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第63話 媚薬問答

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親友ではないような。

違和感があったが、アデル嬢はにこやかに十人ほどの令嬢たちの間に私を座らせた。

「それでポーシャ様、何のお話かしら? 今、公爵邸を変えようとなさっているって聞きましたわ」

むっ……

「まあ、改装なさいますの? それはすてきですわ。ぜひお招きくださいませんこと?」

「あの、屋敷の改装ではなくて、少々使用人の入れ替えを」

「まあ」

そう言うと彼女たちは意味深に目混ぜした。そのうちの一人の視線を追うと、そこには二人で固まって食事をしている令嬢二人の姿があった。

その横幅、間違いない。スターリン男爵令嬢だ。

「ああ。あの二人はいつもああやって固まっているの」

アデル嬢があざけるように言った。

「最下位クラスに移ればいいのに。最高位のクラスに残っていても、つらいばっかりだと思うわ」

「そうですね」

私はあいまいに言った。最下位クラスに移ってもつらいことは変わりないのではないだろうか。

「ところで、ポーシャ様、ルーカス殿下が私をエスコートしてくださるお話、決まりまして?」

他の令嬢たちの目がパッと見開かれる。

「ええと、あの」

私は口ごもった。

「殿下があの通り、戦場に赴いてしまったので、お願いする機会を失ってしまいましたの」

我ながらちょっと苦しい言い訳だ。

「それでお預かりした……」

アデル嬢は最後まで言わせてくれなかった。どうも、お金で釣ったと思われたくなかったらしい。

「でも、もう二日ほどで殿下はお戻りになりますわ」

アデル嬢は言った。私は知らなかったので、目を見張った。

「ちょっとあなた方、私、ポーシャ様と少々内密のお話がありますの」

アデル嬢は取り巻き全員を下がらせた。さながら、女王様のようだ。

チャンスなので私は金貨十枚を取り出した。

「これ、お返しします」

「あらー。お金に困ってらっしゃるのではないの?」

「ええ。お金には不自由していますけど、とにかく私では殿下にお願いできないと思うんです」

正直なところを言った。

「まあ、殿下は最初あなたのことがすごく気に入ったみたいだったけど?」

「それは、多分、気のせいではないかと」

意味の分からない嘘を絞り出した。

「とにかく、これから先、殿下にお会いすることもないと思います」

一方的な私の希望だけど。

「そうなの」

アデル嬢は鋭い目つきで私を見つめた。

「じゃあ、今度の夏の終わりのダンスパーティは、殿下の戦勝会を兼ねることになっているので、ことのほか華やかに行われるんだけど、その時の殿下のお相手はあなたじゃないってことね」

「ええ。もちろん」

そこは請け負った。

「絶対ね?」

「そうなると思います」

だって、そもそも夏の終わりの大舞踏会に私は出ない予定だった。いつ行われるのかとか、招待状とかは、聞いたこともないし、もらったこともない。

殿下の戦勝会を兼ねているだなんてことも知らなかった。ずっと閉じこもっていたし。

アデル嬢から、そう聞かされると、身分だけは高いが実質が伴っていないなあと思った。

しかし、ここで急にアデル嬢が真剣になった。

「ねえ、噂が流れているのよ。殿下があなたにメロメロだって」

ぶへっと私はスープにむせた。

「それはないでしょう」

「でも、あなた、殿下に近づきたいばっかりにエッセンまで行ったんですって?」

「そんな目的で、エッセンに行ったのではありませんよ」

失礼な。
私はポーションをケガ人のために届けに行ったのだ。
それにしても、そんなこと、よく知っているわね。

「父が、参謀連中と親しいの」

「なるほど。そうでしたか」

あの人たち、人は良さそうだったけどなー。アデル嬢の父上なんかと知り合いだったのか。

「そして殿下があなたにメロメロになっているところをちらっと見たんですって」

あの時の殿下は媚薬で頭が腐っていたからなあ……。

「おかしいと思わない?」

「おかしいとは何が?」

「あなたみたいに女らしくもなければ、人間としてもちょっと変わっている女を好くなんてことあると思う?」

反応に困る。

「絶対、何か理由があると思うの。媚薬でも盛ったの?」

盛ったと言うか、あおったと言うか。

「人間用の媚薬は禁止されていますよ?」

「それをあなたは使ったのよ」

アデル嬢は勝ち誇ったように言った。

「禁制品を作って、使ったとばれたらどうなると思う?」

「どうもならないと思います」

私は平然と答えた。

大体あれは魔獣向けだ。人間用ではない。効いてしまったのは、たまたま殿下に魔力が多かったためだけで……

「人間用ではありません。それにあれを使ったおかげで、魔獣狩りは早期に収束したはずです。殿下がメロメロになったと言うのは、運悪く殿下が魔力持ちで反応してしまったからで、単なる事故……グエ」

私はアデル嬢に首を絞められていた。

「やっぱり、本当だったのね!」

え? なに? カマかけられてたの?

「いいこと? それを持って来なさい。夏の終わりのパーティはもうすぐ。戦勝会の会場に必ず殿下は来るわ。立役者ですもの」

「でも、魔力のある人間は反応してしまう可能性があるそんな危険なもの、人の多い場所で使ってはいけません……グエ」

「金貨十枚をまだ返してもらっていないわ」

「すぐ、お返しします」

私はあわてて、金貨の入った袋を取り出した。

「ダメよ。契約は成立している。覆す気はないわ。媚薬を持っていらっしゃい」

私はアデル嬢の顔を見た。

「本気ですか?」

「あら、もちろんよ」

「アデル嬢が捕まりますよ?」

「じゃあ、どうしてあなたは捕まらないと言い切れるの?」

私は毒肉ポーションの成分とそれぞれの効用を事細かに説明し始めたが、アデル嬢は全然聞いちゃいなかった。

「つまり、私も絶対捕まらないわよ。人間用ではないって、言ったじゃない!」

「ですから! 人間用じゃないとしても、なんでダンスパーティーの会場なんかに、そんな物騒なもの持ち込みたいんです?」

アデル嬢はニヤリとした。

「魔力を持つものにしか効かないのよね? その媚薬」

「私には全然効果ありませんでしたから、なんとも言えませんけど!」

「あなた、魔力、ないんじゃないの? まあ、いいじゃない! 男性にしか効かないとしたら最高よ!」

どう言う珍解釈?
男専用。その発想はなかった。でも、そうかも知れない。

「私は殿下に使うだけ。既成事実を作っちゃえば、私も婚約者候補に挙げられたほどの家の娘よ? 殿下だって了承せざるを得ないわ。父だって後押ししてくれるに決まってるし」

「え? 本気ですか?」

「何寝ぼけたこと言ってるの? あんなに美しくて、悪獣をわずか一月で壊滅せしめた方よ? しかも王子殿下。手に入れたくなるのは当たり前でしょう」

悪獣をわずか1ヶ月で殲滅したのは、私です! 私と私謹製の毒肉ポーション!
私の功績ですわ。あなたの手に入れられても困るわ。

「殿下、アデル嬢のことはちっともお好きじゃないようでしたが?」

ギンギロリンと目を剥かれて、私は大いに萎縮した。
これ、言っちゃいけなかったやつ?

「これから、私の美貌と行動力で殿下の心を変えるのよ! そのためにあんたの薬が必要なの!」

「イヤです」

「何ですって? まさか殿下を好きだとでも言うの?」

「いや、それは特には」

「じゃあ、出しなさい。金貨十枚を先に取ってるでしょ? あなたのしていることは詐欺よ? それに媚薬を渡さないって言うなら、私にも考えがあるわ! あなたは絶対に禁忌薬品である媚薬を大量に作って撒いたのよ!」

なんか超めんどくさいことを言い出した。

さすがに、これには困った。

「すみません。在庫がありません」

「作ればいいでしょ? まだ、時間があるわ。あなた、パーティーに出ないなら、暇なはずよ?」

「パーティーに出なくても、魔術の勉強したり、ポーション作ったり……」

「勉強してる暇があったら、媚薬を作ればいいでしょ? 媚薬を作るまで、授業に出るのは禁止よ? 逆らったら、ウチの令嬢連中があなたに嫌がらせに行くわよ」

え? それってどんな嫌がらせかな? なんかちょっと楽しみな気がするけど、どうしよう。

「考えさせてください」

とりあえず返事は保留した。
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