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第61話 学校側の申し出

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山羊先生の部屋だから山羊先生だけが部屋に残って当たり前だけど、先生は、二人きりになって、すごく気まずそうだった。

「なにがあったのですか?」

いや、ホント、何が起きたのだろう?

先生はビクビクしていた。

「あなたが前におっしゃったではありませんか」

私は首を傾げた。前?

「ほら、学内の体制を改めさせるって」

「誰がそんなこと言いました?……」

「閣下でしょうが、閣下が勝手に!」

忘れてんのかと言いたげに、山羊髭先生は、髭を振り立てて文句を言った。

「私は何もしてませんよ?」

私は言った。

「えっ?」

山羊髭は意外そうに顔を上げたが、私は続けた。

「ウチのおばあさまか、王族の誰かが気にしたのでしょう。いずれにせよ、私じゃありません」

私だったら、まずこのチーゲスト先生をクビにするもん。

「元のアランソン公爵、その実スターリン男爵と手先だった者は粛清されました」

山羊先生が説明した。

「まあ」

と言うことは、山羊先生、スターリン男爵派ではなかったのね。新発見だわ。
しかし、スターリン男爵派でもないのに、あの扱いか。

「あなたがスターリン男爵派でないなんて、信じられませんわ。私に対する扱いを見る限りでは、間違いなくスターリン男爵派でしょう」

私は言った。

「わ、私はスターリン男爵派じゃありません!」

「でも、元平民なんか気に入らないと言ってらしたわよね」

私は意地悪く聞いてみた。

「そ、それは……」

山羊髭がくちごもったので、私はかさにかかった。

「公爵ごときでは相手にならぬと言うなら、仕方ないですわ。この学校は、先生にとって役不足。もっと高貴な場所がふさわしいと言うことですね」

どうも、この山羊髭相手だと口がすべる。
地味で目立たない令嬢を目指すはずだったのに、いけないわ。

「とりあえず用件はなんなのですか? 謝罪のために呼びつけたのですか?」

またまたー。つい、口が過ぎちゃうな。

「あなたの寮の部屋を貴族棟へ変更……」

「結構ですわ」

それは困る。今、私は一棟丸々全部使っている。
絨毯もセットされているし、自室はチマチマ魔改造した。元に戻すのは面倒くさい。

次年度、本当の平民が入ってきたら考える。その頃には自邸から通えるようになっているかもしれないし。

「しかし……」

「貴族寮にはスターリン姉妹の取り巻きも残っているのでしょ? 逆恨みされて、いじめられたり毒を盛られたら困ります」

「誰もいじめたり、毒を盛ったりしませんよ。むしろ、いじめたり、毒のテストをされたら困ります」

私はジロリと山羊髭を眺めた。

その通りだな。

いや、しかし相変わらず、山羊髭、無礼。

「断ります。万が一、寮で誰かに何かあった時、責任、取れますの?」

山羊髭は悩み出した。
寮の管理者は彼で、寮で何か騒ぎが起きれば山羊髭の責任になる。

一方、私は、こと山羊髭に限り、結構な恨みを持っている。退学を勧められたり、住むところがないと悩んだ時も、知ったこっちゃないと即刻退去を求められた。

魔力なしの平民だからとあれだけ情け容赦なかったのだ。私が山羊髭に遠慮するわけない。

つまり、私を下手に怒らせると、寮でどんな事態が起きるか想像がつかない。しかも私の方が山羊髭より魔法量は遥かに多く、山羊髭がどうにかできる可能性はゼロ。
もちろん、私が被害者になるはずがない。
下手に貴族寮なんかに移すと、危険性がアップするに決まってるだろ。

「で、では、貴族寮にもお部屋だけは用意いたします。どちらにお住まいになられても構いません」

妥協案を出してきたな。

「あと、アンナはクビにしました」

「あら、どうして?」

「スターリン家に連なり、ポーシャ様の動向を報告していたようで」

私は呆れた。

「アンナさん、部屋に入ったこともないくせに、よくも報告だなんて出来たわね」

「ええ?」

山羊髭は知らなかったらしく、本気で変な声を出した。

「報告する内容がないと思うわ。普通、内偵者スパイって、誰が部屋に来たかとか、ゴミ箱へ捨てられた手紙の内容を読んだり、お菓子の箱からどこへ行ってたのか探ったりするんでしょ?」

山羊髭は大いに感銘を受けたらしかった。

「ほおお。そんなことするものなのですか、内偵スパイって。閣下はお年の割に博識ですなあ」

いや、それは私が内偵者スパイに登用されたらの話だけど。
それくらい、やらない?

「アンナさんは、部屋の中はおろか、外回りの掃除すらしてなかったわよ?」

私は言いつけた。

「職務怠慢よ。あれではどんなに寛容な家でも務まらないわ。ずっと放置していたあなた方に責任はあると思いますよ」

我ながらど正論。だけど今更で誰の役にも立たない。

山羊髭は震え上がって言った。

「あの、今回からお掃除に三人、侍女代わりを一人学校からお付けしますので」

「いらないわよ。公爵家から侍女は呼びます。お掃除担当もね」

侍女のあても、お掃除担当のあてもないが、呼んでもらっては困る。

「せめて、お掃除担当は、こちらが用意せねばと思っております!」

山羊髭は、権威主義者、差別主義者だが、まじめはまじめなのだ。その妙な律儀さ、他に使い道はないのかしら。

「いりません。結構ですわ。これまで放置してきたのですよね? 何を今更ですわ」

寮の中を他人にウロつかれるのは困る。
実は、いろいろなポーションの研究中なのだ。こっそり持ち出されて売られても困るし、絨毯もある。
操作できないだろうが、誤作動されたら、お手上げだ。


先生はもじもじしていた。まだ続きがあるらしい。

「それとクラスですが、最高位の貴族のクラスにお移りを」

「あら、何言ってるのかしら。私がアランソン公爵とわかっても、放置でしたわよね。高位貴族の皆様は、スターリン男爵家と親交がおありなんじゃございません? 私、そんなところへ行って、皆様から嫌悪されたり恨みの目線を受けるのは嫌ですわ。アランソン公爵位は両親のものであって、スターリン男爵こそが簒奪者なのですけど、この学校では、そう言うふうにはなっていないらしいですし」

「とんでもありません。それは誤解です。どの生徒もよく理解しておりますっ」

山羊先生が口からツバを飛ばして訂正してきた。

「高位クラスの生徒たちは、アランソン公爵令嬢、もとい公爵閣下が高位クラスへお移りになられ、お知り合いになれる機会を得ることを切望しております」

「あらあ。でも……確かスターリン男爵令嬢ご姉妹は、高位クラスに残ってらっしゃるのよねえ?」

山羊髭は、急いで返事した。

「スターリン男爵令嬢は男爵家らしく、最下位クラスに移ってもらいます。今日からでも。そしてアランソン様は高位クラスへお移りを」

「でも、親しいお友達が不運な目にあったことは心情的に許せないとお考えの方もいらっしゃるのでは? 最高位のクラスには、そう言う方々が大勢おいでだと思います。私、お友達になってくださる方が欲しいんですの。最高位のクラスでは無理でしょう」

「む、むしろ、お友達になれたらと思う令嬢方の方が多いと思います!」
 
そりゃそうだろう。なにしろスターリン男爵は、今、投獄されている。
もっと早く何らかの措置が決まるはずだったのに、悪獣騒ぎで居心地の悪い牢屋に入れられっぱなしだ。
親が毒殺罪とかで投獄されている令嬢に友情を誓う手合いが何人いるか知らんけど、そっちの方がいい人かもしれないと思うわ。

「でも、学校の判断によりますと、アランソン公爵家は最下位なのですよねえ? 少なくとも夏休みが終わるまでは、そうでしたわ」

どうも山羊髭には言葉が過ぎちゃうな。

高位貴族のクラスの周辺には、学年は違うが殿下のクラスもあるはず。
殿下には会いたくない。
私は最下位クラスで十分です。
最近はみんなも話をしてくれるようになったしね。

「そんなぁ」

山羊先生のご提案をことごとくお断りして、私は部屋に戻った。
面倒だが、勝手に部屋に入られては困るので、ドアと窓には厳重に封鎖魔法をかけておいた。

攻撃系はサッパリなのに、この手の隠密系にはやたらに強いのである。

そして、私はこっそり、最近の楽しみに浸った。

アランソン公爵家から巻き上げてきた魔法の地図。

全国に散らばる絨毯ポイントを閲覧できる。

もちろん注目は、エッセン。

殿下がいるところだ。

はるか彼方から、推しの大活躍を密かに観賞できるのだ。その姿や顔を見られないのは残念だけど。

「殿下、ステキ」

だが、私は気がついた。

以前見た時より、黒や焦茶の点の数が少ない。

黒と焦茶は悪獣だ。

「マジ?」

私は魔法の地図にかじりついた。

セス様があの時言った言葉は本当だったのか。
効果はありました!って。
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