大事に育てていたのは王子妃じゃない」
育てていた? あれが?
ルーカスは言った。
「夢を信じて一心に追及する君が好きだった。その人を支えることが僕の夢だった」
研究室で、新しいポーションをテストするために、両手にガラスの瓶を持っていて、抵抗できない私に彼はキスした。
「好きなことをしていい。領地経営やそのほかのことは、僕がするから」
殿下は王籍を離脱して、アランソン女公爵の婿に納まったが、王妃様がこれに異を唱えた。
「ルーカスがかわいそう」
だそうで、ルーカス殿下は、アランソン公爵とは別に、自分自身の公爵位を受けることになった。その結果、私たちは世にも珍しい公爵同士の結婚となった。
「領地だけは要りませんので」
私たちは固辞した。
殿下は緊急時の戦闘要員だったし、私はポーション製造にどっぷり沈んでいた。これ以上領地が増えたら管理しきれない。
この結婚で一番喜んだのは、実はハウエル商会だったかもしれない。
王家が後ろ盾に着いたなら、もはや怖いものなしである。
会長と副会長は山のような祝いの品と、祝賀文を送って来たが、いくら控えめにしようとしていても、文面の向こうで小躍りしているのが丸見えだった。
「バスター君は大躍進だね」
そう。バスター君はアランソン公爵家と殿下のインヴァネス公爵家の両家をつかさどる大執事になったのだ。
「いえ。仕事の分担は必要でございます。一人で出来る仕事には限界があります」
真面目で謙虚で現実的なバスター君は、先を見越して、信用できる優秀な執事の育成に努めている。
ある日、優秀そうな人物だからと、バスター君が新しい執事候補を連れて来た。
「ジョン・スターリンと申します」
そう言って参上した中年の執事を見て、私は仰天した。
ど、同姓同名?
「私、かつてここに勤務しておりました。その際にはポーシャ様には大変なご迷惑を」
ええええ? あのジョン・スターリン? 本物?
「ここ二年間、鉱山で働いておりまして」
穴、掘ってたんだろうか? あまりのことにバスター君の顔を見ると、彼は全く平気そうだった。
「鉱山の帳簿の改善と、坑道のルート変更、鉱夫の勤務時間のシフト変更に功績がありまして、生産性を二十%向上させました。何より、これにより事故率が激減しました。優秀な人物であると認めます。ただし、過去に毒殺を試みた事実があります。ここで働くにあたり、十分な監視が必要となりましたので、セス様の足環の着用を条件に、雇用することとなりました」
「セス様の足環って何?」
説明が終わり本人が帰ってから、私とルーカスはバスター君に尋ねた。
「悪いことを考えたり、もくろんだ時、全部記録されるんです。公爵家にとって害悪であるとみなされる行為や発想が続けば、鉱山に戻され今度は鉱夫として働かされます」
バスター君は、近所で働いていた庭師を引き抜いてきた、みたいな調子で淡々と説明した。
「使えるものを有効活用しない手はありませんから」
「それはそうだが……同じことを仕出かさないかな?」
「可能性は低いと思います。ジョン・スターリンの娘は、もう、二人とも結婚しました。娘の為にも、あんな真似はしないと思います」
これには驚いた。
「早くないですか? 二人ともまだ卒業して間がないはずですよ?」
私は聞いた。
「年齢詐称で、殿下より三つ、四つ年上だったらしいです。学校には居辛くなったので、退学して早めに結婚を決めたそうですよ?」
「誰と?」
思わず聞いた。それにしてもバスター君、どうしてそんなことまで知っているんだろう?
「姉のベアトリス嬢は鉄扇の使い方が巧みだと地方劇団に入って、そこで見初められて猛獣使いの男と結婚しました。カザリン嬢は王都から出て行って、学があるので、地方で代書屋をしています」
「……代書屋とは?」
それは何だろう? それにカザリン嬢がそんなに成績優秀だったと言う記憶はないのだが?
「他人の手紙を代わりに書く仕事ですね。密かに有名らしいです」
「有名?」
「ええと、何でもムカッとさせる文章を書くのが上手いらしくて。縁談を潰したり、婚約破棄したい時によく頼まれるそうです。読んで、頭に血が登って後先考えず、婚約破棄したり、決闘を申し込んだり、逆に結婚を申し込んでしまったり、借金を帳消しにしたりとか、思わぬ成果を上げているらしいです。あと、いい方では、お悔やみ文が秀逸で遺族の皆様から喜ばれているそうです」
どんな人と結婚したのか、とても気になって来た。でも、聞かない方がよかった。
「ええと、自称吟遊詩人兼俳優と結婚したそうです」
「自称?」
「まあ、本人がそう言っていると言う意味ですよね。で、まあ、見た目が殿下にそっくりなのだそうです」
バスター君、平民なのに、貴族の問題に詳しくなったね。
「ハイ。わたくしは、アランソン公爵家とインヴァネス公爵家両家にお仕えする身の上ですから」
「アデル嬢はどうなったのかしら?」
_________
今日、終わりのはずでしたが、長くなったので、分けます。
最終話は、今日の17:20にアップしますので、よろしくお願いします。
「家族は三日間、僕が気を失ったと思い込んでいる」
その三日間、推しに押して押して押しまくられた。
外に出ようとすると、脅迫された。
「抱きとめる。離さない。電撃攻撃を受けることになる。それでもいいのか」
「それはその、殿下、いやルーカスの自業自得で……」
ぼそぼそ反論したら、言い返された。
「電撃受けても、意識はあるんだ。絶対、あなたを離さない。つまり、あなたも同時に僕の体を通じて電撃を受けるわけで。それも、僕が抱きしめている間、ずっとだ。それでもいいのか?」
震え上がった。冗談ではない。私に何の罪があると言うの? 鬼畜。
「僕の気持ちをもてあそんだ。もう許さない」
違うってば!
寮の部屋からようやく解放されて、私はヘロヘロになって公爵邸に逃げ帰った。
人目がある分、絶対、公爵邸の方が安全だ。
しかし、すでに殿下……ではない、ルーカスの手が先に回っていて、公爵家の玄関には、大きな花輪で飾られた『ご婚約おめでとう』『ルーカス & ポーシャ』『末永くお幸せに』と書かれた特大の飾りが設置されていた。
さらには、使用人一同が、「婚約、おめでとうございまーす」と大歓迎してくれた。
私の寮では電撃攻撃に見舞われるが、公爵邸にそんな設備はない。殿下……ではなくてルーカスがやって来ると、私は隙を狙ってはキスされたり、抱きしめられたり、想定外の被害に遭う。
しかも使用人が全く役に立たない。生暖かく見守るのみ。少しは主人を助けなさいよ!
どうしたらいいの? 私。
王宮に招かれることも増えて、礼儀作法の先生が神経質になっていたが、食器の使い方や立ち居振る舞いはとにかく、王室メンバーは本音しかない人たちで、発言に気を遣う必要はあまりなかった。
特に王太子夫妻など、私たちの前では遠慮なんか全然なかった。
「ジムス……人前でやめてよ」
シャーリー妃殿下が、別に怒っているわけでもなさそうだけど迷惑そうな顔をしても、王太子殿下は嬉しそうに手を握り、キスした。
「家族の前だもん」
いや、ダメだから。隣のルーカス君がイライライライラしているから。
わかっててやっているのかな?
「この冬、三人目が生まれるんだ」
何かとやること速いっすね? 殿下。
「ポーシャのポーションの開発速度には負けるよ。今度、ホコリだけ集める壺作ったって?」
「試作品、もらったけど、勝手に集めてくれるのよ! 王宮の礼拝堂が特にすごかったわ! あの礼拝堂が今やピカピカよ!」
王太子殿下の異次元の状況把握能力には、いつも驚かされる。さすが王者。
「参列者の方への結婚記念品は、その壺にしましたの」
「えーっ? もったいないよ!」
王太子殿下が、本気で言った。
これはバスター君の進言である。
室内クリーナーなんか喜ばれるかしら?
「各部屋にひとつ、絶対欲しくなります」
「まあ、そうかな? あれば便利だけど、掃除のための使用人が大勢いるはずよ?」
「この壺は別格です。使用人の手の届かない天井や高いところのホコリをキレイにしてくれます」
それから熱心に説明した。
「ひとつ試供品としてお渡しすると思えば良いのです。お渡し先は、富裕な貴族様で支払い能力はありますが、新規な商品には手を出さない方々です。使用人が大勢いるので、このような壺を率先して買おうとはしないでしょうが、王家からの下賜品ともなれば話は別です。どこかに飾るでしょう」
「飾れば、その便利さに気がついて、いっぱい欲しくなるだろうと言うことね?」
「ええ。お買い求めいただける方に、出来るだけお高くが、アランソン家のモットーです」
私たちの結婚式は本当に華やかだった。
まだ記憶に新しい悪獣狩りの時の英雄が結婚するのだ。
花嫁は若く美しく(私のことだ)花婿同様、魔力に満ち溢れている。
ちっちゃいコンビ(王太子殿下と王太子妃殿下)が、王子夫妻に地位を乗っ取られると心配するんじゃないかとか、思ったが、あの夫婦はそんな心配まるでしなさそう。
「ほら、参列者が次々にあいさつしてるだろ?」
子どもみたいに、本日の主役は、カーテンの隙間から覗き見をしていた。
ルーカスは、並んでいる国王陛下ご夫妻および王太子殿下ご夫妻の様子を指し示した。
「国王よりも兄夫婦、すごい。全員の名前と顔と覚えてるんだ。どれだけたくさんの人と会ってもまるで平気だし。二人ともだ」
すごい。私ならストレスで死ぬ。
「頭が違うんだろうな」
彼らは、大喜びで、私たちの結婚式に参列してくれた。
聖堂で結婚式を挙げた後、私たちは公爵邸までパレードをする羽目になってしまった。
「あらあ。国民は娯楽を求めているのよ。パレードは義務。美しい花婿、花嫁の姿に、王室への好感度がグッと上がるんだから」
王妃様の鶴の一声で、決定した。
私、なんだか被害者のような気がしてきたんですけど。
道中、ルーカスが人前でキスするたびに野次と歓声が沸き上がり、それはそれは大盛り上がりだった。何回キスされたか、もうわからない。
「見てない人が不公平感を抱くといけないから。王子様のキスはこれで終わりだからね」
ルーカスが、さっさと臣下に降下すると早々に発表したからだ。
「だって、この方が自由じゃない? 絶対、こっちの方をポーシャが喜ぶと思った」
……私は実は心配していた。だって、ずっと殿下は華やかで日の当たる場所で暮らしてきた人だから。ただの公爵だなんて、不満じゃないかしら。
「違う。王籍をはなれれば用事が減る。愛しい人とずっと一緒にいられる。ポーシャと一緒は落ち着くし、楽しい。一応、元王子だから、いろいろ便宜は図ってもらうつもり。でも、王子でなければ、パーティとか行かなくても良くなったし」
勝手だな……
「王城に住まなくてもいいし、外国へも簡単に旅行に行けるよね。僕らにはぴったりだよ」
ルーカスは、平気でアランソン公爵邸に移り住んだ。
メイフィールド夫人を始めとした使用人一同は、この結果に大喜びだった。
ルーカスは私が知らないことをいっぱい知っていた。
特に貴族や外国の王族のことなど。
だから、彼は私のかわりに手紙を書き、出席すべき会を決めて会場ではフォローに徹してくれた。
後になって、私は自分が貴族としてはまるでなっていないことを発見してしまった。
礼儀作法も穴だらけだし、なにより貴族社会の中で派閥を作り、濃密な人間関係を構築することが苦手だった。
それに興味がなかった。
「いいんだよ。僕が大事に育てていたのは王子妃じゃない」
育てていた? あれが?
ルーカスは言った。
「夢を信じて一心に追及する君が好きだった。その人を支えることが僕の夢だった」
研究室で、新しいポーションをテストするために、両手にガラスの瓶を持っていて、抵抗できない私に彼はキスした。
「好きなことをしていい。領地経営やそのほかのことは、僕がするから」
殿下は王籍を離脱して、アランソン女公爵の婿に納まったが、王妃様がこれに異を唱えた。
「ルーカスがかわいそう」
だそうで、ルーカス殿下は、アランソン公爵とは別に、自分自身の公爵位を受けることになった。その結果、私たちは世にも珍しい公爵同士の結婚となった。
「領地だけは要りませんので」
私たちは固辞した。
殿下は緊急時の戦闘要員だったし、私はポーション製造にどっぷり沈んでいた。これ以上領地が増えたら管理しきれない。
この結婚で一番喜んだのは、実はハウエル商会だったかもしれない。
王家が後ろ盾に着いたなら、もはや怖いものなしである。
会長と副会長は山のような祝いの品と、祝賀文を送って来たが、いくら控えめにしようとしていても、文面の向こうで小躍りしているのが丸見えだった。
「バスター君は大躍進だね」
そう。バスター君はアランソン公爵家と殿下のインヴァネス公爵家の両家をつかさどる大執事になったのだ。
「いえ。仕事の分担は必要でございます。一人で出来る仕事には限界があります」
真面目で謙虚で現実的なバスター君は、先を見越して、信用できる優秀な執事の育成に努めている。
ある日、優秀そうな人物だからと、バスター君が新しい執事候補を連れて来た。
「ジョン・スターリンと申します」
そう言って参上した中年の執事を見て、私は仰天した。
ど、同姓同名?
「私、かつてここに勤務しておりました。その際にはポーシャ様には大変なご迷惑を」
ええええ? あのジョン・スターリン? 本物?
「ここ二年間、鉱山で働いておりまして」
穴、掘ってたんだろうか? あまりのことにバスター君の顔を見ると、彼は全く平気そうだった。
「鉱山の帳簿の改善と、坑道のルート変更、鉱夫の勤務時間のシフト変更に功績がありまして、生産性を二十%向上させました。何より、これにより事故率が激減しました。優秀な人物であると認めます。ただし、過去に毒殺を試みた事実があります。ここで働くにあたり、十分な監視が必要となりましたので、セス様の足環の着用を条件に、雇用することとなりました」
「セス様の足環って何?」
説明が終わり本人が帰ってから、私とルーカスはバスター君に尋ねた。
「悪いことを考えたり、もくろんだ時、全部記録されるんです。公爵家にとって害悪であるとみなされる行為や発想が続けば、鉱山に戻され今度は鉱夫として働かされます」
バスター君は、近所で働いていた庭師を引き抜いてきた、みたいな調子で淡々と説明した。
「使えるものを有効活用しない手はありませんから」
「それはそうだが……同じことを仕出かさないかな?」
「可能性は低いと思います。ジョン・スターリンの娘は、もう、二人とも結婚しました。娘の為にも、あんな真似はしないと思います」
これには驚いた。
「早くないですか? 二人ともまだ卒業して間がないはずですよ?」
私は聞いた。
「年齢詐称で、殿下より三つ、四つ年上だったらしいです。学校には居辛くなったので、退学して早めに結婚を決めたそうですよ?」
「誰と?」
思わず聞いた。それにしてもバスター君、どうしてそんなことまで知っているんだろう?
「姉のベアトリス嬢は鉄扇の使い方が巧みだと地方劇団に入って、そこで見初められて猛獣使いの男と結婚しました。カザリン嬢は王都から出て行って、学があるので、地方で代書屋をしています」
「……代書屋とは?」
それは何だろう? それにカザリン嬢がそんなに成績優秀だったと言う記憶はないのだが?
「他人の手紙を代わりに書く仕事ですね。密かに有名らしいです」
「有名?」
「ええと、何でもムカッとさせる文章を書くのが上手いらしくて。縁談を潰したり、婚約破棄したい時によく頼まれるそうです。読んで、頭に血が登って後先考えず、婚約破棄したり、決闘を申し込んだり、逆に結婚を申し込んでしまったり、借金を帳消しにしたりとか、思わぬ成果を上げているらしいです。あと、いい方では、お悔やみ文が秀逸で遺族の皆様から喜ばれているそうです」
どんな人と結婚したのか、とても気になって来た。でも、聞かない方がよかった。
「ええと、自称吟遊詩人兼俳優と結婚したそうです」
「自称?」
「まあ、本人がそう言っていると言う意味ですよね。で、まあ、見た目が殿下にそっくりなのだそうです」
バスター君、平民なのに、貴族の問題に詳しくなったね。
「ハイ。わたくしは、アランソン公爵家とインヴァネス公爵家両家にお仕えする身の上ですから」
「アデル嬢はどうなったのかしら?」
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