【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

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第70話 夏の終わりの大舞踏会

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大舞踏会の日が来た。

メイフィールド夫人以下、公爵家の侍女たちは一新され、若くて美しい公爵令嬢もとい女公爵の事実上の社交界デビューを目前に、本人以上に興奮していた。

ドレスメーカーの人たちも大ニコニコだった。

ドレスは胴の部分とスカート地に濃い紺色を使った少し厳粛な雰囲気のもの。

「授賞式が一緒にありますから、厳粛な雰囲気を出さないといけませんしね」

「お年から言ってもご身分から言っても、もっと華やかなドレスがお似合いですのに……その点は残念ですわ。とてもお似合いですけれど」

「ええ、お嬢様の髪の色にとてもよく映えますわ」

「本当におきれいな……絶対にポーシャ様が一番の美女ですわ!」

「これは殿方が黙っていませんわね!」

今夜はメイフィールド夫人がお付きについてくる。

メイフィールド夫人もすっかり緊張し、この上なくキリッとしていた。

「入場の際、エスコートしてくださる殿方は決まってらっしゃらないのですか?」

「いいのよ。一人で」

「お嬢様、若いご婦人の場合、どなたか男の方とご一緒の方が……」

「いないのだから仕方がないわ。社交界デビューではなくて、授賞式への出席者なのだから、余りその辺は厳密ではないと思うの。それに私に婚約者はいないから、お願いするわけにいかないわ」

一番いいのは、兄とか、親戚の既婚者だが、私には叔父もいなかったし兄弟や従兄弟もいない。
適当な親族か、縁のある高位貴族が相手をしてくれると大変に助かるのだけれど、心当たりがない。
一瞬セス様にお願いすればとも思ったが、もし私が学校を卒業していて、例えば魔術塔に就職していたら、それもあり得たかもしれないけど、今の私の肩書きは女公爵と言うだけ。

そしてもっというなら、毒肉ポーションの開発者だと言うこと。

毒肉公爵!

なんか、こう、グッとくるものがあるわ!

そう言うと、いつもメイフィールド夫人は微妙な笑いを口元に浮かべてこう言う。

「いいえ。救国の英雄ですわ」

救国の英雄ではない。だけど、もしかすると、私の人生はここから始まるかもしれない。
最初は悪獣を惹きつける誘引剤フェロモンポーションの開発だった。

確かにポーションの開発には魔力が必要だった。例えば命のポーションは強い魔力がないと作れない。
だけど、誘引剤フェロモンポーションの開発は全く違っていた。

いざ量産体制に入る時、魔力は必要ないことが判明したのだ。

誘引剤フェロモンポーションの開発には、本来なら、分析や反応の予想、何と何を混ぜるか、気が遠くなるほどの偶然と緻密な記録が必要だった。
だが、私の魔力は、その過程全てをただの野生の勘で終わらせてしまったのだ。山羊先生の一生分の研究を三日かそこらで。

ハウエル商会が、全力で守りに来る理由だった。

新ポーションの開発はハウエル商会の心臓だ。そのスピードが異常に速いのだ。

「販促活動なんかどうでもいいので、開発に専念してください」

社交界が大事かどうかと言われれば……セス様ではないが、この世にはもっと大事なものがある気がする。ポーションの開発だ。

「でも……エスコートの男性は要ると思いますわ。ベリー公爵夫人にお願いすれば、きっとどなたか……」



廊下を誰かが歩いてくる。体重のある人間の足音だ。侍女ではない。

カチャリとドアを開ける音がした。

「できた? 仕度」

ドアを気軽に開けて入って来たのは、ルーカス殿下。

「キャー」

……と叫んだのは、私ではない。メイフィールド夫人と侍女たちである。


殿下はすっかり夜会服に着替えていた。

襟元とカフスには宝石が光っていて、略章が幾つも付いていた。

「ああ。ポーシャ……」

彼は堂々と部屋に踏み込むと、ほれぼれと眺めた。

「なんてきれいなんだ。結婚して欲しい。その約束をお願いしに来た。ダンスパーティが始まる前に」

「キャー」

と答えたのは、私ではない。メイフィールド夫人以下侍女たちである。

私は疲れた笑いを口元に浮かべた。

「まだまだ結婚なんかしませんわ」

「どうして? もう、あなたの年頃の女性はみんな婚約しているよ?」

「家の事情で、婚約している人もいるけど、私はやりたいことがあるの」

「ポーション作り? 結婚しても全然作れるよ? 僕、邪魔しないし。第二王子だし、兄上のところには男の子が生まれた。気にすることは何もない。この家のお婿さんでもいい」

背後で、メイフィールド夫人以下全員が、全面的に同意しているのが怖いけど、私は笑ってごまかした。

「今、考えなくてはいけないことじゃないと思いますわ。今日は授賞式があるのでしょう?」

「その後にダンスパーティがある」

殿下が進み出てきて、手を取った。

「変な輩が申し込んできたら、どうしたらいいんだ」

「大丈夫ですよ。今日は私も立役者だから、そんな浮いた話にはならないと思うわ」

「甘いよ。君は勘違いしている。公爵領をひっさげた若い騙しやすい娘だと思われている」

そうか。なるほど。そんなところでバカにされたくはないな。
私は目を光らせた。

「遠縁にあたる上、王家の人間の僕に、エスコートだけでもさせて欲しい。それだけで、他の連中への牽制になる」

うーーーむ。確かに遠縁にあたる。探していた適当な親族がバッチリ見つかってしまった。

それに、私のことを鴨だと思っている連中も多そうだ。

「ご配慮ありがとうございます。お願いしますわ」

キャーと、メイフィールド夫人が若い娘みたいに隣の侍女と抱き合って喜んでいる。


「では、姫君、ぜひともご一緒に」

さすが王族。一分の隙もなく、慇懃に差し出された手を取りエスコートされていく。

チ。仕方ないな。

「少し時間には早いが、王宮にご招待申し上げる。部屋で二人でゆっくりしよう」

殿下が意味ありげに囁く。

「メイフィールド夫人、荷物を忘れないでね」

私は振り返って、大きな声で夫人に言った。夫人はかしこまって、ついてくる気満々で答えた。

「もちろんですわ。どこまでもお供します」

「お供?」

殿下が眉をひそめて聞き返した。

「貴婦人に細かいお直しの化粧道具や香水なんかは必需品ですわ。私が持ち歩くことはできません。ですから今日は一日中、メイフィールド夫人についてきてもらおうと思いますの」

殿下の思い通りになんかいくもんか。そんなに世の中、甘くない。
殿下が舌打ちしたのが聞こえた。殿下、お下品ですわよ?

「しょうがないな……」

私たちは階段を上がっていく。

「あの……?」

メイフィールド夫人は明らかに戸惑っていた。それはそうだ。ふつうは馬車で行くものだ。馬車は一階に置いてある。馬が三階まで上がってくるわけがない。

「馬車じゃないよ。めんどくさいだろ? 魔法の絨毯だよ」

「ま、魔法の絨毯?」

「そ。転移魔法とも言う」

「あの、殿下、ポーシャ様、私、魔法力はございませんので」

「メイフィールド夫人の一人や二人、問題ないよ」

「あのう、その転移魔法はどこへつながっていますの?」

私も殿下の顔を見た。

「殿下、どこにつながっているのですか?」

「あ、そうだね、えーと、僕の部屋かな?」

何が僕の部屋かな?だ。

「あ、今日は仕方ないよ。王宮はどこもここも超満員。王宮につながる道も馬車で一杯。大渋滞をしている。当然だけどね。王宮内部から会場へ行く方がよっぽど楽だよ。たいていの貴族はもう、途中から歩いていくと思うよ」

どんな大パーティなんだ。

「あの、私、全く存じませんでした。この家にそんなものがあっただなんて」

そうよね。魔力がない人から見たら、魔法の絨毯は、本当におとぎ話の産物のよう。

「でも、魔力が無かったら使えないから」

「だから私たちと一緒の時でなければ、移動はできないわ」

三階のドアを開けると、その部屋には大きな古ぼけた絨毯が敷いてあるだけで、他には何も家具は置かれていなかった。

家具はなかったが、先客がいた。

「セス様!」

黒づくめの服に身を包んだセス様が、余り機嫌よくなさそうな顔をして座り込んでいた。

「待っていた」

彼は言った。

「いくら何でも、勝手に王子殿下の部屋に侵入する訳にはいかないからな」

セス様なら、簡単に絨毯の操作が出来る。
出来るけれども、殿下の部屋にセス様が立っていたら、護衛の騎士たちが大混乱するだろう。

殿下は露骨に嫌な顔をした。

確かに、百歩譲ってお付きの侍女はいない扱いにでもするとしても、セス様の存在感は大きい。

「お前は馬車で行ったらいいだろう」

殿下はすげなく言った。

「嫌に決まっているだろう。絶対、大混乱だぞ?」

セス様は絨毯の真ん中に立っていて、絶対動かないと言う顔をしていた。

「そもそもこの屋敷はポーシャ様のものだ。殿下の方が不法侵入だ」

私はうなずいた。

「その点を考えて、この家の執事長を連れて行ってくれ」

執事長……カールソンさんとバスター君のおかげで、セス様の執事長の肩書きは忘れ去られていた。

「魔法塔の代表か。仕方ないな、欠席するわけにもいかないな」

「はい。残念ながら」

参加できない者たちは、どんなに素晴らしい様子だろうかとうらやむけれど、実際に参加する方は長丁場に備えて、魔法の絨毯を使ってズルをすることを考えたり、元気づけのポーションを用意したりしている。

「じゃあ、行きましょうか」

セス様のちっとも喜んでいるようではない、なんともいえない一言で、私たちは大舞踏会に飛んだ。
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