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第68話 病院で慈善活動

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ダンスそのものが結構キツイ。
さらに、殿下のダンスのレッスンは結構厳しい。
それが二時間なんて聞いてないよ。

自衛するしかない。

「なんだ?それは?」

どんと一升瓶と、お猪口を置くと、殿下が聞いた。

「命のポーションです」

結局、毒肉ポーションが効果的すぎて、命のポーションは出番がなかったのである。勿体ない。

「ダンスのレッスン、キツイので、へばったらコレ飲みます」

「命のポーションを?」

殿下が目をむいた。

「病人とかいっぱいそれ待ってる人いるよね?」

「言うほど需要がないみたいで」

「この世間知らずめが」



私は殿下の馬車にむりやり詰め込まれた。

後ろの方で、取り残されたダンスの教師と礼儀作法の教師が何か叫んでいる。

「え? どこへ行くのですか? 私、ダンスのレッスンがあるんですけど」

「世の中、社交界だけでも戦場だけでもないだろ」

そして、こともあろうに『将来の王子妃が、突然、慈善事業に来られた』と言う触れ込みで、貧民病院とやらに連れ込まれたのである。

王立貧民病院とマジに掲げかれた看板を見て、私がドン引きして立ち止まっていると、殿下が私の手をグイッと引っ張って、中へ突っ込んだ。

中はそこそこきれいにしてあったが、全般的に行き届いていない感じがした。

「ここ、どこですか?」

「病院だ」

それはわかっている。

「王家が金を出して、病気の貧乏人を収容している」

王子様はちょっと苦々しげだった。

「慈善事業と言うのは難しい。全員に平等に妥当にいきわたらせると言うのは至難の業だ」

私は殿下の渋い顔を見た。しかし殿下は私の顔をじろりとにらみつけた。

「だがな。ダンスのレッスンにへばるといけないからって、そんな理由でほかにもっと有用な使いみちのあるポーションを飲ませるわけにはいかない。命とダンス、どっちが大事だ」

危うくダンスと言いそうになったがぐっとこらえた。

「これは王子殿下。お珍しい。今日は、お母さまの王妃様とご一緒ではないのですか?」

白い山羊髭のいかにも気の弱そうな医者らしいのが出て来た。

「今日は婚約者と一緒だ。重病の子どもを見舞いたいと言うのでな」

「それは、それは。こちらでございます」

なんとなくいやな予感がした。重病の子どもなんて、字面だけでも悲しい気がする。

奥の部屋だった。
心を鬼にして入っていく。

「じゃあ、がんばろう」
殿下が私の腕をつかんだ。

これまた年配の看護師が現れた。痩せていて、いかにも疲れているようだった。

「こんなところまでようこそ、殿下」

彼女はそう言ったが、すぐに近くの子どもが何か声を出したのでそちらにかがみこんだ。

「命のポーションを持ってきた」

殿下が言った。

看護師はハッと振り返った。

「命の……ポーション?」

殿下がうなずいた。

「この子のコップを出せ」

看護師は走って行って病人用の吸い飲みを持ってきた。急須のような格好で先が細いストローのようになっている。

「本物ですか? だったらこぼすわけにはいきません」

私は病人のベッドの横の机に、命のポーションの一升瓶をドンと置いた。

痩せて顔色の悪い年配の看護師がびっくり仰天した。

「吸い飲みをありったけ持ってきて」

私は命令した。
看護師はあわててもう一度走っていった。

「ねえ、殿下。これ効くのかな?」

「いや、効くって言ったのはポーシャだよ?」

「あの看護師さんにまず飲ませてみましょうか? 私たち元気だし」

「それっていいのかなあ?」

看護師はありったけの吸い飲みを抱えて戻ってきたが、私はまずその看護師に、コップに入った命のポーションを突き付けた。

「まず、あなたがお飲みなさい。とても疲れているようだわ」

看護師はびっくりして手を振った。

「本当に命のポーションなら、生死をさ迷っている子どもに飲ませたいです。私は要りません」

「飲まないと言うなら捨てるわよ」

私は脅した。

ポーションを作ってからだいぶ経つ。効き目はどうなのかしら? このポーションは割合即効性だけど。

看護師は脅されて、仕方なく薬を飲みほした。

「どう?」

私たちは疑り深く彼女に聞いた。

「ええと、何も変わりありませんが?」

「まあ、すぐには効かないかもね。それに疲れている以外、看護師さんは健康だと思うし」

相当痩せているので無理がたたっている気がするけど。

子どもに飲ませられるよう準備をしていく間に、簡単に半時間くらいは過ぎてしまう。時間を測って看護師に声をかけた。

「ところで、そろそろ具合はどうですか?」

看護師に聞くと、一緒になって準備していた彼女がハッと顔を上げた。

「あ。楽です」

「そうだね。顔色が良くなっている」

殿下も言った。

「じゃあ、取りかかろうか」

「がんばります!」

看護師が言った。

それは、やり甲斐があるがつらい作業でもあった。

「容体の悪い子から、優先的に」

私は注文を付けた。

子どもは具合の悪そうな子も多かった。多分、ちゃんと栄養が取れていればこんなことにはならなかったのではないかと思う。

私たちは黙って子どもに薬を飲ませていった。

命のポーションは万能薬だ。

だから一時的に具合は良くなる。根本に病気がある場合も、病気にもよるが、ある程度飲ませ続ければ完治することが多い(と教科書には書いてあった)。だけど、食べ物が足りなかったり、悪環境で暮らしたりしていたら、また、病気になってしまう。

「次善の策ね。とりあえず、今の危機を脱しましょう」

私たちは次々と飲ませて行った。生活魔法の使える私は、吸い飲みをまた使えるようにその場できれいにしてポーションを注いでいく役割だ。
殿下が子どもを支え、看護師が上手に口から薬を飲ませて行く。

白い山羊髭の医者が心配そうに後からついてきた。

三部屋程回ったところで、ついに命のポーションがなくなってしまった。

看護師は額に汗をかいていたが、にっこり笑った。笑うと彼女が意外に若いことに気がついて、私は驚いた。

「とにかく容体の悪い子どもたちはこれくらいです。後は、風邪とか腹痛ですね」

「看護師さん」

私は彼女と医者に声をかけた。

「どこかで一服しましょう。この病院の様子を聞きたいです」

「では、どうぞこちらへお越しください」

この建物の中の応接室へ案内された。

太って感じの悪い家政婦がこちらをにらんできた。余計な手間を増やすと思っているのだろう。

これだけの人数を収容しているのに、人手が少ないことは気になっていた。

食事を作るだけでも手一杯だろう。この上に、お茶だのお菓子だのと言われたら、うんざりするだろう。

私は言った。

「今日は、私がごちそうしましょう」

泥棒魔法の活躍である。

ついでに掃除が行き届いていない客間の掃除もしておいた。

ガタンとひとりでに窓が開くと、たいていの人間が驚く。

医者と看護師が、驚いて同時に窓を見上げると、白い煙のように綿ホコリだのゴミだのが外へ出ていく。

彼らが唖然としている間に、私は究極の洗濯魔法で、テーブルクロスやソファのシミをきれいにして、渋抜きした茶器を並べた。

そこへ、おいしい熱いお茶とこぎれいに盛り付けたサンドイッチ、何種類かのケーキやタルト、木の実入りのクッキーなどを並べた。

王族が訪問しても、手間がかかるだけだ。それでも院長が歓迎するのは、寄付してくれるからだ。

院長と看護師は、突然、目の前に現れたお茶に驚いた。

「どうぞ」

殿下も黙って食べ始めた。

「ポーシャ、なにか体が温まるようなスープも欲しいな」

私は黙って大鍋に一杯コンソメスープを取り寄せた。スープ皿は、この貧民病院のをパクった。

「そこにいる家政婦さん、ちょっとこちらへいらっしゃい」

私は声をかけた。殿下はチラリと見たが何も言わなかった。

赤ら顔で意固地そうな表情の彼女は、本当に渋々やって来た。多分私たちのことが気に入らないのだろう。

「ここでは、他に何人が働いているの?」

「洗濯係の女と掃除の下女が二人ずつ。後は厩番です」

「全部呼んできなさい」

不満そうな料理番の女は、院長の顔を見た。

「よ、呼んできなさい。仰せの通りに」

彼女が去ると私は殿下に命令した。

「机と椅子を用意して」

看護師が慌てて立ち上がった。

「私がやります。殿下にそんなことお願いできませんわ」

「じゃあ、二人でやって。適当でいいわ。サンドイッチやお茶が置ければいいんだから」

やがてドタバタと言う足音と、「今、洗濯の最中なんですけどねえ」などと不満そうにしゃべりながら使用人たちがやって来た。

ドアを開けて、赤ら顔の料理番がムスッとしたまま入って来た。後ろには同じく不満そうな使用人たちが続いている。

「あんた達も一緒に食べなさい」

「スープもあるからな」

なぜか殿下が言った。

看護師が立ち上がって、更にスープを注いでみんなに配ってくれた。

「私たちに?」

「まあ慰労会だな。サンドイッチもケーキもある」

殿下が言った。

殿下の顔さえ見れば、どんな女でも、あっという間にファンになると思う。
彼女たちは、突然の思いがけない出来事に、相当戸惑っていたが、院長がうなずくのを見て、ようやく座った。

私は食べ終わったので、看護師に合図した。

「見て回りましょう。殿下は残っていて」


それは大変な作業だった。

なにもかもが、いきわたっていない。
私は子どもたちや他の病人のシーツや部屋をきれいにした。わずかに開けた窓から、汚いものは外へ出ていく。ホコリは外へ、ごみはゴミ箱へ。

「お嬢様、すごいのですね」

「すごい疲れる」

私はぼやいた。

患者の体もキレイに拭いていった。疲れがどんどんたまっていく。

最後に、ポーションを飲ませた子どもの部屋に入った。

「様子はどう?」

看護師の顔が輝いた。

「ああ!」

子どもはずっと良くなっていた。熱のある子も、うなされていた子も静かになって、寝息を立てていた。
顔色も普通に戻っている。

「よかった……さすがは命のポーションですわ」

看護師は泣き出した。

私は忙しいので泣いていられなかった。

ここもどこも同じだ。

シーツをきれいにして、寝巻を洗う。部屋の隅にたまっていたゴミをきれいにする。床を磨く。そして子どもをきれいに拭いてやる。

ええ。もちろんズルですけどね、全部魔法ですから。

「看護師さん、この子たちにいい食事って何かしら?」

答えを待たずに私は言った。

「あのコックを満腹にさせたら、いますぐ作らせて、具合のいい時に食べさせてやって」

「あの、ええと……」

言いたいことはわかった。食材を買う金がないんだろう。

私は、アデル嬢から預かっていた金貨をずっと持っていた。

私は、猛烈な勢いでサンドイッチとケーキとクッキーを貪り食っている連中のところへ戻った。ほとんど食事は残っていなかった。

全員が目をパチクリさせて私を見た。
そして、ガタンと音を立てて全員が立ち上がった。

「あ、あのっ。御馳走になりまして、ありがとうございます」

なぜか厩番が全員を代表してうやうやしくお礼を言った。

「院長」

私は声を掛けた。

「患者の体にいいものを買って食べさせてやって。これは寄付よ」

私は金貨十枚を院長に差し出した。

「えっ? こんなにたくさんですか? これだけの金貨、初めて見ました」

見たこともない大金に院長はびっくりしたらしかった。

運営費として、もっともらっているはずだ。だけど一時に金貨でもらうのは初めてなんだろう。

「公爵閣下! ありがとうござ……」

人のいい院長は、感激して何か叫び出したが、私は限界だった。

「殿下、連れて帰って。疲れたわ。お願い」

殿下は何も言わなかった。彼はそのまま、私を抱きあげると馬車までしっかりした足取りで歩いて行った。
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