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第77話 お茶会の約束

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「こんなに遅くまで、どこをほっつき歩いていたのだ」

「こんなに遅く?」

まだ夕方にもなっていない。三時のお茶の時間ぐらいかな。

「しかもなんだ、その体たらくは?」

「体たらく?」

「それだ」

殿下は私の手の中の、赤と金のリボンで飾られたきれいな箱を指した。

「あ、頂き物です」

まあ、固辞したのだがどうしてもと言うので、結局もらってしまった。

後で命のポーションの小ビンでも贈っておけば、トントンじゃなかろうか。

命のポーション、便利だ。
誰がもらっても間違いなく喜んでくれるから、贈り物には最適だ。
他では絶対に売っていないし、自分で作れるから、元値はあんまりかからないしね。

「それより殿下、どうしてここにいるんですか?」

殿下がぐっと返答に詰まった。

「それは……それは……あの、そうだ、毒肉ポーションの量産体制が行き詰まっていると噂を聞いたのだ」

殿下、なんの関係もないのに、なんでそんなこと聞くの?

それに行き詰まらせている本人に言われたくないなー。

私はメイフィールド夫人に香水の包みを渡して、逆に殿下に聞いた。

「それはそうと、殿下はお忙しいんじゃございませんの?」

「忙しい」

それなら、なんでこの屋敷にいるのかしら。

「では、また今度……」

「忙しいがそれなりの用事があればこそ、ここへ来たのだ」

私はため息をついた。こうなった時の殿下はめんどくさい。

「玄関ホールで立ちっぱなしでするお話でもないでしょう。客間へ移られませんか?」

「うん。行こう行こう」

そう言うと、案内も乞わず、さっさと先に立って歩き出した。

何なの? このノリ? 大丈夫?

メイフィールド夫人にお茶の用意をしてちょうだいと頼むついでに、こっそり聞いた。

「いつから来られていたの?」

「二時間ほど前からですわ」

私はびっくりした。殿下は相当多忙なはずだ。

「ずっと、玄関ホールに立っていたの?」

「ハイ。根が生えたみたいに。私も、客間の方にお移りくださいと何回か声をかけたのですが」

殿下は無駄に体力がある。二時間くらいの立ちっぱなしで、どうにかなるわけではない。

「お嬢様が帰って来られるのを待つっておっしゃってました」

「なんでなんだ……」

私はつぶやいた。

そして客間のドアを開けると、ものすごくめんどくさい表情を浮かべた殿下と直面することになった。

私は殿下と斜めになるように腰を掛けた。

こんな顔をしたときの殿下は、ちっともいうことを聞いてくれない。

「あの男とはどういう関係だ」

また。なんで、そんなこと気にするのかな。

「珍しい異国産のポーションを見に行かないかって誘われて」

「これはただの香水じゃないか」

私も香水じゃないかと思ったけど、一応答えた。

「アロマなんですって」

「どうしてあんな男にはついていくんだ。ここ二週間全然会えなかったじゃないか」

「ええ? だって、会う約束なんかしてなかったですよね?」

会う理由がなかったですよね? それにアデル嬢はどうしたのかしら?

……うーん。アデル嬢か。

聞きたくなかったが、ハウエル商会のこともある。ここで運良く?会ったのなら、聞くべきだろう。

「殿下についにお相手が出来たと聞きましたの」

思い切って私は核心に触れた。

途端に、あろうことか殿下が、真っ赤になった。

うっわー。噂は本当だったんだ。

うっとうしい顔で人の家の家に勝手に不法侵入して、他人のデート?をとがめだてするようなことして、自分は何なのよ。

私は腹が立ってきた。

これは何なの? 恋人が出来たって、わざわざ私に知らせに来たの?

私はツンとして言った。

「それは良かったですわ。殿下におかれましては、そろそろお相手をお決めにならないといけないと噂になっておりましたくらいですから」

私は、でも、うつむいた。

あの媚薬、やっぱり殿下には効果があるんだ。

前の時だってすごかった。

「そうだな。巷では、そう言われているけど、はっきり相手からOKはもらっていないんだ。それで、相談に乗って欲しいんだ」

「それが、ご用件ですか!」

誰がのるか、そんな相談。

そもそも、恋愛初心者の私に聞いても、何の参考にもならんわ。帰れ。

「殿下、私ではお役に立てないと存じますわ。他の方にお尋ねになられては」

「違う。そう言う意味で言ったんじゃない」

じゃあ、どう言う意味があるんだよ。まるで意味がわからない。何が言いたいんだ。

恋人が出来たんだな。それだけわかれば、私はいいや。わざわざ教えてくれてありがとう。私はやっぱり商売と研究に邁進するわ。

私にできることと言ったら、新しいポーションを開発して、もしかしたら世の中の役に立てるかもしれないこと。
私には、それしか取り柄がない。

「それより、殿下、一つだけお聞きしたいことがありますの。殿下に毒肉ポーションの効果があるようだったので、実は心配しています」

心配しているのは殿下じゃなくて、毒肉ポーションの効き目の方だけどね。

「それは、あの」

殿下がぎくりとしたように答えた。

「この前の夏の大舞踏会の時、殿下は私を首尾よく追い払っていましたが……」

「えっ? そんなつもりはないよ。だって、あの狡猾なグレイや、下心満載のモレルやガルシアがたかってきていたではないか」

「狡猾なグレイ様?」

「あの男の社交界での評判を知っているか?」

「いえ。知りません」

殿下の顔が渋い顔になった。

「やっぱり。やつは貿易商を名乗っているが、扱っている商品は違法ギリギリだ」

へえ。

「金だけは腐るほどある。それで、始末の悪いことに令嬢たちに近づいて、結婚しようとしているのだ」

「始末が悪い……?」

令嬢に近づいて、結婚を狙うのは、当たり前のような? むしろ、嬉しいような? 美形だし。

「しかも美人狙いだ」

男のスタンダードでは?

「もう、三十歳に近い大年寄りだ。油断も隙もあったものではない」

「はあ」

「しかも見た目だけ美男子で、異国風な身なりを好むので、そう言うのに弱い女性にたいへんにモテる。嫌味なやつだ」

私は殿下の顔を真正面から見た。

なかなかのグレイ様の賛美の羅列だった。それだけ聞いていると結構な優良物件みたいですけど。念のために聞いてみた。

「一時に複数の女性と付き合うとか?」

「それはない。合わないとなれば、すぐ捨てる。したがって死屍累々だ」

「納得しました」

私はうなずいた。

なかなか合理的な人物らしい。

案外、気が合うかもしれない。

次も会ってみよう。

「それで、殿下がここにお越しになられたのは、その話ですか?」

「うむ。あの男との付き合いをすぐさま止めるように忠告したかった」

決めるのは、私ですからね。

「ご忠告ありがとうございます。ところで、殿下の恋人がお決まりになった件ですけれど……」

なんで、こんなこと聞かなくちゃいけないんだろうなあ……。
絞首台の縄に首を突っ込みにいく死刑囚みたいな気分だよ。
せめて人に首を突っ込まれるならまだしも、自分で首を入れるだなんて、悲惨極まりないよ。

「やはり、夏の終わりの大舞踏会で媚薬を嗅がされたせいですか?」

殿下はキョトンとしていた。

ああ、自分の気持ちが変わったこと自体に気がつかないんだ。

言い方を変えよう。

「お決まりになられたのは、夏の終わりの大舞踏会のあとですか?」

殿下が、ぱあっと頬をバラ色に染めた。

なんじゃ、こいつ。

いつもは渋面なくせに。

「あ、ああ、あれで臣下たちにはわかってもらえたらしい」

「…………よかったですね」

なんか反応を求めているらしいので、肯定的に言ってみた。

そういや、級友の子爵令嬢たちも本決まりだとか言ってたしな。

「たった一度のダンスが毎晩夢に出る」

あ、そう。

私が帰ってから、誰と踊ったのかな。

「あの時がずっと続けばと、思った。永遠に」

はいはい。

「そりゃおめでとうございます」

もはや早く帰って欲しいな。のろけを吐きまくる男なんか、本気で要らんわ。

「唯一の問題は、彼女の方が理解してくれてない気がして」

「何をですか?」

「僕のこの気持ちだ」

わー、ウザい。

「伝えればいいじゃないですか?」

「いくら伝えても、この体たらくだ」

アデル嬢、そんなに鈍くないと思うけどなあ? まあ、アデル嬢でなくても、たいていの令嬢はOK出すと思う。

殿下は熱心な口調で言いだした。

「協力して欲しいんだ」

思わず答えた。

「イヤです」

「そんなこと言わずに。あなたにしかできないんだ」

「そんなことないでしょ? 自分で出かけてチャチャッと伝えれば、たいていの相手は大喜びでしょうよ」

何かムカつくわ。

「自分で出かけて、散々伝えてこの有様だ。ちっとも喜んでくれない。それどころかウザがられている。これまでも、いろいろな方法で伝え続けたんだ。夏の終わりの大舞踏会ではダンスのパートナーを務めて、臣下共には伝わった。周りから囲い込む作戦なんだ」

「割と姑息な……」

「幼馴染なんだ」

そういやアデル嬢、幼馴染だって言ってましたねー。

アデル嬢、そこまで物分かりが悪いとか、鈍いとか思ったことないけどな。

殿下は下を向いていた。項垂れているようにさえ見えるな。恥ずかしいのか。

「……うん。それで、僕の気持ちはわかってくれたね?」

「ええ。痛いほど」

本気で痛いわ。いろいろな意味で。

「じゃあ、助けてくれ」

「……イヤだな」

殿下が固まった。

「お願いだ。一週間後、招待状を出すから来てくれ」

「あ、その日はグレイ様との約束がありまして」

なんの約束もしてないけど、あのグレイ様のことだ。そう間を開けずに誘ってくるだろう。

「グレイには、僕から頼んでおく。別な日に誘ってくれるように」

あ、ちょっと失言してしまった。別にグレイ様から何のお誘いももらっていない。令嬢からお誘いの督促ってNGじゃなかろうか。

「……私の方から断りを入れておきますわ」

私は渋々答えた。
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