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第75話 媚薬としての成果の有無

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「第74話 舞踏会の行方」が抜けていましたので、追加しました(本当に申し訳ございません)

大量の誤字脱字、間違いの上、話がごっそり抜けているだなんて……


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そんなわけで、私たちは、山羊先生の部屋に集まっていた。

毒肉ポーションの量産の前に、先生の意見を聞きたかった。一応、山羊先生は、悪獣研究の第一人者だ。私たちは、人間に危険があるかどうか最終確認したかったのだ。

私たちと言うのは、ハウエル商会と公爵家の関係者であるバスター君と、何かと巻き込まれ体質の大魔術師のセス様だ。


「気持ちはわかるが、そんなに大量に撒いたら悪獣を滅ぼすことにつながるかもしれん。わしは反対じゃな」

山羊先生は、意見を求められたとわかった途端、ふんぞり返って偉そうに言った。

「悪獣とて、生きる権利はあるじゃろ」

そんなことを聞きに来たのではない。

「お前ら平民は、大儲けしたいだけじゃろ」

そう言うとバスター君を軽蔑したように、見るともなく見る。

「貧しい村でも毒肉ポーションを手に入れられるようにしたいのよ」

国中のどんな寒村でも、毒肉ポーションを使えるようにする。
悪獣を退治して、安心して暮らすために。

「ここに来たのは、先生の持論を聞きに来たんじゃなくて、人間に悪影響があるかどうかの最終確認のためですわ」

量産する前に気になったのが、殿下の媚薬事件。

先生は悪獣にしか効かないって言ってたけれど、魔力の強い殿下にはめっちゃくちゃに効いたことがある。

夏の大舞踏会の時も、どうやらアデル嬢の媚薬、効き目があったのではないか?

殿下、私のところにまったく来なくなったし。

ダンスを踊って、うまい具合に私を追い払った後、どうしていたのかしら。

後から考えたら、さっさとダンス会場から追い出されたような気がしてきたのよ。


あれから二週間ほど経つけれど、私は殿下に一度も会っていなかった。
こっちから避けているっていう事情もあるけど。
殿下が出そうなところにはいかないようにしていた。

「魔力のある人間にも効くとしたら、困るわ」

殿下を思うと、大丈夫かなあと言う気がする。

「さあなあ。絶対に効かないはずなんだが。でも、効いた事実があるなら、使えないな、その毒肉なんとかは」

山羊先生はせせら笑い、私は苦い顔をした。

この先生は、何か私に恨みでもあるのかしら。

「殿下に確認したらどうですか?」

セス様がさらりと言った。

「毒肉ポーションの効果があったのは殿下だけです。他の兵士たちは誰一人、そんな症状は起こさなかったと聞いています」

バスター君は、黙っていた。彼はタダみたいな値段で売りたがる私と、出来るだけ高値で売りたいハウエル商会との板挟みになっているらしい。

ハウエル商会からは、(値段を格安にしないなら)販売や製造についてぜひ請け負いたいと、熱烈なラブコールを受けている。絶対に売れると踏んでいるらしい。

自信たっぷりの有能な商人であるハウエル商会の会長も副会長も、貴族には弱いらしく、突然女公爵になったせいで、最近はいささか引き気味だ。
本当なら、走ってやって来て、金貨を山と積み上げて、頼み込みたいところをじっと我慢しているらしい。
余り露骨に売らせてくれとアピールして、機嫌を損ねてはいけないと思っているそうだ。

それで、代わりにバスター君が来ていると。

「匂いで惹きつけて、毒を食わして仲間内でも毒を広めていく。悪獣ホイホイですね。これまでにない革新的なやり方だと思います」

バスター君が言った。

「絶対に売れますよ」

ハウエル商会の会長と副会長は、媚薬でメロメロになる人間が出たって大したことじゃないと絶対に思っていそうだ。媚薬ごときで死ぬわけじゃないし、現に殿下だって、なんの後遺症もなかった。まあ、はた迷惑だけど。

「殿下に聞いたらどうですか? それで問題がなければ、ハウエル商会にお任せすればいいと思いますね」

セス様が言った。

ですから、どうしてここに来ているのかと言えば、私が、その、殿下に会いたくないからなのよ。

殿下に聞けばいいことはわかっている。だけど、会いたくないのよ。

だけど、毒肉ポーションは市販したい。

「さらに大金持ちになりますなあ」

山羊先生が厭味いやみったらしく言った。

「わしがアドバイスしてやったから出来たこともお忘れなく。いわば、わしが作ったようなものじゃ。ハウエル商会とやらも、わしに報奨金の一部を支払うべきじゃ」

バスター君が静かに言った。

「チーゲスト先生、ハウエル商会でなくても別の商会と契約なさったらいかがですか? 先生のレシピ作成方法を持参なさって。そうすれば、一部と言わず全額、先生の手に入りますよ」

そう。

ポーションを作ったのは私。先生は作れない。

「元平民の娘などが作った、当てにならない薬なんかに大枚を払うとは、ハウエル商会も落ちぶれたものよのう。さすが平民の店じゃて」

私たちは顔を見合わせた。

「では、帰りましょうか」

「そうですわね」

この人と話を続けても意味がない。もう妬みと平民蔑視に凝り固まっているのだ。

廊下に出てからバスター君が言った。

「ポーシャ様。殿下に一度、お話を聞いてみてくださいませんか? 殿下に確認できれば、安心して売り出せると思います。出来るだけ早く商品化したいです」

セス様も言葉を添えた。

「ポーシャ様から聞いていただくのが、一番妥当ですね。殿下が媚薬酔いを起こした現場におられたのはポーシャ様だけですから」

「そうね。わかったわ。聞いてみますわ」

私は何事もないように返事した。


しかし。

私はその後、何にもしなかった。殿下なんか考えるのも嫌だった。

やらなきゃいけないことはわかっている。

わかっちゃいるけど、何も私が聞かなくてもいいじゃない。

媚薬的な効果があったかどうかってことを聞くってことは、現在の恋人はアデル嬢なんですかって聞くのと同じこと。聞けるか、そんなこと。

セス様もどうして私に振るのかしら。

セス様から聞いてみて欲しいと一度お願いしたが、

「公爵家のお仕事が一段落つきましたし、殿下も他に有能な側近がいらっしゃるようです。私はそろそろ魔術塔に戻りますので」

と断られてしまった。

「あ、それは……今までお世話になりました」

うっかり条件反射で答えてしまったけれど、そうじゃない。セス様は、側近を外れたわけじゃない。何かと呼ばれていることは知っているのよ。私以上に聞きやすいじゃない。私は、あの夏の大舞踏会以来、殿下に会っていないのよ。

うっかり言ってしまった。すると、セス様は急に眉をしかめて聞いてきた。

「それはなぜ?」

「それはっ……お会いする機会がないだけですわ。もう、一緒に戦っているわけでもないし、学年も違えばクラスも違います。ホラ私は最下位クラスですし」

「会おうと思えば、食堂でもどこでも会えるのでは?」

「学校内って、意外に会わないものなんですよ」

出来たら殿下には会いたくないので、私は昼ごはんは寮で食べている。
アデル嬢が目に入ったら、なんとなく不愉快だし。



公爵邸に戻ると、メイフィールド夫人以下侍女の皆さんがニコニコと出迎えてくれる。

「学校はいかがでしたか?」

「通信魔法上級編をマスターできたわ」

結構、重要情報だと思うんだけどな。なぜかメイフィールド夫人も侍女の皆さんもがっかりした顔をしている。何を期待してたのかしら。

「それはようございました……あっ、でも、それならお手紙を、好きな方に好きなだけ送れますわよね?」

好きな方に好きなだけって、何かのダジャレかしら。
だが、私はハッとした。

「そうだわ!」

その様子を見て、侍女たちがなぜか色めきだった。

「おばあさまに返事を書かなくちゃ!」

どうしてだか、彼女たちはまたうち萎れた。

おばあさまのギックリ腰は順調に治っているらしく、最近では、悪獣退治を再開しているらしい。
アルメー・クロス勲章受勲のお祝いを伝えてきたのだ。

「それからグレイ様と言う方から、お手紙が来ております」

きれいな薄紫色の封筒からは、ポーション専門店にご一緒願えませんかとお誘いの言葉が書かれていた。

「ポーション専門店!」

ハウエル商会のほかにも、ポーションを専門に扱う店がいくつかあることを私は知っていた。だが、私がハウエル商会と懇意であることは業界内ではよく知られていたので、行きにくかった。

「ハウエル商会は製造業ですが、この店はハウエル商会の足元にも及ばないただのショールームなので気兼ねは要りません。小さい店ですが、種類が豊富なので面白いですよ。私はその店に外国からのポーション、特に各種の花の香りのアロマを多く納入しています。アロマは、部屋で焚くとリラックスできて、いいものです」

好きな香りに包まれて、気分が穏やかになる。いいわねえ。

もう色々あり過ぎた。
叙勲されて大注目されて、ダンスして、あげく捨てられた? なんなの、これ。

グレイ様から誘われた店の評判を侍女たちに尋ねると、みんな目を輝かせた。

「今、注目のお店ですわ!」

「異国風の香りが多いそうです。これまでになかった魅力的な香りの商品をたくさん品ぞろえしているそうですわ」

ハウエル商会の取り扱いは、実用一点張りと言うか、医薬品などが多い。変わったところでは塗ると防湿の効果があるペンキとか、燃えにくいカーテンもあったよな。
気分をリラックスさせるようなものはなかった気がする。

「そうなの。では、お誘いくださいませと返事を書くわ」

ちょうど通信魔法上級編をマスターしたところだしね。

最初の、ほとんど暴発事故とでも言うべき授業以来、先生は、私を強制的に初級から上級クラスへ編入させ直した。
実際には授業登録をしていないので、見学の場所を上級クラスに変えてくれと言われただけだけど。

「通信魔法で事故って聞いたことがないけど、あちらは一応、窓を開けて授業をするから」

「ハイ……」

それなら、窓ガラスをぶち破るなんてこと起きませんよね。

上級クラスは、さすがに手紙が届くことを前提とした授業で、届く時間の調整や往復便の作り方を教えてもらった。
受け取った相手が魔法力を持っているとは限らないものね。

優雅な貴族女性らしく見えるように、私も薄い青地に銀で繊細な花の絵があしらわれたお気に入りの封筒で返事を飛ばした。

「では、明後日、お待ちしております……と」

グレイ様は、彼の召使がお使いとして麗々しく手紙を携えてきたが、アルメー・クロス勲章がただの飾りではない私は、通信魔法を使った。

ついでなので、セス様にも手紙を書いた。
おばあさまは、容体が良くなったので、公爵邸を来訪するつもりらしい。そして、その時には愛弟子のセス様に会いたいそうだ。
セス様の少々嫌そうな顔が目に浮かぶ。でも、断れませんからね。

セス様宛と聞いて、メイフィールド夫人が声をかけてきた。

「あ、セス様に手紙をお送りになるなら、私の手紙も同封していただけませんか? 報告しろと言われておりますので」

「もちろん。その方が早いしね」

メイフィールド夫人は、サラサラと何事か認め、するりとセス様宛の封筒に入れた。
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